表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全ては『ミライ』のために  作者: アベル
ガリロルザ 編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/85

3

「おーい、みんなー! やっと見つけたよー!」


 ツルカの屈託のない呼び声が木霊した。

 聞き慣れた声に反応し、一心不乱に大剣を振るっていたジン、俊敏な動きで的を射抜いていたマリナ、そして木陰で魔導書に没頭していたナユが、弾かれたように声の主へと視線を向ける。


「つ、ツルカ!? なんでここが分かったんだ……」


 ジンが目を見開き、不思議そうに剣を鞘にしまう。

 今日一日、ツルカはギルドハウスでぐうたらしていると思っていたジンたちにとっては、実際ここに来るなど予想外であったのだろう。


「えへへ、バンパーのおじさんに教えてもらったんだ。町を散歩してたら偶然会ってさ」

「バンパー……? あの野郎、また何かお前に……」


 ジンが眉間に深い皺を刻み、警戒心を露わにするが、ツルカは春風のような笑顔でそれを一蹴する。


「だいじょ~ぶ! とっても親切だったよ。ここまで案内してくれたし。……まあ、ちょっと顔色は悪かったけど」

「……あの人が、親切? 明日は槍でも降るんじゃない?」


 マリナが信じ難いといった面持ちで、呆れを滲ませながら天空を仰いだ。


「と、とにかく、無事でよかったよ! 私たちも、そろそろ切り上げて帰ろうと思ってたんだけど、えへへ」


 ナユが安堵の吐息を漏らし、杖を傍らに置く。ナユが腰掛けていたベンチの脇には、市場で調達された食材が詰め込まれた革鞄が置いてあった。鞄の口からは、瑞々しい野菜や、紙に包まれた肉が垣間見える。


「あ、あれは……今日の晩ごはんっ!」

「うん! 今日は『特製煮込みハンバーグ』にする予定だよ。お肉たっぷりのっ!」

「ハンバーグ!? やったぁ! 僕、それ大好き!」

「楽しみにしててね。……でも、その前に、今の課題を終わらせるね!」


 ナユは再び魔導書へと視線を落とし、研鑽の姿勢に戻った。ジンとマリナも、それぞれの鍛錬に移る。


「ツルカは休んでていいぞ。俺たちはもう少しだけ身体を動かしてから帰る」

「分かった。じゃあ僕、みんなの修行が終わるまでここで見学してるね!」


 ツルカはナユの隣に腰を下ろし、足を前後に揺らしながら仲間の真摯な姿を見守った。

 ジンはひたすらに素振りを反復し、自身の筋肉の収縮と剣の重心移動を確認するように、一振り一振りに魂魄を込めている。

 マリナは移動する標的を想定し、様々な角度や体勢からの射撃動作を身体に刻み込んでいる。

 ナユは魔力制御の基礎訓練として、数個の光球を空中に維持し続けるという繊細な作業に没頭している。

 その求道者のごとき姿を凝視しているうち、ツルカの脳裏には、霞がかかったような記憶の断片が浮かんでは消滅し始めた。

 ──剣を振る瞬間の、筋肉の躍動と硬直。

 ──魔力を練り上げ、式へと変換する際の、極限の精神集中。

 ──標的を見据え、呼吸を停止して弦を解き放つ、その刹那の緊張感。

 それは、ツルカ自身が経験したものではないかもしれない。だが、魂の深奥に刻印された、確かな既知の感覚。かつて、何者かと共に汗を流し、技を磨き合ったような、懐かしくも切ない追憶の欠片が、仲間の姿を見て呼び覚まされていくようであった。

