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堅牢な石材と温かみのある木材を巧みに組み合みせ、白亜の漆喰壁と黒塗りの木骨が幾何学的な美を織りなす重厚なチューダースタイルの街並み。それこそが、グランドシオルの頂点に君臨する人間国家──グランディールの象徴的な景観である。
世界地図の中心点に座するこの超大国は、周囲に広がる諸地方を統括する宗主国としての絶対的な権威を有している。東西南北、あらゆる方位へと街道が伸長するこの地は、世界中の種族や物資、文化が嵐のごとく流入し交錯する巨大な結節点でもあり、その繁栄ぶりは他国の追随を許さない。
市井を生きる平民から、高貴な血筋を誇る貴族に至るまで、多種多様な階級の人族がひしめき合うグランディール国には、悠久の歴史と洗練された文明が息づいている。城下町には国の威信を示す荘厳な施設が軒を連ねているが、中でも最奥に鎮座するグランディール王城は別格の存在感を放っていた。その外観は王の居城というよりも、神を祀る聖堂の如き空気を漂わせている。
そして、何よりも人々の畏敬と畏怖を集めるのが、城郭から天雲をも穿つほど高く聳え立つ巨塔『ベリティ』である。高度な魔法理論によって制御された三つの巨大な光球が、重低音を響かせながら塔の周囲を恒久的に公転し続けているその光景は、世界の果てからでも視認できるほどだ。この塔こそが誇り高き大国のシンボルであると同時に、国王以外の何人もその内部構造を知る由もないという『世界三大不思議』の一つにも数えられる謎の建造物であった。
他にも謎多き中央国であるが、その軍事力と国際的な影響力もまた計り知れない。
その一つが、白鳥の翼を模した美麗なプレートアーマーに身を包む聖騎士団だ。
剣術・武術において傑出した才覚を持つ者のみが入団を許されるこの精鋭集団は、グランディール国内の治安維持のみならず、他国へも『警察機構』として派遣され、世界の治安を維持する要衝となっている。
そしてもう一つが、世界最強と謳われるギルド『不朽の栄光』の存在だ。
この五人の英雄たちは、冒険者のみならず平民にとっても憧憬の的であり、この国が擁する武力の象徴として語り継がれている──────
未だ夜の帳が明けきらぬ薄明の下、朝露に濡れた木々の葉が白々と輝き始める時間帯。
威厳ある御殿の門前で、一人の男が気だるそうに口を大きく開け、あくびを噛み殺していた。
彼の容姿は一見すると貴族の放蕩息子のようでありながら、見る者を惹きつけてやまない不思議なカリスマ性を放っていた。無造作に流した茶色の髪は風に遊ばれ、その双眸は、底知れぬ黒瞳。しかし、飄々とした雰囲気の奥には、万人に希望を与える慈愛と、悪を断つ強固な意志を宿している、はずが、今は連日の激務による深い疲労と倦怠感が色濃く滲んでいた。
身に纏うのは、貴族趣味を感じさせるフリルや刺繍が施された、少し派手な衣装。その胸元には、剣と盾、そして杖が交差する『不朽の栄光』の紋章が、朝日に照らされ誇らしげに輝いている。
男は空を仰ぎ、遥か頭上の彼方に聳える塔──ベリティの周りを周回する光球を恨めしげに見つめた。
「……ったく。あの邪魔くせえ塔はなんなんだって」
男は首を鳴らし、凝り固まった肩を回す。
「中身も知らされねえもんを守るってのも、楽じゃねえよな」
独りごちた彼は、豪奢な装飾が施された重厚な扉に手をかけ、ギルド『不朽の栄光』の本拠地へと足を踏み入れた。
二階にある執務室。
広々とした室内には、歴代の英雄たちが使用したとされる伝説級の武具や、詳細な世界地図が整然と飾られている。
「さてと……。今日も今日とて、仕事ですねぇ」
中央に鎮座する黒檀の執務机に、男が重い身体を沈めた直後、ノックもなしに扉が乱暴に開かれると、別の男が入室してきた。
燃え盛る紅蓮の炎のごとき赤髪を短く刈り込み、無精髭を生やした野性的な風貌。鍛え抜かれた鋼鉄の肉体を包むのは、冒険者らしいラフな革のベストと、袖をまくり上げたシャツという軽装だ。それでも尚、その風貌はどこか豪奢な雰囲気を漂わせており、左胸にはこの男がただの荒くれ者ではないことを証明する、燦然と輝く『不朽の栄光』の勲章が留められている。
