20
城下町の各戦区では、依然として凄惨な消耗戦が続いていた。
崩れた家屋の陰や屋根の上、蓋を破壊された地下水路など、あらゆる場所からバルゴゾーンが出現し、冒険者とガリロルザ兵士へと襲いかかっている。
狭い路地では、数人の冒険者が互いの背中を預け合い、周囲を埋め尽くすバルゴゾーンと刃を交えていた。
「右から三体来るぞ!」
「分かってる! そっちは任せた!」
「無茶を言うな! こっちも手一杯なんだよ!」
鮮血で滑る石畳を踏み締め、傷だらけの冒険者たちが武器を振るう。
一体を破壊しても、その残骸を踏み越えて二体が迫る。
「また増えやがった……!」
「数えんな! 数えたところで減らねえよ!」
「分かってるさ! でもよ、本当に終わりがあるのかよ!」
「終わらせるんだ! 俺たちがここで踏み止まらなければ、関係のない一般市民さえ殺される! 俺たち冒険者は、危険を承知の上で働いてるんだろ!? なら、か弱い一般市民を守るのは俺たちの仕事だッ!」
「……畜生……!」
冒険者は奥歯を噛み締め、折れかけた剣を握り直した。
誰の表情にも、疲労と絶望が深く刻まれていた。それでも、武器を捨てる者はおらず、国を守るために必死に抗う。
そんな混沌の中、一際激しい喊声を上げながら前進する一団があった。
隻腕の近衛師団長、レオナルドが率いる本隊である。
レオナルドは残された右腕一本で、巨大な戦斧を操っていた。
「うぉぉぉぉぉッ!」
踏み込みと同時に腰を深く沈め、レオナルドは全身を捻るように刃を振り抜く。その一撃を受けたバルゴゾーンは、胸部装甲を切り裂かれ瓦礫の壁へ叩きつけられた。
「怯むなッ! 顔を上げろォォッ!」
レオナルドは戦斧を肩に担ぎ、血と煤にまみれた兵士たちを振り返る。
「道は前にある! 王城まで踏ん張れ! ここで立ち止まれば、死ぬだけだ!」
「しかし、師団長! 正面の敵が多すぎます!」
「左の路地へ回りましょう! まだ道が残っています!」
「駄目だ!」
レオナルドは瓦礫の向こうへ鋭い視線を走らせた。
「左にも敵がいる! 屋根の影を見てみろ、射撃型が三体、こちらを狙っている」
「なら、右は!」
「建物が崩れかけている! 道も狭い。あんなところで敵と鉢合わせてしまえば、全滅するぞ!」
「では、どうすれば……!」
「正面を砕くしかないだろう!」
レオナルドは歯を剥き出しにして笑った。
「ですが、今の我々では……」
「甘ったれるな! それでもガリロルザ近衛師団か!」
戦斧の柄を地面へ突き立て、レオナルドは肩で大きく息をした。
「片腕を失おうが、血が尽きかけていようが、守るべき国はまだここにある。ならば、我らが膝を屈する理由など一つもない。そうだろう?」
「師団長……!」
「さあ、剣を持て! 槍を構えろ! 魔力の残っている者は前へ出ろ! 生きて王城へ辿り着くぞ!」
「おうッ!」
兵士と冒険者たちは枯れた喉を震わせ、再び前進を開始した。
だが、敵の包囲網は厚く、異様なまでに執拗だった。血路を開いては塞がれ、数歩進んでは押し戻される。
「くそっ……。一体どれだけいやがるんだ」
「弱音を吐くな!」
レオナルドは倒れたバルゴゾーンの胸部から戦斧を引き抜き、苛立ちを振り払うように刃を振った。
「国を守るために集まった我らが、鉄屑を前に膝を屈するわけには──────」
その瞬間、レオナルドの表情から怒気が消えた。
熱気に満ちていたはずの戦場を異質な圧迫感が通り抜けていくような気がした。
「師団長……?」
「全員、止まれ」
レオナルドは戦斧を低く構え、視線だけを上空へ向けた。
野生の勘が、告げていた。途轍もない者が来ると。
「何かが、来る──────ッ!?」
直後、黒い稲光が、雲間から一直線に降下した。
