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全ては『ミライ』のために  作者: アベル
ガリロルザ 編

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61/85

5

「────うまいぃぃぃっ!」


 ギルドハウスの食卓にて、ツルカの歓喜に満ちた声が木霊した。

 目の前に広がるのは、ナユ渾身の『特製煮込みハンバーグ』だ。厚みのある挽肉塊にナイフを入れてみれば、閉じ込められていた肉汁が堰を切ったように溢れ出し、濃厚なデミグラスソースと混ざり合って芳醇な香気を放つ。

 ツルカはスプーンで肉とソースを掬い上げると、惜しげもなく口へと運び込んだ。


「ほふぅ、ほふぅっ……! 熱いけど……最高! お肉の弾力とソースの深みが絶妙だよ! ナユ、やっぱり天才!」

「えへへ、ありがとう。隠し味に、果実酒を使ってみたの」 


 ナユがエプロン姿で恥じらうように微笑む。


「それにしても、今日の模擬戦は勉強になったな。お前のあの動き、参考になったぜ」


 ジンがハンバーグをナイフで丁寧に切りながら、真剣な面持ちで語る。


「完全敗北だったね。ま、次は絶対勝ってみせるけど」


 マリナも負けん気を覗かせつつ、ナイフを動かす。


「みんな強かったよ! 特にナユの炎魔法。避けるので精一杯なくらい、すごい魔法だった!」

「ほ、本当? えへへ……」


 和やかな空気の中、ジンが不意にフォークを置いて、ツルカを真っ直ぐに見据えた。


「なあ、ツルカ。提案なんだが」

「ん、おかわり? それはナユに言ってよ」

「違げえよ。ばか」


 ジンがぶっきらぼうに言い放つと、腕を組んで天井を仰ぐ。


「……俺たちがもっと強くなって、そうだな……。晴れて、Aランク冒険者に……なった時かねぇ? 何年、かかるか知らねえけどよ。その時、もう一度、俺たちと模擬戦をしてくれないか」


 その言葉に、マリナとナユの手が止まる。

 Cランクの今でさえ、あれほどの蹂躙劇を演じられたのだ。Aランクになったとしても、ツルカに挑んで勝てるのか。


「ツルカちゃんは正直、一度冒険者ギルド協会で本格的な審査をするべきだと思うけど。多分、AランクかSランクとして再評定されるはずだよ……。多分、Sランクにいくか、いかないか……」

「うんうん……。身近にこんな強い冒険者がいるのは誇らしいけど、手合わせするのは~……次は骨の一本や二本じゃ済まない気がする……」

「私、遺書書いておいたほうがいいかな」

「なんだよ、お前ら。弱気だな」


 対してジンの目は本気だった。

 ツルカは口元のソースを拭うと、小悪魔っぽく笑ってみせた。


「いいよ、約束だね。その時は、僕も手加減なしの本気で相手する!」

「……えぇ、お手柔らかにしてほしいな……」

「ひぃぃ……」


 ツルカの無邪気な殺害予告に、二人が顔を引きつらせる。

 夜は更け始め、やがて四人はそれぞれの寝床について、深い眠りへと落ちていった。

 ────翌朝から、『青嵐の翼』の怒涛の進撃が開始された。更なる高みを目指し、貪欲にクエストをこなし続ける。

 ある日は、街道を封鎖するオークの集落を強襲。

 ツルカ(アイナ)の的確な戦術指揮により、ジンが前線で敵の注意を引きつけ、その隙にマリナが遠距離から司令塔である頭領を狙撃。混乱した敵群をナユの広範囲魔法が一網打尽にする。かつてならば苦戦を強いられた相手も、見事な連携によって、危なげなく殲滅してみせた。

 またある日は、山岳に巣食うロックリザードの討伐。

 鋼鉄のような硬度を誇る鱗を持つロックリザードに対し、マリナが放った氷結の矢で、脆くなった装甲をジンの大剣が粉砕する。そして、ナユによるトドメの火球。

 多ければ一日に三件もの討伐依頼を完遂する日もあった。疲労感は否めないがそれ以上に、ツルカも含め、ジンたちの実力は飛躍的に向上していった。ツルカという天才? の存在に牽引されるように、ジンたちの潜在能力も開花しつつあった。報酬が積み重なり、ギルドへの貢献度を示す戦歴は、右肩上がりに上昇していく。