赤髪の男は無言のまま机の前まで歩み寄ると、その太い腕に抱えていた書類の山を椅子に座る男の眼前に堆積させた。その高さは、優に座っている男の頭頂部を超えている。
「……おい。朝一番の挨拶がこれか?」
「おはようございます、リーダー。挨拶よりも先に、現実を見ていただきたく、ええ?」
書類の塔を見上げながら呆れ果てた声を出す男に対し、赤髪の男は表情筋一つ動かさず事務的に告げた。
「現実ってレベルじゃねえぞ、ザラーユ。これ、全部か?」
「……まあ、な。全て、グランディール国冒険者ギルド協会本部より転送されてきた、世界各国のギルドからの重要報告書だ。毎週どおり、一週間分がここに届いた」
赤髪の男──ザラーユは腕を組みながら資料の塔を眺める。
「魔物の異常発生、未確認遺跡の発見、小規模な紛争の兆候……。世界中の『異変』に関する報告が網羅されている。これら全てに目を通し、我々が介入すべき案件を選定し、対応策を講じる。……それが、リーダーの仕事だろう」
「……嘘でしょ? これ、今さ、朝じゃん。終わる頃には真夜中なんよね」
「安心しろ。昼メシまでには終わせてもらうさ。嫌だが……俺も徹底的に補佐する。アイギスを過労死させるわけにはいかないからな。嫌だが」
「心の声漏れてますよ。ザラーユ……お前、鬼か。いや、炎の鬼だな。ふざけやがって」
「おもんな」
リーダーの男──アイギスは天を仰いで呻いた。
『不朽の栄光』──その名は世界中に轟き、冒険者たちの憧れとなっている。だが、彼らの実態は自由気ままに世界を旅する冒険者とは一線を画す、グランディール公認の秩序維持組織。その武力はSランク冒険者以上を誇るが、彼らは冒険者ランキングの枠外に存在する『規格外』だ。
彼らの目的は富や名声を得ることではなく、世界の均衡を崩す『悪』を討ち、平和を維持することにある。それゆえに、世界中に数千と存在する冒険者ギルドから吸い上げられた報告書は、一週間ごとに、すべて不朽の栄光──そのリーダー、すなわちアイギスの元へと集約されるシステムになっていた。
「……ブラックだ。あまりにもブラックすぎる。俺の手の甲にあるアザは、書類整理のためにあるんじゃねえぞ、コラ」
「文句を言っている暇があるなら手を動かせ」
ザラーユは容赦なくアイギスを急かし、次々と書類を整理していく。
────数時間後。
ザラーユが別の業務で一時退室し、アイギスが書類の山と格闘して魂が口から抜けかけそうになっていた頃。再び扉が開き、今度は軽やかな足音が室内に入ってきた。
「うっすー。リーダー、生きてるッスか? いや、死んでるか、アハハ」
飄々とした口調で現れたのは、小柄な女性だった。
栗色の髪を高い位置でポニーテールにまとめ、活動的でありながらも都会的な雰囲気を纏っている。
身につけているのは、動きやすさを重視した暗褐色のトレンチワンピース、その上からさらに黒いショートジャケットをラフに羽織り、全体的にダークトーンで統一された服装だ。そして、明らかに使い方の間違った不朽の栄光としての勲章が、ネックレスのように首からかけられ、振り子のように胸元で踊っていた。
「……死にかけてるよ。見て分かんねえか、この紙の要塞が」
「うわぁ、相変わらずエグい量ッスねぇ。ザラーユの旦那も容赦ないッスわ」
女は書類の山を見て楽しげに口角を上げると、行儀悪くアイギスの机の端にひょいと腰掛け、足をぶらつかせた。
「で、なんか面白い仕事はないんスか? ウチ、暇で暇で身体が鈍りそうなんスけど」
「お前な……。俺がこんなに苦しんでるのに、手伝おうとか思わないわけ? 土の使い手なら、この書類の山を土に埋めるとかさ」
「冗談も大概にしろッス。てか、事務仕事はアタシの管轄外ッスからねー。土いじりなら任せてほしいッスけど、紙いじりは専門外ッス、ノンナには! うんうん」
悪びれもせず女──ノンナはアイギスの言葉を一蹴する。
ノンナはニヤニヤと笑いながら、アイギスの机の上に積まれた報告書の山から無造作に一枚を引き抜いた。
「あ、そういえばリーダ」
ふと何かを思い出したように、机の隅に綺麗にたたまれたリーダーの上着を見つめる。
「その上着見てふと思ったんスけど、確か……一年前くらい……? カンラヤン地方の平原で見かけたっていう、あの子はどうなったんスか。ほら、リーダーが上着を貸してやったっていう」