 手持無沙汰を感じたツルカは、ベンチから軽やかに跳躍して降りると、まずジンの元へと歩み寄った。


「ジンー、ちょっといい?」

「ん、どうした、腹でも減ったか。まだ飯には早いぞ」


 ジンは剣を止め、前腕で額の汗を乱暴に拭いながら苦笑する。


「違うよっ。その剣、ちょっと貸してみてほしいんだ」

「あ? 別にいいけどよ、重いぞ」


 ジンは怪訝な表情を浮かべつつも、愛用の大剣をツルカに手渡す。

 それは長年使い込まれ、無数の刃こぼれと赤錆が浮着した、年季の入った剛剣であった。手入れは怠っていないようだが、長期間の酷使による劣化は隠しようもなかった。


「……重いね。でも、使い手の癖が染み付いた、いい剣!」

「だろ? 親父の形見なんだ。ボロボロだけどな。……新しいのを買う金もなくて、騙し騙し使ってる」


 ジンは自身の相棒の無惨な姿に、少し恥じ入るように後頭部を掻く。


「もっと強くなりたいんだよね、ジンは」

「当たり前だ。……俺はリーダーだ。仲間を守るためにも、もっと前で踏ん張れるようにならなきゃいけねえ。今のままじゃ、またお前に助けられてばかりだ」

「真面目だね」


 ツルカは剣身の凹凸を指先で愛おしむように辿りながら、ふと瞼を閉じた。

 指先から伝わる剣の記憶。かつて切り裂いてきた対象、受け止めてきた衝撃。そして、持ち主が込めてきた守りたいものへの渇望。


(……この傷、ここが重心のズレ……。もう少し鋭利に、軽量に……。金属を溶かして、改めて固める感じに……)

《……ほう?》


 アイナが興味を持ったように唸った。

 無意識の領域で、ツルカの指先に魔力が集束していく。ツルカが剣身を撫で上げるように手を滑らせると、淡い白光が剣全体を包囲した。赤錆が浮き上がり、砂塵となって剥離していく。無数に存在した刃こぼれが埋まり、鈍磨していた刃が鏡面のような輝きを取り戻していく。


「なっ……!?」


 ジンは変貌を遂げた愛剣とツルカを交互に凝視する。

 あまりの衝撃に、何も言葉が出なかった。ツルカが行使したのは、単なる研磨や修理の範疇ではない。


「はい、どうぞ。少しは振りやすくなったと思うよ」

「お、お前……何したんだ……? これ、俺の剣か……?」


 ジンは恐る恐る剣を受け取り、まじまじと眺めた。

 その手触りは馴染み深いはずなのに、まるで別物のように滑らかで、そして驚異的なまでに軽い。

 試しに振ってみると、鋭利な風切り音が、以前よりも高く澄んで響き渡った。重心のバランスが完璧に調整され、まるで剣が腕の延長として融合したかのような一体感があった。


「すげぇ……! まるで新品……いや、業物に生まれ変わってやがる!」

「えへへ、よかった。ちょっとおまじないをかけただけだよ!」


 ジンが子どものように剣を振るう姿を横目に、次にツルカはマリナの方へ向かった。


「マリナの弓も見せてほしいな!」

「え、うん。いいけど……。私の弓、とくに何もない安物だよ?」


 マリナは少し逡巡しながらも、自身の弓を差し出した。使い込まれて艶が出てはいるが、変哲のない木製の短弓だ。

 ツルカは弓を受け取ると、再び瞑目する。


(……弓は、魔力の発射台。……弦の張力だけじゃなくて、射手の意志を矢に乗せるためのおまじないが必要だね。ナユが言ってた通り、魔力は術者のイメージで発動するのなら。この弓に魔力を携えて、マリナのイメージで発動するようになれば……)


 ツルカの心の中で念じると、弓全体が青白い燐光を帯び始める。

 木製のフレームに、不可視の魔力回路が幾何学模様を描いて刻み込まれていく。


「……え。なにこれ……弓が、光ってる……」


 異様な光景に、マリナが思わず息を呑む。

 やがて弓から光が収まるが、それは微弱ながらも、確かな力──魔力の波動が放散されていた。


「これ、ただの弓じゃなくなったよ。……見ててね」


 ツルカは足元に落ちていた手頃な枯れ枝を拾い上げ、矢の代わりに番えた。そして、遠くの標的を見据える。


「イメージしてみて。この枝に、炎が宿るイメージを」

「え、ええ? 炎……?」

「そう。……炎の矢を放つ……そう願ってみると~……」


 ツルカが短く囁き、手本を見せるように弓を射る。すると、枯れ枝の先端に紅蓮の炎がボッと点火した。放たれた枝は、炎の矢となって標的を貫通し、瞬時にそれを灰燼へと変えた。


