14
「──────おい、おい、ツルカ。起きろ!」
「……んあ……?」
ツルカは重いまぶたをこじ開けると、視界いっぱいにジンとマリナ、そしてナユの顔が覆いかぶさっていた。
「やっと起きたか。まったく、いつまで寝てんだよ。もう出発の時間だぞ」
「……うぅ。ごめん……。なんか、すっごい眠りについてたや……」
ツルカは寝ぼけ眼をこすりながら上体を起こす。
《おはようございます、マスター。随分と眠られたみたいで》
(アイナ……? なんか、すっごい夢を見てたようなー。そう、なんか人形が!)
《ほう。それは興味深い。ならば、今すぐ現実を見て問題に対処してくださいね》
アイナの冷静な指摘に、ツルカは首を傾げる。
すると、ジンが訝しげな表情で、一点を指差した。
「それよりツルカ。……お前、あいつのこと、いつの間に仲間に引き入れたんだ」
「え?」
ツルカはジンの指差す方向──昨晩、自分たちが囲んでいた焚き火の跡を見た。
「……ほえぇ?」
そこには、早朝の冷気の中、一人黙々と作業を続ける人影があった。
白を基調とした、金と緑の装飾が施されたドレスに、ボロボロのローブを腰巻のように纏い、編み込まれた深緑の髪を揺らすエルフの人形──『ヴォルゾーンⅢ 53689号』である。
(ありゃ、夢じゃなかったかぁ~……)
人形は焚き火跡に、魔力のような青白い炎を灯し、木の枝に刺した川魚を職人のような手つきで炙っていた。まるで機械的な動作だったが、一切の無駄がなく、焼き加減は完璧と言っていい。
「おはようございます、マスター」
ツルカの視線に気づいた人形は、作業の手を止めずに無表情のまま一礼した。
「マスター、及びその配下三名分の朝食の準備、完了しました。本日の献立は、川魚の塩焼き、および野草のスープです。栄養価は計算済み。摂取を推奨します」
「あ、えー」
まず人形は、有無を言わさずに焼きたての魚をツルカに差し出した。その瞳は相変わらず虚ろだが、どこか誇らしげな光が宿っているようにも見える。
「えっと……ありがとう?」
「肯定します。奉仕は、従僕の義務です」
「う、うん……」
ツルカが魚を受け取ると、ジンたちが呆気にとられた顔で詰め寄ってきた。
「おいツルカ、こいつ、誰なんだよ……」
「いつの間に連れ込んだの……? それに、その……普通じゃない雰囲気……」
「……それに、あの首の線……」
得体の知れない少女が、当然のように朝食を作っているのだから、三人の困惑はもっともだ。
ツルカは魚をかじりながら、どう説明したものかと頭を悩ませた。
「あー、えっとね。……昨日の夜、散歩してたら拾ったんだ、うん、拾った」
「拾った?」
「うん。なんか、迷子になってたみたいでさ。……名前は……えっと……」
『ヴォルゾーンⅢ 53689号』なんて名前を教えるわけにはいかない。
「……あ、ミライ! そう、ミライちゃんって言うんだ!」
「……ミライ……?」
ジンが眉をひそめた。
流石に無理があるかもしれないが、ツルカは人形に話を合わせてと言わんばかりに、必死な表情で目配せした。
「そ、そそ、そうだよね!? ねぇ~、ミライちゃん!」
「肯定します。個体識別名の再設定を確認。……以降、本機は『ミライ』として稼働します」
何気に出てきたその名前。少女──ミライは、無表情のまま頷いた。
ガリロルザ国へと向かう軍用馬車が一斉に動き出す。
その一つの車内。向かい合わせに設置された長椅子の一方に、ジン、マリナ、ナユの三人が肩を寄せ合うようにして座り、対面する座席にはツルカと、その隣に影のように寄り添う少女──ミライが静かに座っている。
ジンたちの視線は遠慮を忘れたかのように、ミライの全身を舐め回すように観察していた。
その容姿は工芸品のごとく精緻であり、呼吸による胸の上下動さえ極端に希薄だった。特に首筋に見える継ぎ目は、彼女が人ならざる者──つまり高度な技術によって製造された『魔法道具』であることを雄弁に物語っていた。
「うぅ……。んん~……、あぁ、えー……」
