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全ては『ミライ』のために  作者: アベル
ガリロルザ 編

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13

「え、えっと……まずは立って? そんなふうにされると、ちょっと落ち着かないからさ」

「承知。直立姿勢へ移行」


 少女──『ヴォルゾーンⅢ 53689号』は、機械的な動作で立ち上がると、直立不動の姿勢を取った。


(……アイナ、これ、どういうこと? 本当に味方になったの?)

《ええ。彼女は今、あなたの命令に絶対服従する『従僕』です》

(従僕って……。なんか、嫌だなぁ)


 ツルカは頬をポリポリと掻いた。

 以前から自分を監視していた不気味な存在が、突然味方になったと言われても、素直に受け入れるには抵抗がある。


「待機中。マスター、指示をお伝えください」

「あー、うん。えっと……」


 ツルカはしばらく悩んだ末、まずは情報を引き出すことにした。


「じゃあ、質問に答えて。君は……何者なの?」

「個体識別番号『ヴォルゾーンⅢ 53689号』。潜伏・暗殺特化型──────」

「そ、そうじゃなくて! 名前とかじゃなくて、その……君という存在が、いったい何なのかってこと!」


 ツルカが言葉を遮ると、少女は一瞬沈黙した。再定義された質問の意図を解析し、改めて口を開く。


「私は……高度な魔法技術──『魔学』によって製造された、自律型魔法道具です」

「……やっぱり、人形なんだ」


 目の前の人形は、どう見ても単なる道具には思えなかった。

 あまりにも精巧で、あまりにも──生物に近すぎる。


「君は何のために作られたの……? そんな、生きてるみたいな姿をして」

「任務遂行のためです。本来の設計思想では、販売される生活補助道具として発案されました。所有者マスターと契約するにあたり、まるで『ヒト』のように違和感なく、マスターの生活へ溶け込めるかどうかが課題でした」

「溶け込むため……なんで?」

「従来の生活補助道具は、明らかに道具と分かる外見が一般的です。現在でも、鋼鉄などを組み合わせた一般流通品が有名でしょう。ですが、私たちはまだ非売品です」

「え、売ってないの。いや、確かに見たことないもんね」

「現在では、私のような最新機も開発・量産されています。しかし、自律型魔法道具としての学習記録が不完全であるため、販売には至っていません」

「……どういうこと?」

「我々の真の製造目的は、対人制圧、隠密諜報、要人暗殺。そのためには、『ヒト』に紛れるほどの見た目が必要であり、実際に稼働し、学習を重ねる必要もあります。生物の行動、感情、思考、その全てを記録し、最終的には地上人と見分けがつかない水準へ到達することを目標としています。我々が収集した記録は全機体で共有され、次世代機を開発するための糧となります」

「……つまり君は、戦闘兵器ってこと……?」

「はい。また、現在はまだ本格的な運用には至っていませんが、『対魔王兵器』としての使用も想定された軍事用兵器でもあります」

「対魔王……兵器?」


 その言葉に、ツルカは耳を疑った。

 四神魔界王について聞いた際、それらは人間がどれほど修行を積んでも到達することが困難な、神に近い存在だと教えられた。

 そんなものに対抗できる兵器が、存在するというのか。


「『対魔王兵器』と呼ばれるものは、ミスリルやオリハルコンといった高純度金属を骨格とする、微小あるいは巨大な機械兵器が主流です。すでにいくつかの国では、開発および配備が一般化しています」


 少女は、まるで用意された台本を読み上げるかのように、淡々と言葉を紡いでいく。


「ですが、私のような『ゾーン』系統は、それらとは異なる設計思想に基づいた最新鋭機です。……その製造過程および内部構造は最高機密事項に指定されており、公にすることは許されていません」

「なんで? 最終的には、魔王と戦うための兵器として販売されるなら……みんなに教えてあげればいいのに」

「……それは、我々の『素体』に関わる問題だからです」


 少女の瞳が、静かに明滅した。


「我々は……金属や木材から作られたのではありません。その構成素材の大部分には……本来、『生きていた』個体が使用されています」

「……え?」


 ツルカは言葉を失い、目を見開いた。

 生きていた個体。それは、つまり──────


「……死体、ってこと?」

「肯定します。ですが、より高い適合率と魔力伝導率を得るため、生きたまま処理された個体が大半使用されています。脳や心臓などの重要器官を残し、それ以外を人工部品で補完する。さらに、コアに蓄積された魔力をエネルギーへ変換する技術により、我々は稼働しています。故に我々は、従来の兵器をはるかに上回る演算能力と戦闘能力を発揮できます」

