表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全ては『ミライ』のために  作者: アベル
ガリロルザ 編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/84

21

 別区画ではツルカとミライが瓦礫の迷路を駆け抜けていた。


「ジンたち、どこに行ったんだろう……」


 呼吸を整える間もなく、細い路地へ身体を滑り込ませる。


「マリナも、ナユも……無事だよね」


 ミライはツルカの斜め後方を走りながら、視線を周囲へ巡らせた。


「回答不能」

「そこは嘘でも『無事です』って言ってよ」


 ツルカは眉尻を下げ、胸元を片手で押さえた。

 考えれば考えるほど、恐ろしい光景が脳裏へ浮かんでしまう。

 倒壊した建物の下敷きになっているかもしれない。

 バルゴゾーンに囲まれているかもしれない。

 既に取り返しのつかない状態になっているかもしれない。


「……考えちゃ駄目だ」


 ツルカは首を左右へ振り、暗い想像を振り払った。


《マスター。呼吸が乱れています》


 脳内へ響くアイナの声は、いつもの皮肉を抑えた真剣なものだった。


《焦燥は視野を狭めます。今の状態では、判断を鈍らせますよ》

(分かってるよ! でも、じっとしていられるわけないでしょ!)

《立ち止まれとは言ってません。冷静になりなさい》

(それができたら苦労しないよ!)


 ツルカは焦燥に駆られながら、ただ無心で走り続けた。


「マスター。前方、敵性反応、五」

「分かった!」


 路地の奥から、五体のバルゴゾーンが姿を現した。

 ツルカは速度を落とさず、先頭の個体へ踏み込む。振り下ろされた剣を受け流し、懐へ潜り込んで掌底を胸部へ叩き込んだ。衝撃で吹き飛んだ機体が、後続の二体を巻き込んで転倒する。


「ミライちゃん、右!」

「承知」


 ミライは短く身を沈めて初撃をかわすと、その個体の腕を掴んだ。そのまま肩を支点にして投げ飛ばし、倒れたところで魔導砲を撃ち込む。


「左からもう二体!」


 ツルカは身を翻し、敵の首元へ回し蹴りを決め込んだ。頭部が胴体から外れ、隣の建物の壁へ突き刺さった。

 ミライはツルカの死角へ滑り込み、最後の一体が振りかぶった刃を内蔵されたパイルバンカーで受け止める。


「背後は任せてください」

「ありがとう!」


 その隙にツルカは最後の一体を破壊し、膝に両手を置いて息を整えた。


「はぁ……。次から次へと……」


 ツルカは額の汗を袖で拭い、沈黙したバルゴゾーンの残骸を見下した。


「ミライちゃん。こいつら、どうしたら止まるのかな」


 ミライは片膝をつき、倒れた機体の胸部へ指を差し入れた。


「解析します」

「何か、分かりそう?」

「……はい。私と構造は多少異なるようです。……素体に血液が見られます。臓器や器官を使用しているようですが……なんでしょう。それもあってか、高度な魔力循環が可能のようです」


 ツルカは何も言えず、ミライの横顔を静かに見つめていた。

 ミライも同じだよ、だなんて、口が裂けても言えなかった。


「しかし、明確な違いは、完全な自律型ではないというところ」

「ど、どういうこと? この人形たちは、考えて行動しているわけじゃないの……?」

「限定的な判断能力は有しています。ただし、行動方針そのものは、上位個体から受信している可能性が高いです」


 ミライは立ち上がり、指先についた黒い油を眺めた。


「……マスターと従僕。指揮官と兵士。あるいは、親機と子機に近い関係」

「つまり、命令している奴がいる……?」

「肯定します」

「なら……そいつを倒せば、全部止まるの」

「……確実とは断言できません」

「また正直すぎる答え……」

「……ですが、司令塔を破壊、あるいは無力化すれば、指揮系統を失った個体群は機能不全に陥ると予想されます」

「機能不全って?」

「……活動停止。命令の重複。敵味方の識別能力低下。戦闘効率の大幅な減衰」

「要するに、今より戦いやすくなるんだね」

「……その認識で問題ありません」


 なら、その司令塔を破壊する他ない。


《所詮は命令に従う人形ですからね。司令塔からの命令が途絶えれば、統率は崩壊します。新たな増援の投入も抑制できるかもしれません》

(じゃあ、その司令塔を探せばいいんだ)

