26
王城の庭園広場。
そこはかつて、ガリロルザ国の栄華を象徴する式典や祝祭が催された華やかな場所だった。
王家の紋章を象った花壇、美しく磨き上げられた大理石の歩廊、王族と来賓が談笑するために設けられた噴水。
しかし、その面影は、ほとんど残されていなかった。
最後の砦なだけあってか、国の中でも被害は一番少ないものの、大理石は砕け、花壇は焼け焦げ、噴水の石像も胴体から折れて地面へ倒れている。
そんな道を退屈そうに、ヒナは歩み続ける。
「……ここですか」
ヒナは広場中央まで進むと、王城の正面玄関へ視線を向けた。
多くの気配があった。魔力感知による索敵範囲を広げれば、城内の奥深くに多くの人間が集まっていることが分かる。
「ひとまず、まずは話を、か」
その瞬間、ヒナの視線が鋭く横へ流れた。そこの地面の一部が、不自然に隆起していた。
「……!」
ヒナは上体を後方へ反らし、足元から突き上がった岩槍を紙一重で回避した。
続いて左右の地面が崩れると、複数の石柱が生えるように現れ、ヒナを挟み潰すように迫る。
「奇襲とは──────」
ヒナは空中へ身体を浮かせながら片腕を払った。闇の球体がヒナの付近に無数に現れると、接近した岩石をブラックホールのように内部へ吸い込み、やがて消滅させる。
空中で浮遊しながら、ヒナは周りに視線を巡らせた。
「……随分と穏やかではありませんね」
「──────敵の親玉が一人でノコノコ入ってきたんッスよ?」
破壊された噴水の陰から、一人の少女が肩を回しながら姿を現した。
「どんなに汚い手でも、狙わない方が失礼ってもんッス」
土埃に汚れた衣服を気にも留めず、不敵な笑みを浮かべる少女──────『不朽の栄光』の土の使い、ノンナだった。
「……ノンナ」
「どうもッス、ヒナ。久しいッスね」
ノンナは両手を腰へ当て、わざとらしく頭を下げた。
「王城までわざわざお越しいただいて、ご苦労さまッスね」
「こちらこそ、ですが……」
ヒナはノンナではなく、その背後にある王城へ視線を向けた。
「なぜ、あなたがここにいるのですか」
「なんでって、王城を守るためッスけど?」
「そういう意味ではありません」
ヒナは眉根を寄せ、怪訝そうにノンナを見つめる。
「あなたは、この国を覆う結界の維持を担当していると聞いていました。それなのに、あなたは今、私の目の前にいる」
ヒナは右手をゆっくりと掲げ、空中へ漂う魔力の流れを指先で確かめた。
「にもかかわらず……結界は消えていません」
城に張り巡らされている結界は、依然として健在だった。
「……どういうことでしょう」
ノンナは一瞬だけ口元を引き結んだが、すぐに肩を竦めて笑みを取り戻した。
「さあ? アタシにもよく分かんないッスね。まあ、こっちにも奥の手ってのがあるんス」
「嘘が下手ですね」
「そっちこそ、敵に何でも教えてもらえると思ってるんッスか?」
「……それもそうですね」
ヒナは深追いせず、静かに地面へ降り立った。
「ならば、まず話をしましょう」
「話?」
「私は、戦いを続けるために来たわけではありません。今しがた、近衛師団にも同じことを伝えたのですが」
「その割には、近衛師団をぶっ飛ばしたようで?」
「殺してはいません」
「そこ、胸張るところッスか?」
「少なくとも、殺す必要のない者まで殺すつもりはありません」
ノンナはその顔を数秒見つめ、腕を組んだ。
「……じゃあ、何しに来たんッスか」
「降伏を提案しに来ました」
「帰っていいッスよ」
「まだ条件を説明していません」
「聞かなくても大体分かるッス」
「いいえ。あなた方が想像しているより、遥かに軽い条件です」
ヒナは淡々と続けた。
「我々が求めているのは、王城の捜索。それだけ」
「……何ッスか、それ」
ノンナの表情から、明確な困惑が浮かぶ。
「そんなもんのために、お前たちは人を殺して、国を落とそうと……!」
「落ち着いてください。私だって、別にこのようなことは望んでいない」
ヒナはノンナの反応を注意深く観察した。
「……これ以上、私も無駄な殺生は避けたい。王城内の捜索を認めてください」
「それをすれば……戦争は終わる?」
「ええ。ですが、あなたたちが素直に要求を飲むとは思えない……。隙を突かれて反逆されては、こちらも対処できないではない。そうでしょう?」
「他に、要求があるんスか」
