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全ては『ミライ』のために  作者: アベル
ガリロルザ 編

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16

「────顔を上げろッ!」


 レオナルドは声を張り上げ、斧を杖代わりにして立ち上がると、残された者たちを睨め回した。


「嘆くのは後だ……! 我々はまだ、何も成し遂げてはいない! ここで立ち止まれば、死んでいった者たちの魂はどうなる! ただ無為に散った骸にするつもりかッ!」

「で、でも……もう半分も……」


 若い女性の冒険者が震える声で訴えた。

 出発時、数百名いた義勇軍は、たった一度の奇襲で半数近くまで減少していた。


「だからこそだ……! 彼らの死を無駄にするな。我々がここで全滅すれば、誰が国を救う……。誰が、彼らの無念を晴らす!?」 


 レオナルドの瞳には、狂気にも似た闘志が宿っていた。


「敵は、こちらの存在を感知した。このままここに留まれば、第二、第三の奇襲を受け、全滅するのは時間の問題だ。……退路はない。ならば、進むしかないだろう!」


 レオナルドは怒りにも似た声で告げると、右手に持つ斧を強く地面に叩きつけた。


「これより、残存する全馬車をもって、ガリロルザ城門まで全速力で駆け抜ける! ただ前だけを見て強行突破し、一刻も早く城壁の内側に滑り込むのだ!」


 その言葉に、ミライも無機質な声で同意を示した。


「……肯定します。……停止は死を意味します。生存確率を最大化するためには、高速移動による強行突破が戦術的に最適解です」

「……やるしかない、か」


 ツルカが決意を固め、ジンたちも同様に頷くように覚悟を決める。

 生き残った五十名ほどの冒険者たちは、傷ついた身体を引きずり、残された数台の馬車へと乗り込んだ。

 それぞれの車内は定員を超え、すし詰め状態だったが、誰も文句を言う者はいなかった。


「──────行くぞッ! 目標、ガリロルザ城門! 我々は国を救う盾となるのだ! 進めぇッ!」


 先頭の馬車に乗り込んだレオナルドの号令と共に、御者たちが一斉に鞭を振るった。馬たちが嘶き、車輪が悲鳴を上げて回転を始める。

 馬車の列は、急勾配の山道を転がり落ちるような速度で疾走した。車体は激しく揺れ、乗員たちは手すりや仲間の体に必死にしがみついた。


「うぐっ、うう」

「しっかり掴まって、ナユ」

「うん……!」


 しばらくすると山道を抜け、視界が開けていく。同時に、激しい揺れも収まった。

 目の前には、ガリロルザ城門へと続く広大な平地が広がる。

 直線距離にして数十キロ。障害物は何もない。

 だが、それは同時に、敵にとっても最高の狩り場であることを意味していた。


「────なッ!?」


 突如、ツルカたちが乗るすぐ隣の馬車で爆発が起きた。

 土砂が舞い上がり、その衝撃が車体を激しく揺らした。

 

「警告。魔導砲による遠距離砲撃を確認。敵性反応、多数接近。……後方および側面より、高速移動物体」


 ミライの瞳が激しく明滅し、警報を発する。

 ツルカが窓から身を乗り出して後方を確認すると、土煙の向こうから恐るべき速度で迫りくる影の群れが見えた。

 バルゴゾーン。その数、およそ三十体。

 それは人が不可能な速度で脚を動かす者や、四つん這いで獣のように駆ける者、中には背中の推進装置を噴射させる者もいて、馬車の速度に完全に並走していた。


「追いついてくる……!?」

「────撃てぇッ! 馬車に近づけるなァァァ!」


 爆音にも負けぬレオナルドの叫びが、この広大な平原で響き渡った。

 冒険者たちは焦燥に駆られながら、窓や屋根から身を乗り出し、弓や魔法を放つ。

 ジンが周囲を警戒しながらツルカも火球を放ち、ナユも魔法を駆使し、マリナは弓矢で牽制する。

 だが、バルゴゾーンの装甲は硬く、並大抵の攻撃では止まらない。

 バルゴゾーンは弾幕をものともせずに距離を詰めると、馬車へと跳躍した。

 最後尾の馬車の屋根が引き裂かれ、バルゴゾーンが車内へと侵入すると、中から絶叫と、肉が断ち切られる悍ましい音が響いた。そして次の瞬間、馬車は制御を失って横転し、後続のバルゴゾーンたちに飲み込まれていく。