それはレオナルド隊の後方にいる冒険者たちの中央へ降り立つと、その刹那で数人の冒険者が肢体をバラバラにして宙に舞ったさ。
「何だ、こいつは──────」
周りの冒険者が剣を持ち上げるより早く、漆黒の大剣が神速で通過した。その一瞬で、五人の身体が腰から上下に分かれた。
「な、何が起きてる!?」
何が起きたのか理解できないまま、皆は騒然とした。
「後ろだ、敵襲!」
「囲め! 一体だけだ!」
「待て、近づくなッ!」
レオナルドの制止により、立ち向かおうとした者らは凍りついたかのように固まった。
やがて、一体の魔法道具がゆっくりとこちらを振り向いた。
身長は二メートルを超え、全身を漆黒の装甲が覆っていた。背部には推進器が装着され、複数の排気口から赤熱した光が漏れている。
右手に握られているのは、その身長に匹敵する無骨な大剣だった。刃には装飾も銘もなく、ただ切断するという用途だけを突き詰めた、冷酷な輪郭がある。
「……何だ、あれは」
兵士が後退し、槍の穂先を震わせた。
「同じ……個体なのか?」
「いや……あれは、今までの個体とは違う……!」
レオナルドは漆黒の機体を凝視した。
まるで量産型のバルゴゾーンとは、威圧感も完成度も隔絶していた。ただ立っているだけで、死の予感を植えつける存在だった。
それがバルゴゾーンIの上位機体──『ゼクス』であることを、誰として知らない。
「排除開始」
人間味のない合成音声が、戦場へ低く拡散した。
「──────来るぞッ! 散開しろ!」
レオナルドが戦斧を持ち上げた時には、ゼクスの姿は既に消えていた。
「どこだ!?」
「後ろ──────」
冒険者の一人が振り返った時、ゼクスは既に彼の懐へ入り込んでいた。
大剣が最短の軌道を描き、鋼鉄の胸当ては内部の肉体ごと切り裂かれた。首が宙へ放り出され、胴体が遅れて石畳へと倒れる。
「なっ……!」
大剣を振り切った直後には次の標的へ身体を向け、石畳を砕いて踏み込む。
「いや──────」
そして、後方の魔法使いが一刀両断された。
次から次へと、ゼクスは兵士と冒険者を蹂躙していく。ゼクスはただ最も効率的な手順を選び、殺戮を実行していた。
「やめろ……!」
倒れた兵士が、腹部から血を流しながら手を伸ばした。
ゼクスは若い女の魔法使いを見下ろしながら、剣を突き立てていた。
「そいつは……まだ若いんだ……。頼む、そいつだけは……!」
ゼクスの頭部に走る赤い光が、一度だけ明滅する。
「戦闘継続能力、なし」
大剣の切っ先が、倒れた魔法使いの胸部を貫いた。
同時に、内蔵されていた魔導砲が、絶句していた兵士に向かって砲撃され、跡形もなく消え去る。
「貴様ァァァッ!」
レオナルドは鬼の形相で亡骸を踏み越え、残された右腕で戦斧を振り上げた。片腕とは思えないほどの速度で距離を詰め、ゼクスの頭部へ刃を振り下ろす。
「その薄汚い剣で、これ以上仲間の尊厳を踏みにじるなァァァッ!」
ゼクスは顔を動かすことさえせず、片手で大剣を掲げた。
戦斧と大剣が正面から衝突し、火花が四方へ散る。
「な……!」
レオナルドの目が驚愕に大きく見開かれる。
あの渾身の一撃をゼクスは片手だけで受け止めていた。腰も沈まず、足の位置さえ変わっていない。
「解析……戦闘力、Aランク相当」
「私を……品定めしているのか」
「脅威度、中」
「舐めるなッ!」
レオナルドがさらに体重を乗せ、ゼクスを押し倒そうとした瞬間、ゼクスの手首がありえない角度まで回転した。拮抗していた戦斧が外側へ弾かれ、レオナルドの身体が大きく開く。
「しま──────」
ゼクスの大剣が、無防備になったレオナルドの胴体へ最短距離で迫る。
(そんな……私は、まだ国を……!)
