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全ては『ミライ』のために  作者: アベル
ガリロルザ 編

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75/84

19

 一方、ツルカと逸れたジンたちは、絶体絶命の窮地へ追い込まれていた。

 三人が逃げ込んだのは、半壊した教会の礼拝堂跡。

 天井の一部は崩落し、神像は頭部を失っていた。四方の窓と扉は破壊され、建物の半壊した開口部全てから、バルゴゾーンが侵入して来ていた。

 その数は、すでに三十体を超えていた。

 対するこちらは三人。

 しかも、前衛を務められるのはジン一人しかいない。


「くそっ、しつこいんだよ、テメェら!」


 ジンが大剣を横薙ぎに振るい、正面から迫る二体をまとめて押し返す。


「マリナ、右の窓を見てくれッ!」

「見てるよ!? ちょ、ナユ、伏せて!」

「ひぃぃ!?」


 マリナの矢がナユの頭上を通過し、窓枠を越えようとしていた敵の頭部を射抜く。


「左からも来るよ!」

「俺が止める。お前らは絶対に後方で支援してくれ!」


 ジンは大剣を引き戻し、左側の敵へ向き直った。

 しかし、その腕は限界を迎えようとしている。

 剣を振るうたびに肩が沈み、切っ先の軌道も徐々に低くなっていた。


(クソっ……! ツルカ……お前がいれば……。ダメだ、いつも頼っていられねえ。俺はリーダーだッ!)


 連戦による疲労もあるが、最大戦力が背後にいないという不安が、より一層ジンの心を蝕んでいた。

 

「ジン、無理しないで! 一度下がったほうがいい!」

「下がったら誰が前を守るんだよ!」

「でも、そのままじゃ体力が持たない!?」

「動かなくなってから考える!」

「馬鹿なこと言わないで!」

「だったら代案を出せ! ここから助かる方法ッ!」


 マリナは言葉を失い、弓を握る指へ力を込めた。

 代案などあるわけがない。


「いやぁぁぁっ! 来ないでぇっ!」


 背後で、ナユが杖を振り回した。

 恐怖に震える唇のせいで詠唱も覚束なく、呼吸も乱れ、魔力の流れすら制御できない。


「炎よ、集まって……違う、うぅ、来ないで! 来ないでよぉ!」


 杖の先から放たれた火球は敵の頭上を越え、礼拝堂の天井を焦がしただけだ。


「外した……また、外したぁっ……!」

「ナユ、落ち着いて! 私を見て!」


 マリナは矢を放ちながら、肩越しにナユを振り返った。


「息を整えるの! 吸って、吐いて! いつも練習してるでしょ!?」

「そ、そそ、そんなの無理だよ! こんなにいるんだよ!? どんどん入ってくる!」

「分かってる! それでも詠唱しなきゃ、私たち全員死ぬよ!」

「死にたくない……私、死にたくないよ!」

「私だって死にたくない!」


 いつも冷静沈着なマリナの声にも、隠しきれない恐怖が混ざった。

 次の矢を取ろうとした指が、矢筒の底へ触れる。


「……嘘……!?」


 残っている矢は、わずか数本だった。それが尽きれば、マリナに戦う術はなくなる。


「ジン、矢がもうない!」

「何本だ!?」

「三本!」

「なら、三本で三体仕留めろ!」

「無茶言わないで!」


 ジンの背中には、複数の切創が刻まれていた。

 破損した鎧の隙間からは血が流れ、皮服を濃く染めている。足取りはすでに不安定だが、ジンは二人の前から退こうとしなかった。


「……駄目。このままじゃ、全滅する……!」


 マリナの背筋を冷たい汗が伝った。

 Bランクに昇格したとはいえ、所詮はBランクでしかない。一体ごとがAランク相当の脅威を持ち、それが三十体以上もいる。この戦力差を前にしては、個人の武勇など微々たるものだ。

 包囲網は時間と共に狭まり、ジンから剣を振るう空間さえ奪っていく。


「こいつを……!」


 ジンが大剣を構えたその直後、獣人型のバルゴゾーンによる巨大な腕が、剣の腹へ衝突する。ジンの疲労した腕では衝撃を受け止めきれず、大剣は手から離れ、礼拝堂の床を滑って遠方へ転がった。


