21
別区画ではツルカとミライが瓦礫の迷路を駆け抜けていた。
「ジンたち、どこに行ったんだろう……」
呼吸を整える間もなく、細い路地へ身体を滑り込ませる。
「マリナも、ナユも……無事だよね」
ミライはツルカの斜め後方を走りながら、視線を周囲へ巡らせた。
「回答不能」
「そこは嘘でも『無事です』って言ってよ」
ツルカは眉尻を下げ、胸元を片手で押さえた。
考えれば考えるほど、恐ろしい光景が脳裏へ浮かんでしまう。
倒壊した建物の下敷きになっているかもしれない。
バルゴゾーンに囲まれているかもしれない。
既に取り返しのつかない状態になっているかもしれない。
「……考えちゃ駄目だ」
ツルカは首を左右へ振り、暗い想像を振り払った。
《マスター。呼吸が乱れています》
脳内へ響くアイナの声は、いつもの皮肉を抑えた真剣なものだった。
《焦燥は視野を狭めます。今の状態では、判断を鈍らせますよ》
(分かってるよ! でも、じっとしていられるわけないでしょ!)
《立ち止まれとは言ってません。冷静になりなさい》
(それができたら苦労しないよ!)
ツルカは焦燥に駆られながら、ただ無心で走り続けた。
「マスター。前方、敵性反応、五」
「分かった!」
路地の奥から、五体のバルゴゾーンが姿を現した。
ツルカは速度を落とさず、先頭の個体へ踏み込む。振り下ろされた剣を受け流し、懐へ潜り込んで掌底を胸部へ叩き込んだ。衝撃で吹き飛んだ機体が、後続の二体を巻き込んで転倒する。
「ミライちゃん、右!」
「承知」
ミライは短く身を沈めて初撃をかわすと、その個体の腕を掴んだ。そのまま肩を支点にして投げ飛ばし、倒れたところで魔導砲を撃ち込む。
「左からもう二体!」
ツルカは身を翻し、敵の首元へ回し蹴りを決め込んだ。頭部が胴体から外れ、隣の建物の壁へ突き刺さった。
ミライはツルカの死角へ滑り込み、最後の一体が振りかぶった刃を内蔵されたパイルバンカーで受け止める。
「背後は任せてください」
「ありがとう!」
その隙にツルカは最後の一体を破壊し、膝に両手を置いて息を整えた。
「はぁ……。次から次へと……」
ツルカは額の汗を袖で拭い、沈黙したバルゴゾーンの残骸を見下した。
「ミライちゃん。こいつら、どうしたら止まるのかな」
ミライは片膝をつき、倒れた機体の胸部へ指を差し入れた。
「解析します」
「何か、分かりそう?」
「……はい。私と構造は多少異なるようです。……素体に血液が見られます。臓器や器官を使用しているようですが……なんでしょう。それもあってか、高度な魔力循環が可能のようです」
ツルカは何も言えず、ミライの横顔を静かに見つめていた。
ミライも同じだよ、だなんて、口が裂けても言えなかった。
「しかし、明確な違いは、完全な自律型ではないというところ」
「ど、どういうこと? この人形たちは、考えて行動しているわけじゃないの……?」
「限定的な判断能力は有しています。ただし、行動方針そのものは、上位個体から受信している可能性が高いです」
ミライは立ち上がり、指先についた黒い油を眺めた。
「……マスターと従僕。指揮官と兵士。あるいは、親機と子機に近い関係」
「つまり、命令している奴がいる……?」
「肯定します」
「なら……そいつを倒せば、全部止まるの」
「……確実とは断言できません」
「また正直すぎる答え……」
「……ですが、司令塔を破壊、あるいは無力化すれば、指揮系統を失った個体群は機能不全に陥ると予想されます」
「機能不全って?」
「……活動停止。命令の重複。敵味方の識別能力低下。戦闘効率の大幅な減衰」
「要するに、今より戦いやすくなるんだね」
「……その認識で問題ありません」
なら、その司令塔を破壊する他ない。
《所詮は命令に従う人形ですからね。司令塔からの命令が途絶えれば、統率は崩壊します。新たな増援の投入も抑制できるかもしれません》
(じゃあ、その司令塔を探せばいいんだ)
《見つけられるのであれば、ですが》
ツルカは改めてミライに向き直った。
「ミライちゃん、その司令塔? の、場所は予想できそう?」
ミライの瞳が細く明滅し、周囲へ複数の探査波を放出する。
「……索敵を試みます。……広範囲に強力な魔力干渉を確認。複数の信号が混在しており、正確な特定は困難です」
「大体でもいいよ!」
「……この区画で最も強力な信号は、王城前広場付近から発信されています」
「王城前……」
「……司令塔が存在する確率は、おおよそ五十パーセント」
「十分高いねっ!」
ツルカは背筋を伸ばし、王城の尖塔が覗く方角へ顔を向けた。
「なら、そこへ行こう。司令塔を壊せば、みんなも助かるかもしれない」
「……危険度は現在地より高いと予測されます」
「それでも行こう」
「……マスターの仲間との合流はどうされますか」
ツルカは一瞬だけ目を伏せた。
「本当は、今すぐ探しに行きたいな」
強く握られた拳は胸元に寄せられ、酷く震えていた。
「でも、みんなならきっと大丈夫。まずはこの戦争を終わらせるために、司令塔を探そう」
《少しは、仲間を信用できるようになったようですね》
(信用してたよ、前から!)