「───えええっ!?」


 マリナだけでなく、ジンとナユも驚愕に声を荒らげ、呆然と立ち尽くした。


「い、今のは……魔法剣ならぬ、魔法矢……? しかも、ただの枯れ枝で……」

「そう。この弓自体が、持った人の意思を読み取って、矢に効果をつけてくれる『魔法道具』になったのさっ。だから、魔力を持ってないマリナでも、強く念じてみれば、この弓がマリナのイメージを読んで、炎でも氷でも、好きな効果の矢が撃てるはず……なんだけど、一回やってみる?」

「そ、そんなこと……ええ……?」

「だ、大丈夫! 僕もこんなことするの初めてで、ちょっと心配だけど、きっとこの弓はサポートしてくれる! 最初の方は感覚がつかめなくてうまくいかないと思うけど、いつかは使えるようになるはずだよ、うん」


 ツルカは悪戯っぽく笑って、唖然とするマリナの頬をつつく。

 現代の魔法研究者でも唸るであろう、ツルカが施した技術は、決して安いものではない。そんな技術が詰め込まれた魔法道具など、金貨が何億あって買えるかどうか。


《おやおや、いきなりこんな高等技術まで行使できるようになっていたとは、マスター。成長速度が異常ですね。何かあったんですか?》

(いやぁ、アイナさんがそんな褒めてくれるなんてぇ! でも……なんか、思い出すんだよね、昔の……遠い遠い記憶。仲間とともに戦い、慕われていた日々……。なにかなぁ……分からない。けど、身体が思い出したかのように動いたんだ)

《そう、ですか……》 


 感傷に浸るツルカに対して、アイナはどこか悲しそうに呟いた。


「……信じられない」


 その光景を目撃していたナユが、戦慄を含んだ声で呟いた。ナユは魔導書を放り出し、ツルカに詰め寄る。


「今のは付与魔法……それも、一時的なものではなく、恒久的な効果を持たせるレベルの……!?」

「え」

「魔法の効果を道具に付与させる技術は結構一般化しているんだけど、属性を自由に選べる可変式なんて……! 魔法使いは、一生かけて一つの属性を極めるのがやっとなのに……。それを、道具に付与するだけで実現させるなんて……。神業だよッ!」


 ナユの常識という魔法概念は、またしても粉々に粉砕された。


「そ、そうなのかな」

「そうだよ……! 魔力を補充するだけで、それは半永久に効果を発揮するんでしょ?」

「え、あ、うん。そのはずだよ」

「魔力回路を道具に組み込むなんて……。それは国とかの一級魔法使いレベルの技術なんだよ……!」

「へ、へえ」


 ツルカにはあと一歩、その凄さが伝わっていないようだった。


「それを……全属性対応させる道具を生み出すなんて……。そんな魔法使い聞いたことない」

「あの……ナユの言ってる魔法使いの属性って……?」

「え、ツルカちゃん。魔法使いしてるのに知らないの。あ、でも、記憶がないのか……」


 マリナがぼそっと呟くと、ナユが魔導書を開く。


「世界には七つの属性があって、魔力を持つ人の得意な魔法や属性ってね、一人一人違うんだ。私なら、炎。まるで、魔力も性格を持つように、人によって違う。私の魔力は、『炎』を得意とするの」

「へえ! 情熱……的な? 性格なのかな!」

「確かに、ナユって情熱的だよな」

「からかってるのー!?」


 ナユは頬を膨らまして、ジンを睨んだ。


「確かに、魔法使いと言えど、初級的な魔法なら、色んな属性のものを使えるよ。私、魔法使いだけど、マリナみたいに弓を射ることはできるでしょ? そんな感じ。精度はともかく……」