「……ああ。あいつか」
アイギスの手が一瞬止まり、表情に微かな憂いの色が混じった。
以前、偶然出会い、悩みを聞いた少女。正体を偽っていたが、その本質は紛れもない『魔王』であった子。
だが、その事実を知るのはアイギスのみ。ノンナにとっては、ただリーダーが気まぐれで助けた謎の少女に過ぎない。
「……今は、どこにいるか分からねえ。……あいつは、自分で道を自分で決めて、冒険してきたらしいからな。もしかすると、どこかで……」
「ふぅん。リーダーにしては随分と入れ込んでるじゃないッスか。素性の知れぬただの娘相手に。なにがあったんスか?」
「茶化すな。俺はただ、あいつの意志を尊重しただけだ。細かいことは気にすんな」
「しょーもなっ。はいはい、そういうことにしておくッスよ」
ノンナは肩をすくめ、手にした報告書に視線を落とす。
「お、これは……ナドラナ町っていうところからの報告書ッスね」
ノンナの視線が、羊皮紙に記された文字列を滑る。
「へえ……。Cランク冒険者が、Bランクの討伐クエストを単独で達成? しかも、Aランク冒険者を一捻り……。 随分と派手な新人がいたもんッスね」
「ああ、それか。先週も見たな。『暴食のツルカ』とかいう二つ名のついた新人らしい。……最近、その冒険者の戦績が異常なほど跳ね上がってる。討伐数、成功率、どれをとってもCランクの域を超えてるな。なんだ、Aランクの冒険者をボコしたって? 何か、おかしくないか、そいつ」
「ふむふむ。……ツルカ、ねぇ。なんか匂うッスね」
ノンナの瞳が、獲物を見つけた肉食獣のように細められた。
「ただの実力者か、それとも……何か『裏』があるのか。……ねえリーダー、これ調査に行ってみてもいいッスか? どうせ暇だし」
「行くな。お前が行くと、余計な揉め事が増える気がしてならん。部屋に戻って静かにしてろ」
アイギスが釘を刺した、その時だった。
廊下を疾走する、常ならぬ慌ただしい足音が執務室へと接近してきた。アイギスとノンナが同時に視線を向けた瞬間、勢いよく扉が開け放たれた。
「た、大変です、アイギス!」
飛び込んできたのは、透き通るような水色の髪を持つ女性だった。
淡い長髪を揺らし、純白に青の縁取りがなされた聖職者を思わせるローブを纏うその姿は、まさに『聖女』と呼ぶにふさわしい神聖な雰囲気を漂わせている。
普段であれば、氷雪のごとき冷静沈着な態度を崩さぬ彼女だが、今は焦燥に駆られ、呼吸を乱していた。
「どうした、セイラン。そんなに慌てて」
アイギスの表情から、先ほどまでの気だるさが一瞬で消え失せる。リーダーとしての鋭い眼光が戻っていた。
「我々の『広域魔力感知装置』が、緊急警報を発令しました。遥か東の大陸……ノリマルンナ地方からによるものです!」
乱れた呼吸を整える間も惜しむように女──セイランは震える声で報告する。
「ノリマルンナ……ああ、この前、吹雪と鋼人の決闘のために行ったか……」
「ガリロルザ国方面にて、測定外の異常魔力反応を感知。この波形……尋常な魔物や、小競り合いのレベルを超えています。まるで……国一つを消滅させかねないほどの、複数の『極大魔力』が衝突しているような……!」
アイギスが眉をひそめ、手に持っていた資料を静かに机に置いた。
堅牢な守りを誇る獣人たちの大国で、一体何が起きているというのか。
室内に重苦しい緊張が走る。だが、その沈黙を軽く破ったのは、机の上に腰掛けていた土の使い、ノンナであった。
「……へえ。測定外な魔力反応、ねぇ」
ノンナは口角を吊り上げ、瞳を輝かせた。危機感よりも好奇心が勝っていることが明白に見て取れる。
「面白そうじゃないッスか。リーダー。それもウチが行ってきていいッスか?」
「はぁ?」
国の危機かもしれない状況を前にして尚、遊び心を忘れない部下の軽挙に、アイギスの表情が一瞬にして崩れ去る。
ノンナは軽やかに机から飛び降りると、腰に手を当てて自信満々にアイギスを見つめる。
「偵察ッスよ、偵察。詳細が不明なら、誰かが見に行かなきゃ始まらないでしょ? 隠密行動なら、この『不朽の栄光』でアタシの右に出る奴はいないッスからね」
「待て待て待て、このクソガキ」
アイギスが慌てて手で制する。