回避する時間はなかった。
レオナルドは歯を食いしばり、瞼を閉じた。
「──────ぬんッ!」
「なっ……!」
裂帛の気合とともに、黄金の影が間へ割り込んだ。
鋼鉄かのような鉄拳が大剣の腹を捉え、ゼクスの巨体を後方へ押し返す。漆黒の機体は石畳を削りながら数メートル後退し、大剣を地面へ突き立てて姿勢を保つ。
「……陛下……ッ!?」
レオナルドは膝をついたまま、目前に立つ巨漢の背中を見上げた。
獅子の鬣を思わせる金髪が、熱風の中で荒々しく広がっている。弾けんばかりの筋肉を包む鎧は所々壊れ、露出した肩や腕には、無数の切創と火傷が刻まれていた。
全身を鮮血に染め、呼吸のたびに広い背中が大きく上下している。それでも、レオナルドに振り返った男の瞳には、太陽に似た闘志が燃え盛っていた。
「──────ガハハハッ! 危ないところだったな、レオナルドッ!」
ガリロルザ国王。『武道覇者』の名で知られる、この国最強の戦士だった。
ガリロルザ王は口元の血を親指で拭い、倒れている近衛師団長へ豪快な笑みを向けた。
「部下の危機を救うのも、王の務めというものだ!」
「陛下……なぜ、ここに……!」
レオナルドは地面へ右手をつき、震える膝を起こそうとする。
「城の前線に立っておられたはずでは……!」
「全部片付けた! それに、城にはノンナ嬢がいる! 安心せいッ!」
ガリロルザ王は大きな胸を張ったものの、直後に喉元を押さえて血を吐き出した。
「陛下!?」
「騒ぐな。この程度、唾を吐いたようなものよ」
「ですが……!」
「心配するな、ガハハハハハ!」
レオナルドの抗議を笑い飛ばし、ガリロルザ王は周囲を見渡した。
崩壊した家々。
路地に倒れる兵士と冒険者。
瓦礫の向こうから迫る無数のバルゴゾーン。
直後には、ガリロルザの満面から笑みが消え、太い眉の下で瞳が鋭く細められる。
「それに、城壁の内側でこれほどネズミどもに暴れられてはな。王として、黙って眺めているわけにはいかん」
「ですが、その傷で戦えば……」
「……死ぬかもしれんか?」
ガリロルザ王は瓦礫の間に落ちていたレオナルドの戦斧を拾い上げた。
「それがどうした」
「陛下……」
「民が死んでいる。兵が死んでいる。冒険者たちも、我が国のために命を懸けている」
王は戦斧を片手で持ち上げ、レオナルドへ投げ渡した。
「その中で、ワシだけが安全な場所へ逃げられると思うか」
レオナルドは胸元で戦斧を受け止めた。柄を握る右手には、葛藤の力が込められる。
「立て、レオナルド」
ガリロルザ王は口角を持ち上げ、拳を差し出した。
「我が国の誇りを、こんな意味分からん奴らごときに、へし折らせてよいのか」
「……いいえ」
「声が小さいぞォォ!」
「いいえッ!」
レオナルドは王の拳を掴み、その力を借りて立ち上がった。
「この国を、あのような人形どもに渡すわけにはいきません!」
「そうだ。それでこそワシの近衛師団長よ!」
ガリロルザ王の背中を見つめているだけで、枯渇していたはずの力が胸の奥から湧き上がってくるような気がする。
「あれが、ガリロルザ王なのか……! すげぇ」
「王様がいるなら、まだやれるかもしれねえ!」
「そうよ、せっかく王様が来てくれたもの!」
冒険者たちは士気を取り戻し、再び武器を構えた。
その間にも、ゼクスがゆっくりと体勢を立て直す。装甲に目立った損傷はないが、頭部の赤い光は先ほどよりも短い間隔で明滅し、ガリロルザ王の全身を走査している。