《見つけられるのであれば、ですが》


 ツルカは改めてミライに向き直った。


「ミライちゃん、その司令塔? の、場所は予想できそう?」


 ミライの瞳が細く明滅し、周囲へ複数の探査波を放出する。


「……索敵を試みます。……広範囲に強力な魔力干渉を確認。複数の信号が混在しており、正確な特定は困難です」

「大体でもいいよ!」

「……この区画で最も強力な信号は、王城前広場付近から発信されています」

「王城前……」

「……司令塔が存在する確率は、おおよそ五十パーセント」

「十分高いねっ!」


 ツルカは背筋を伸ばし、王城の尖塔が覗く方角へ顔を向けた。


「なら、そこへ行こう。司令塔を壊せば、みんなも助かるかもしれない」

「……危険度は現在地より高いと予測されます」

「それでも行こう」

「……マスターの仲間との合流はどうされますか」


 ツルカは一瞬だけ目を伏せた。


「本当は、今すぐ探しに行きたいな」


 強く握られた拳は胸元に寄せられ、酷く震えていた。


「でも、みんなならきっと大丈夫。まずはこの戦争を終わらせるために、司令塔を探そう」

《少しは、仲間を信用できるようになったようですね》

(信用してたよ、前から!)

《では、その泣きそうな顔は何でしょう》

(これは煙が目に入っただけ!)


 ツルカは涙を引っ込め、大きく息を吸った。


「マスター。涙腺から水分の分泌を確認」

「確認するなぁ!」


 ツルカは目元を乱暴に拭い、気恥ずかしさを振り払うように走り出した。


「王城前へ行こう! そこならもしかすると、みんなとも合流できるかもしれない!」

「……承知。進路を設定します」


 だが、数歩も進まないうちに、ミライが急停止した。

 瞳が激しく赤に明滅し、首が鋭く上空へ向けられる。


「……警告!」

「ど、どうしたの?」

「高エネルギー反応、急速接近……!」


 ミライはツルカの肩を掴み、強引に引き寄せた。

 直後、二人が立っていた場所へ極太の紅蓮が降り注いだ。

 膨大な熱によって石畳は瞬時に融解し、周囲の建物は輪郭を維持できないまま消失していく。灼熱の突風が路地を舐め、ツルカとミライの身体を吹き飛ばす。


「あつっ……!」


 ツルカは地面を転がり、服に燃え移った火を手で払い落とした。


「ミライちゃん、大丈夫!?」

「外装温度、上昇。機能に重大な損傷はありません」

「よかった……。でも、今の、何──────」

「ヒャハハハハハハッ! いい格好だなぁ、おい!」


 炎と黒煙の上方から、耳障りな狂笑が降り注ぐ。

 ツルカは目元を腕で覆いながら空を見上げた。

 黒煙を左右へ押し分け、一つの異形がゆっくりと降下してくる。


「な、なんだ……!」

「ヒヒヒっ……」


 褐色の皮膚と、頭部から伸びた二本の角。腰の後方から伸びる太い尾は、獲物を見つけた獣のように落ち着きなく揺れていた。

 全身には、鎧の代わりに業火が纏わりつき、彼の高ぶる感情と連鎖するように、炎は激しさを増していく。噴き出している熱気は、周囲の空気を熱で歪ませていた。


「お、お前が……」


 四神魔界王──バリオン。

 空中で腕を組み、針のような瞳を見開いてツルカを見下ろしていた。口元には獲物を追い詰めた捕食者の笑みが刻まれ、ツルカを値踏みするように凝視する。


「見つけたぜ。ようやく……見つけた」


 バリオンは首を左右へ傾け、堅苦しそうに肩を回した。


「お前が、……『光の子』、だなぁ?」


 ツルカは喉を鳴らし、無意識に一歩後退した。


「よく分からんが、てめえからは知らねえ気配を少し感じる。大魔王様が言っていた特徴ともそっくりだ。ツルカ……お前の名前か?」

「……っ!」


 全身の感覚が、目前の存在から逃げろと訴えていた。


《彼こそが、四神魔界王バリオン……! マスター。マスターが必死になって倒した、あの竜とも比較になりません。即時撤退して下さい!》

(あれが……四神魔界王……!)