《では、その泣きそうな顔は何でしょう》
(これは煙が目に入っただけ!)
ツルカは涙を引っ込め、大きく息を吸った。
「マスター。涙腺から水分の分泌を確認」
「確認するなぁ!」
ツルカは目元を乱暴に拭い、気恥ずかしさを振り払うように走り出した。
「王城前へ行こう! そこならもしかすると、みんなとも合流できるかもしれない!」
「……承知。進路を設定します」
だが、数歩も進まないうちに、ミライが急停止した。
瞳が激しく赤に明滅し、首が鋭く上空へ向けられる。
「……警告!」
「ど、どうしたの?」
「高エネルギー反応、急速接近……!」
ミライはツルカの肩を掴み、強引に引き寄せた。
直後、二人が立っていた場所へ極太の紅蓮が降り注いだ。
膨大な熱によって石畳は瞬時に融解し、周囲の建物は輪郭を維持できないまま消失していく。灼熱の突風が路地を舐め、ツルカとミライの身体を吹き飛ばす。
「あつっ……!」
ツルカは地面を転がり、服に燃え移った火を手で払い落とした。
「ミライちゃん、大丈夫!?」
「外装温度、上昇。機能に重大な損傷はありません」
「よかった……。でも、今の、何──────」
「ヒャハハハハハハッ! いい格好だなぁ、おい!」
炎と黒煙の上方から、耳障りな狂笑が降り注ぐ。
ツルカは目元を腕で覆いながら空を見上げた。
黒煙を左右へ押し分け、一つの異形がゆっくりと降下してくる。
「な、なんだ……!」
「ヒヒヒっ……」
褐色の皮膚と、頭部から伸びた二本の角。腰の後方から伸びる太い尾は、獲物を見つけた獣のように落ち着きなく揺れていた。
全身には、鎧の代わりに業火が纏わりつき、彼の高ぶる感情と連鎖するように、炎は激しさを増していく。噴き出している熱気は、周囲の空気を熱で歪ませていた。
「お、お前が……」
四神魔界王──バリオン。
空中で腕を組み、針のような瞳を見開いてツルカを見下ろしていた。口元には獲物を追い詰めた捕食者の笑みが刻まれ、ツルカを値踏みするように凝視する。
「見つけたぜ。ようやく……見つけた」
バリオンは首を左右へ傾け、堅苦しそうに肩を回した。
「お前が、……『光の子』、だなぁ?」
ツルカは喉を鳴らし、無意識に一歩後退した。
「よく分からんが、てめえからは知らねえ気配を少し感じる。大魔王様が言っていた特徴ともそっくりだ。ツルカ……お前の名前か?」
「……っ!」
全身の感覚が、目前の存在から逃げろと訴えていた。
《彼こそが、四神魔界王バリオン……! マスター。マスターが必死になって倒した、あの竜とも比較になりません。即時撤退して下さい!》
(あれが……四神魔界王……!)