「個体名、『ガリロルザ王』を確認」
「ほう。ワシの名を知っておるか」
「戦闘力、Sランク相当。脅威度、高」
ゼクスの背部推進器から赤熱した排気が噴出した。全身の装甲の隙間へ赤い光が走り、内部機構の駆動速度が上昇していく。
「推奨、全力排除」
「ガハハハッ! 随分と高く評価してくれるではないか!」
ガリロルザ王は拳を掌へ打ちつけ、肩を回した。
「陛下、あれは危険です。私が前へ出ます」
「片腕のお前が何を申す」
「片腕でも、近衛師団長です!」
「ならばワシの横へ立て。前を譲る気はない!」
すると、周囲の瓦礫の影から無数のバルゴゾーンが姿を見せていく。それぞれがゼクスの動きに合わせ、秩序ある隊列を形成する。
「師団長……こいつら、さっきまでと動きが違います」
「あの黒い機体に合わせている……?」
レオナルドは眉を寄せ、ゼクスと周囲の個体を交互に見た。
ガリロルザ王は顎へ手を当て、間もなく不敵な笑みを浮かべた。
「なるほどな」
「陛下?」
「どうやら、あの黒い奴が人形どもの動きを束ねているらしい」
「司令官、ということですか」
「そう考えるのが自然だろうな」
ガリロルザ王はゼクスを指差し、戦場全体へ届く声を張り上げた。
「全員、聞けッ!」
王の叫びに、全員が顔を上げる。
「どうやら、あの黒い鉄屑が、このふざけた人形劇の親玉だ!」
ガリロルザ王の指先が、ゼクスを刺すように向けられた。
「あいつが動けば、周囲の人形も動く! あいつが止まれば、統率も乱れるはずだ!」
「あれを倒せば……終わるのか?」
「俺たちの、戦いは……!」
「……だったら、狙う相手は一体だけだ!」
「そうだ! 終わりのない戦いじゃない……。あいつを倒せばいいんだ!」
終わりの見えない戦いに、僅かな希望が見えた。
「ワシの見立てでは、あれはSランクに相当する化け物だ! 一人で挑めば、まず勝てんぞ!」
「陛下!? 士気を上げる場面で正直すぎます!」
ガリロルザ王が拳を空へ突き上げる傍らで、レオナルドが顔を引きつらせた。
「事実を隠してどうする」
「もう少し言い方というものが!」
「ならば、続きを聞け!」
ガリロルザ王は胸を張り、周囲の兵士と冒険者を見渡した。
「つまりだな。一人で勝てぬなら、全員で殴ればよい! タコ殴りだぁぁぁぁ!」
「合ってますけど! 言いたいことは分かりますけど!」
戦士たちの間から笑いが漏れた。
「剣で斬れ! 槍で貫け! 魔法を撃ち込め! それでもこいつが立っていたら、ワシが拳で叩き潰してやるぞ!」
「随分と単純な作戦だな!?」
「だが、分かりやすい!」
「俺は嫌いじゃないぞ!」
「我らが力を合わせれば、きっと勝てる。そうだろう!?」
「うおおおおおッ!」
喊声が城下町を揺るがした。
ガリロルザ王は両脚を大きく開き、拳を顔の前へ構える。
「かかってこい、鉄屑!」
ガリロルザ王はゼクスへ歯を見せて笑った。
「貴様の体と、ワシの拳。どちらが硬いか、勝負といこうではないか!」
「排除する」
ゼクスが大剣を構え、地面を蹴った。
同時に、周囲のバルゴゾーンも一斉に前進を開始する。
「全隊、ガリロルザ王を援護しろ! 射撃型を先に潰せ!」
レオナルドが指示を飛ばしながら、前進する。
「負傷者は中央へ! 動ける者は前へ出ろ!」
「陛下に続けぇッ!」
敵の包囲の中、ガリロルザ王はなおも不敵に笑っていた。




