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全ては『ミライ』のために  作者: アベル
ガリロルザ 編

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9

 暗い地下工房。

 工房の最奥では、計器と資料の山に埋もれたデスクで、魔操使が新たな報告書に目を通していた。

 そんな彼女の前に、音もなく一つの影が現れ、片膝をつく。

 無機質な美貌を持つ少女──エスノルアである。


「マスター。ガリロルザ国方面の戦況について、全機体からのリンク情報を統合しました。定時報告を開始します」

「……続けろ」


 魔操使は資料から目を離さず、短く応じた。


「城下町の主要区画、その八割の制圧を完了。首領である魔王バリオン、およびヒナ=ノーノンの指揮下において、王城への包囲網は順調に狭まっています。投入した初期型『バルゴゾーンⅠ』の損耗率は想定範囲内。後方に待機中の予備戦力、数万機も稼働可能です」

「ふむ……数による圧殺。美しくはないが、効率的だな。まあ、在庫処分といってもいいが」


 魔操使は冷淡に呟き、次の資料へと目を通す。

 手元に広げられた資料──ガリロルザ国の詳細な古地図を、黒革の手袋に包まれた指先でなぞった。


「……それにしても、あの国にな。さすがは『大師』だ。ひとまず、他の同胞にも伝えるべきか……」


 魔操使は吐き捨てるように呟き、椅子の背もたれへぐったりと体重を預けた。


「今思えば、我ら夜魔将官が召集されたのは何百年も前のことだ。それぞれが、いったい何を目的に生きている……? 計画と任務は、本当に順調に進んでいるというのか」


 しばらく薄暗い天井を仰いでいたが、魔操使は即座に思考を切り替えた。


「まあいい。私は私の目的を果たし、同時に任務をこなすのみ。しかし……あの獣人の国に、伝説の『七光玉』が秘匿されていたとは。……大師。あの御仁は、いったいどこからこの情報を手に入れたのか」


 魔操使の瞳に、尊敬とも猜疑ともつかぬ、複雑な光が宿った。

『七光玉』──大いなる母の遺物にして、世界を改変しうるほどの魔力を秘めた七つの宝玉と言われる。それらをすべて集めた暁には、『計画』が一段階上へと移行する。


「ふん。大師の描く絵図面は、いつも壮大すぎて目が眩むわ。……だが、そのおかげで私の可愛い人形たちの実戦データが取れるのなら、文句はない」


 魔操使は渋々といった様子で、ひと息つくように背伸びをした。


「戦況の細部は」

「はい。ガリロルザ王が前線にて抵抗中。特筆すべきは、やはりその戦闘能力です」

「まさか、王自ら出陣するとはな。相当、余裕がないらしい」

「『武道覇者』の異名を持つ獣王ガリロルザ。純粋な肉体の強度と武術だけで、バルゴゾーンの装甲を粉砕しています。一個体で戦線を維持するその力は、まさに一騎当千。彼がいる限り、王城への正面突破には多大な損耗を強いられます」

「……ふむ。獣人族の頂点にして、大陸最強の拳闘士と聞く。……旧時代の遺物のような脳筋だが、その生命力の輝きだけは評価に値するな。……サンプルとして確保したいところだが、今は優先すべきものが違う」


 魔操使は興味なさげに手を振り、再び資料へと視線を落とした。


「捕らえて、玉の在り処を吐かせたほうがよほど早いだろうに。まあ、どうせバリオンの奴が無駄な殺戮を楽しみ、戦線を膠着させているのだろう。目的さえ成し遂げられるのなら、どうでもいいが」

「恐らく、ヒナ=ノーノンの策略に基づき、魔王バリオンもあえて動かずにいるものと思われます。事実、魔王バリオンは待機状態を維持しています。何か別の作戦があるのかと」

