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城下町の様相は、もはや戦場という言葉すら生温い、純然たる破壊の坩堝と化していた。
天上を覆う黒煙の下で、二つの巨影が幾度となく交錯していた。
「ガハハハハッ! どうした鉄屑!」
ガリロルザ王が牙を剥き出しにし、全身の傷を誇示するかのように胸を張った。
「さっきから逃げ回ってばかりではないか! その程度で我の首を取れると思ったか!」
対峙するゼクスは背部の推進装置を最大出力で稼働させ、左右へ複雑な軌道を描きながら宙を旋回していた。
片手に握られた大剣が翻るたび、周囲の瓦礫が余波だけで切断されていく。
「……対象戦闘能力、再演算」
ゼクスの頭部の中央に埋め込まれた赤い石が、高速で明滅する。
「損傷率七十一パーセント」
「誰の話だ」
「対象個体、ガリロルザ」
「ならば随分と甘い見立てよ!」
ガリロルザ王は両拳を胸前で打ち合わせ、大きく咆哮する
左眼は完全に潰れ、瞼から頬へ濃い血筋が走っている。全身を覆っていた黄金の体毛も泥と血によって赤黒く固まり、胸元には深い斬創が幾筋も刻まれていた。
それでも、残された右眼だけは異様なほど爛々と輝いている。
「余はまだ七割も残っておるぞ!」
「生体反応との整合性、不一致」
「数字で獣人を測るな、鉄屑が!」
ゼクスの頭部中央に、途轍もない魔力が収束する。
「訂正」
周囲の空気が高熱によって揺らぎ、その中央から白色の光が膨張した。
「死亡率を百パーセントへ修正」
「やってみろ!」
高出力の魔導光線がガリロルザ王へと一直線に放たれる。
対するガリロルザ王は迫る光を最後の瞬間まで見据え、上体を横へ傾けた。光線は頬の毛皮を焼きながら通過し、その背後に残されていた民家の一角を通り過ぎ、石材を液状へ変えるほどの熱量を撒き散らしていく。
「ハッ!」
焼けた頬に指を滑らせたガリロルザ王は、指先についた血を眺め、獰猛に口角を吊り上げた。
「今のは少し熱かったぞ!」
「回避を確認」
「次は我の番だ!」
ガリロルザ王の筋肉に覆われた両脚が深く沈み込むと、次の瞬間、その反動をすべて推進力へ転化した巨体が、ゼクスの真正面へと突進した。
「接近速度、予測値超過」
「遅い!」
ガリロルザ王は射撃へ移行しようとするゼクスの腕を外側に払い、その懐に強引に身体を押し込んだ。
「これなら撃てまい!」
「近接戦闘へ移行」
「望むところよ!」
ガリロルザ王の振り抜かれた拳が、ゼクスの腹部装甲へ深くめり込む。
装甲板が内側へ大きく歪み、その下で複数の内部機構が破断し、火花と魔力液が装甲の継ぎ目から漏れ出した。
「損傷確認」
「まだだ!」
ガリロルザ王はさらに踏み込み、拳を押し込もうと肩を前へ出した。
しかし、ゼクスは推進装置を横方向へ噴射し、巨体を強引に旋回させながら後方へ退避した。その勢いを利用して空中で姿勢を整えると、そのまま大剣を両手で握り直し、ガリロルザ王の胴を両断する軌道で振り抜く。
「甘いわ!」
ガリロルザは左腕の腕甲を刃の軌道へ差し込んだ。
巨大な大剣が腕甲へ食い込み、その圧力でガリロルザの身体が深く沈む。
「ぬぅ……!」
右目を細め、ガリロルザ王は奥歯を強く噛み締めた。
「なかなか重いではないか!」
「防御限界まで三、二、一──────」
「その前に押し返してやるッ!」
膝を沈めたガリロルザ王が全身の筋力を左腕へ集中させる。
だが、両者が力を拮抗させた瞬間、ゼクスの死角から一人の影が走り込んだ。
「陛下!」
レオナルドは肩へ担いでいた戦斧を片手で握り、ゼクスの損傷した腹部へ狙いを定める。
「ここは私が!」
「来るな、レオナルド! そやつは────」
ガリロルザ王が制止するより早く、ゼクスの左腕が変形を始めた。
前腕部の装甲が左右へ開き、内部から複数の砲身がせり出してくる。
「第二対象、確認」
不気味な頭部がレオナルドへと向いた。
「優先度、低」
「なっ……!」
「排除」
複数の砲身から高密度の魔力弾が連続して放たれる。
「くっ!」
レオナルドは咄嗟に戦斧を横へ構え、幅広の刃を盾代わりにして急所を庇う。
「この程度……!」
「──────レオナルド! 右だ!」
その時、ゼクスは大剣を捨て、ガリロルザ王との力比べをいつの間にか解除しており、次にレオナルドが視線を移した時には、推進装置を横方向へ噴射しながら身体を半回転させたゼクスが目の前にいた。
「────ッ!?」
ゼクスの巨大な脚部がレオナルドの脇腹へ直撃する。
「ぐはっ……!」
鎧が大きく歪み、レオナルドの身体は弾き飛ばされた。
「レオナルド!」
何度も石畳へ身体を打ちつけた末、崩れた建物の瓦礫へ背中から衝突し、その口から鮮血が溢れ出した。
「ぐ……陛下……」
「動くな!」