「ジン!」

「くそっ……!」


 無防備となった胴体へ、鳥人型バルゴゾーンが踏み込む。鋭利な爪がジンの脇腹を引き裂き、鎧ごと肉を削ぎ落とした。


「ぐあっ……!」


 ジンは片膝を突き、傷口を押さえる手が大量の血で塗れる。


「ジン、下がって! 今、治療を……!」

「来るな、ナユ!」


 すると崩落しかけた天井から、蜘蛛を模したような多脚のバルゴゾーンが顔を出す。針のように細い脚先が、無防備なナユの頭部へ向けられていた。


「─────ナユ、上だよッ!」

「あ……」


 ナユは頭上を見上げたまま、動きを失った。杖を握る指が開き、足元へと落とす。


「────させるかァァァッ!」


 ジンが決死の覚悟でナユへ飛び込み、ナユの身体を横へ押し出した。


「─────きゃっ!」


 ナユは床へ倒れ込み、代わりに針状の脚がジンの肩口を貫通した。


「がぁぁぁぁッ!」

「ジンッ!?」


 肩を貫いた脚が引き抜れると、傷口から血がしぶき、ジンは崩折れる。


「逃げろ……二人とも……」


 ジンは床へ片手をつき、立ち上がろうとする。


「俺が、まだ動けるうちに……裏口から逃げ─────」

「─────何言ってるのッ!」


 マリナは矢を放ち、ジンへ群がろうとした一体の足を射抜いた。


「置いていけるわけないでしょ!?」

「三人で死ぬよりマシだ……ッ!」

「勝手に決めないで!」

「マリナ……ッ!」

「約束したでしょ……! 『青嵐の翼』は世界一になるって……! ツルカちゃんが戻ってきた時、私たちがジンを見捨てたなんて……言えるわけないッ!」


 マリナの目から涙が零れた。

 弓を下ろさず、二本目の矢をつがえる。残り一本だ。


「ううっ……!」


 ナユも即座に杖を拾い、涙目になりながら魔法を詠唱し、バルゴゾーンの脚を止めていく。


「ごめん……ジン……ッ! 私のせいで、ケガが……!」


 ナユの唱えた火球がバルゴゾーンの胸部を焦がすが、コアまで届かない。


「……置いていけなんて言わないで。最後まで、抵抗しよう」

「……馬鹿野郎」

「ジンに言われたくない」


 二本目の矢が放たれ、敵の胸部装甲へ突き刺さった。

 しかし、コアには届かず、敵は胸元から矢を引き抜き、床へ投げ捨てた。


「ははっ……効いてない……ね」


 マリナが矢筒へ手を伸ばす。

 指先に触れたのは、最後の一本だ。

 バルゴゾーンは一斉に距離を詰めてくる。

 ナユは魔力切れによる疲労が溜まり、ジンに至っては致命傷だ。

 マリナは最後の矢を握り、涙を前腕で拭った。


(……こんな終わり方、ないよ。まだ……未練ばっかり……)


 マリナの脳裏に、過去の記憶が蘇る。

 暗闇に紛れ、泥水をすすり、人の幸せを奪ってきた裏の自分。そのツケが、まさか回ってきたのか。


(……いいザマじゃんか……)


 マリナは失笑し、ため息をついた。


『一緒に行こう』


 ふと、記憶に降り立ったその言葉。

 迷うことなく、汚らわしい私に差し出してくれた、あの手。


『なんだ、行かないのか?』

『そうだよ。いっしょに、まずはご飯でもいこう?』


 そう。自分を仲間として受け入れてくれた、あの日の言葉。


(……諦めちゃ駄目だッ)


 マリナは震える手で最後の矢を弓につがえた。


(私は、『青嵐の翼』の射手なんだから……! もう、何も……失いたくない……! 後悔、したくないッ!)


 これは、ただの弓矢ではない。

 ツルカが付与魔法を施した、意思を魔力へ変換する特別な弓だ。

 かつて模擬戦で使用した際には、十分な力を引き出せなかった。魔力も持たないマリナにとっては、弓を介した魔力の流れなど理解できず、通常より速い矢を放つだけに終わっている。


(そうだよ。これは、魔法道具)