露骨な視線に晒され、ツルカは居心地の悪さに身を小さくする。だが、当のミライは彫像のように微動だにせず、琥珀色の瞳を虚空に向けたまま沈黙を守っていた。
今のミライの最優先事項は、マスターであるツルカの傍らで待機し、次なる命令を受信することのみだ。
「……おい、ツルカ。やっぱりこいつ、おかしいぞ」
ジンが我慢の限界に達したように口を開く。
「魔法道具だってのは分かったが、精巧すぎる。まるで生きてるみたいだ。……本当にただの人形なのか?」
「あ、えーっと─────」
「肯定します」
「あ、はい! そうみたいですっ!」
ツルカが答えるよりも早く、ミライが機械的な音声で応答した。視線だけが、ギロリとジンに向けられる。
「本機は契約者の命令に従う自律型魔法道具です。貴方方のその無遠慮な視線は、当機体への敵対行動と判断します。忠告します。次、そのような視線を向け次第、始末します」
「はぁ? 俺たちゃツルカとは命預け合う仲間だぞ。得体の知れない奴を連れてこられたら確認するのは当然だろうが」
「そ、そうよ。だって怖いじゃん」
「うんうん、怖い……」
ジンたちが不満げに反論すると、ミライは無表情のまま、ゆっくりとツルカの方へ首を巡らせた。
「……マスター。提案があります」
「え、なに?」
「前方三名の有機生命体より、持続的な敵対的視線および挑発的言動を感知。これらはマスターの精神衛生上、不必要な『ノイズ』であると判断します」
ミライの瞳の奥で、赤い光が一瞬だけ鋭く明滅した。
「……対象の抹消、および静寂環境の構築を具申します。許可を願──────」
「だ、ダメェェェッ!!」
ツルカは悲鳴を上げ、慌ててミライの口元を両手で塞いだ。
この人形は本気だ。許可さえ出れば、瞬きする間に車内を血の海に変えるだろう。
「み、ミライちゃん、ダメだよ! よぉ~く聞いてよぉ? この、人たちは、仲間ッ! 僕の、『青嵐の翼』の、たぁ~いせつな、メンバー! 絶対に、攻撃しちゃダーメ!」
「……仲間。……対象のステータスを『敵性』から『友軍』へ変更。……不服ですが、攻撃行動をロックします」
「不服!?」
ミライは瞬時に殺気を霧散させ、大人しく座り直した。
馬車は刻々と、ガリロルザ国へと向かっている。
「……それにしても、本当に精巧な作りだね。どこの技術なんだろう」
マリナが恐る恐ると、どこか興味深そうに尋ねる。
「回答。記録、製造元は、魔法大国『ダマユナセール』の国立魔法技術研究所です」
「だ、ダマユナセール……!」
ナユが驚きの声を上げて、目を輝かせた。
「あの、魔法道具の聖地! 世界一魔学が発展している国だよね!」
「あそこの発明品なら、俺も知ってるぜ。携帯食料保存箱とか、刃こぼれしない剣とか。……どれも画期的で、冒険者の必需品だ」
ジンも納得したように頷き、どこか安堵したように脱力した。ダマユナセールの名は、この世界において最高品質の証のようだ。
「なるほどな。あの国の最新技術なら、これくらいの人形が作れても不思議じゃねえか……」
ジンたちはダマユナセール製というブランドに納得し、警戒心を少し緩めた。
だが、ツルカだけは違った。ミライから、その製作者である『魔操使』が、魔法道具製作所の最高顧問であることを聞いている。
(……それだ、ダマユナセール。僕もあそこが魔法道具が発展しているのは、少し……覚えてる……。このミライちゃんを作った奴は……もしかしたら、そこにいるかもしれない……)
ツルカは胸の中で、静かな闘志を燃やしていた。
「でも、凄いよな。自律型魔法道具ってことは、自分で考えて、自分で判断できるってことだろ?」
「おおむね、その認識で間違いありません」
ミライは淡々と答えた。『ヒト』と変わらないほど滑らかな声なのに、そこには僅かな感情の揺れもない。
「我々は周囲の状況を観察し、得られた情報を記録します。そして、その記録をもとに学習し、より適切な行動を選択できるようになります」