アイナは冷静を欠いて、ツルカの脳内で叫んだ。
「……マスター。私の後方へ」
ミライがツルカを庇うように一歩前へ出る。両腕を広げ、バリオンの全身を分析していた。
「おいおい。お人形に守ってもらうつもりか? にしても……そこらにいる人形とは、少し違うなぁ。お前のか? まあいい」
バリオンは顔を歪め、大きく歯を見せた。
「光の子ってのは、もっと堂々としてるもんだと思ってたが……随分と可愛らしい面してるじゃねえか」
「……僕に、何の用」
「分かってんだろ?」
「わ、分からない」
ツルカは震える指先を握り込み、バリオンから目を逸らさなかった。
「僕は、お前なんか知らない……」
「俺もお前なんか知らねえよ」
バリオンは肩を揺らし、愉快そうに笑った。
「だがな、光の子は殺したほうが、大魔王様は喜ぶからなぁ」
「グレイ……?」
「ほぉ、その通りだ。前回は、大魔王様が手加減してくれたおかげで、逃げられたみたいじゃねえか」
バリオンは片手を持ち上げると、掌の上へ炎が集まり、太陽を縮小したような火球が形成されていく。
それはただの火球に見えながらも、甚大な魔力が込められた戦略級の威力だった。
「それになぁ、お前はマリアネと随分仲が良かったそうじゃねえか」
「……!」
その名を聞いた途端、ツルカの肩がびくりと震えた。
「……マリアネ」
「その顔だ。その顔が見たかった」
バリオンは火球を指先で弄びながら、ツルカへと視線を細める。
「あいつは……死んだのか? 今は行方知れずで、大魔王様も困ってんだ。お前、マリアネの封印を解いたんだろ? なら、近くにいたはずだ」
「……お前……! そんなこと言って、マリアネさんはどれだけ魔界で苦しんできたか……!」
「はん。詳しいことなんざ知らねえよ。だが、お前が関わっていた。そうだろ。別に俺は、あいつが死んだとか、生きてるとか、どぉ~でもいいけどよ。なんだ、お前が殺したのか?」
「違うッ!」
「あぁ?」
「僕がマリアネを殺したんじゃないッ!」
ツルカは胸元を強く掴み、瞳の奥に涙を溜め込む。
「マリアネは……僕にとって大切な人だった」
「大切な人ぉ?」
「僕を助けてくれた。僕を……優しくしてくれた」
ツルカは一度だけ視線を落とし、込み上げる感情を押し込むように唇を噛んだ。
「僕が、マリアネを殺すわけない!」
「だったらなんだ。まだ生きてるのか? 実際よぉ、大魔王様はマリアネを探しているが、見つかってないんだぞ」
「それはッ! お前の主──────」
その時、付近で魔法の爆発が起きた。
ツルカは思わず言葉を切り、改めてバリオンを見据える。
「まあ、正直、俺はどうでもいい」
バリオンは笑みが消し、ツルカを冷徹に睨みつけた。
「どうでもいい……?」
「そうだ。あいつが死のうが生きようが、俺の知ったことじゃねえ」
その言葉を耳にした瞬間、ツルカの瞳から怯えが薄れた。代わりに、静かな怒りがこみ上げてくる。
「……だったら、マリアネの名前を使うなッ!」
「あ?」
「どうでもいいと思っているくせに、あの人のことを悪くいうなんて、許せない!」
ツルカは片足を後ろへ引き、両拳を構えた。
「マリアネは、お前みたいなクズが……! 軽々しく名前を口にしていい人じゃないッ!」
「ヒャハハハッ!」
ツルカの精悍とした表情を見て、バリオンは腹を抱えて高らかに笑い飛ばす。
「いいねえ。その目だ! さっきまで震えてたガキが、急に戦士みてえな顔になりやがった! 嫌いじゃねえぜ」
すると掌の火球が複数へ分裂し、バリオンの周囲へ整然と並ぶ。
「だが、威勢だけじゃ何も守れねえぞ」
「……守る」
「何をだ?」
「仲間も、この国の人たちも、マリアネが守ろうとした世界も!」
ツルカは果敢に、バリオンをまっすぐ射抜いた。
「はっ、気に入ったぜ、光の子! なら見せてみろぉ!?」
バリオンが腕を横へ振り抜くと、周囲に浮かんでいた複数の炎が、尾を引く流星のようにツルカへ殺到した。
「ミライちゃん!」
「障壁を展開します」
ミライが前へ踏み出すと、魔力を出力し両腕の間へ半透明の障壁を形成する。