「ほう、ヒナが」

「彼女に関しては、一度ガリロルザ王と交戦したようですが、決定打を与えられず、一時撤退。現在は戦力の消耗を狙い、散発的な攻撃へ切り替えている模様です」

「……フッ。哀れだな」


 魔操使は、どこか憐れむような響きを含ませて嘲笑した。


「結局、あいつは操り人形……。ドルナーシャ……お前の慈悲が、ヒナを苦しめているというのに」


 魔操使は、かつての惨劇を思い起こすように目を細めた。


「しかし……グレイにヒナをガリロルザ任務に推薦したものの、『あれ』の予兆は……見えないか。いや、覚醒したところで、今のあいつには使いこなせまい」

「……?」


 独りごちる魔操使を前に、エスノルアが不思議そうに首を傾げる。


「他に懸念点は」

「はい。以前、ガリロルザ国より逃亡した兵士らについてですが」

「……ああ、そういえばそうだ」


 あの大規模な強襲による混乱の最中、馬車まで引き連れて逃げおおせた集団がいたというのは、魔操使にとっても想定外の事態だった。


「十数台の馬車を伴い、ガリロルザから逃亡した避難民や兵士らは、ナドラナ方面へ向かったと報告を受けています。その中には、かつて天下の六柱の一人であったバジル=ロースター、およびガリロルザ国近衛師団長レオナルド=バノクーラも含まれているようです」

「……バジル。あの男は、ヒナが真っ先に仕留めるはずだったが……逃げられたか。ならば、ガリロルザ国の惨状が、ナドラナを介して他国へ伝わってしまうな。援軍が来るのも時間の問題か。ならば、より早急に七光玉の在り処を─────」

「それなのですが、マスター」

「……ん?」

「……不可解なことに、ナドラナ近郊の魔法通信が、何者かによって完全に阻害されています」

「……何だと?」


 魔操使は怪訝に満ちた表情を浮かべ、エスノルアを刺すように睨み据えた。


「誰の仕業だ。我々の部隊に、そのような指示は出していないぞ」

「不明です。強力な魔力が大気へ干渉し、ナドラナ一帯を覆い尽くしています。その妨害魔力により、ナドラナから外部への発信は完全に遮断されているものと思われます」

「わけが分からん。誰の差し金だ。ヒナか? それとも、別の……」

「詳細は不明ですが、そのおかげもあり、外部へ情報は漏洩していないと推測されます。グランドシオルに蔓延る『ヴォルゾーン』の監視網でも、軍勢が動いたという報告はありません」

「……ふむ。何者かは分からんが、結果として我々に都合が良いのならば……」


 しかし、それはあまりにも都合が良すぎた。

 魔操使の疑念が、その内側で急速に膨れ上がっていく。


「エスノルア。その件については、現地のヴォルゾーンに調査を命じろ。もし我々とは別の目的で動く何者かの仕業ならば、いずれ邪魔となる可能性がある」

「承知しました。現地との通信が復旧し次第、報告いたします」


 それでも、魔操使の表情は曇ったままだった。


「だが、なぜだ。そもそも奴らは、あの絶望的な状況から、鈍重な馬車まで引き連れて、どうやってガリロルザ国を脱出した」

「……その件について、重要な報告があります」


 エスノルアの言葉に、魔操使がぴくりと眉を上げる。


「殿を務め、単独で多大な数のバルゴゾーンを蹂躙し、魔王バリオンとも拮抗した存在がいます。その者の存在こそが、ガリロルザ国からの逃亡を可能にした要因でしょう」

「……何者だ」

「魔力波長……間違いありません。『不朽の栄光』の反応。……これは、『土の使い』ノンナ=シノリーナです」

「──────なんだと」


 資料をめくっていた魔操使の手が、ぴたりと止まった。


「現在、彼女はガリロルザ城の防衛指揮、および巨大結界の維持に従事している模様。ガリロルザの民を守るため、王城に立てこもり、防戦に徹しているようです」


 その言葉を聞いた瞬間、魔操使は弾かれたように顔を上げ、椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。


「素晴らしい……! まさか、こんなところで極上の『素材』が自ら飛び込んでくるとは……ッ!」


 薄暗い地下工房に、魔操使の歪んだ笑い声が反響した。


「……あの『不朽の栄光』が、偶然そこに居合わせたというのか!?」

「『光の使者』としての固有魔力波形と一致。間違いありません。しかし、彼女が到着したのは侵略開始からおよそ四日後。……マスターによる『虚空の檻』展開前、魔王バリオンが戯れにガリロルザ国の城下町を一部破壊したことを感知し、偵察に来たものと思われます」