 ツルカの声が、記憶の奥から蘇る。


『イメージしてみて。この枝に、炎が宿るイメージを』


「意思が……形に……」


 マリナは弓を胸元へ寄せた。


「マリナ……?」


 ナユが床に座り込んだまま、マリナの横顔を見上げる。


「……ナユ。少しだけ、時間を稼げる?」

「時間って……」

「一瞬でいい。最後に、私を信じて」


 マリナの瞳から、迷いが消えていた。

 ナユはその表情を見つめ、震える手で杖を握る。


「……いいよ。信じる……!」

「ありがとう。ナユ」


 ナユは涙を拭い、杖を正面へ構えた。


「……【守れ、源素。堅牢なる盾となれ】……! 『プロテクション』……!」


 ナユは残された魔力を集め、礼拝堂の中央へ魔力障壁を作り出す。

 障壁は敵の前進を完全には止められないが、僅かな猶予を生み出した。


「長くは持たないよっ!」

「十分……!」


 マリナは目を閉じ、必死にイメージした。


(必要なのは炎じゃない。風でも、土でも……)


 この状況を打破するために求められるものは、敵の殺到を阻む停止。

 北国の凍てつく冬を思い描く。

 大地を白く閉ざし、河川を封じ、吹雪の音だけが響く氷の世界。


「お願い……ツルカちゃん。力を貸して……!」


 矢を握る指先から、体温が奪われていく。弓が淡い光を帯び、マリナの意思を吸い上げていく。


「マリナ、その手……!」


 ナユの目が驚愕に見開かれた。

 マリナの指先が白く変色し、薄い霜に覆われている。凍傷を我慢しながら、マリナは弦から指を離さなかった。


「ここで……止める」


 マリナは鬼気迫る表情で、弓を限界まで引き絞った。


「私たちは、まだ死なないッ!」


 押し寄せるバルゴゾーンの群れを見据え、マリナは胸の奥から声を放った。


「───────凍れッ!」


 弦から解放された矢が、蒼白い冷気を纏って飛翔した。

 狙いは敵の個体ではなく、バルゴゾーンが密集する、その足元の床だった。

 矢が石床へ突き刺さった瞬間、内包されていた力が解放される。

 着弾点から氷結が放射状に拡大し、礼拝堂の床を白く染め上げた。敵の脚部は厚い氷の層へ埋没し、完全に固定される。


「……え?」


 ナユは杖を構えた姿勢のまま、眼前の光景を見つめた。


「マリナ……!」

「うまく……いった……!」


 慣れない技を行使したせいか、マリナは弓を支えきれず、膝を床へ突いた。


「……凄い……!」


 敵の動きが止まった。

 その千載一遇の好機を見て、ジンの口元に獰猛な笑みが浮かぶ。


「───────でかした、マリナァッ!」


 ジンは血に濡れた身体を強引に起こした。


「ジン、動いちゃ駄目!」

「このチャンス逃したら、もう終わりだぁッ!」


 傷口から鮮血が溢れ出ることなど意にも介さず、ジンは床に転がっていた大剣へ手を伸ばす。

 体力はとうに限界を迎えている。だが、この好機を無駄にするという選択肢はない。


「ナユ、マリナを連れて下がれッ!」

「ジンは!?」

「ケリをつけるッ!」


 ジンは大剣を肩へ担ぎ、身動きの取れないバルゴゾーンたちへ踏み込んだ。


「まとめて吹き飛びやがれぇぇぇッ!」


 大剣が真一文字に振り抜かれる。

 渾身の膂力を乗せた刃が、氷結した機体の胴体を連続して捉えた。

 凍ったことによって脆化した装甲が砕け、複数の機体が上半身と下半身に分断される。


「まだだァァァッ!」


 ジンは大剣を引き戻し、残る敵の脚部を薙ぎ払った。足を失った機体が重なり合うように倒れていく。


「完全にぶっ潰してやるッ!」


 ジンは大剣を逆手に持ち替え、倒れた敵の頭部へ突き下ろした。荒い呼吸を重ねながら、地に伏したバルゴゾーンの頭部と胸部を執拗に破壊していく。


「こいつで……最後だッ!」


 最後の一体が伸ばしたジンの足首を掴むが、ジンはそれを踏み潰し、大剣を胸部へ突き立てた。

 ついに、礼拝堂からバルゴゾーンの駆動音が消える。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 ジンは突き立てた大剣に両手を置き、辛うじて立っていた。