「確かに。ナユ、竜討伐の時、氷の魔法も使ってたね」

「そう。だけど、上級魔法や、武器に付与して威力を発揮させるレベルとなると、話は違う。自分の魔力は、一生をかけるくらい鍛錬して、やっと『理解』できるくらい、難しい力なの。自分の得意ではない属性は、成長に限界がある」

「つまり、自分の得意魔力を成長させるだけで限界なんだね」

「そうだね。魔力を持つ者は、一つの属性を極めるだけでも至難の業なの。だから、ツルカちゃんみたいに全属性対応ー! みたいな道具を作る魔法使いは、アタオカなの!」

「悪口だよね!」

「だって、おかしくない!? ツルカちゃん、もしかして記憶なくす前は王国の魔法使いとか、もしかすると賢者だったんじゃない!?」


 ナユが声を荒げるが、ツルカは肩をすくめるばかりだ。


「も、もちろん鍛錬を積めば不可能じゃないかもしれないよ!? いろんな魔法が使えるようになるかもしれない! 実際、『不朽の栄光』様も自分の得意属性だけでなく多種多様な魔法が使えるお方ばかり! だけど、ツルカちゃんの年齢で、このレベルは……あり得なさすぎる。魔法研究会に発表したら大騒ぎになるくらい、天才すぎるよ。私の知る限り、生えあるSランク冒険者様でも、属性を完全に極めたのは『疾風の覇者』様しか聞いたことない……」

「あの、Sランク冒険者だよな。すっげえ強いらしいじゃねえか」

「へ、へえ……」

「ツルカちゃん……あなた、本当に何者なの……」

「うーん、僕も知りたいよ。でも、体が勝手に動いちゃうんだよね」


 ツルカは肩をすくめ、困ったように眉を下げる。


「……ねえ、ツルカちゃん。一つ、お願いがあるの」


 ナユは懐から一枚の古びた羊皮紙を取り出した。

 それはナユが肌身離さず持ち歩いている、何よりも貴重な宝物のようだった。


「これ、昔、旅の魔法使いさんから貰ったメモなの」

「魔法使いさん?」

「うん、とっても不思議で……表情も読めない人だった……今思えば誰だったんだろう。これね、私も聞いたことがない魔法、『業火の祭壇』っていう詠唱が書かれてるんだけど……」

「聞いたことないの?」


 魔法というのはあらゆる賢人が公式を編み出し、基礎のものから大きく発展、応用させた神業そのもの。今となっては魔導書を見れば魔法の詳細などすぐ分かるものだが、ナユが調べてもその魔法はなかったらしい。

 それは今も存在しているのか、実際に使える人もいるのか分からないという、謎の魔法らしい。


「そんなもの持って……。国の魔法使いとかに渡したら研究してくれるんじゃないか?」

「いやっ! なんか……いや。分からないけど……これは、自分の手で、解読したい」

「そ、そうか。なんか気に障っちまったこと言ったな」

「ううん。大丈夫」


 ナユは羊皮紙を眺め、悔しそうに項垂れた。


「今の私には、まだ読み解くことすらできない。複雑すぎて、理解が追いつかない。私はこれを……唱えてみることが夢」


 ナユの記憶に懐かしい映像が映り出す。

 魔物に襲われそうになったあの日。突如として現れた魔法使いは、私を助けてくれた。そして、なぜか渡されたこの羊皮紙。

 魔法使いはかっこいいと思った。私も人々を守る魔法使いになりたいと思った。


「いつか、まずは『賢人』級のかっこいい、魔法使いなりたい。バカらしいけど……でも、いつか、これを読み解いて、唱えられるくらいの魔法使いに……! あの人みたいに……でも、ツルカちゃんなら、もしかして……」