「……おい、待て。そのような事態、私は聞いていないぞ」


 魔操使とエスノルアの間に、気まずい沈黙が流れた。


「……では、いま報告いたします。つまり、そういうことです」

「はぁぁぁっ……」


 久しく見ていなかったエスノルアのポンコツぶりに、魔操使は思わず深いため息を漏らした。


「ならば、少なくともガリロルザ国の異変は、外部に感知されているということだな」

「はい」

「……あの野蛮め。余計なことを。ならば、なおさら他の邪魔者が入り込む前に、任務を遂行せねばなるまい。あわよくば、光の使者のサンプルも手に入れば……!」


 不朽の栄光に属する『光の使者』は、神に選ばれし希望の存在たち。その肉体、特に血液には、常人とは異なる神性の因子が含まれているとされている。


「ヒナが血眼になって追っても掴めなかった連中が、向こうから籠の中へ入ってきてくれたとはな。これは千載一遇の好機だ。あの土使いのサンプルがあれば、私の研究は数百年分も飛躍する!」

「ならば、ヒナ=ノーノンに捕獲を命じますか?」

「馬鹿を言え。あの半端者に失敗されては困るのだよ。この貴重すぎるサンプルをな」


 魔操使は歪んだ笑みを浮かべ、壁面に埋め込まれた重要保管庫へと歩み寄った。

 複雑な魔法による多重ロックが解除され、重厚な金属扉が音もなく開く。


「エスノルア、同行しろ」

「はい」


 扉を抜けた先には、培養液で満たされた巨大な円筒形のカプセルが鎮座していた。

 その中には、一体の『異形』が眠っている。

 全身を覆うのは、光すら呑み込みそうな漆黒の装甲。骨と刃を無理やり組み合わせたかのような胴体は異様なほど細く、四肢も針のように長い。

 頭部に顔はなく、あるのは左右へ鋭く張り出した、巨大な三日月を思わせる黒刃のみ。その中心を走る紅い光だけが、獲物を見据える眼のように妖しく脈動していた。

 背には小型の推進装置が備わり、片腕に握られているのは、その華奢な体躯とは不釣り合いなほど巨大な大剣。

 静止しているだけで、今にもすべてを斬り裂きそうな凶気を放っていた。


「これは」

「ああ。私の作品ではないが、戦闘能力は申し分ない。たとえSランク程度の邪魔者が介入しても、十分に太刀打ちできる鋼鉄素体の代物だ。いつ起動させようかと悩んでいたが、今が絶好の機会だな。まあ、これも在庫処分といっていい。この研究室に、奴の作品を置いておきたくはない」


 魔操使はそれを一瞥すると、ふいと視線を逸らした。


「奴とは研究方針が一向に一致しなかった。実にくだらぬ作品だが、奴の人工知能技術は常軌を逸している。鋼鉄素体でありながら、なぜあそこまで高度な思考と技術を扱える」


 長考する魔操使の傍らで、エスノルアは依然として無表情のまま待機している。


「いずれ、この問題にも対処しなければならん……。奴の持ち出した『デウス』があれば……。まあいい。エスノルア」

「はい」

「指示を与える。バルゴゾーンⅠ上位機体、コードネーム『ゼクス』を起動しろ」

「承知しました」


 魔操使の命令とともに、カプセル内の培養液が排出されていくと、低い排気音を響かせながら、カプセルのガラスがゆっくりとスライドして開いた。拘束具が外れ、巨体がゆっくりと動き出す。頭部の赤いラインが強烈な光を放ち、低い起動音が唸りを上げた。


