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全ては『ミライ』のために  作者: アベル
ガリロルザ 編

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24

 ツルカは這うように身体を起こし、瓦礫に埋もれたミライに向かって走る。


「ミライちゃん、返事して! ねえ!」


 反応はない。沈黙したミライの体だけが、ツルカの腕の中にあった。


「ミライちゃん……!」

「……チッ」


 バリオンは拳に付いた金属片を指先で摘まみ、不快そうに地面へ投げ捨てた。


「あの鉄屑、邪魔しやがって」


 その時、ツルカの表情が一気に色を無くした。


「……鉄屑って言うな……」

「はぁ?」

「ミライちゃんを……鉄屑って言うな」

「鉄屑だろうが」


 バリオンはツルカの腕の中で機能を停止したミライに、一瞥を向ける。


「大体、なんであの人形が反逆してんだ? あれは俺たちの道具のはずだろ? まあ、どうでもいいがよ。道具の分際で、随分と立派な真似しやがる」

「……道具……だって……?」


 ツルカはミライを静かに置くと、バリオンに向き直った。拳を握り、凄まじい勢いで突貫する。


「ミライちゃんを道具呼ばわりするなッ!」


 神速にも似た拳が、バリオンの顔面に肉薄した。

 しかし、バリオンは愉悦に歪ませた笑みを浮かべると、眼前に迫るツルカの横腹に、蹴りをめり込ませる。


「ぐふっ……!」


 ツルカは吹き飛ばされ、地面を引きずりながら何とか着地する。


「ぐ……」


 しかし、たった一度の蹴りを決められただけで、ツルカの体が悲鳴を上げていた。激痛が全身を苛み、手で押さえてしゃがみ込む。普通に立つこともままならない。


「てめえが俺に指一本でも触れられると思ったか、ゴミが」


 バリオンは拳を鳴らして、ツルカに歩み寄る。


「さて、邪魔者はいなくなった」


 一歩。さらに一歩。バリオンが距離を詰めるたびに、ツルカの足は反射的に後ろへ下がっていく。


「来ないで……」

「さっきまでの威勢はどうした。守るんじゃあ、なかったのか?」

「来るな……!」


 後退るツルカの背中が廃屋の壁に突き当たった。

 逃げ道を探すように左右へ視線を走らせるが、左右には炎、前方にはバリオン、背後には石壁しかない。


「終わりだな」


 バリオンが右手を掲げると、周囲を浮遊していた無数の火球が、一斉にバリオンの掌の前へ集束していった。 

 凝縮されていく熱によって、周囲の空間はねじ曲げられたかのように軋んでいく。


「待って……」

「何んだ、命乞いか?」

「……っ」

「じゃあ、死ね」


 バリオンはツルカを見下すと、掌を突き出した。


「『焦熱地獄』」


 圧縮された膨大な炎が一斉に解放され、地獄のような灼熱がツルカの身体を完全に呑み込んだ。


「────うわああああああああッ!」

《マスターッ!》


 炎の中でツルカの身体が弓なりに反り、絶叫が響いた。

 辛うじて光の力が反射的に肉体を包むものの、それすら瞬く間に削り取られ、全身へ容赦のない熱が押し寄せていく。


「っぺっ……、す〜ぐ丸焦げじゃねえか。何が光の子だ」


 やがて炎が消えた時、ツルカは地面へ伏していた。

 着衣の大半は焼失し、白かった肌には夥しい数の火傷が刻まれていた。


「……ぁ……」


 僅かに、ツルカの乾いた唇だけが動いた。


「──────ハハハハッ!」


 バリオンは肩を揺らしながら笑い、倒れているツルカの前まで歩み寄った。


「どうだ、俺の炎の味はァ!?」


 バリオンは片足を上げ、ツルカの頭を踏みにじった。


「う……っ……」

「やるな……まだ生きてやがるのか」


 バリオンは感心したように眉を上げる。


「そこは、流石だな、光の子。しぶとさだけは認めよう」

「……どけ……」

「なに?」

「足……どけろ……」

「まぁだそんな口が利けんのか、カス」


 踵にさらに体重を掛けながら、バリオンは口角を吊り上げる。


「なあ、光の子」

「……」

「お前、なんでそんな必死なんだ?」


 ツルカの目が、少しだけ動いた。


「仲間を、守るためか?」

「……」

「世界を、救うためか?」


 どれだけ問いただしても、ツルカの言葉は出なかった。


「綺麗事ばっか並べやがって」


