第四話 夜空に大輪を咲かせ
港の景色や、懐かしい潮の香りに包まれながら、実家での穏やかな時間を満喫していた。
そんなある日の昼下がり、玄関から張りのある明るい声が飛び込んできた。
「みっちゃーん! 来たよー!」
その懐かしい呼びかけに、美知子は弾かれたように顔を上げる。
「え!? お姉ちゃん?」
急いで廊下へ出ると、そこには五つ上の姉、加代子の姿があった。数年ぶりに見る姉の笑顔に、美知子の胸が高鳴る。
「加代子おばちゃん!」
光里も満面の笑みで駆け寄り、静かだった玄関先は、一瞬にして再会を喜ぶ賑やかな歓声で華やいだ。
老舗の和菓子屋に嫁いだ加代子にとって、お盆前は一年で最も忙しい時期の一つだった。
地元の人たちがお供え物の予約に訪れ、そこへ観光客の来店も重なり、店は人の出入りが絶えず、加代子もなかなか手を離せないでいた。
「お姉ちゃん、お店の方は大丈夫なの?」
驚いて尋ねる美知子に、加代子は悪戯っぽく笑い、ここへ来た理由を明かす。
「それがね、今日はこっちで花火大会があるやろ? そしたら家ん人がね、『みっちゃん達に早う顔を見せてやれ。
お店はなんとかなるけん、一緒に花火見て楽しんでこい』って、送り出してくれたとよ」
加代子の夫が気を利かせ、忙しい店を任せて送り出してくれたのだという。
もともとこの時期は、お盆を前にして店が忙しくなる。
近ごろは観光客も年々増えているため、夏休みに入ると学生のアルバイトを二、三人多めに入れて店を回しているのだ。
美知子にとって数年振りに、姉妹そろっての再会となった。
「久しぶりやねぇ、みっちゃん。それにしても光里ちゃん、大きくなったねぇ!」
「お姉ちゃん」
美知子の胸に、少女の頃の懐かしい温もりがふわりと広がる。
いつもの賑やかな加代子の笑顔を前に、
まるで時間が巻き戻ったような再会であった。
(皆そろって花火大会なんて…… いつ以来かしら)
美知子は胸の奥で、そんな思いをしみじみと噛みしめていた。
どうやら加代子も同じ気持ちだったようで、ふと懐かしそうに語りだした。
「そうそう、光里ちゃん。お母さんやおばちゃん達が小さかった頃は、おじいちゃんの船に乗って、海の上から花火を見てたのよ。真上に打ち上がるから、それはもう迫力満点だったんだから」
美知子も笑顔で続ける。
「ドーンって、地響きみたいに響いてね」
光里は羨ましそうに目を丸くして、
「へぇ〜、……いいなぁ!」
と声をあげる。
すると加代子が、堪えきれない笑いを含ませながら付け足した。
「でもね、おばあちゃんは船酔いしちゃうからって~、これまで一度も行けてないの。漁師の奥さんなのに…… ふふ、可笑しいでしょ?」
その途端、昔の夏休みのように賑やかな笑い声が家の中に広がり、
久しぶりに、家族だけの柔らかな空気が満ちていった。
母が縫ってくれた浴衣に袖を通す光里の後ろ姿、スラリとした首筋、すっと伸びた指先。
「はい、できたわよ」
母が最後のひと結びで帯をきゅっと締めると、光里の背筋がすっと伸びた。
後ろで見てた姉の加代子が、パッと顔を輝かせ、嬉しそうに微笑んだ。
「光里ちゃん、スタイル良いから映えるわねぇ。綺麗よ〜」
「ホンにね、隆さんに見せたかったね……」
母の声が、少しだけ震えた。
その言葉に、美知子の胸の奥がぎゅっと熱くなった。
母の声の奥には、娘を思う気持ちと、亡き婿への想いが入り混じっている。
その震える声を聞きながら、美知子はそっと母を見つめた。
長い年月、どんな時も寄り添ってくれたその後ろ姿を……
――夜の帳が降りはじめ、
遠くの海辺から、ド〜ン! と低い音が響いた。
「わぁ〜、きれい……!」
頬を染め、瞳を輝かせる加代子と光里がいてその横で見上げる母のその表情には、過ぎ去った日々を慈しむような、穏やかな、遠い瞳をしていた。
家族揃ってこうして花火を眺めるのは何年ぶりだろう。
「お父さんや隆さんも…… 一緒に見られたらよかったとにね」
花火の音にかき消されそうな母の言葉だったが、そこには喜びと愁いが混ざり合った思いが込められていて、そんな母の気持が、美知子の胸を熱くしていった。
打ち上がった花火が夜空に大輪を咲かせ、すぐに闇へ溶けていくように……
故郷で過ごした美知子と光里の短い夏も、失われた時間を埋め合わせるかのように……
色濃く、鮮やかに、掛け替えの無い想い出に刻まれていった。