 ────そうして、瞬く間に、三週間が経過した。

 その日も、四人は朝早くから冒険者ギルドへと向かっていた。

 澄み渡る青空の下。ナドラナの町はいつもの活気に包まれているように見えた。

 しかし、大通りに差し掛かった時、いつもとは違う異様な光景が、四人の足を止めた。


「……おい、あれ」


 ジンが指差した北門の方角を見ると、薄汚れた旅装束の人々や、血の滲む包帯を巻いた兵士らしき者たちが、長蛇の列をなして町へと流入してくる姿があった。荷馬車には家財道具が乱雑に積まれ、子どもたちの押し殺したような泣き声が漏れ聞こえてくる。


「怪我人が多い……。それに、あの兵士の装備……ガリロルザ国の正規兵か?」

「避難民、みたいだね……」


 マリナが鋭い視線で観察し、声を潜める。


「情報屋の間で流れている、確証もない単なる噂だけど……ノリマルンナ地方の北端……ガリロルザ国で『戦争』が起きてるらしいよ」

「戦争……? あの国でか。相手はどこだ」

「……それが、不明らしいよ。正体不明の軍勢に襲撃されて、王都周辺はすでに壊滅状態だって……。感情もない兵隊たちが、ずっと特攻してくるって。まさか、噂は本当だったのかな」

「……!」


 ツルカの脳裏に、以前森で出会ったあの感情のない少女がよぎる。


(まさか……)


 ツルカは胸のざわめきを抑えながら、避難民の列を見送った。


「……怖いね」


 ナユが自身の肩を抱くようにして呟く。


「ああ。だが、俺たちが今できることは、目の前の依頼をこなし、力をつけることだけだ。戦争なんて庶民が突っ込む問題じゃねえ。……行くぞ」


 ジンが努めて明るく振る舞い、再び歩き出した。三人もそれに続く。

 冒険者ギルドに到着すると、そこはいつも以上の喧騒と、どこか殺気立った空気に包まれていた。避難民の影響か、不穏な空気を感じ取った冒険者たちが情報交換を行い、怒号にも似た会話が飛び交っている。

 ツルカたちは人混みをかき分け、いつもの受付カウンターへと向かった。すると顔なじみの受付嬢が、四人の姿を認めるや否や、パッと顔を輝かせて手招きをした。


「あ、ジンさん、そしてみなさんさん! お待ちしておりました!」

「ん? どうした、そんなに慌てて」


 受付嬢は興奮を抑えきれない様子で、カウンターの下から一枚の厚手の羊皮紙を取り出した。それは上質な紙に金箔の縁取りがなされた、公的な通達書であった。


「つい先ほど、グランディール国本部より通達が届いたんです! こちらをご覧ください!」


 ジンが受け取り、文面に目を通す。

 そこに記されていたのは、まさかの言葉だった。


【通達】

 ギルド『青嵐の翼』殿

 貴殿らの直近における顕著な功績と、卓越した実力を評価し、ギルド規定に基づき以下の通り昇格を認める。

 ギルドランク:B

 所属メンバー個人ランク:B


「……え?」


 ジンが硬直すると同時に、横から覗き込んだマリナとナユも息を呑んだ。


「Bランク……私たちが……?」

「嘘……夢じゃないよね?」

「マジかよ……! 昇格試験もなしで、一足飛びにか!?」


 通常、ランクアップを望む冒険者には厳しい実技試験などが課される。だが、ジンたちの実績──特に、高難度クエストの連続達成と、驚異的な生還率は、試験を免除するに十分な説得力を持っていた。


