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「最初からそのつもりッスよ!」
その瞬間、ヒナの背後で蓄えられていた魔力が解き放たれ、絶大な闇の光線がノンナに殺到する。
しかし、ノンナが大地を踏みしめると、砕けた大理石の下から岩盤が隆起し、鋭利な岩槍となってその光線を真正面から相殺していった。
「……なっ」
うねるように伸びる岩槍が光線の間を縫って、ヒナに押し寄せる。思わずヒナは真正面に闇の障壁魔法を展開し、岩槍を間一髪で避けた。
だが、その衝撃は障壁を貫通し、ヒナの体が大きく後ろに押された。その隙にノンナは新たな岩槍を生み出しては、距離を取るヒナを追随するように仕向ける。
「オラオラオラァッ! 逃げてばかりじゃ勝てないッスよ!」
ノンナは地面を踏みしめ、両手を掲げ、岩による攻撃でヒナを圧倒していく。
ところが、対するヒナも身体を傾け、間一髪で岩槍の切っ先を頬の横へ通過させては、闇の力で次々と岩槍を消滅させていく。
「土くれごときでは、私には届きませんよ」
「相変わらず可愛げのない魔法ッスね!」
ノンナは両掌を地面へ向け、大量の土砂と岩盤を強引に隆起させる。複数の岩塊が互いに組み合わさっていくと、やがて十メートルを超える巨大な人型を形成した。
「これならどうッスか!」
ノンナの意思によって岩石の巨人は肩を大きく引き、巨大な拳をヒナへ振り下ろす。
「……邪魔です」
ヒナは不快そうに眉を寄せて頭上に視線を向けた刹那、禍々しくも巨大な魔法陣が激しく回転しながら岩石の巨人の頭上に展開される。それは瞬く間に二重、三重と展開され、中心に悍ましい魔力が収束し始める。
「消えなさい」
魔法陣の中央から一切の光を飲み込むような闇の魔光が降り注ぎ、十メートルを超える岩石の巨体を頭頂部から貫通した。岩石の巨人は結合を保てなくなり、粗い砂のように細かく分解し、広場へ崩れ落ちていく。
「……さすがッスね」
ノンナは舞い上がる粉塵から数歩後退し、片腕を顔の前に翳した。
「元、世界最強ギルドの一角。腐っても『天下の六柱』ってわけッスね」
「……その名で呼ばないでください」
「嫌ッスね。都合悪くなったからって、過去を消せると思ってるんッスか?」
ヒナは無表情を保とうとしながら、確かにノンナから視線を逸らした。
「……過去の栄光など、今の私には無価値です」
「じゃあ、その顔は何ッスか」
「黙りなさい」
ヒナの足元に、闇の魔力が渦を巻きながら集まり始める。
「私はただ、与えられた任務を遂行するだけ」
「任務って……誰から?」
「…………」
「母親? それとも……大魔王? どっちにしろ、魔王か──────ッ!?」
ノンナに喋る猶予すら与えないかのように、ヒナが先制を取る。ヒナが指先を前へ伸ばした瞬間、黒い刃がどこからともなく現れ、空間を引き裂きながらノンナの首元を狙って一直線に肉薄した。
「くっ……!」
ノンナは地面から石壁を引き上げ、寸前で黒刃を受け止めた。
「急に殺意高すぎッスよ!」
「あなたなら避けると判断しました。もっとご褒美しますよ」
「なっ!?」
ヒナは幾度も闇の刃を生み出し、無造作にノンナへと放ち続ける。
しかし、ノンナは岩壁の陰へ身をを隠しながら、そのまま地面へ片手を押し当てると、至る所から岩壁が地面から現れ、攻撃を阻止する。
「防いでばかりでは勝てませんよ」
ヒナは次々と隆起する岩壁を闇の刃で切り裂きながら追撃するが、ノンナは岩壁から岩壁に場所を変え、決して真正面から応戦しない。
「……ちょこまかと」