ガリロルザ王はゼクスから視線を外さないまま、レオナルドに向けて声を張った。
「無理をするなッ!」
「ですが……陛下一人では……!」
「誰が一人だ!」
ガリロルザ王は血に濡れた牙を覗かせた。
「お主ら全員が、ここにおるだろう!」
周囲では、ガリロルザ軍の兵士と冒険者たちが、なおも押し寄せるバルゴゾーンの軍勢を食い止めていた。
「左翼を下げるな!」
「負傷者を後方へ!」
「一体抜けたぞ!」
「俺が止める! お前らは前を見ろ!」
槍を失った兵士が折れた剣を握っては、腕を損傷した冒険者が残された片手で魔法を放つ。
一人が倒れれば、別の誰かがその場所へ身体を滑り込ませる。
しかし、戦力差は歴然としていた。
疲れを知らないバルゴゾーンとは違い、こちら側の呼吸は重く、装備は損壊し、魔力も底を見せ始めている。
それでも誰一人として背中を向けようとはしなかった。
「陛下が戦ってるんだ、ここを通すな!」
「まかせろッ!」
バルゴゾーンは倒れた者の屍を踏み越えて、淡々と前進する。
だが、それを迎え撃つ勇敢なる戦士たちもまた、肉体そのものを最後の防壁として差し出していた。
「…………」
ガリロルザ王はその光景を右眼の端で捉え、拳を強く握った。
「どうだ、鉄屑」
「発言意図、不明」
「我一人を殺せば終わると思うなよ」
ガリロルザ王は腰を深く落とし、狂気にも似た笑みを浮かべた。
「この国には、まだ戦う者がいる!」
「戦力評価」
ゼクスの赤い光が周囲へ向けられる。
「敵残存兵力、継戦能力低下」
「だからどうした」
「全滅までの推定時間、十九分」
ガリロルザ王の口角がさらに上がる。
「……ふむ、十九分もあるのか」
「……?」
「ならば十分だ──────」
ガリロルザ王は再び地面を蹴った。
「──────貴様を叩き潰すにはなァ!」
ゼクスも同時に前進する。
大剣を捨てた両腕から複数の兵装が展開され、一方では魔導砲が、もう一方では近接戦闘用の刃が形成されていく。
「接近戦へ完全移行」
「来いッ!」
「対象の完全破壊を開始」
二つの巨体が正面から激突した瞬間、轟音とともに甚大な衝撃波が広場全体へと円環状に広がっていく。
周囲で戦っていた兵士やバルゴゾーンが姿勢を保てずに地面へ投げ出され、崩れかけていた建造物の外壁も連鎖的に崩壊していく。
「陛下ァッ!」
レオナルドは瓦礫へ手をつきながら、必死に顔を上げた。
黒煙と砂塵が緩やかに流れていき、まもなく視界が開けてくると、その奥に立っていたガリロルザ王の姿を目にしたレオナルドは、顔から血の気を完全に失った。
「……そんな……」
ガリロルザ王の右腕が、肩口から消失していた。
断面から流れ落ちる大量の血液が脇腹を伝い、足元に広っていく。
隻腕。隻眼。全身には数え切れない傷。
それでもなお、ガリロルザ王は立っていた。
「……陛下」
「その顔をやめんか、レオナルド」
「ですが……!」
ガリロルザ王は自らの右肩へ一瞥を向けると、まるで些細な傷でも確認したかのように鼻を鳴らした。
「一本なくなっただけだ」
「一本って……!」
そして、ガリロルザ王は真正面に視線を戻す。
「何より─────」
同じく黒煙も砂塵の中から現れたゼクスの姿も、決定的な損傷を負っていた。
右脚が膝より下から完全に粉砕され、露出した内部機構から黒いオイルと謎の青白い液が幾筋も流れ落ちている。
「あの脚一本をもらえた」
ガリロルザは残された左手を握り締めた。
「我の腕一本で、その鬱陶しい機動力を削れたのなら安いものよ! ガハハハハハッ!」
「右脚機能、消失」
「ならば次は何をもらおうか!」
「しかし陛下……!」
レオナルドは血を吐きながら身体を起こそうとする。
「無茶です! これ以上は────」
「レオナルド」
ガリロルザ王は肩越しに振り返った。
「我は王だ」
そこに浮かんでいたのは、苦痛ではなく不敵な笑みだった。
「王が国民より先に膝をついて、どうする?」
「なっ…………」
「貴様は貴様の仕事をしろ。まだ、やれるはずだ」
レオナルドの歯が強く噛み締められる。
「……御意……ッ!」
「よし!」
レオナルドが暗涙を流す中、ガリロルザは満足そうに笑い、残る左腕を前へ構えた。
「さて、鉄屑」
片脚を失ったゼクスは推進装置を下方へ向け、その出力だけで巨体を空中で維持していた。
「戦闘機能、再構成」
胴体と肩部の装甲が開き、内部に収納されていた複数の推進器が姿を現す。
「対象ガリロルザ、最優先排除」
「ようやく我の価値が分かったか!」
「次撃にて破壊する」
「奇遇だな!」
ガリロルザは血塗れの左拳を握り締め、ゼクスに突き出した。
「我も同じことを考えていたところよ!」
満身創痍の獣王と、半身を破壊された兵器。
互いに致命傷だが、そのどちらも退く意思だけは微塵も見せなかった。