「散開しろ、固まるなッ! 標的を分散させるんだッ!」


 レオナルドの判断により、馬車は扇状に広がり、それぞれのルートで城門を目指した。リスクを分散させ、一台でも多く生き残らせるための苦肉の策だった。

 ツルカたちの乗る馬車にも、二体のバルゴゾーンが迫った。一体は並走し、腕の魔導砲を構えている。もう一体は屋根に取り付き、回転鋸で天井を切り裂こうとしていた。


「させるかぁッ!」


 ジンが窓を破壊して、並走する敵に向かって全力でナイフを投げた。

 だが、敵はそれを腕で受け流し、至近距離から魔導砲を発射しようとする。 


「─────【燃え盛れ、源素! 数多の紅蓮の礫となりて、我が敵を穿て】! 『ファイア・バレット』!」


 間一髪、ナユの魔法が敵の顔面で炸裂し、照準を狂わせた。砲撃はあさっての方向へと飛び、地面をえぐって土柱を上げる。


「はっ……!」


 その隙にマリナが精密な射撃を行い、敵の脚部関節を破壊した。体勢を崩したバルゴゾーンは、高速回転する馬車の車輪に巻き込まれて粉砕される。


「ナイス、二人とも!」

「まだ、上に!」

 

 マリナの警告と共に、天井板が切り裂かれ、回転鋸の刃が車内に侵入してくる。


「ミライちゃん!」

「排除します」


 ミライはツルカの合図と共に、裂け目から強引に屋根へと飛び出した。

 激しい金属音のような剣戟が天井板越しに伝わってくる。

 数合の後、ドサリという重い音がして、何かが転がり落ちていった。続いて、ミライが裂け目から戻ってくる。


「よかった……! ミライちゃん大丈夫?」

「問題ありません。対象、沈黙。ですが、敵の増援を確認」


 ミライの報告通り、状況は好転しない。倒しても倒しても、新たな敵が湧いてくる。

 御者を狙撃され暴走する馬車や、車輪を破壊され横転するものなど、他の馬車も次々と餌食になっていく。


「……だけど、城門まで……あと少し……!」


 凄まじい攻防戦の末、巨大な城壁はすぐそこまで迫っていた。

 だが、残る馬車はわずか七台だ。

 生き残ったバルゴゾーンたちが、最後の獲物を逃すまいと一斉に群がってくる。次第に冒険者たちの抵抗も弱まっていき、誰もが限界に達していた。


「……ここまでかよ……!」


 誰かの口から、諦めの言葉が漏れた。

 十数体のバルゴゾーンによる魔導砲が一斉に充填音を響かせ、逃げ場のない馬車列に照準を合わせる。死の光が、全力で駆ける馬車を飲み込もうとした。


(アイナ、キリがない! この状況、どうにかできない!?)


 ツルカも火球で着実にバルゴゾーンを狙うが、数は減らない。


《……これこそ、マスターの全力で、後方一帯を吹き飛ばすしかありませんね。……マスターの危険性が露見してしまいますが、……やむを得ません。魔力を解放し、敵を殲滅するしか》

(やるしか──────)


 その時だった。

 鋭い風切り音が、戦場の喧騒を切り裂いた。

 次の瞬間、群れをなして先頭を走っていたバルゴゾーンの頭部が、何の前触れもなく弾け飛ぶ。続いて二体目、三体目が餌食となり、目にも留まらぬ速度の魔力弾が正確無比にバルゴゾーンを貫いていく。


「な……!?」

「どこからだ!?」


 冒険者たちが驚愕の声を上げる。

 攻撃は城門のさらに上の、高くそびえ立つ城壁の塔から放たれていた。

 放たれる魔力弾は百発百中。神業のような狙撃が、追撃するバルゴゾーンを次々と屑鉄へと変えていく。

 城壁の上には、誰の目にも触れぬ死角に一人の男が優雅に佇んでいた。

『紳士』──チルノーヤ。

 チルノーヤは指先を銃のように構え、口元に冷笑を浮かべながら、淡々と魔力弾を放ち続けていた。


「……へデットリーナの可愛い人形たちが、随分と無粋な真似をしてくれる。折角の役者が揃う前に退場されては、劇が盛り上がらないでしょう」


 チルノーヤはあたかも射的ゲームでも楽しむかのような気軽さで、バルゴゾーンを破壊していく。


「……さあ、行きなさい。貴方方の介入が、どれほどの変化を見せるのか……楽しみです」


 チルノーヤは最後の追っ手を破壊すると、指先に口づけをし、ふわりとコートを翻した。

 援護射撃によって追撃の手が緩んだ隙を突き、馬車列は最後の力を振り絞って疾走する。


「────入れぇぇッ!!」


 レオナルドの号令と共に、残された七台の馬車は滑り込むように城壁の内側へと飛び込んだ。

 直後、レオナルドが投げ出した爆薬が、落とし格子を制御していた巻き上げ機を破壊し、轟音と共に巨大な格子が下ろされる。

 生き残った冒険者たちは、馬車から転げ落ちるようにして地面に倒れ込み、肩で息をした。


「はぁっ……はぁっ……ん」

「い、生きてるわ。私たち、まだ生きてる……」


 ざわめく冒険者たち。あの惨状から生き残ったことに、束の間の安堵が漂っていた。

 しかし、本番はこれから始まる。

 ツルカは最奥にそびえる王城を見つめ、拳を強く握りしめた。


「……ここからだよ」

「ああ……そうだな」

「……負けない」


 ツルカたちはここからが本当の戦いなのだと覚悟した。

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