表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全ては『ミライ』のために  作者: アベル
ガリロルザ 編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/84

2

 小鳥のさえずりが、柔らかい日差しと共に窓から差し込んでくる。


「……んぁ。よく寝たぁ」


 微睡みの中で、ツルカはゆっくりと目を開く。

 慣れない天井と、どこか懐かしさを感じる木の匂い。ここが『青嵐の翼』のギルドハウスであることを思い出し、ツルカはよっと身を起こした。


「うわっ、もうお昼!?」


 窓の外を見れば、太陽は既に中天に差し掛かろうとしていた。ツルカは慌ててベッドから飛び降りるが、毛布に足を取られ、顔面から地面に見事なスライディング。


「ごふぅっ!?」


 顔面が真っ赤に染まり、痛さに堅忍するツルカだが、不思議と真横のリビングには静寂が満ちていた。


「あ、あれえ」


 ツルカは顔に手を当てながら立ち上がる。ジンたちの姿はない。

 テーブルには布をかぶせられた複数の皿と、傍らには一枚のメモが置かれていた。


『おはよう、ツルカちゃん! 今日はゆっくり休んでてね。私たちはギルドでちょっとした手続きと、買い出しとか行ってきます。朝ごはん用意してあるから食べてね! ──ナユより』

「そっかぁ。みんな、気を使ってくれたんだ~」


 ツルカは両手を組んで目を輝かせながら、さっそく皿の上の布を取り、ナユの愛情が詰まった食事──厚切りのベーコンとふわふわのオムレツ、そして野菜たっぷりのスープを堪能した。


「──────よーし。僕も出かけよう! みんなを探しに行こうかな」


 食事を終えたすぐに、ツルカは身支度を整えてギルドハウスを飛び出した。

 ナドラナの町は、昼下がりの活気に包まれていた。ツルカは冒険者ギルド、市場など思いつく場所を回ってみたが、肝心のジンたちの姿が見当たらず、空振りに終わる。


「わあ、あそこの串焼き、すごいおいしそう!」

《ちょ、こっちですって!》

「でも串焼きが呼んでる!」


 アイナが何度も道案内しようとするが、ツルカが屋台に吸い寄せられる。


「こっちの果物、宝石みたいに光ってる!」


 悪いことに、ツルカは本来の目的から容易に逸脱してしまう。

 ツルカは露店を見つけるたびに足を止め、小銭入れと相談し、次々と買い食いを繰り返した。

 香辛料をたっぷりまぶした羊肉の串焼きを咀嚼しながら大通りを練り歩き、次は蜂蜜をかけた焼き菓子を片手に路地裏を覗き込む。異国の調度品を並べる雑貨屋の前では、店主のトカゲのような竜人と長話に興じ、大道芸人のパフォーマンスには最前列で拍手を送った。