 バリオンは鼻で笑うような表情を浮かべ、しゃがみ込んだ。


「反吐が出るぜ」

「……お前に……何が分かる……」

「分かるさ」


 バリオンはツルカの焼け焦げた髪を鷲掴みにし、力任せに顔を上げさせる。火傷によって濡れた瞳が、バリオンの顔を激しく睨み上げていた。


「教えてやるよ」


 バリオンはツルカと顔を合わせ、醜悪な笑みを向ける。


「お前が守りたがってる世界なんてな、所詮は弱肉強食だ」

「……違う」

「強い奴が奪う、弱い奴が失う」

「……違うッ!」

「最後に、弱い奴が死ぬ」


 ツルカの髪を引き寄せ、さらに顔を近づける。


「そ れ だ け だ」


 バリオンはミライの残骸へ顔を向けた。


「見ろよ、あの鉄屑を。お前を守ろうとして壊れた」

「……黙れッ……!」

「感情もねえだだの道具が、人間の真似事して盾になったところで……。結局、俺の拳一発でガラクタだ」

「黙れって言ってるだろ……ッ!」


 ツルカが声を張ると、バリオンはむしろ嬉しそうに目を細めた。


「いい顔するじゃねえか。その顔、知ってるぜ。何も、守れなかった奴の顔だ」


 ツルカの瞳が激しく揺れた。


「お前みたいな奴を、俺は何人も見てきた……。そうだ。確か」


 バリオンは何かを思い出したように眉を上げた。


「マリアネも、そうだったなぁ?」


 その名前が耳へ入った瞬間、ツルカの瞳が大きく見開かれた。


「あいつも馬鹿だったぜ」


 バリオンは愉快そうに歯を見せた。


「魔王のくせに、人間なんかに情を移してよ」

「やめろ……」

「しまいにゃ裏切り者になった」

「やめろ……!」

「挙句、存在ごとどっかに消えた」

「やめろッ!」


 ツルカが身体を起こそうと腕へ力を入れるが、焼けただれた腕は震えるだけで、身体を持ち上げることさえできなかった。


「何怒ってんだ」


 バリオンはツルカの髪を掴んだまま、振り子のように左右に揺さぶった。


「やっぱり、あいつは死んだのか? それとも、お前が殺したのか?」

「……黙れ」

「なら、勝手に死んだ? 今さらながら反省して、自害でもしたのか?」

「黙れ……!」

「まあ、どっちでも同じだ」


 バリオンは声を上げて、高らかに笑った。


「無駄死にだよ」


 ツルカの瞳孔が怒りで縮んだ。

 体が小刻みに震え、激しい剣幕でバリオンを睨んだ。


「……取り消せ」

「なんだ」 

「言葉を取り消せ……!」

「嫌だね、無駄死にだっつってんだろ」


 バリオンは髪を掴んだ手に力を込め、ツルカの顔を持ち上げる。


「お前と喋ってて分かったことがある……。そのお花畑の頭ん中、見てて反吐が出る。……俺が思ってること、言ってやろうか」

「な、なんだ……」

「……お前はあいつの封印を解いた。どうせ、あいつは、お前について行こうとしたんだろ」

「……!」

「あいつの性格なら分かるぜ。馬鹿みたいにお人好しだからよ。あいつも、お前も!」

「やめろ……!」

「……大魔王様が来たんだろ……。きっと、命懸けでお前を守った、そうか?」

「……」

「それで結果がこれか?」


 バリオンは屈辱に塗れたツルカの表情を気持ちよさそうに見下ろす。


「マリアネの希望様が、俺の足元で這いつくばってる。さぞかし、あの世で泣いてるだろうなぁ! ハハハッ! 滑稽だぜ!」


 バリオンは愉快そうに肩を揺らし、ツルカの頬を平手で叩く。


「結局、雑魚ってのは希望に縋るしかねえんだな。まあ、俺も少しくらい悲しいぜ?」


 わざとらしく眉尻を下げ、これ以上ないほどの性悪な笑みを浮かべた


「あいつが消えたことはな……。殴り甲斐のある、俺の玩具だったのによぉ!」

「……ッ!」


 その瞬間、ツルカの瞳から、何かが消えた。 

 火傷の痛みも、死に対する恐怖も、守れない絶望も、これまでツルカの縛っていた感情が、急速に呑み込まれていく。

 代わりに胸の最奥から湧き上がったのは、言葉にできないほどの濃密な憎悪だった。


(……許さない)


 マリアネの笑顔が脳裏を過ぎった。

 優しく頭を撫でてくれた手。

 不器用な励まし。

 最後まで自分の未来を願ってくれた想い。


(許さない)


 それらすべてを、その生き方を、命を懸けた選択を、目の前の男は、面白半分に踏みにじったのだ。


《マスター、落ち着いてください。正気を……!》


(こいつだけは、絶対に)


