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「グギャアアアアアッ!」
竜が全身に纏った黒い『穢れ』の魔力が、ツルカの放つ光に触れただけで、凄まじい勢いで浄化され、霧散していく。
竜はどこか恐怖したように、ツルカを睨み据えていた。
もはや、ただの冒険者としてではなく、自らの存在を脅かす『宿敵』として、ツルカの姿を見ていた。
「……な、なんじゃ……ありゃ……」
「魔力じゃない……。暖かくて、でも、恐ろしいほどの……圧……」
「ツルカちゃんが……光ってる……?」
ジン、マリナ、ナユは、その神々しくも圧倒的な力の顕現を前に、言葉を失っていた。それは魔力感知ができるナユでさえも初めて経験する、純粋で熱い力だった。
《マスター。その力は、マスターの存在そのものを燃焼させています。無闇な解放は危険です。警告は……しましたからね》
止めても無駄だろうと、アイナは注意だけしてそれ以上は何も言わない。
「……ありがとう、アイナ……」
ツルカは地面を強く蹴った。
その身体は先ほどの速さを遥かに凌駕して、一瞬にして竜へと迫る。
「グルオオオッ!」
竜は自棄糞にも似た叫びとともに、高密度の瘴気ブレスを眼下に放った。
「無駄だぁっ!」
ツルカは突進の勢いを殺さず、右腕に光の力を集束させる。それは、まるで純白の手甲を纏ったかのようにその腕を包み込んだ。
光の手甲がブレスに触れた途端、瘴気はその存在を許されず、先端から急速に霧散していく。
「はぁぁっ!」
ツルカはブレスを正面から切り裂き、その勢いのまま、マリナが矢を撃ち込んだ左目の直下へと肉薄した。
「グルッ!?」
慌てた竜は前肢でツルカを薙ぎ払おうとする。
だが、ツルカはその攻撃を緩やかに潜り抜け、竜の顎の下に取り付いた。
「そこだっ!」
ツルカは光を纏った右拳を竜の左目に目掛けて振り抜いた。
光の力は竜の『穢れ』に反応し、体内で凄まじい浄化反応を引き起こしていた。
「グギャアアアアアアアアアアッ!」
竜は苦痛に身をよじらせ、巨体を壁に激しく叩きつけた。
ツルカは即座に跳躍して距離を取る。
竜がもがくたびに、左目の周辺から体液ではなく、眩しい光の粒子が火花のように噴き出していた。
「……すげぇ……!」
ジンは張り付いた喉から、やっとそれだけの言葉を絞り出した
「ツルカちゃん……。頑張って……!」
「勝てる。ツルカちゃんなら」
ツルカを見守る三人に、竜の視線がぎょろりと移る。
「グルルルル……オオオオオオッ!」
竜は右目を赤黒く染め上げ、ツルカではなく、その後方にいるジンたち三人を捉えた。
《狙いが変わりました。マスター!》
「──────させるかッ!」
竜が口を開き、広範囲に魔力弾をばら撒こうとする、その直前。ツルカは再び地を蹴り、竜の注意を自分に引き戻そうと突貫した。
だが、竜は突進してきたツルカに、尾を横薙ぎに振り抜いた。
「くっ……!」
ツルカは咄嗟に光の力で障壁を展開した。凄まじい衝撃が障壁を打ち、ツルカの身体は吹き飛ばされる。
「くぅぅっ……!」
ツルカは空中で体勢を立て直し、着地した。
だが、ツルカが仲間たちから引き離された、その瞬間。
「シャアアアアッ!」
竜はツルカを完全に無視し、全速力でジン、マリナ、ナユの三人へと突進した。三十メートルの巨体が、圧倒的な威圧を持って迫り来る。
「なっ!」
「うそ……!」
「ひいっ!?」
今度こそ回避は間に合わない。ツルカの救援も間に合わない。
「さ、させねぇっ!」
ジンが恐怖に震えるマリナとナユの前に立ちはだかるが、それはあまりにも無力な抵抗だった。
「──────ひぇぇやるしかないっ! 【凍れ、源素! 万物を縛る枷となれ】ェェェェッ!」
すると、ジンの背後で、叫びにも近いナユの詠唱が響いた。
恐怖で震えていたはずのナユは、決死の覚悟で杖を竜へと向けていた。
「─────『アイス・コフィン』!」
ナユが習得している魔法の中で、最大級の拘束系奇術魔法だった。
地面を奔った魔力が、竜の巨大な四肢を瞬時に凍結させた。
「グルルルッ!?」
竜の突進は完全には止まらない。四肢に形成された氷結が凄まじい音を立てて砕けていく。
だが、その速度は致命的なまでに鈍化していた
「いい、い、い今だよ、マリナァァァッ!」
「も、もちろん……外さない……っ!」
いつの間にかマリナは竜を目標に、弓を構えて待機していた。
狙うのはナユの魔法で動きが鈍った竜の、残された右目だ。
「ここだ……!」
放たれた矢は、左目への一射を凌駕するほどの速度と精度で、吸い込まれるように右目へと突き刺さった。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
Sランクの魔物の視界をCランク冒険者パーティーが完全に奪い取ったのだ。
突進の勢いを失い、両目を潰され完全な暗闇に陥った竜は、その場で狂ったように頭部を振り乱し、暴れ回る。
「……凄いよ、みんな……っ!」
その声は暴れ回る竜の真上から聞こえた。