 そうして好奇心の赴くままに町を彷徨した結果、ツルカは完全に迷子になった。


「……あれ、ここどこですか」


 気がつけば、ツルカは閑静な住宅街に迷い込んでいた。

 中心部の喧騒とは異なり、ここには落ち着いた空気が漂っていた。立ち並ぶ家々も立派な石造りのものが多く、どうやら富裕層が住むエリアらしい。

 ツルカは食べかけの焼き菓子を口に運びながら、首を傾げる。


「うーん、困ったな~。まあ、適当に歩けばどっか行き着くかぁ。にしても、ここ、すごい家だなぁ」


 ツルカの目先には、周囲の家々とは比べ物にならない、豪奢な屋敷がそびえ立っていた。門扉は磨き上げられた鉄製で、庭には手入れの行き届いた木々が植えられている。


「うん?」


 そして、都合よくもその重厚な扉がゆっくりと開かれ、一人の男が姿を現した。

 豪勢なシルクのガウンを羽織り、手には湯気を立てる高級そうなティーカップ。優雅な昼下がりのひと時を過ごそうと、庭先に出てきたのだろう。

 男はカップを口に運び、手元のコーヒーを一口啜る。そして、ふと門の前に立ち尽くす少女と目が合った。


「ゴフゥゥッ!」


 刹那、男の口から盛大にコーヒーが噴射された。その男は、以前ツルカに完膚なきまでに叩きのめされたAランク冒険者──バンパーであった。


「な、なな、なななな!?」


 バンパーは後ずさり、ティーカップを取り落とした。

 あっけなくも、その高価そうなカップは粉々になり、割れた音が静寂な住宅街に響く。

 バンパー顔色は蒼白を通り越し、土気色に変貌していた。瞳孔は開ききり、ガタガタと震える膝は今にも崩折れそうだ。


「あ、お、おじさん。奇遇だね~……」


 ツルカは気まずそうに手を振り、取ってつけたような笑みを浮かべた。


「ひぃぃぃッ! く、来るな、来るなぁぁぁ!」


 バンパーはついに腰を抜かし、地面を這うように後退した。異様な怯えように、ツルカは顔を引きつらせていた。 


「……変なの。なんであんなに怖がってるの」

《そうですね。彼は、冒険者社会における絶対の掟──『決闘制度』を恐れているのでしょう》


 ツルカの疑問に即答するように、突然と脳内にアイナの冷静な声が響いた。


「決闘制度?」

《はい。かつて、グランドシオルの命運を賭けて戦った英雄と暴君の伝説に由来する、古来よりの不文律です。互いの実力と矜持を賭けた一騎打ちにおいて、勝者は敗者に対し、いかなる要求も突きつける権利を有し、敗者はそれに絶対服従しなければならない……というものです》

「なんか凄そうだね」

《マスターは公衆の面前で、Aランク冒険者である彼を正面から撃破しました。それは、冒険者ギルドの認識において、事実上の決闘成立と、勝敗の確定を意味します。ランクの変動や、勝者の権利が発生しているのです》

「権利?」

《つまり、バンパーにとってマスターは、自身の財産はおろか、生死の権利すら握る絶対的な支配者として認識されている、ということです。彼は、マスターがその権利を行使しに来たと勘違いしているのでしょう》

「へえ。なんか、物騒な決まりだね」

《今どき、決闘を申し込む冒険者なんていませんけどね。現代ではほぼ形骸化している古い慣習ですし、正式な決闘申請がない限り、法的拘束力も弱い。ただし冒険者の名誉上、敗者は従うのが慣例ですね》