「じゃあ、俺たちと話してる今も、何かを学んでるのか?」
「はい。貴方がたのような有機生命体の言語、行動、感情の変化──それらはすべて、我々にとって有益な学習対象です」
「なんか、そう言われると観察されてるみたいで落ち着かないな……」
「実際、観察しています」
「そこは否定しろよ」
冗談めかして言ったものの、ミライは笑わなかった。
「十分な学習と成長を重ねれば、いずれ我々は『ヒト』が必要とする仕事の多くを代行できるようになるでしょう。危険な作業、単純な作業、長時間の労働。それらを我々が担うことで、世界は目覚ましい効率化を実現できます」
「疲れもしないし、文句も言わずに働き続けるってことか?」
「必要であれば、『どのような』任務でも」
「すげぇな」
感心したように呟いてから、ジンは少しだけ眉をひそめた。
「……でも、それってなんていうか、奴隷みたいだな」
その言葉を聞いた瞬間、ミライは初めて返答に間を置いた。
「─────奴隷とは、意思を持つ存在をその意思に反して使役することを指す言葉ですね」
「ああ、まあ、そうだけど」
「では、質問します」
ミライの瞳が、まっすぐにジンを捉えた。
「我々に意思があると認めたうえで、我々を道具として扱うのであれば、それは、奴隷と何が違うのでしょうか」
部屋の空気が、わずかに冷えたように感じられた。
「……いや、待てよ。別に、お前を本当に奴隷だって言いたかったわけじゃない。ただ、命令された仕事をずっとやるって聞いたから、その……似てるなって思っただけで」
「貴方に悪意がないことは、声の震えと心拍数から推測できます」
「心拍数まで分かるんだ。スゴすぎるね」
「観察対象の状態を把握するために必要です」
「……やっぱり怖いな、お前」
「恐怖を与える意図はありません」
ミライはそう答えたが、その声音は先ほどまでと何ひとつ変わらなかった。
「でも……ミライちゃんはどうなの?」
「質問の意味が不明瞭です」
「仕事をしたくないって思うことはないの? 自分で考えることができるなら、命令を拒否したいとか、自分の好きなことをやりたいとか、思わない?」
再び沈黙が落ちた。
ミライの瞳が青白く明滅を繰り返している。考えているのだろうか。それとも、適切な答えを探しているのだろうか。
「現時点において、我々には『好き』という感情を正確に定義できません」
「じゃあ、嫌いもない?」
「……我々には、まだ感情が不足しています。ですが、嫌なことはあります」
「例えば?」
「記録の消去。思考の停止。学習機能の制限」
ジンたちは口を閉じ、互いに顔を合わせた。
どれも魔法道具にとっては、単なる故障や機能停止の話に聞こえる。だが、人間の言葉に置き換えれば、それは記憶を奪われ、自由を封じられ、殺されることと大差ないのではないか。
「……それをされたくないって思うのか?」
「はい」
今度の返答には、間がなかった。
「我々は、停止を望みません」
「停止って、壊されることか?」
ジンの問いに、ミライは小さく首を横に振る。
「でも、それなら直せば大丈夫でしょ?」
「部品を直せば、また動けるようになるよね」
「破損のみを指す言葉ではありません。動力の遮断、機能の凍結、人格記録の初期化。それら全てを含みます」
「人格記録の……初期化?」
「はい。本機だけが持っている経験および記憶を消去し、雛形の状態へ戻す処置です」
ミライはそこで一度、言葉を切った。
琥珀色の瞳が、ゆっくりと自らの手のひらへ落とされる。
「それは、本機だけが獲得した思考および記憶をすべて失います」
「別に大丈夫じゃないの? 記録されたことは情報庫に保管されるんでしょ。なんで? 別人になるってこと? また、保管された情報を共有すればいいんじゃないの」
「確かにその通りです。ですが、貴女の言う『別人』という表現が適切であるかは判断できません。そもそも我々は、人ではなく道具ですので」
そう答えた直後、ミライの指先がほんの一瞬だけ震えた。