 アイナは冷静を欠いて、ツルカの脳内で叫んだ。


「……マスター。私の後方へ」


 ミライがツルカを庇うように一歩前へ出る。両腕を広げ、バリオンの全身を分析していた。


「おいおい。お人形に守ってもらうつもりか? にしても……そこらにいる人形とは、少し違うなぁ。お前のか? まあいい」


 バリオンは顔を歪め、大きく歯を見せた。


「光の子ってのは、もっと堂々としてるもんだと思ってたが……随分と可愛らしい面してるじゃねえか」

「……僕に、何の用」

「分かってんだろ?」

「わ、分からない」


 ツルカは震える指先を握り込み、バリオンから目を逸らさなかった。


「僕は、お前なんか知らない……」

「俺もお前なんか知らねえよ」


 バリオンは肩を揺らし、愉快そうに笑った。


「だがな、光の子は殺したほうが、大魔王様は喜ぶからなぁ」

「グレイ……?」

「ほぉ、その通りだ。前回は、大魔王様が手加減してくれたおかげで、逃げられたみたいじゃねえか」


 バリオンは片手を持ち上げると、掌の上へ炎が集まり、太陽を縮小したような火球が形成されていく。

 それはただの火球に見えながらも、甚大な魔力が込められた戦略級の威力だった。


「それになぁ、お前はマリアネと随分仲が良かったそうじゃねえか」

「……!」


 その名を聞いた途端、ツルカの肩がびくりと震えた。


「……マリアネ」

「その顔だ。その顔が見たかった」


 バリオンは火球を指先で弄びながら、ツルカへと視線を細める。


「あいつは……死んだのか? 今は行方知れずで、大魔王様も困ってんだ。お前、マリアネの封印を解いたんだろ? なら、近くにいたはずだ」

「……お前……! そんなこと言って、マリアネさんはどれだけ魔界で苦しんできたか……!」

「はん。詳しいことなんざ知らねえよ。だが、お前が関わっていた。そうだろ。別に俺は、あいつが死んだとか、生きてるとか、どぉ~でもいいけどよ。なんだ、お前が殺したのか?」