ヒナの眉間に、苛立ちが刻々と浮び上がっていく。
「目障りですッ」
「ハッ、単純な力押しじゃ、アタシの守りは抜けないッスよ!」
「なら、その守りごと全て破壊するまで」
「そういうのが、力押しだって言ってるんッス!」
ヒナの闇刃が複数の岩壁をまとめて切断するが、その間にノンナは地中へ魔力を流し続けていた。
「──────そこッス!」
ノンナが掌を地面に握り込むと、ヒナの真下にあった地面が急速に軟化していき、泥濘へ変貌した。
「……小賢しい」
ヒナは足が沈む前に飛翔するが、待っていたと言わんばかりに、ノンナが両手を空に突き出した。
「そりゃぁぁぁぁッ!」
「──────ッ!」
液状化した地面から無数の巨大な泥の腕が伸び、空中のヒナを四方から包囲した。
「……っ」
茨のような泥の腕はヒナの肢体を縛り上げ、身動きを完全に封じる。
「逃がさないッスよ!」
さらに周囲に散らばる膨大な量の瓦礫がノンナの意思に従うように宙へ浮かび上がると、一斉にヒナへと飛翔した。
「これくらいで──────私が倒れるわけがないでしょうッ!」
ヒナは全身を包み込むように魔力を放出させると、体を縛り上げていた泥の腕は闇に呑まれ、焼き切れるかのように分解されていく。
さらに、殺到する瓦礫はヒナに直撃する寸前で、体の周りを激しく渦巻く魔力に触れた瞬間から、完全に消滅させていく。
「……相変わらずバケモンか!? ヒナ=ノーノン……。やっぱりお前は、元Sランク……三位なだけある」
「褒めても何も出ないですよ」
するとヒナは両腕を左右へ大きく広げ、魔力を集中させる。
その身から滾るように溢れ出した膨大な魔力が頭上へと収束し、凄まじい密度で凝縮されていく。ついには、空間そのものを内側から破裂させんばかりの圧を放つ、闇の球体が顕現した。
「少し、本気を見せましょう。あなたにこれを防ぎ切れますか」
ヒナの体がゆっくりと宙へ浮かび、闇の球体の目前まで運ばれていく。やがて彼女はそれを両手で包み込むと、胸元へ引き寄せ、そのままゆっくりと捻じる。
「──────『ダーク・マター・エクスプロージョン』」
「──────ッ!?」
凝縮されていた闇の魔力が全方位へ急激に拡張し、森羅万象を呑み込んでいき、その存在を消滅させていく。
(これは『魔王』級魔法!? まずい……! 防がなければ、城まで被害が!?」
ノンナは咄嗟に甚大な数の岩壁を正面へ重ねながら、腰を落として両足に力を込めた。
地面に張り付いていなければ、自身すら闇に呑まれてしまいそうだった。
「一枚、四枚……六……まだ破壊される……!? 壁を作り直して……! 絶対に城だけは守るッス……!」
しかし、壁の生成が間に合わずに、最前列の岩壁が崩壊し、その後ろの壁も次々と削り取られる。
「この……ッ!」
だが、残り数枚の防壁になったところで、ようやくヒナが放った魔法の威力が弱まった。
ノンナは数メートル後方まで押し退けられ、荒い呼吸を繰り返しながら顔を上げた。
「……バカみたいな威力ッスね。危うく死ぬところだったッス。城ごと吹き飛ばす気ッスか」
「必要であれば──────」
煙の向こうから、億劫そうなヒナが傷一つない姿で歩み出てくる。
「国ごと消し去ります」
ノンナはその言葉を聞き、眉を寄せた。
「さっきまで、『これ以上死者を増やしたくない』とか言ってたじゃないッスか……。それが今じゃ、国ごと消すって?」
「…………」
ヒナの身から迸る魔力が、さらに一段と膨れ上がる。
それでもノンナは臆することなく、真正面からヒナを睨みつけた。