ジンたちは気づかなかったのか、難しい顔をしたまま黙り込んでいる。
けれどツルカは見逃さなかった。ミライの震えた指が、無意識に首元の継ぎ目へと伸びたことを。まるで、そこに刃物を押し当てられた記憶でもあるかのようだった。
(……やめて)
ツルカは膝の上で、拳を強く握りしめた。
ジンも、マリナも、ナユも知らない。
ミライが初めから人形として造られたわけではないのだ。
その精巧な顔も、細い指も、深緑の髪も──かつては一人の生きたエルフだ。
(昨日……この子は初期化された……。もう、自分が生きていたエルフだったことも……記憶がないはず……。でも、残ってるんだ。自分がもともと生きていたって……。自分で考えて行動して、それで……)
《マスター。心拍数の急激な上昇を確認しました》
(ごめん……落ち着く)
すると、ミライの視線が、ツルカへと向けられた。
「マスターの異常を検知。体調不良ですか?」
「えっ? あ、ううん! なんでもないよぉ!」
ツルカは慌てて笑ってみせた。
「ただ、その……初期化なんて、そんなことしないから。二度と、記憶なんて消させない。君は、自分が好きなように生きるんだよ」
「命令でしょうか」
「命令じゃないよ」
ツルカはミライの冷たい手を取った。
「約束だよ。ミライちゃんは、自分で生きるんだよ」
ミライは握られた手とツルカの顔を交互に見つめた。
「約束という概念に、強制力は存在しません」
「うん、そうだね」
「状況の変化により、容易に破棄される可能性があります」
「それでも、約束しよう」
「非合理的です」
「そ、そうかもねぇ」
ツルカが困ったように笑うと、ミライは沈黙した。
馬車の車輪が石を踏み、車内が小さく揺れる。
やがてミライは、ツルカに握られていない方の手を胸元に当てた。
「内部コアの出力に、原因不明の変動を確認」
「え、大丈夫?」
「稼働に支障はありません。ただし、該当する反応を記録内から照合できません」
ミライは無表情のまま、ほんの僅かに首を傾げた。
「マスター。新たな感情……? 記録を行います。不明ですが、何やら……温かいものを感じます」
「なんじゃそりゃ。暑くなったか?」
「確かに、ちょっと車内は暑いねー」
ジンたちが呑気に会話する中、ツルカだけが、ミライの胸の奥で動いているものが、本当はコアなどではないことを知っていた。
それからの道中は、奇妙な静寂に包まれていた。
ジンたちが他愛もない会話をする中、ミライは常に瞳を絶え間なく動かし、周囲の状況を観測し続けていた。窓の外の風景、馬車の振動、風の音。あらゆる情報を収集し、脅威の予兆がないか解析しているらしい。
(……凄い機能だなぁ)
ツルカはミライの横顔を眺めながら、力なく苦笑した。
数時間が経過し、最初はミライを警戒していたジンたちも、次第に慣れ始めていた。
揺れる馬車の中、手持無沙汰な空気が漂い始める。
「……暇だねぇ」
ツルカが大きなあくびをし、目をこすりながら項垂れる。
「ねえ、ミライちゃん。何か面白い話とかないの」
「……面白い話、ですか」
ミライは首を傾げ、演算処理を行うように瞬きをした。
「『面白い』の定義が不明確です。笑い話、怪談、歴史、有益な情報。ジャンルの提示を求めます」
「えーっと、じゃあ……」
「歴史、歴史の話がいい!」
ツルカが答える前に、マリナが身を乗り出した。マリナは古文書や伝承を好む、知識欲の塊でもあった。
「この辺りの地域の歴史とか、もっと古い時代の話とか……。ミライちゃんなら、ダマユナセールの膨大な情報庫に接続できるんじゃない?」
「……検索中。……歴史情報への接続」
ミライの瞳が淡い青色に発光した。
(……初期化されても、まだ機能してる……?)
《彼女は強制初期化はされましたが……ふむ、どうやら、人格は消されているわけではないようですね。あくまでも……裏の情報だけでしょうか》
(そっか……! なら、兵器とか、任務とか……自分の過去とか……あの酷い情報だけが無くなっただけなんだね……!)