「違うッ!」

「あぁ?」

「僕がマリアネを殺したんじゃないッ!」


 ツルカは胸元を強く掴み、瞳の奥に涙を溜め込む。


「マリアネは……僕にとって大切な人だった」

「大切な人ぉ?」

「僕を助けてくれた。僕を……優しくしてくれた」


 ツルカは一度だけ視線を落とし、込み上げる感情を押し込むように唇を噛んだ。


「僕が、マリアネを殺すわけない!」

「だったらなんだ。まだ生きてるのか? 実際よぉ、大魔王様はマリアネを探しているが、見つかってないんだぞ」

「それはッ! お前の主──────」


 その時、付近で魔法の爆発が起きた。

 ツルカは思わず言葉を切り、改めてバリオンを見据える。


「まあ、正直、俺はどうでもいい」


 バリオンは笑みが消し、ツルカを冷徹に睨みつけた。


「どうでもいい……?」

「そうだ。あいつが死のうが生きようが、俺の知ったことじゃねえ」


 その言葉を耳にした瞬間、ツルカの瞳から怯えが薄れた。代わりに、静かな怒りがこみ上げてくる。


「……だったら、マリアネの名前を使うなッ!」

「あ?」

「どうでもいいと思っているくせに、あの人のことを悪くいうなんて、許せない!」


 ツルカは片足を後ろへ引き、両拳を構えた。


「マリアネは、お前みたいなクズが……! 軽々しく名前を口にしていい人じゃないッ!」

「ヒャハハハッ!」


 ツルカの精悍とした表情を見て、バリオンは腹を抱えて高らかに笑い飛ばす。


「いいねえ。その目だ! さっきまで震えてたガキが、急に戦士みてえな顔になりやがった! 嫌いじゃねえぜ」


 すると掌の火球が複数へ分裂し、バリオンの周囲へ整然と並ぶ。


「だが、威勢だけじゃ何も守れねえぞ」

「……守る」

「何をだ?」

「仲間も、この国の人たちも、マリアネが守ろうとした世界も!」


 ツルカは果敢に、バリオンをまっすぐ射抜いた。


「はっ、気に入ったぜ、光の子! なら見せてみろぉ!?」


 バリオンが腕を横へ振り抜くと、周囲に浮かんでいた複数の炎が、尾を引く流星のようにツルカへ殺到した。


「ミライちゃん!」

「障壁を展開します」


 ミライが前へ踏み出すと、魔力を出力し両腕の間へ半透明の障壁を形成する。


「出力最大。衝撃に備えてください」


 炎が障壁へ接触した瞬間、その表面が急速に赤熱した。


「……防御限界を超過……!」


 障壁の中央に亀裂が走り、直後に全体が融解していく。


「無駄だ」


 バリオンは両手を広げて空中に浮かぶと、さらに炎を収束し始めた。


「俺の炎は、何もかもを呑み込む。その程度の壁で防げると思うなァァァッ!」

「ちょ、いったん離れるよ!」

「しかし──────」

「考えるのは走りながらぁぁぁぁ!」


 ツルカはミライの襟を掴み、崩れかけた建物の内部へ飛び込んだ。


「マスター。私の移動機能は正常です。襟を掴む必要はありません」

「分かった! 後で謝るから、今は我慢して!」


 二人が室内へ転がり込んだ直後、背後の壁が炎によって呑み込まれた。天井を支えていた梁が崩れ、無数の瓦礫が降り注いでくる。


「ミライちゃん、こっち!」

「前方の出口を確認」


 ツルカは倒れた棚を飛び越え、半壊した窓から路地へ抜け出した。

 だが、上空ではバリオンが余裕の表情で待ち構えていた。


「遅えぞ!」


 バリオンが指先を下へ向ける。

 炎の矢が雨のように降り注ぎ、ツルカの進路を順番に穿っていく。


「右へ!」

「右方に高熱反応!」

「じゃあ左か!」

「左方にも炎壁が形成されています」

「正面は!?」

「標的がいます」

「全部駄目じゃん!?」

《上です、マスター。崩れた屋根へ飛び乗ってください!》


 ツルカは壁へ足を掛け、露出した柱を蹴って屋根へ上がった。ミライも外壁へ指を突き立て、ほとんど垂直の角度を駆け上がる。


「ヒャハハッ! 逃げろ逃げろォォ!」


 バリオンは空中に留まり、楽しげに指を動かし続ける。そのたびに炎は形状を変え、ツルカたちへ襲いかかった。

 建物の壁面が崩落し、石畳が溶岩へ変わっていく。逃げ道として選んだ屋根も、数秒後には炎に包まれて崩れ落ちた。


「まるで踊ってるみてえだなぁ!」


 バリオンは尾を大きく振り、目元を愉悦に歪めた。


「もっと必死に逃げろ! 足を止めたら、そこで終わりだぞ!」

「こいつ……完全に遊んでる……!」

《力の差は明確です……! 逃げるしか……!》


 ツルカは瓦礫の陰へ身体を滑り込ませ、焼けた腕を押さえた。


「はぁ……はぁ……。でたらめすぎるよ……」

《マスター、止まってはいけません!》


 アイナの声が脳内を強く揺さぶる。


《直撃を受ければ致命傷です! 反撃を考える前に、生存を優先してください!》

(分かってる……! でも、このまま逃げ続けても……!)

「マスター。左後方から高熱反応」

「なっ!?」


 ミライはツルカの肩を掴み、瓦礫の陰から飛び出した。直後、隠れていた場所が炎に包まれ、消し炭と化す。


「どこへ行くつもりだ?」

「くっ」


 バリオンはツルカの動きを先読みし、進路の先へ炎の壁を形成していた。前方を炎壁に遮られ、ツルカは急停止する。

 背後には溶岩へ変わった路地。左右には崩れた建物。上空にはバリオン。袋のネズミだ。


「もう逃げ道はねえぞ」


 バリオンは両腕を広げると、周囲を漂っていた炎が一か所へ集まり、巨大な渦を形成していく。渦の中心から長大な首が伸び、鋭い角と牙を持つ、龍の頭部が形作られていった。炎の龍は城下町の一区画を覆うほど巨大だった。


「ここらで終わりにしようぜ、光の子」


 バリオンは炎の龍の頭上に立ち、ツルカを見下ろした。


「大魔王様には報告しておいてやるよ。光の子は、大したことのねえ雑魚だったってな」

「……まだ、終わってない」

「あ?」

「僕はまだ、立ってる」


 ツルカは震える膝を手で叩き、ゆっくりと姿勢を起こした。


「立ってるだけじゃ、俺には勝てねえぞ」

「でも、まだ、倒れてないもんね……!」

「ふん。威勢は認めてやる。だが、これをどう防ぐ?」


 バリオンが片腕を高く掲げると、炎の龍が顎を開き、路地全体を覆うほどの熱をツルカへ向ける。


「まあ、やってみろ。防げるもんならな」


 バリオンは獰猛な笑みを浮かべ、腕を振り下ろした。


「消えろ、光の子!」


 炎の龍がツルカに向かって急降下する。迫る紅蓮は視界の全てを覆い、呼吸すらできないほどの熱気が全身へ押し寄せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