「おめでとうございます! さあ、冒険者カードをご確認ください。すでに情報は更新されているはずです!」


 受付嬢に促され、四人はそれぞれの冒険者カードを取り出して裏面の印に指をかざすと、空中にホログラムのような空中画面が展開される。


【NAME:ツルカ=ハーラン】

【RANK:B】

【GLOBAL RANKING:854,902 / 892,104】


「……Bランク。本当だ」


 ツルカはランクの下に表示された見慣れない数字に目を留めた。


「ねえ、この数字は何?」

「ああ、それは『冒険者ランキング』ですね」


 受付嬢が優しくツルカの画面を指さして説明する。


「Cランクまでは単なる実力指標ですが、Bランクからはランクごとに、世界規模での『順位』が付与されます。現在、世界に存在するBランクの冒険者は約八十九万人。その中での、あなた方の現在の順位です」

「はち……じゅう、きゅう……ま、ん、……?」

「はい、八十九万です。……まあ、昇格したばかりですから、順位は下の方ですね。ですが、クエストを達成し、功績を上げれば自然と順位は上がっていきます。上位ランカーになれば、国からの指名依頼や、莫大な報酬のクエストも受けられるようになりますよ! 知名度も爆上がりです!」


 ジンも手元のカードを見る。皆の順位も、ツルカとほぼ同じだった。


「……へっ。やってやろうじゃねえか。ここから這い上がって、いつか一桁台になってやる」

「そうだね。……まずは、目指せ十万位以内、かな」

「私も……頑張る!」


 三人が決意を新たにする中、ツルカもまた、自分のカードを見つめていた。


(順位か……。こういうのが上がっていくのって、なんかワクワクするね!)


 ────その時である。

 ギルドの入り口を閉ざしていた重厚な両開きの扉が、凄まじい勢いで押し開かれた。室内に満ちていた喧騒と熱気は一瞬にして凍結し、数百の視線が入り口の一点へと吸い寄せられた。

 そこに立っていたのは、一人の男だった。

 逆光の中に浮かび上がるその影は、ボロボロに崩れ落ちそうでありながら、辛うじて二本の足で大地を踏みしめていた。

 深緑の長大なケープはズタズタに引き裂かれ、かつての栄光を偲ばせる装飾は、焦げ跡とどす黒い血痕によって無惨に変色していた。亜麻色の髪は凝固した血液と埃にまみれ、その端正な顔立ちは苦痛に歪んでいる。


「……あれは……まさか」


 その特徴的な姿を認め、ギルド内の誰かが震える声で呟いた。その呟きはさざ波のように広がり、やがて驚愕のどよめきとなって爆発する。


「おい、嘘だろ……!? あの深緑のケープ……間違えねぇ……『嵐の番人』か!?」

「バジル=ロースター……! かつて最強と謳われた『天下の六柱』の一角だぞ……!」

「本物を見るのは初めてだ……! だが……なんて姿だ……」


 冒険者たちの間に、戦慄が走る。

 冒険者にとって彼──バジルは雲の上の存在であり、生ける伝説そのものであった。その英雄が、這うような無様な姿で、しかも瀕死の重傷を負って現れたのだ。


「一体、何が……あったんだ……!? Sランク冒険者であったあのお方が、ここまで追い詰められるなんて……!」

「どこの化け物とやり合ったって言うんだ……!」

「おい、誰か手を貸せ! 衛生兵を呼べ!」


 騒然とするギルド内。だが、誰一人としてバジルに近づくことができない。バジルから放たれる鬼気迫るオーラに、圧倒されていたからだ。

 バジルは片足を引きずりながら一歩、また一歩とゆっくりと足を進める。瞳の焦点は定まっておらず、霞む視界で必死に何かを探しているようだった。

 そして受付カウンターの前まで辿り着くと、、


「……頼む……ッ! 誰か……誰か、力を貸してくれ……!」

 

 バジルは血を吐き出すように、喉の奥から声を絞り出した。かつての英雄としての矜持すらも投げ打った、悲痛な懇願であった。


「ガリロルザが……国が、落ちる……! あいつを……ヒナを……止めてくれぇぇぇッ!」


 遂に、バジルの膝が折れる。そのまま、糸が切れた操り人形のように床へと崩れ落ちた。

 その場にいた全員が言葉を失い、ただ立ち尽くすしかなかった。バジルというSランク冒険者がここまで一方的に蹂躙されたという現実。そして、『国の崩壊』という凶報。

 ナドラナの平穏な日常はこの瞬間、唐突な終わりを告げたのである。

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