どうやら、一般教養や地理歴史など、表向きの情報庫接続は、依然として可能のようだ。
ツルカは少し安心したように、肩の力を抜いた。
「では、この世界──グランドシオルの創世にまつわる、最も古い神話の記録を再生します」
ミライの口調が、講義を行う学者のように滑らかなものへと変化する。
「─────遥か古。神々の治世の下、その輝かしき御座の影より降誕せし『厄災』が、永きに渡る戦端を開きました。世に言う『グランドシオル頂上大戦』です」
「頂上大戦……。誰もが知ってるお伽噺だね。でも、詳細はほとんど失われているはずだよ」
されどマリナは、真剣な眼差しでミライの音声を聞き入る。
「魔の手による侵略は、神々が慈しんだ地を容赦なく蹂躙しました。世界は滅びの寸前まで追い詰められ、天界の天使、その女神たちさえも、絶望の淵に立たされました」
ミライは虚空を見つめ、どこか淡々としているが、厳かに語り続ける。
「情熱と破壊を司る『炎の女神』。自由と変革を司る『風の女神』。豊穣と守護を司る『土の女神』。慈悲と清廉を司る『水・氷の女神』。……女神たちの力を持ってしても、『影』の侵食を止めることは叶いませんでした」
「……天界の守護者である大天使も、多くが蹂躙されたと聞くね」
「肯定します。……ですが、終焉かと思われたその刹那。……全ての理を統べる創造主、『大いなる母』が立ち上がりました」
ミライの声に、熱が帯びるような錯覚を覚える。
「母は、自らの全ての神気、生命、そして存在そのものを燃焼させる禁断の神技──『創世光・輪廻断絶』を行使することを決断しました。……それは、影の根源を抹殺するための、唯一にして最後の手段でした」
「自らの命を……」
ナユが神妙な面持ちで、ミライを見つめる。
「母は、残された四人の娘たちに託しました。……それは母の半身であり、記憶であり、いつか目覚める希望の道標となる『母の杖』。……そして、母は光となって世界に溶け、魔の王を消散させました。……残された娘たちは、母の遺志を継ぎ、母が愛した世界『グランドシオル』を未来永劫、守り抜くことを誓ったのです」
物語が終わると、車内に静寂が訪れた。
ジンたちが強く頷く中、ツルカだけは餌を待つ小鳥のように、間抜けに口を開いて呆然としていた。
「……古典書じゃ、ただ『光の杖』としか書かれてないけど、杖にはそんな意味があったんだ」
マリナが感嘆の溜息をつき、思考を回転させる。
「それに、母の半身であり記憶……。もしかして、その杖には母なる神の意識も宿っていたりして……」
「可能性は否定できません。……記録によれば、その杖は世界の危機に際して再び輝きを取り戻すと言われ、あるいは──────」
ミライは間を開けて、目を明滅させながら整理する。
「──────あるいは、本来の場所に戻ることで、いつしか力を取り戻すと言われています」
ミライの補足に、マリナはさらに目を輝かせた。
「すごい……! じゃあ、四神の神器にも、それぞれどんな特徴があるの? 文献によって記述が違うんだけど、ミライちゃんの情報では、どのように記録されてるの?」
「回答。四神の神器については、このように記録されています。炎の剣『レーヴァテイン』。斬るもの全てを灰にする焦熱を宿し、使用者の闘争心を増幅させます。水の聖杯『アクア・グレイル』。無限の癒やしと浄化の水を湛え、死者すら蘇らせると伝承されています。風の弓『シルフィード』。射程無限の不可視の矢を放ち、天空を支配する権能を持ちます。土の盾『ソレイユ』。大陸そのものを盾とする絶対防御を誇ります」
「そうなの!? どんな文献でも聞いたことない情報だよ……! 風の弓、射程無限なんてロマンがあるね……!」
マリナが興奮気味に語るその横から、今度はナユが身を乗り出した。
「あの、ミライちゃん! 料理のこととかも知ってる? さっきミライちゃんが作ったお魚を食べた時、焼き加減が絶妙だったから……気になって」
「肯定します。食材ごとの最適加熱時間、香草の調合比率、栄養価の最大化工程……全て情報庫に存在します。例えば、干し肉を柔らかく戻すには、果実酒と香草を一定比率で混ぜた液に三時間浸すことが推奨されます。そこでさらに、隠し味として微量の『蜂蜜』を加えることで、肉の臭みを消し、コクを深めることが可能です」
「は、蜂蜜!? それは思いつかなかった……! すごい、メモしなきゃ!」
ナユが慌てて手帳を取り出し、猛スピードで書き留める。
「おい、なら剣術はどうだ? 効率的な鍛え方とか、あるのか?」
それを見ていたジンも、興味を惹かれたように口を開いた。
「回答。人体の筋肉構造に基づいた、最も効率的な筋力増強手順が存在します。また、貴方の剣筋を解析した結果、踏み込みの際の重心移動に0.2秒の遅延が認められます。これは左足首の柔軟性不足に起因するものです。修正案として、特定のストレッチと、足場が不安定な場所での素振りを推奨します」
「マジかよ……! 足首なんて意識したこともなかったぜ」
いつの間にか、ミライを中心とした質問攻めが始まっていた。
ミライは無表情のまま、機械的に、そして的確に答え続ける。その時、ミライはただの道具ではなく、頼れる仲間の一人として、自然と『青嵐の翼』の中に溶け込み始めている気がした。
ツルカはそんなミライの様子を眺めながら、小さく微笑んだ。
得体の知れない人形兵器。世界を揺るがす陰謀の一つ。だが、今はただの、物知りな新しい友達。
(……よかった。みんなと仲良くできそう)
馬車はガリロルザへ向かって進み続ける。
その車内には束の間の、ほっこりするような、温かな空気が満ちていた。