「そこまでして、いったい何に尽くしてるんッスか! かつて英雄と謳われたお前が、どうしてここまで堕ちた!?」 「世界を……救った?」
ヒナの口元が大きく歪んだ。
次の瞬間、堪えきれない感情を叩きつけるように、激しい剣幕で地を踏み鳴らす。
「そんなものは、結果論に過ぎません! 私は……世界なんて、救いたかったわけじゃない……!」
「なら、なんで……!」
「ただ、自分の居場所を守りたかった」
ヒナの瞳に、長い年月の底へ押し込めてきた憎悪が滲む。
「仲間がいて……母がいて……私を必要としてくれる場所があれば、それだけでよかった」
「だったら、なんで──────」
「分からないッ!」
ヒナが声を張り上げ、ノンナを睨みつけた。
「分からない……分からないんです……! 私は……いったい、何がしたかったのか……ッ!」
その叫びに呼応するかのように、ヒナの背から巨大な闇の翼が噴き出した。
「自分が何を考えているのかさえ、もう分からない……! 目が覚めたときには、ボロボロになって捨てられていた私がいて……! そんな私を拾ってくれた『母』は、私を可愛がってくれた……!」
「…………」
「本当の母親みたいに……ずっと寄り添ってくれた。だから私は、そんな母のために生きたかった……! 母が、人間として生きてほしいと願ってくれたから……必死に努力してきた……ッ。いつか一人前になれたら……今度は私が、恩を返せるようにって……その一心で……!」
黒い翼を大きく広げ、ヒナの体がゆっくりと宙へ浮かび上がる。
「だけど……現実は、あまりにも非情だった……! 私のせいで……母はいいように利用されて……数え切れないほど迷惑をかけた……ッ。なのに私は……何も、何もできなかった……!」
ヒナの声は言葉にできないほど酷く震えていた。
怒りなのか、悲しみなのか。それすら本人には分かっていないようだった。
「出来損ないの私は……まだ、何ひとつ恩を返せていない……! なのに、こんなところで……こんな苦しいことまでして……私は……ッ」
ノンナは固く拳を握り締め、その姿を見上げた。
ヒナの言う母とは、魔王のことだろう。
魔王と呼ばれる存在に、そこまで深い情があることをノンナは俄かには信じられなかった。
だが、今のヒナの姿を見れば分かる。少なくとも、彼女が語った母への想いに偽りはない。
「……ですが」
ヒナは震える声を押し殺し、再びノンナを見下ろした。
「母が背負っているものは、私なんかよりずっと重い。私はまだ……母のために、何ひとつ成し遂げていない」
ヒナの瞳に再び、暗い決意が宿る。
「だから必ず……母が喜んでくれるような結果を、残してみせる」
「……それ、本当に母が望んだことッスか」
「……!」
その瞬間、ヒナの表情が凍りついた。
「母親が望むのは、魔王の使い魔として役に立つことなんかじゃない。きっと────あんたが普通に生きることッス」
「…………」
「今こうして国を滅ぼそうとしていることが、本当に母の望みなんスか!?」
「黙れッ!」
「なら、自分の口で言ってみろッスよ! これが母の望みだって!」
「黙れと言っているでしょうがッ!」
ヒナは全身を震わせながら、突如として右手を天に掲げた。
瞬間、指先から闇の魔力が雷光のように空を駆け、上空を覆う黒煙を突き抜けた。そのさらに高みで、闇色の光点が次々と結ばれていき、幾重もの円環と複雑な紋様を刻む、八芒星の巨大な魔法陣へと変貌していく。
「なっ……あんたねぇ……!?」
ノンナは思わず顔を覆い、その巨大な魔法陣を前に息を呑んだ。