「出力最大。衝撃に備えてください」
炎が障壁へ接触した瞬間、その表面が急速に赤熱した。
「……防御限界を超過……!」
障壁の中央に亀裂が走り、直後に全体が融解していく。
「無駄だ」
バリオンは両手を広げて空中に浮かぶと、さらに炎を収束し始めた。
「俺の炎は、何もかもを呑み込む。その程度の壁で防げると思うなァァァッ!」
「ちょ、いったん離れるよ!」
「しかし──────」
「考えるのは走りながらぁぁぁぁ!」
ツルカはミライの襟を掴み、崩れかけた建物の内部へ飛び込んだ。
「マスター。私の移動機能は正常です。襟を掴む必要はありません」
「分かった! 後で謝るから、今は我慢して!」
二人が室内へ転がり込んだ直後、背後の壁が炎によって呑み込まれた。天井を支えていた梁が崩れ、無数の瓦礫が降り注いでくる。
「ミライちゃん、こっち!」
「前方の出口を確認」
ツルカは倒れた棚を飛び越え、半壊した窓から路地へ抜け出した。
だが、上空ではバリオンが余裕の表情で待ち構えていた。
「遅えぞ!」
バリオンが指先を下へ向ける。
炎の矢が雨のように降り注ぎ、ツルカの進路を順番に穿っていく。
「右へ!」
「右方に高熱反応!」
「じゃあ左か!」
「左方にも炎壁が形成されています」
「正面は!?」
「標的がいます」
「全部駄目じゃん!?」
《上です、マスター。崩れた屋根へ飛び乗ってください!》
ツルカは壁へ足を掛け、露出した柱を蹴って屋根へ上がった。ミライも外壁へ指を突き立て、ほとんど垂直の角度を駆け上がる。
「ヒャハハッ! 逃げろ逃げろォォ!」
バリオンは空中に留まり、楽しげに指を動かし続ける。そのたびに炎は形状を変え、ツルカたちへ襲いかかった。
建物の壁面が崩落し、石畳が溶岩へ変わっていく。逃げ道として選んだ屋根も、数秒後には炎に包まれて崩れ落ちた。
「まるで踊ってるみてえだなぁ!」
バリオンは尾を大きく振り、目元を愉悦に歪めた。
「もっと必死に逃げろ! 足を止めたら、そこで終わりだぞ!」
「こいつ……完全に遊んでる……!」
《力の差は明確です……! 逃げるしか……!》
ツルカは瓦礫の陰へ身体を滑り込ませ、焼けた腕を押さえた。
「はぁ……はぁ……。でたらめすぎるよ……」
《マスター、止まってはいけません!》
アイナの声が脳内を強く揺さぶる。
《直撃を受ければ致命傷です! 反撃を考える前に、生存を優先してください!》
(分かってる……! でも、このまま逃げ続けても……!)
「マスター。左後方から高熱反応」
「なっ!?」
ミライはツルカの肩を掴み、瓦礫の陰から飛び出した。直後、隠れていた場所が炎に包まれ、消し炭と化す。
「どこへ行くつもりだ?」
「くっ」
バリオンはツルカの動きを先読みし、進路の先へ炎の壁を形成していた。前方を炎壁に遮られ、ツルカは急停止する。
背後には溶岩へ変わった路地。左右には崩れた建物。上空にはバリオン。袋のネズミだ。
「もう逃げ道はねえぞ」
バリオンは両腕を広げると、周囲を漂っていた炎が一か所へ集まり、巨大な渦を形成していく。渦の中心から長大な首が伸び、鋭い角と牙を持つ、龍の頭部が形作られていった。炎の龍は城下町の一区画を覆うほど巨大だった。
「ここらで終わりにしようぜ、光の子」
バリオンは炎の龍の頭上に立ち、ツルカを見下ろした。
「大魔王様には報告しておいてやるよ。光の子は、大したことのねえ雑魚だったってな」
「……まだ、終わってない」
「あ?」
「僕はまだ、立ってる」
ツルカは震える膝を手で叩き、ゆっくりと姿勢を起こした。
「立ってるだけじゃ、俺には勝てねえぞ」
「でも、まだ、倒れてないもんね……!」
「ふん。威勢は認めてやる。だが、これをどう防ぐ?」
バリオンが片腕を高く掲げると、炎の龍が顎を開き、路地全体を覆うほどの熱をツルカへ向ける。
「まあ、やってみろ。防げるもんならな」
バリオンは獰猛な笑みを浮かべ、腕を振り下ろした。
「消えろ、光の子!」
炎の龍がツルカに向かって急降下する。迫る紅蓮は視界の全てを覆い、呼吸すらできないほどの熱気が全身へ押し寄せた。