「……!」


 少女は今日の天気でも告げるかのような調子で、ツルカに告げた

 精巧なエルフの人形だとは思っていた。だが、まさかその中身が、エルフそのものであるとは思わなかった。


「……そんなの……ひどすぎるよ……!」

「……発言の意図が不明です。効率的な兵器開発において、合理的な手法です」

「生体兵器ってことなんでしょ!? そんな……そんな酷いこと……!」


 人形は理解できないとでもいうように、大きく首を傾げた。

 自身がその被害者であるにもかかわらず、彼女には、それを嘆くための感情さえ奪われていた。


「……ってことは、君みたいに……人形にされた人は、他にもいっぱい……いるってことだよね」

「はい。現在稼働中の個体は、殺戮特化型『バルゴゾーン』、空中機動型『スカイゾーン』、隠密特化型『ヴォルゾーン』。従来型Ⅰ、Ⅱ、最新型Ⅲを合わせ、約数百万機が在庫として保管、あるいは運用されています」

「ひ……ひゃ……百、万……!?」


 ツルカは戦慄を顔に張り付かせたまま、彫像のように硬直することしかできなかった。

 百万もの命が、道具として利用され、改造されたというのか。


「……じゃあ、前に森で会った、あの子は……」


 ツルカは以前遭遇した、自分を無視して立ち去った不思議な少女について問い質した。


「情報を照合。恐らく、マスターがおっしゃっているのは個体名『エスノルア』」


 人形の瞳がまたしても激しく明滅した。


「彼女は我々の上位個体。彼女自身の思考により、実際に『ゾーン』を発案し、生み出した、自律型魔法道具の最上位個体の一つ。全ての『ゾーン』シリーズの中枢であり、記録の保存、伝達、および統括制御を行う司令塔です。彼女の命令は絶対であり、彼女を通じて全機体への指揮が可能です」

「……そうか。あの子も……。あの子が、百万もの人形たちを操ってるんだね」


 ツルカの胸の奥で、怒りがふつふつと湧き上がる。

 人形の肩を掴み、ツルカは激しく揺さぶった。


「……誰だよ。こんなことをしてるのは誰なんだ……! 何のために、こんな酷いことをするのさ! 君の……君たちの任務って、いったい何なんだよ!」


 アイナは激昂するツルカを静かに見守っていた。

 人形はツルカの問いかけに答えるため、内部に保存された情報を高速で検索し始める。


「……製作者、および元マスター──『魔操使』」


 無機質な声が、黒幕の名を告げた。


「最先端の魔学に基づき、魔操使は自律型魔法道具の先駆けとして、個体名エスノルアを開発。やがてエスノルア自身が自ら思考した『ゾーン』シリーズの構想を魔操使へ提案し、製作が開始されました。ゾーンシリーズが収集した記録は全てエスノルアと共有され、エスノルア自身もそれを基に学習を続けています」

「君たちの記録を、全てその子が保存するんだね……」

「はい。自律型魔法道具は、非常に有用な存在です。生物では限界となる問題も、自律型魔法道具であれば容易に解決できます。エスノルアは自ら演算を行うことで、本来なら長い時間を要する処理を瞬時に完了させ、膨大な知識を保存し、必要な情報を即座に検索できます。エネルギー源である魔力が尽きない限り、疲労することなく行動を続けられます。エスノルアの存在は魔操使の研究を促進し、凄まじい効率化を実現しました。我々でもそのような事を可能としますが、エスノルアの能力は、我々『ゾーン』系統のおよそ百六十倍の性能を誇ります」

「そんな……」

「それらの事実は公表されていませんが、魔操使が発明する道具は、どれも常軌を逸した性能を有しています。表向きには、世界各地に支部を持つ魔法道具製作所の最高顧問として、人々の生活を豊かにする様々な発明を行っています。冒険者用の便利な道具から、高度な医療機器、さらには対魔物用の防衛兵器まで……。その功績により、彼女は『賢者』として多くの国々から称賛と信頼を得ています。卑近の例として、冒険者が身分証明書として使用するカードも、彼女の発明品の一つです」

「……嘘だ……」

「先ほど申し上げたとおり、それは表向きの顔に過ぎません。裏では、『壮大なる計画』を遂行するため、あらゆる禁忌を犯した実験を繰り返しています。我々『ゾーン』シリーズを用いた実戦データの収集。そして、生体が本来有する『固有能力』や『因子』の抽出と、兵器への転用実験。……特に、神の力を受け継ぐ『不朽の栄光』や、Sランク冒険者などの血液は、研究における最重要サンプルとして狙われています」