「……オーダーを」


 合成音声のように無機質でありながら、底知れぬ威圧感を含んだ声だった。


「ガリロルザへ向かえ。任務に投入されているバルゴゾーンⅠの指揮権を、お前に委譲する」

「……御意」

「エスノルア。情報リンクは完了したか」

「リンク済みです」

「目標は『七光玉』。相違ありませんか」

「そうだ。第一目標は七光玉。第二目標はノンナの捕獲。その他の敵は、障害と判断した場合に排除せよ。ノンナは……生け捕りが最良だが、最悪、死体でも構わん。血肉さえ回収できればな」

「……御意」


 ゼクスは無言で頷くと、背中のスラスターを微かに吹かし、床を滑るように出口へと移動を開始した。


「……まあ、あれがノンナを打ち倒せるとは思えんが。それ以外の雑魚を片付ければ、それでいい」


 その時、エスノルアの瞳が明滅した。


「マスター。最後に、もう一つ」


 エスノルアは再び、無機質な瞳を魔操使へ向けた。


「なんだ」

「以前から監視対象としている、ナドラナに滞在中の白髪の少女が、ガリロルザ方面へ移動しているとの情報をヴォルゾーンより確認しました」

「……なに?」

「どうやら、ガリロルザ国から逃げ出したレオナルドらが、ナドラナで義勇兵を募ったようです。その中には、監視対象の少女と、その仲間も含まれていると」


 魔操使の表情が、この日二度目となる大きな変化を見せた。

 その唇が、三日月のように歪む。


「あいつが、来るのか。……ククッ、ハハハハハ!」


 魔操使は高らかに笑い声を上げた。


「面白い。実に面白いぞ! あの規格外のイレギュラーが、ガリロルザへ現れるとは! ……これは、最高の実験場になるッ!」

「対象への対応は。ゼクスに排除を命じますか」

「却下だ。どうせ勝てまい」


 魔操使は歪んだ笑みを浮かべたまま、冷徹に言い放った。


「それに……七星が護らねばならぬ『光の子』が、いったいどこまでやるのか……それを見届けてからでも、排除するのは遅くない。我々『魔操使』の最終目的は、あくまでも『コード・オリジン』だ。光の子など、私が出向けばいつでも始末できる……。まずは実戦データを収集しつつ、様子見だ」

「光の子……。新規情報として学習、再認識します。我々の敵であり、計画の害となり得る存在と推測。質問です」


 エスノルアは思考を巡らせ、瞳を激しく明滅させながら魔操使を見据えた。


「対象は、大魔王グレイすら牽制したとの記録があります。なぜ、野放しに」

「グレイには少し申し訳ないが、見守りたいじゃないか。あの『身体』がどこまで成長するのか。『鍵』の力も興味深い。それらが、いったいどのような物語を描くのか。いつの日か、我々へ刃を向けられるほどになるのか、な」

「鍵。それは『総司令』のことで─────」

「余計な詮索は不要だ、エスノルア。お前は私の命令に従えばいい。ひとまず、今は状況が変わったのだ」

「……承知しました」


 マスターに絶対の服従を誓うエスノルアの記憶に、わずかな疑念が刻まれた。


「エスノルア。お前の権限で、すべての人形たちに命令を書き込め。……あの少女には、決して手を出すな。むしろ、あいつがバリオンやヒナとどう渡り合うのか、ガリロルザ国でどのような混沌を招くのか……観測させろ」

「……光の子には、魔族を討つ力があると記憶しています。可能性として、魔王が排除されることもゼロではありません。それを承知の上でしょうか」

「構わん。……所詮、魔族などという紛い物は、我々の踏み台にすぎない。……奴らが光の子に食い散らかされる様を想像するだけで、ゾクゾクする」

「……承知しました。ゼクス、および任務に当たる全機体へ、対象に対する攻撃禁止命令をリンクします」


 エスノルアの瞳から、不可視の信号が放射された。

 エスノルアは、魔操使が生み出したすべての人形たちの『頭脳』であり、『神経』そのものだった。エスノルアの意思一つで、数百万もの軍勢が手足のように動く。

 魔操使は満足げに頷き、自らの席へと戻っていった。


「さあ、期待しているぞ……光の子」


 薄暗い工房に、魔操使の狂気じみた笑い声が重く響き続けた。

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