28 アタッチメント/ツインテール
イズルベシアが言う。
「フィノットは愛の監獄のイベントバグを応用したものだぞ」
「恋人たちの夜か……今のセリーリアにはちと厳しいな。お前のクラフトスキルでどうにかならねえか?」
「無論、吾輩ならメルリオだろうとフィノットだろうと真似することは可能だが……オーダーメイドとなればそれなりに手間がかかる」
猫舌のようでイズルベシアが何度もお茶を冷ましている。そうして口に入れた瞬間にむせていたので、きっとイズルベシアの湯飲みにはお茶ではないものが入れられていたのだろう。
「コストについては心配しなくとも、うちが払うよ」
「そりゃそうだろう。吾輩はコーザに寄生しているのだから。2000万Gほど頼む」
(……仮に、その自覚があったとしても口に出して言うんじゃねえよ)
コーザはお茶と間違ってめんつゆを飲んだときのように、苦しげな顔でイズルベシアを見る。
「吾輩が言いたいのは、そういうことではない。アタッチメントの完成までには時間がかかるからな。その間をどうやって誤魔化すべきかと、そっちを考えていた。まさか、吾輩のように引きこもるつもりじゃないだろう?」
「そりゃまあな……確固たる目的があるってわけじゃないが、チュートリアルは東の大門でおわらせるつもりだ」
クエストのチュートリアルは強制的に該当の場所まで移動する。
本来、東の大門でもクエストの受注ができてしまえるのは、ゲームを進めるうえでのチップスを忘れてしまった場合の対策なのだろうが、そのせいでチュートリアルの開始ははじまりの町ではなく、専ら東の大門で受けるのがセオリーになっていた。
「それがいい。旅に出る理由なんて、足が短くて顔がブサイクなだけで十分だと、吾輩のバイブルとする漫画も言っている」
「ああ……きいちご10パー」
「そっちじゃねえよ。間違えるな、殺すぞ『失恋。』だ。とにかくだ、吾輩のオススメはコーザとセリーリアが同じ髪型にすることだな」
ラブコメに一家言があるようで、イズルベシアはコーザの間違いに憤慨する。
だが、コーザにとってはいつものことなので、相手のリアクションを平然と無視した。
「おいおい、フィノットは難しいって話だったろ?」
「だから、コーザ自身にも変わってもらう。一時期、カーティルに成りすます目的で、片側シニヨンのサイドテールが流行したが、今はそういう時代でもないからな。ほかの方法を取る」
ふとその場で思いついた質問を、コーザは口にする。
「ギーク、お前なら本物のカーティルになることも可能か?」
「純正のサイドテールにか? 無理だな。吾輩でも、それは実現できない。サイドテールは正真正銘カーティルの特権だよ。それはさておき、吾輩はツインテールを推奨する」
「ツインテールって……」
呆れ気味に相槌を打つコーザだが、イズルベシアのほうに気にするそぶりは見られない。
「言葉どおりだ。これならフィノットにも、カーティルにも容易に実現できる」
「そりゃそうかもしれねえが……」
(……この年にもなっておさげかよ)
イズルベシアがコーザにアタッチメントを譲渡して来る。
有無を言わさぬ態度に、コーザは不承々々、自分の見た目をツインテールに変更した。
セリーリアもそれにつづき、イズルベシアにレクチャーを受けながら桃色の髪をツインテールに変えていた。
「主さま、大変お似合いです!」
光尾兎の声に釣られて、コーザがセリーリアのほうを見る。
どことなく、その顔はほっとしているようにも見えた。
(まあ、セリーリアが喜んでいるなら、これでいいか……)
2人を交互に眺めながらイズルベシアは、何度か軽く首肯した。
「プレイヤー名が表示されているから、気休めにしかならないだろうがね。それでもぱっと見の印象はだいぶ変わるだろうさ」
「そこに関しては仕方ないだろうよ」
黙々と手を動かすセリーリアを認めたイズルベシアが、目をしばたたかせる。
「それは……メッセージか?」
「何言っているんだ、セリーリアにはまだ友垣が……」
呆れたように返すコーザの予想に反して、セリーリアがうなずく。