 ツルカはバンパーから何かを奪うつもりなど毛頭なかった。


「な、何を奪いに来た! 金か!? それともこの屋敷か!? それとも俺の命かぁぁぁ!?」

「えぇ……? 違うよ、落ち着いてよおじさん。僕、散歩してただけだし」

「わ、分かってる! 負けたんだ、俺は負けたんだよ……。Aランクの俺が、Cランクのガキに……! これ以上、俺を惨めにさせないでくれ……!」

「なんも分かってないじゃん」


 バンパーは頭を抱え、錯乱したように喚き散らした。あの時の傲慢な態度は見る影もない。


「はぁ。どーしよ、あはは。……ん?」


 ツルカはため息をつき、ふと思いついた。

 このままでは埒が明かない。ならば、バンパーの勘違いを利用したほうがいい。


「そうそう。ねえ、おじさん。僕の言うこと、聞いてくれる?」


 ツルカの言葉に、バンパーの体が電流が走ったかのように跳ねた。


「な、なんだ……。何をさせる気だ……!」

「ジンたちがどこにいるか分からないんだー。だから、みんながいそうな場所に連れて行ってよ」


 バンパーは予想外の要求に目を白黒させた。


「……は? ん、え? お、あ、え、そ、それだけ? それだけ、か?」

「うん、それだけ。案内してくれたらいいよ」

「……ほ、本当か? 俺の財産を没収したり、奴隷にしたりしないのか?」

「しないってば。うるさいなぁ、早く着替えてきてよ! そんな格好じゃ歩けないでしょ」

「ハッ!?」


 ツルカに急かされ、バンパーはおぼつかない足取りで屋敷に戻り、大急ぎで着替えて出てきたのだった。


「ちょ、あれみろよ」

「ば、バンパー町長……? こんなところでなにを」

「あの子どもはなんだ……。迷子? バンパーが迷子を連れるわけ……」

「おい、そんなこと言ってると聞かれるぞ……!」


 奇妙な二人連れが、ナドラナの町を歩く。

 前を行くのは、またしても屋台で買った串焼きを頬張るツルカ。

 後ろを歩くのは、この町を肩で風切って歩いていたAランク冒険者であり町長。

 しかし、今のバンパーは、怯えた子犬のように肩を縮め、周囲の視線を避けるように俯いていた。


「ねえ、おじさん。こっちの道で合ってるの。さっきから同じような景色だけど」

「……合ってる。少し遠回りだが、人通りが少ない道を選んでるんだ」

「ふーん。おじさん、意外と気使い屋さん?」

「……うるせえ。誰のせいでコソコソしなきゃならねえと思ってるんだ」


 バンパーが小声で毒づくが、ツルカは意に介さず肉を噛みちぎる。


「それにしても、おじさんってばあんなに偉そうだったのに、急にしおらしくなっちゃって。人間って変わるもんだねぇ」

「……放っておいてくれ。俺はもう、終わった人間だ」


 バンパーの声には、深い諦念が滲んでいた。


「なんで。別に元気にしたらいいよ。そっちの方がきっと似合ってるって」

「うるせぇ。そんな度胸、もうねえよ」

「えぇ……。前みたいに元気な方が、僕は好きだなー」

「……ふん」


 能天気に肉を頬張るツルカに、どこか羨ましそうな眼差しでツルカの背中を見ていた。


「……お前、なんなんだ。どこから来た」

「うーん。洞窟? かな。色々あって、ここまで来たんだ」

「かつての仲間は」

「……知らない。ずっと、一人だったよ」

「………っ」


 ツルカは一瞬、寂しそうに呟いたが、すぐに鼻歌を歌い出す。

 バンパーは思わず息を呑み、目を見開いた。何も考えていなさそうなツルカの顔から、まさかあれほどの暗闇と悲しみが階見えるなど。

 似ていた。全てを失ったかのような、あの顔。過去の自分と重ねてしまうくらいに、ツルカの顔は深淵に沈んでいた。


「……お前」

「……仲間も、家族も、自分も、何も知らない。僕は、僕なりに、道を選んでここまできた。それだけ。その道中で、僕は新しい仲間を見つけた」

「………」

「今は、僕を受け入れてくれた仲間を大事にしたい。……もう、何も失いたくない」

「っ……」


 バンパーは思わず言葉を失った。

 もし、この子どものあどけない顔が、辛い過去隠すための仮面だとしたら。この子は、ただ無邪気に笑って生きているだけではないのかもしれない。


「……俺は……いじめられっ子だった」


 唐突な告白だった。

 ツルカは肉を咀嚼する口を止めず、耳を傾ける。


「親の顔も知らねえ。貧民街で、泥水をすすって生きてた。……毎日、強い奴らに殴られ、奪われ、踏みにじられた。俺には力がなかった。反抗することさえ許されなかった」


 バンパーは遠い過去を睨むように、虚空を見つめる。


「だから、誓ったんだ。力をつけて、奪う側になってやるって。……冒険者になって、必死に強くなった。魔物を殺し、手柄を立て、邪魔な奴は蹴落とした。そうして手に入れた『強者』の座……。俺は、そこで初めて『生きている』って感じられたんだ」


 バンパーは自嘲気味に笑い、乱暴に頭を掻きむしった。


「他者を支配し、奪い、従わせる快感。……それが、俺の全てだった。だが……お前に負けて……思い出しちまったよ。俺は、所詮は『奪われる側』の人間だったんだってな。メッキが剥がれりゃ、ただの惨めな弱者だ。……Aランクなんて肩書きも、町長なんて地位も、全部虚飾だったんだよ……」


 バンパーは前を歩くツルカの小さな背中を見つめた。


「……どうせ、もう終わりだ。俺の失態は広まってるだろうし、ついてくる奴なんざいねえ。……また、泥水すする生活に戻るだけさ。それが、お似合いなんだよ」 

「……おじさんさ。今さら『いい人』になろうとしてない?」


 ツルカはそんなバンパーに振り返り、串焼きの最後の欠片を飲み込むと、真っ直ぐな瞳で言った。


「……なんだ」

「急に謙虚になって、反省してますアピールしても、誰も信じないよ。だって、おじさんがやってきたことは消えないもん。いじめられたからって、誰かをいじめていい理由にはならないでしょ」