「お前な、状況を理解しているのか。測定外の魔力だぞ。下手をすれば、現地は地獄絵図だ。そんな所に、お前みたいな─────」
「─────軽薄な者を単独で向かわせるわけにはいきません」
セイランが氷のように冷ややかな声で言葉を継いだ。
「ノンナ。貴女の実力は認めますが、その場のノリと勢いで行動する悪癖は致命的です。これは遊びではありません。一国の存亡に関わるかもしれない事態なのですよ」
「うわ、セイランっち、相変わらず堅いッスねぇ。だから眉間にシワが寄るんスよ」
「なっ……!」
ノンナはセイランの指摘を柳に風と受け流し、アイギスに向き直る。
「でもリーダー。現実問題、誰が行くんスか? ザラーユの旦那は今、他の仕事で手一杯。セイランっちも他の仕事がある。リザインのおっさんも遠征中~」
「……それは、そうだが」
ノンナの言う通り、現在この御殿において即応可能な戦力、かつ隠密行動に適した人材は、消去法でノンナしか残されていないのが実情であった。
「ほら、決まりッスね。アタシなら、土に潜って誰にも見つからずに情報の持ち帰りが可能ッス。ついでに、そのツルカってやつのことも見れるかもしれないし……、それに、あわよくばその『デカい魔力』の正体、一発殴ってやりたいし」
「それが一番の不安要素だと言っているんだ!」
アイギスが机を叩きつけて立ち上がる。
ノンナは潜入工作のスペシャリストでありながら、同時にトラブルメーカーとしての才覚も持ち合わせている。ノンナを単独で火薬庫のような場所へ送り込むことは、火に油を注ぐ結果になりかねない。
止めることはできる。だが、もし緊急事態ならば、その間に現地の状況が悪化するかもしれない。
「まあまあ、任せてくださいって。ヤバそうなら、すぐ報告するッスよ」
「……約束できるか」
「善処するッス!」
「確約しろっ! あ、ちょい!」
ノンナはニカっと笑うと、アイギスの返事も待たずに踵を返した。
「ま、待ちなさいノンナ! まだ正式な許可は……!」
セイランが制止しようと手を伸ばすが、ノンナはすでに扉を開け放っていた。
「早い者勝ちッス。お土産話、期待しててくださーい!」
「おい、待て、ノンナ!」
アイギスの怒号も空しく、ノンナは一陣の風のように廊下を駆け抜け、あっという間に姿を消した。
残された執務室には、二人の重いため息だけが残る。
「……行ってしまいましたね」
「ああ……。あいつ、絶対に何かやらかす……嫌だぁ」
アイギスは深々と椅子に沈み込み、天井を仰いだ。
「どう思う……。魔法に関係する、なんらかの事故だと思うか? 例えば……魔法研究だったりとか……」
「いえ……。ガリロルザに限ってそんなことはないはず。明らかに、第三者による実戦魔法かと……。戦略的な侵攻が予想されますが……」
「となると、国家戦争……か。この時代に……? 魔王軍か? 確か、ノリマルンナ地方は四神魔界王の一人が監視下に置いているよな」
「ええ、そうですが……。ですが、魔王軍とて……」
「そうだな。獣人の国を襲っても……。侵略者はあんなとこ攻めて……何を求めているんだ?」
「獣人の権利……財産? 悩ましいですが、現地に行かなければ、何も分かりません」
「だよなぁ」
アイギスは大きく項垂れて、机に突っ伏した。
「ですが、魔力を測定したのはたった一度きりで、それ以降、特に膨大な魔力を感知しているわけではないのです。町を破壊しかねないほどの戦略魔法が扱われているのであれば、複数回に渡って感知するはずなのですが」
「一次的な感知か。戦争による魔法衝突、ってわけではないのか? なら、Sランク冒険者の誰かがストレス溜まってムカついて、モノに当たっただけじゃないか」
「あり得ませんよ……」
「はぁ。今すぐにでも仕事中断して、ノンナを追おうかな……」
世界最強のギルド『不朽の栄光』。その一員が現地に向かったことは、事態の解決に向けた一歩ではある。
だが、送り出したのがあのノンナであるという事実は、アイギスの胃痛を加速させる要因にしかならなかった。
「いや、信じよう。あいつは報告してくれると言った。なら、それまでは待機しておこう」
「……アイギスがそう言うなら」
「頼むから、国を滅ぼす手伝いだけはしてくれるなよ……」
リーダーの切実な祈りは、果たして東の空へと届くのだろうか。