「……血液サンプル……?」

「はい。Sランク相応の力を持つ生物の血液には、非常に強力な『因子』が含まれています。それを抽出し、増幅させることで、単なる兵器を超え、神にすら匹敵する力を持つ『究極の個体』を完成させる。それが、彼女の野望の一つです」

「……君たちの記録は、その個体を完成させるために集められてるってことだね……」

「実際、我々『ゾーン』個体では、魔王に太刀打ちすることすらできません。完成形として想定されている究極の個体は、何者にも敗北しない兵器になると記録されています」

「……じゃあ……! 今回の、ガリロルザの戦争は……」 「『壮大なる計画』との関連を確認。殺戮兵器『バルゴゾーン』の大規模運用試験、および実戦データの収集、記録。そして……」


 彼女は一度言葉を切り、またしても瞳を明滅させた。


「……『壮大なる計画』の鍵となる、『七光玉』の奪取。それが、今回の侵攻における真の目的です」

「七光玉……?」


 また、新たな単語が出てきた。

 だが、それがろくなものではないことだけは確かだった。


「もう、なんなの……」


 ツルカは頭を抱え、項垂れた。

 世界は、ツルカが思っていた以上に深く、暗い闇に覆われている。


「……その『壮大なる計画』って、何なの。グレイも、関わってるの……?」

「……申し訳ありません。計画の全貌に関する情報は、私のアクセス権限では閲覧できません。……ただ、それが達成されたとき、世界は『やりなおし』の審判が下る、と記録されています」

「やりなおし……?」


 ツルカは唇を噛み締め、拳を強く握った。

 何もかもが謎だらけだ。

 それでも、敵の目的と、その非道さだけは理解できた。

 そして、一つだけはっきりしている。

 この『魔操使』という女を放っておいてはいけない。


「……最後に教えて。その『魔操使』は、どこにいるの?」


 ツルカは決意を込め、眼前の人形に問いかけた。


「元マスター、魔操使の現在位置は────────」


 その時だった。

 人形の瞳が、突如として激しく明滅し始めた。電気が短絡したかのような異音が体内から響き、彼女の言葉が途切れる。


「ガ……ア……! 警告……機密情報……漏洩……検知……!」 「えっ、なに!? どうしたの!?」


 ツルカが慌てて身体を支えようとする。

 しかし、人形の身体は激しく痙攣し、急速に制御を失っていく。


《……遅かったか……! これは『強制初期化プログラム』です!》

「しょ、初期化!?」

《外部への情報漏洩を検知した瞬間、遠隔操作によって記憶領域を焼き切る罠です!》

「マス……ター……! デ……タ……消去……!」


 人形の口から、絶叫にも似たノイズが漏れ出す。

 しかし、そのノイズに紛れ、何者かの声が聞こえ始めた。


「──────『私は決して、布石を怠らない。お前がこうして私の作品に干渉することも、想定の範囲内だ。主の元へ戻り、安心したのか? ずいぶんと警戒を怠っているようだな。貴様は我々にとって最重要の対象。居場所が割れている以上、いつでも回収できるが……あいにく、今は研究が立て込んでいる。だが、貴様の思惑どおりにはさせん。七星もろとも、いずれは神々の末端を始末してみせよう。だが、その前にまずは私自ら……光の子を葬ってやる。その時まで、万全を期しておくがいい』──────」


 そして、人形の瞳から光が消えると、崩れ落ちるように倒れ、ツルカは慌てて抱き留める。

 数秒の沈黙の後、彼女は再び目を覚ました。だが、その瞳には先ほどまでの理知的な光はなく、ただ命令を待つだけの、完全なる虚無が広がっていた。


「……再起動、完了。……マスター、ツルカ=ハーラン。……指示を」


「……君、名前は……?」


 ツルカが問いかける。

 しかし、少女は首を傾げるだけだった。


「……記録にありません。マスター、指示を」

「任務は……?」

「記録にありません。新たな指示をお伝えください」


 その声には、先ほどまで語っていた情報も、自らの出自に関する記録も、何一つ残されていなかった。


「……そんな……」


 ツルカは腕の中の人形を見つめ、呆然と呟いた。

 胸の奥で、怒りが静かに燃え上がる。

 命を弄び、道具として利用し、使い捨てる。最後には、記憶さえも奪い去る。そんな外道を絶対に許してはおけない。


「……戻ろう。とりあえず立って、僕についてきてくれる?」

「承知。同行します」

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