《精神汚染値が急速に上昇しています! 感情を抑制してください!》


 だが、アイナの声が遠ざかっていき、その声は届くことがなかった。


(──────こいつだけは、絶対に、殺す)


《マスター、その力だけは解放してはいけませんッ!》


(殺す)


 次の瞬間には、ツルカの瞳からすべての光が失われた。

 地面へ伏した身体の下から黒色の魔力が染み出し、おどろおどろしい闇となって周囲へ広がっていく。


「……なんだ?」


 バリオンの笑みが止まった。

 ツルカの髪を掴んでいた手を離し、素早く数歩後退する。


「なんだ、その力は」


 闇がツルカの全身を包み込む。

 マリアネから託された『四封の暗黒』。ツルカの殺意に呼び覚まされるように、その力が強制的に解放されていく。


《マスター、いけませんッ!》

「……うるさい」


 ツルカは両手を地面へつき、傷だらけの身体を起こした。


「今は……何も考えたくない」


 黒い魔力が火傷へ纏わりついていく。

 欠損した身体組織そのものが暗黒へ置換され、人間としての肉体構造とは異なる何かへと変質していた。


「……なんだ、それ」


 バリオンは先ほどまでの余裕を失い、足幅を広げて構えを取る。

 初めてバリオンが真面目な表情を浮かべた。


「…………」


 ツルカが顔を上げるが、その碧眼は完全な白眼へ変わっていた。その中心で、縦に裂けるような赤い瞳孔だけが、バリオンに異様な光を放っていた。

 頬や首筋には黒い紋様が血管のように走り、その周囲を暗黒の粒子のようなものが、絶え間なく循環していた。

 ツルカの表情には怒りすらなかった。

 憎悪を通り越した無の表情。ただ、バリオンを殺すと言った機械的な殺意だけ、その幼い顔立ちから溢れんばかりに剥き出しにしていた。


「……おい」


 バリオンは唾を飲み込むように喉を動かした。


「その力……なんだ。」


 ツルカは答えなかった。


「聞いてんだよ、光の子!」


 呼び掛けにも反応しない。ただ、赤い瞳孔だけがバリオンを捉えている。


「……闇……か? 光の……子が? いや……違う」


 バリオンは纏う炎をさらに強くしながら、ツルカから距離を取る。


「似てるが……もっと深い」


 視線だけはツルカから外さない。外した瞬間、死ぬ気がしていたのだ。


「なんなんだ、お前は……」


 そこで、バリオンの表情に恐怖が浮かんだ。

 先ほどまでバリオンが見下していた光の子は、すでにそこには存在しなかった。

 目の前に立っているのは、魔王である自分でさえ本能的に危険と感じる、悪魔そのものだった。


「来るな」


 バリオンが片腕を前へ出し、努めて堂々と宣言する


「そこで止まれ」


 ツルカは覚束ない足取りで、一歩だけ足を前へ出した。


「止まれっつってんだろ!」


 バリオンの周囲へ炎が膨れ上がり、ツルカに攻撃を放とうとした時だ。


「────■■■■■■■■ッ!」


 ツルカの口から、言葉すらない咆哮が迸った。

 同時に、ツルカを中心として周囲の景色が急速に変貌していく。

 炎の赤は黒へ沈み、瓦礫の色彩は灰へ失われ、空を覆っていた橙色の光さえ、暗黒の領域へ吸い込まれるように消えていき、広場全体が無彩色の世界へ塗り替えられていく。


「な……! なんなんだよ、これは──────ハッ!?」


 バリオンが驚愕に怯んだその時、ツルカは無表情のまま、片足を前へ出した。


「────ぐアァァッ!?」


 ツルカが一歩踏み出しただけで甚大な衝撃波が生み出され、バリオンに向かって一直線に襲いかかる。


「防げ────ッ!」


 バリオンは両腕を交差させ、全身の炎を前方へ集中させた。

 しかし、防御に回した炎は衝撃波に触れた瞬間から暗黒へ侵食され、その形状を維持することさえできずに消失していく。


「なんだコレはァァァッ!」


 バリオンの体が後方へ吹き飛ばされた。

 幾重もの建物を貫通していき、そのたびに石材と木材を撒き散らしながら、バリオンは数百メートル先の城壁へ叩きつけられた。


《マスター……》


 アイナの声に応える気配は、一向になかった。

 ツルカの両目から漏れ出した暗黒の魔力が頬を伝い、煙のような尾を引きながら宙へ消えていく。

 その黒い軌跡は、失ったマリアネへの涙のようでありなから、そこに悲しみを理解する理性はもう残されていなかった。

 広場の中心に佇んでいたのは、マリアネの死を悲しむ一人の少女ではなく、マリアネの願いさえ呑み込んで暴走を始めた、底知れぬ暗黒そのものだった。

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