 ツルカの言葉は、残酷なほど正論だった。


「じゃあ、どうしろってんだよ……! 死んで詫びろとでも言うのか!」

「ううん。だから、そのままでいいって言ってるじゃん」

「あ……?」

「威勢が良くて、自信満々で、ちょっと嫌な奴。……でも、その強さを『誰かから奪う』ためじゃなくて、『誰かを守る』ために使えばいいんじゃないかな」


 ツルカはまるで今日の天気を話題にするかのような気軽さで言うと、バンパーの顔をしっかりと見上げる。


「おじさんは強いよ。それは本当のことだもん。Aランクになれるくらい頑張ったんでしょ。だったら、その強さで町のみんなを守ってあげれば、きっとみんな、おじさんのこと見直すよ。……尊敬される『強い人』になれるんじゃない」


 予想だにしなかった言葉を浴びせられ、バンパーは金縛りにあったかのようにその場に縫い止められた。

 今からでも変われる。強さを守るために使う。そんな単純な発想は、復讐と支配に囚われていたバンパーの思考には存在しなかった。


「もちろん、僕だって心が折れそうになった時もあった。強くても、自分の手で守り抜くことができなかったことも、……ある。その時は……一瞬、死にたいって思っちゃった」

「……!」


 先ほどまで明るく輝いていたツルカの瞳は、虚無に飲まれたかのように光を失っていた。


「……お前。一体何が……」

「でもね、諦めない。そう決めた。今度はジンたちを、心から守って、一生を過ごしたいって思った。絶対に失敗しない」


 そして、またしてもツルカの瞳に輝きが戻ってくる。

 バンパーは密かに勘づいていた。

 かつて自分も、この子と全く『同じ瞳』だった。この子にはこの子なりの、壮絶な過去があるのかもしれない。


「……すまねえ」

「うん?」

「お前にとってあいつらは、命よりも大事だったんだな」

「もちろん! ジンたちがいてくれるから、僕も楽しく過ごせるんだ。どう? おじさんも僕たちのギルド入る?」

「冗談ばっか言いやがって……。お前、俺が仲間を……ジンたちをけなしたこと、怒ってねえのか」

「怒ってるよ? 今からでもぶん殴りたいくらいっ!」


 ツルカはニッコリと笑うが、裏にはとてつもない殺気が一瞬だけ見えた気がして、バンパーはヒッと息を呑んだ。


「だから、これは罰ゲームであり、『命令』だよ」


 ツルカは人差し指を立て、毅然とバンパーに突きつける。


「僕に負けたんだから、言うこと聞くんでしょ。……だったら、これからはその強さを、みんなのために使いなよ。汚名返上して、立派な冒険者になってみせて。それが、僕への償いってことで」


 バンパーはしばらく言葉を失っていた。

 だが、次第にバンパーの口角が上がっていく。


「……汚名返上、か。……へっ、随分と難しい命令を下しやがる」


 バンパーは久しぶりに晴れやかな顔で笑い、まんざらでもなさそうに首を回す。


「……分かったよ。負けた俺に拒否権はねえ。……やってやるよ、クソガキ」


 二人は会話を続けながら町を進み、やがて町の外れにある開けた場所へと到着した。

 そこは、ナドラナ町が管理する『冒険者訓練所』と呼ばれる広場だった。広大な敷地には、わら人形や射撃の的、障害物競走用のアスレチックなど、様々な訓練設備が設置されている。昼下がりのこの時間、多くの冒険者たちが汗を流し、剣戟の音や魔法の炸裂音が響き渡っていた。


「ここだ。お前の仲間はクエストがない日、大抵ここで訓練してる」


 バンパーが広場の中を指差す。その指の先を見てみれば、広場の隅で剣を振るうジンと、的に向かって矢を放つマリナ、そして魔導書を熟読するナユの姿があった。


「あ、いた! ありがとう、おじさん!」

「……ふん。礼には及ばん」


 バンパーは広場の入り口で足を止め、手で払うようにツルカを促す。


「さっさといけ。俺はここまでだ。あいつらに合わせる顔がねえからな」

「そっか。じゃあね、おじさん!」


 ツルカは大きく手を振ると、仲間たちの元へと駆け出していく。

 バンパーはその小さな背中をじっと見送った。


「……ありがとうな、ツルカ」


 誰にも聞こえないほどの小さな声で、バンパーはそう呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