 視界は霞み、仲間の姿さえもう朧気だ。


「ジン……?」


 ナユが恐る恐る近づこうとする。


「終わった……よな?」

「うん。もう、動いてない」

「そう、か……」


 するとジンは、大の字になって身体が倒れた。


「ジン!」

「心配すんな……生きてる」


 ジンは半壊した天井から空を仰ぎ、口元へ薄い笑みを浮かべた。


「ちょっと……休むだけだ……」

「ちょっとじゃないでしょ! 傷を見せて!」


 ナユが傍らへ膝をつき、震える手を傷口へかざす。


「治癒魔法、使えるの?」

「ちょっとした、やつなら……。魔力はほとんど残ってないけど……止血くらいならできるかも……!」

「なら、マリナを先に見ろ。あいつの指、真っ白だぞ」

「私は、大丈夫だよ」


 マリナは壁へ背を預け、床へ座り込んでいた。

 弓を握っていた指先は感覚が失われ、白く変色した皮膚には霜が残っていた。

 それでも、マリナの顔には誇らしげな笑みが浮かんでいた。


「大丈夫な手じゃないよ、それェ!?」

「でも、ジンの傷の方がやばい。先に、診てあげて……」

「ううぅ、ごめんね、二人とも。私、なんにも役に立てなかった……!」

「そんなことねえよ。お前のおかげで、時間も稼げたしなぁ……」


 ナユは涙を溜めながら、初級の治癒魔法を紡ぎ、ジンの傷口へと注いだ。


「まったく……寿命、減ったなぁ……」


 マリナがため息混じりに、力なく呟いた。


「そう、だな……マリナも、ナユも……ホント、強くなったよな……。昔まで、俺ばっかり頼ってたくせに……」

「心外だね。私はちゃんと働いてたけど。ナユだけじゃない? ずっと泣き叫んで、脚引っ張ってたの」

「そんな言い方ないじゃないぃぃぃ……」

「……ふふっ。ウソだよ」

「そうさ。お前は貴重な魔法使いだ。いつも、大事なところで役に立ってる……」

「そ、そんななこと……」


 ジンは床へ倒れたまま、血の混じった息を吐く。


「それに……今回は……怖かったのに、逃げなかっただろ。十分だ……」

「……ジンに褒められると、何だか気持ち悪いかも」

「殺すぞ」

  

 しかし、密かにナユの頬を、一筋の涙が伝った。

 満更でもなさそうに、ナユは満面に笑みを貼り付けていた。

 マリナは冷え切った両手を胸元へ寄せ、改めて周囲を見渡す。


「……それにしても……本当にやったんだね、私たち。あの数を」

「ああ」

「ツルカがいなくても……三人で」

「へっ、ざまあみろ……」


 ジンは天井を見上げたまま、血の混じった唾を横へ吐いた。


「Bランクを……舐めんなよ……」

「さっきまで死にかけてた人が、偉そうにしないで」


 マリナの口元に、安堵の笑みが浮かぶ。


「勝ったんだから、少しくらい格好つけさせろ」

「ツルカちゃんに会ったら、全部話してあげるね。せっかくツルカちゃんが直してくれた大剣を飛ばされて、二回も倒れた! ってね」

「余計なこと言うな!」

「それだけ元気なら、死ぬ心配はなさそう」

「ちょ、ちょっとマリナぁ……! ジンの傷に響くから、あまり刺激しないでよぉ!?」


 三人の間に、束の間の安堵が訪れた。

 だが、礼拝堂の外からは、なおも戦闘の気配が伝わってくる。これは、敵の一部隊を退けたにすぎない。

 マリナは壁へ手をつき、立ち上がる。


「少し休んだら、行こう」

「どこに?」


 ナユが不安そうに顔を上げる。


「そんなの、決まっているでしょ。王城だよ」

「でも、ジンはこんな怪我だし、私たちも……」

「ツルカちゃんが待ってる」


 マリナは崩れた扉の向こうへ視線を向けた。


「きっと、ツルカちゃんも私たちを探してる。だから、ここで止まるわけにはいかない。それに、ここに留まってたら、また敵が寄ってくるかも」

「そうだな」


 ジンは腕へ力を込め、苦痛に顔を歪めながら上体を起こした。


「合流したら、まずツルカを叱ろう」

「ど、どうしてぇ?」


 するとジンは至って真面目な顔で拳を握った。


「勝手に分断したからだ」

「やば。逆ギレといいところだよ。別にツルカちゃんのせいじゃないじゃん」

「分かってる。だが、何か言わねぇと気が済まねぇな!」


 ナユは困ったように眉を下げ、それから小さく笑った。


「じゃあ私は、会えたら抱きつく」

「私は……そうだね」


 マリナは凍傷を負った指先を見つめ、弓を胸へ抱き寄せた。


「この弓で、ちゃんと魔法を使えたって伝える」

「きっと喜ぶよ」

「うん。だから、生きて会いに行こう」


 三人は互いの顔を見つめ、傷ついた身体を支え合いながら、再び王城を目指すのだった。

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