ヒナは指を突きだし、ノンナを指す。
「ノンナ。あなただけは生け捕りにします」
「なっ……! ふざけてるんスか!?」
ノンナは驚嘆し、数歩後ろに下がった。
「あなたが生け捕りになり、命令に従うなら、ガリロルザ側もおとなしくするはず。最高戦力である不朽の栄光……。そんなあなたを野放しにしておけば、何が起きるか分かりません。我々に従ってもらいます」
「舐めたことを……!」
「しかし、そうすればガリロルザ国への侵攻は止めます。どうです。悪くない──────」
「ふざけるなっ!?」
ノンナは自分の胸を親指で指し、呆れた顔を浮かべた。
「なんでアタシがお前らに捕まんなきゃいけないんスか!」
「あなたが応じれば、これ以上ガリロルザで戦闘を継続する理由はなくなると」
「…………」
「それだけで、我々の目的の大半は達成される」
ノンナも生け捕りにでき、七光玉の捜索もできる。これ以上ない穏便な終わらせ方だ。
「城内には、多数の避難民がいますね」
ヒナは王城へ目を向けると、ノンナの顔から笑みが消えた。
「……その人たちを人質にする気ッスか?」
「いいえ」
ヒナは即座に首を振った。
「これ以上、死者を増やしたくありません」
冷淡だった声が、ほんの僅かに柔らかくなった。
「ガリロルザ王は城下町の掃討で身動きが取れず、主戦力も各地で分断されています。この国は既に劣勢。それは、ノンナ、……あなたにも分かるはず」
「…………」
「ここで降伏すれば、少なくとも王城にいる民間人は戦火から守れる。いや、守ってみせる。約束しましょう」
ヒナはノンナを正面から見据えた。
「もう一度言います。悪い条件ではないはずです」
ノンナはしばらく沈黙したあと、鼻から長く息を吐いた。
「……本気で言ってるんッスね」
「冗談を言うために、ここまで来たわけではありません」
「だから厄介なんッスよ」
「……何がですか」
「自分が正しいことしてるって、本気で思ってるところッス」
その言葉に、ヒナの瞳が細くなる。
「別に、私は正義を語った覚えはありませんが」
「でも、『これが正しい』みたいな顔してるじゃないッスか……!」
「それが?」
「こっちは、何も知らずに国を侵略されて、仲間を傷つけられて、全部壊されて」
ノンナはヒナへ一歩近づいた。
「そのあとで『降伏したらもう殺しません』って言われて、はいそうですかって頭下げられるほど、こっちも単純じゃないッスよ」
「なら、あなたの感情一つで、この先も国民を危険に晒す方が正しいと思うのですか」
「そういう言い方がムカつくって言ってるんッス」
怒りに震えるノンナの体に、魔力が満ち始める。
「ヒナ」
ノンナは拳を握り、眼前に構えた。
「あんたは、何を守りたいんッスか」
「……」
「国でもない。仲間でもない。自分でもない」
「あなたには、関係ありません」
「母親ッスか?」
ヒナの瞳が動揺に見開かれ、表情が曇る。
「……口を慎みなさい」
「仲間を裏切って、世界を敵に回してまで、魔王の使い走りがしたかったんッスか? そうなんスか……?」
ヒナの周囲に激しい闇が漂い始める。
バジル。
そして、かつて隣で笑っていた四人。
『天下の六柱』として肩を並べ、戦い、食事をし、くだらないことで笑い合った仲間たちの顔が、一瞬だけ鮮明に脳裏を過ぎる。
「……あなたに──────」
ヒナは爪が食い込むほど掌を握り締め、その記憶を強引に押し込めると、伏せていた瞳を上げた。
「──────私の何が分かるというのですッ!」
ヒナは膨大な魔力を解き放ち、辺りの瓦礫をことごとく吹き飛ばしていく。
ノンナは土壁を作り出すと、それに掴まって突風に耐える。
「……分かんないッスよ」
ノンナは即座に返し、囃し立てるように鼻で笑った。
「そんな歪んだ考え、知ったこっちゃないッスね」
ノンナが地面へ足を踏み込むと、大地に膨大な魔力が流れ込んだ。
「アタシは今を生きてる人たちを守る……それだけッス! お前たちの言いなりなんかになるわけないッス!」
地面の亀裂が広場全体へ走っていく。
「それが『不朽の栄光』の使命ッスからね!」
「交渉決裂……ですか。なら──────」
ヒナが魔力を体から解き放つと、背後に無数の魔法陣が六芒星を描き、回りながら展開される。その中心が星のように光り、魔力を募らせていた。
「力で止めてみなさい」