 ナユの瞳には魔法への飽くなき探究心、そしてツルカへの無限の信頼が宿っていた。

 ツルカは少し躊躇したが、仲間の期待に応えたいという気持ちが勝る。


「うん、わかった。やってみる!」


 ツルカは羊皮紙を受け取り、そこに書かれた複雑怪奇な魔法陣と、古語で記された詠唱文に目を通した。

 意味は分からない。文字として理解はできない。


《これは……まさか。ナユ……もしかするとあなたは……》


 アイナは独りごちるが、ツルカは首を傾げるばかりだった。


「……うーん、全然読めないや」

「や、やっぱりツルカちゃんでも読めない……?」

「文字はさっぱり。でも、『感覚』でやってみよう! ちょっとこの岩を狙って、やってみるね!」

「おいおい、大丈夫かよ」


 ツルカは広場の隅にある、巨大な岩塊がどっしりと佇む手前まで歩み寄り、深呼吸をした。

 ツルカの魔力が指先へと流れ出してくる。以前とは違い、魔力はツルカの意志によって、一滴の漏れもなく制御されているように見えた。


《魔力制御もかなり手練れてきましたね。うんうん。アイナ、感心感心》


 そんな風に言ってはいるものの、アイナはすぐに危険を察知する


《あ、ちょ、待ってくださいマスター! 詠唱という『公式』なしに、この魔法を強引に回せば──────》


 アイナの警告が脳内に響くが、ツルカは構わず腕を振り上げた。


「えーっと、ギュイーンって魔力を集めて!」


 ツルカの足元に、デタラメな形の魔法陣が展開される。本来の精緻で神聖的な姿とは似ても似つかない、子どもの落書きのような歪な陣だ。


「そして、炎っぽい魔法だから、メラメラってさせて!」


 大気がねじ曲がるかのような重圧がツルカの周囲を支配し、とてつもない熱量がツルカの掌に集束していく。

 ナユは息を呑んだ。詠唱もなく、ただの擬音で戦略級の魔法に匹敵する魔力が構築されようとしている。やはり、この子どもは天才なんて言葉では片付けられない。


「いっけー! ドッカーーーン!!」


 ツルカが両手を岩に向けて突き出した。

 集められた膨大な魔力が、解き放たれるべき出口を求めて暴れ狂う。しかし、正しい詠唱を経ずに擬音で曖昧にイメージされて出力された魔力は、魔法陣の中で行き場を失い、不作動を起こした。


 《バカっ……!》


 間抜けな破裂音が響き渡った直後、魔法が盛大に暴発。まるで超特大の打ち上げ花火が地上で爆発したかのように、七色の火花と大量の黒煙が四方八方に撒き散らされた。


「ぐぎょぉぉぉ!?」

「ひぇぇぇぇぇぇ〜〜〜!」

「ううっ……!」


 凄まじい爆風が広場を駆け抜け、ジンたちは無惨にも巻き込まれる。

 やがて煙が晴れると、標的となった巨大な岩塊は……傷一つなく、無傷のまま鎮座していた。代わりにその手前には、全身真っ黒焦げになり、髪の毛がアフロのように爆発した四人の姿があった。


「ゲホッ、ゴホッ……! お、お前……! お前ぇぇぇぇぇぇぇ〜〜!?」

「あちゃー、失敗しちゃった。ごめんごめん、えへへっ」


 ツルカは顔を真っ黒にしながら、悪びれもせずに舌を出して笑った。


「し、死ぬかと思った……! でも、信じられない……。詠唱を無視して感覚だけで魔力を構築した挙句、あれだけの魔力を暴発させて……全員無傷だなんて……。ある意味奇跡……」


 ナユは口から黒い煙を吐き出しながら、別の意味で戦慄していた。

 魔法は失敗したが、暴発時のエネルギーをツルカが無意識に相殺していた。それだけは、ナユの目で理解できた。

 実際、四人は見た目が黒焦げになっただけで火傷一つ負っていなかった。


「え、えへへ〜……」


 無邪気に笑うが、ツルカの、魔力に対する理解度は計り知れない。この子は記憶をなくす前、一体どれほどの研鑽を積んだのか。


《……頭が悪いのは治らないんですね》

(んん!?)