低く唸るような、膨大な魔力が大気を揺らし、庭園広場の石畳さえ軋む。やがて回転する魔法陣に魔力が収束していくと、幾千もの黒紫の光が降り注ぎ、地上を蹂躙していく。
「──────邪魔なものは全部消せばいい!」
「ヒナッ!」
「あなたもッ!」
魔法陣から無数の稲光が一閃すると同時に、地上を黒い稲妻が踊り狂う。
ノンナは岩壁を何度も生成してヒナの攻撃を防ぐが、一瞬にして破壊されていく。
「ガリロルザも! 全部、全部──────」
ヒナの表情が泣き笑いのように歪んだ。
「──────壊れてしまえばいい!」
稲妻が庭園広場を執拗に穿ち、ノンナの展開した岩壁を次々と削り取る。
「くっ……! 狂ってやがるッス……!」
ノンナは歯を食いしばり、両手を地面へ押し当てながら岩壁に魔力を供給し続けた。
「アハハハハ!」
空中のヒナは両腕を広げ、崩壊していく景色を虚ろな瞳で見下ろした。
「壊れろ! 全部壊れてしまえ!」
それは、見るに堪えない姿だった。
仲間を裏切った罪悪感や、母親への狂信、自分の選択が間違っていたのではないかという疑念。
長年押し込め続けた、ヒナにも理解しがたい感情が、ノンナの言葉によって抉られた一つの亀裂から溢れ出している。
「……クソッ」
ノンナは岩壁の陰からヒナを見上げ、唇を強く噛んだ。
怒りより先に胸へ湧き上がってきたのは、苛立つほど強い哀れみだった。
「あんな顔して……何が漆黒の女王ッスか。……ただの迷子じゃないッスか……!」
ノンナはしばらく俯きながら、やがて精悍とした表情を満々に湛え、目尻を吊り上げた。
「アタシは『不朽の栄光』ッス。人を守る。希望を見せる──────」
ノンナの頬に雷が掠り、火傷を刻んだ。
「それが英雄ってもんッスよね」
なんと、ノンナは防御魔法を解除し、ヒナを真っ直ぐ見上げた。
そして歩を一歩、さらに一歩と進めていく。
「あんたが昔、本当に英雄だったんなら……今すべきことは分かるはずッス」
「黙れッ!」
「いい加減に目を覚ますッスよ、ヒナ=ノーノンッ!」
上空の魔法陣から特大の稲妻が放たれた。
ノンナは避けることもせず、全身に魔力を巡らせると、露出した肌から徐々に岩石へと変質していく。
「来いッスよッ!」
直後、ノンナは稲妻を真正面から受け止めた。その瞬間から、岩石化した皮膚の表面が削れ、亀裂の隙間から鮮血が滲み出す。
「ぐぅぅぅぅッ……! こんなんで……!」
ノンナの膝が沈みかける。だが、ここで倒れては、英雄にはなれない。
(さすが……アンタの強さは本物ッス。その強さが、世間の憧憬の的になって……。少なくとも、アンタに憧れて冒険者になった人もいるはずッス。そんな奴が、こんなことしてッ!)
特大の稲妻が弱まった、その瞬間、ノンナは岩石化を解除し、両脚へ魔力を集中させた。
「──────ここで止まってたまるかッス!」
「なぜ……」
ヒナが目を見開き、大きな隙を見せた。
ノンナの折れない心、そして果敢に真正面から挑む勇猛さに、体が完全に固まった。
「なぜ、そこまでして……!」
ノンナは頬の血を拭いながら、凛とした笑みを浮かべて顔を上げた。
「───────なッ!?」
ノンナは地面を踏み込んだ刹那、一直線にヒナへ肉薄した。ヒナが反射的に魔力障壁を形成しようと片腕を上げる。
「歯ァ食いしばれッス!」
しかし、すでにノンナの拳はヒナの眼前に迫っていた。
「目を覚ませぇぇぇッ!」
「────ッ!」
ノンナの右腕が肩から拳まで巨大な岩塊へ変化し、その拳がヒナの左頬へ正面から叩き込まれた。
ヒナの身体は地面に墜落し、砕けた石畳の上を高速で転がりながら、庭園の端に積み重なっていた瓦礫に衝突した。