ツルカが光の力を翼のように広げ、上空から両目を失った竜を見下ろしていた。
仲間たちが稼いだ、決定的な時間。無駄にしない。
《マスター。これ以上光を解放し続ければ体が持ちません……!》
光を放つたび、ツルカの呼吸が浅くなる。
指先の感覚が消えていき、視界の端が白く滲んでいく。
「……最後の一撃さ、アイナ!」
ツルカは自らの全身から溢れ出る光の力全てを、右拳一点へと集束させていく。
グレイとの戦いで見せた、自暴自棄までの光ではない。アイナの助言を、仲間たちとの戦いを、そして守るべき存在の温かさを理解したツルカが、その意志の力で『光』を制御し、練り上げていった。
「僕を守ってくれた仲間を、次は僕が守ってみせる……!」
眩いばかりの光は純白の『聖槍』を創造し、ツルカの手中に収められた。
「グルオオオオオオオッ!」
両目を失い暴れ狂う竜が、最大の脅威が上空にあることを気配で察知した。
竜は空を仰ぎ、闇雲に開かれた顎の奥に、またしても『穢れ』を集束させ始めた。
それは、この一帯を更地にするほどの、自爆覚悟の技だった。
「お前のやけくそ攻撃より、僕のほうが早いっ!」
ジンが、マリナが、ナユが、固唾を飲んで空を見上げる。
ツルカが狙うは開かれた竜の顎の体内──その奥底に潜む『穢れ』一点。光の槍を構えたツルカは、一筋の流星となって、竜の体内へと身を投じた。
「──────終わりだぁぁぁぁぁっ!」
浄化の眩い光と、鼓膜を劈くような音が響き渡る。
ツルカの全霊を込めた聖槍は、竜の最後の抵抗である『穢れ』をまるで紙を貫くかのように瞬時に浄化し、霧散させ、そのまま竜の喉奥を貫通して、巨体を内側から焼き尽くした。
「グ……ル……オ…………」
竜の断末魔は音にならなかった。
その巨体を構成していた『穢れ』のすべてが、ツルカの光によって内側から浄化されていく。竜の身体はその輪郭を保てなくなり、まるで最初からいなかったかのように、黒い塵となってサラサラと崩れ落ちていった。
後に残されたのは完全な静寂と、ゆっくりと舞い落ちる光の粒子。そして力の全てを使い果たし、瓦礫の上へと落下していく一人の少女の姿だった。
「──────つ、ツルカちゃん!」
ナユが杖を投げ捨てて、ツルカを受け止めようと全力で走った。それに次いで、ジンとマリナも衝動的に駆け出す。
だが、ツルカの身体が地に落ちる寸前、ツルカの身体はふわりと宙に浮き、駆け寄った三人の目の前に優しく横たえられた。
(……優しいじゃん……アイナ)
《本当に、バカな人ですね》
特級種の魔物が消滅し、遂に戦いが終わりを告げた。
ジンとマリナはその場にへたり込み、とてつもないため息をつく。精神的に、かなり疲弊しきった様子だった。ナユに関しては泣きじゃくりながらツルカの元へ這い寄ってきた。
今でも空は蒼く、鳥が優雅に飛んでいた。
ツルカは虚空を見上げながら、自然と微笑む。
「……は、はは……。とんでもねえ……新人だ、お前……」
ジンは瓦礫に背を預け、乾いた笑い声を漏らした。
マリナもふっと緊張の糸が切れたように笑みをこぼす。
「……本当に。心臓がいくつあっても足りないよ……。いったい、何者なの……? でも……すごかったよ、ツルカちゃん」
「ツルカぢゃん……! うわあああん、生きでる、よがっだぁ……!」
ナユがツルカの胸に顔をうずめて号泣する。
そして、ツルカは最高に誇らしげな笑みを浮かべた。
「……ふふ……。勝った、ね……みんなで……」
その言葉を最後に、ツルカの身体からふっと力が抜けた。
光の力を全霊で使い果たした代償か、その瞳はゆっくりと閉じられ、意識は深い闇へと沈んでいく。
「つ、ツルカ!? おい!」
「ツルカちゃん、しっかりして!」
ナユが慌ててその身体を揺するが、ツルカはぴくりとも動かない。
「……待って」
マリナが冷静にツルカのそばで膝をつくと、そっとツルカの口元に耳を寄せ、次に首筋に指を当てた。
「……大丈夫。気を失ってるだけみたい」
「そ、そう。そりゃそう、だよね……」
「……はは。あんな戦いをしたもんな……。ホントにこいつ……、何者なんだろうな」
そう言うと、ジンはよろめきながらも無理やり立ち上がった。
「……マリナ、ナユ、立てるか。こんなとこに長居は無用だ。町に帰るぞ。ポイズンドラゴン討伐なんてもういい。まずは、仲間を……ツルカを無事に運んで、生きて帰ろう」
「うん、それが優先」
「がんばる……!」
マリナとナユも互いに肩を貸し合うようにして、おぼつかない足取りで立ち上がる。
ジンはツルカの前にしゃがみ込むと、その満身創痍の小さな身体を慎重に背中へと担ぎ上げた。自分たちを救い、あの魔物を単身で圧倒したとは思えないほどの軽さだった。
「……さて、と。帰るぞ。俺たちの英雄、ツルカを早く休ませなきゃな」
「うん!」
ジンは背中で安心しきったように寝息を立てるツルカを確認し、歩き出した。
マリナとナユも、生き残ったことを喜ぶように視線を交わし、ジンの背中をしっかりと追った。
「あ、杖忘れた!」
「一人で取りに行けッ! 先行くからなッ!」
「バイバイナユ~」
「置いてかないでぇ!」