 アイナが呆れ果てて毒づくが、ツルカは意味がわからなさそうに目をパチクリとさせる。

 だが、呆然としている時間など残されていなかった。

 静寂は一瞬。直後、ナドラナの町の方角から、喧騒の波が押し寄せてきたのである。


「おい! 今の爆発音は何だ!?」

「訓練所の方からだぞ! 事故か!?」

「黒煙が上がってるぞ! 火事かもしれん、急げ!」


 衛兵の怒号、野次馬たちのざわめき、そして足音が、津波のように訓練所へと殺到してくる。あれだけの爆発音と黒煙だ。町中の注目を集めないはずがなかった。


「や、やべえ……!」


 ジンが顔色を変えて、ナユとマリナに目配せする。

 Cランクの新人冒険者が、見ての通り、わけのわからない大爆発を起こして訓練所を黒煙まみれにしたなどと知れれば、そう、めっちゃ怒られる。良くて賠償、悪ければ危険分子として拘束されかねない。


「か、隠すぞ! 何としても誤魔化すんだッ!」

「ど、どどどど、どうやって!?」


 ナユが涙目で叫び、視線を四方八方に向けた。

 その間にも先頭の衛兵たちが広場になだれ込んで来る。そして、もうもうと立ち込める黒煙と、全身真っ黒焦げになってアフロ頭になった四人を見て、思わず絶句した。


「き、貴様らは確か……青嵐の翼……! ここで一体何をした!」


 ジンは瞬時に腹を括った。ツルカの前に立ちはだかり、真っ黒になった顔を引きつらせながらも、必死の作り笑いを浮かべた。


「い、いやぁ! お疲れ様です、衛兵の旦那! いい天気っすねぇ!? あ、これ? これはね、アレっすよ、アレ!」

「アレとはなんだ!」

「えー、じ、実はですね! 俺たち、討伐クエスト用に『強力な爆薬』を調達したんですがねぇ、その……手違いで、え〜、引火しちまいまして! え〜、ドカンといっちゃったんですわぁ!」


 苦しい言い訳。だが、ここまで虚勢を張った以上、ジンは止まれない。


「ほら、最近の魔物は〜、そう、強いじゃないですかぁ! ね? まだね、俺たちみたいな〜Cランクにはぁ、こういう飛び道具が、ど〜っしても必要でして……ハハハ! いやぁー、量を見誤りましたわぁ! 失敬失敬!」


 ジンは冷や汗を滝のように流しながら、大げさな身振り手振りで弁明する。

 マリナも即座に合わせ、ツルカを背中に隠しながら深刻そうな顔を作った。


「そ、そうなんです! 火薬の調合を間違えちゃって……。私たち、本当に反省してます!」

「反省してますぅぅぅ! もう二度としませんからぁぁぁぁっ!」


 ナユも恐怖に鼻水を垂らしながら、必死に頭を下げる。

 衛兵たちは狐につままれたような顔を見合わせていた。Cランクの冒険者ならば、無茶な量の爆薬を誤って爆発させるくらい……もしかするとあるかもしれない。何より、目の前で真っ黒焦げになっているその姿が、その証言に奇妙な説得力を持たせていたのだ。


「……爆薬の暴発、か。怪我人が出なかったのは奇跡だな」

「ええ、ええ! 本当に運が良かったですよぉ!」

「だが、公共の施設をここまで騒がせて、ただで済むと思うなよ。不慮の事故として今回は厳重注意として記録に残しておくが、次はないぞ! 賠償金、その他もろもろの手続きはお前らの負担にするからなッ!」

「は、はいぃぃ! 肝に銘じます! ほんと、ありがとうございます! 皆さん、お騒がせしてすんませんしたー! ただの事故です! 変な魔物が出たわけじゃねえんで、解散、解散〜!」


 ジンは平身低頭し、野次馬たちに向かっても声を張り上げた。

 人々は訝しげにしながらも、三々五々と散っていく。

 ジンたちは、衛兵が去るまでの間、生きた心地がしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