「はい。マグリアーナさんに髪型を変えてもらったことを、報告しようと思って」
「マグリアーナといえば……」
黄昏の庭のリーダー格だ。
イズルベシアが確認するようにコーザを見る。
対するコーザは頭を抱えていた。
(そうか……妖精の森の手前でパーティーを組んだとき、本命はうちに対するメッセージじゃなくて、セリーリアと友垣を結ぶことにあったのか)
「おい、セリーリア。そんなやつと関わるのなんか、やめておけ」
「ええ! マグリアーナさんはいい人ですよ。コーザさんからもらうものは、コーザさん自身にしなさいってアドバイスをくれたのも、マグリアーナさんです」
にこにこと話すセリーリアに、コーザは苦笑を禁じえない。
(あれは魔女からの入れ知恵だったのか……)
「交友関係を縛るのは、保護者として適切なふるまいではないだろうな」
即座にイズルベシアから釘を刺される。睨むような視線をイズルベシアへと向けながら、まもなくコーザはため息をついていた。
(……今さら妖精の瞳を理由に、セリーリアを奪うことはねえか)
「本当に、やばくなったらすぐにうちに言えよ。それが条件だ」
「はい!」
元気よくうなずくセリーリアの頭を撫でて、コーザはイズルベシアに別れの挨拶をする。
「それじゃあ、うちらはそろそろ行くわ。しばらくはこの町に留まっていると思うから、何かあったらコールしてくれ」
歩きはじめようとするコーザに、イズルベシアが声をかける。
「少し待て、コーザ。妖聖の庭園に店舗用の空き地はあるのか?」
「……だとしたらなんだ?」
「この場所も手狭になって来た。依頼料の2000万Gで新しい店舗を買いたい」
「妖聖の庭園に移り住もうってのか!?」
「端的に言ってしまえば、そういうことになるな」
イズルベシアが呑気に茶をすする。
そんなカーティルを見て、コーザは身振りを激しくした。
「冗談じゃねえ! あそこは妖精使いたちの楽園だぞ。お前みたいな変態を紹介できるか!」
「吾輩のレベルが脅威になるとも思えんが、不安ならレベルダウンをしてもいい。どうせ吾輩は引きこもってひたすら恋愛イベントの研究をするだけだからな」
「そりゃそうかもしれねえが……」
「吾輩は本来、セリーリアと交渉してもいいんだぞ。それをしないのが、最大の配慮であると気がつかない貴様ではあるまいな?」
いくらコーザがセリーリアの保護者を自称していようとも、妖聖の庭園の土地を所有しているのはセリーリアだ。セリーリアの意向には逆らえない。
それがわかっているからこそ、コーザも苦々しげに頭をかきむしる。
「……。わあったよ。セリーリアは装備を外した状態で入浴するのが趣味だ。せめて、それを1人で実現するための、最も簡単な方法を教えろ。それが代わりの条件だ」
湯呑を置いたイズルベシアが鷹揚にうなずく。
「お安い御用だ。汎用NPCに親密度上昇アイテムを2種使うところまではコーザも知っているだろう?」
「そこまでならな」
「脱衣所に入る前に、汎用デートイベントを起こす。ここでNPCの苦手な行き先を選択すればいい。通常は、それまでのデートで溜めた親密度でリカバリーされてしまうが、この方法だとデートはまだ初回だからな。親密度をわずかに下げられる。直後に結婚の申し込みをすると、振られることが可能だ。どちらのイベントもスキップすれば、最速で『寂しい夜』を見られるぞ」
「それで単独での入浴ができるってわけだな」
「ああ。ただし、マーギスタ・シリーズのNPCは、この方法では親密度を減らせないので注意しろ。そっち側の解説もしたほうがいいか?」
平然と説明をつづけようとするイズルベシアを、コーザは白眼視して首を振る。
「いるわけねえだろ、マニアがよ。……移住するにしても、もう少しだけ待ってくれ。タイオンの基本的な説明をセリーリアにしてしまいたい」
「もちろんだ。吾輩がアタッチメントを仕上げてからで構わない」
深々と頭を下げるイズルベシアに、コーザはため息をつきながら店舗をあとにしていた。
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