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──────あれから、数週間が過ぎた。
ツルカの冒険者ライフは、良くも悪くも日常へと移行していた。
早朝に目覚めては、アイナの小言を聞きながらギルドへ向かい、日中はクエストをこなし、稼いだ金で夕食をたらふく食べる。
Cランク冒険者『ツルカ』。その名は、ここナドラナの町において、ある種の象徴となっていた。
「おい、見ろ。あれが噂の『暴食』ツルカだ」
「Cランクのくせに、Bランクの単独討伐を平然とこなす化け物だよ……」
「馬鹿、声がでけぇ。ヤバいのは強さだけじゃねえ。あの『食べっぷり』だ。昨日、酒場のステーキ皿が塔みたいになってたぜ……」
「あと、この前の話なんだが、酒場で絡んだチンピラの『手首消毒』事件……。骨が砕ける音、聞いたか? 俺は聞いた」
ギルドに入った瞬間、冒険者たちの囁き声がツルカに集まる。その視線はもはや新人を見るものではなく、『ヤバい珍獣』を遠巻きに眺めるソレである。
当の本人はそんな視線など一切気にも留めず、真っ直ぐにクエストボードへと向かった。
彼女の目的はただ一つ。今日の食費を稼ぎ、残ったお金は貯金することである。
「やあ、受付嬢さん! 今日も来たよ!」
「……は、はい! ツルカ様……いえ、ツルカさん! お待ちしておりました!」
いつも対応してくれる受付嬢はツルカの姿を認めるや否や、背筋を伸ばして完璧な営業スマイルを貼り付けた。だが、その瞳の奥には、討伐証拠として血まみれのままカウンターに置かれた、イワトカゲの『眼球』が焼き付いているのか、決して拭えない恐怖が渦巻いている。
言わずもがな、もはや彼女がツルカにCランクの採集クエストを勧めることはなかった。
《マスター。今日の推奨クエストは西の平原の『大牙猪三頭の討伐』。報酬は銀貨八枚。金貨には届かないですが、妥当なところでしょう》
「えー、もっとこう、ガツンと稼げるのないの? 金貨二枚のやつとか」
《……マスター、あれが見えますか》
「どれどれ」
アイナが有無を言わさぬ呆れ声で、現時点での掲示板の最高ランク依頼を指し示す。
そこには、難易度Aランクの羊皮紙が、他のどの依頼書よりも禍々しいオーラを放ちながら張り出されていた。
【緊急・Aランク指定】山岳地帯における大規模地形変動の調査
【依頼内容】ナドラナ北東の山岳地帯にて、正体不明の大規模破壊痕を二箇所確認。『危険種』及び『特級種』の出現、あるいは魔族による戦略級魔法の兆候の可能性あり。現地調査および原因の特定を求む。
【報酬】金貨三十枚(応相談)
「……おや」
《お分かりですね? あれが、マスターの威嚇のつもりでしでかした結果です。報酬は金貨三十枚。あなたが求める金額ですけど》
「おほっ……」
ツルカは皮肉にも、自分が原因であるその高額クエストを涎を垂らすような目で見つめる。
(い、今から僕がやりましたって言ったら、金貨三十枚もらえないかな……?)
《即刻、町の兵士に拘束され、良くて終身刑、悪ければ『危険種』そのものとして討伐対象になりますが》
(ごめんなさい調子乗りました)
ツルカはその依頼書を残念そうに一瞥し、すごすごとBランクの魔物討伐クエスト──『大牙猪三頭の討伐』の依頼書を手に取った。
受付嬢は、ツルカが依頼書の情報をカードに読み込ませたことを確認した後、深く頭を下げてツルカを見送った。
町は昼時を迎え、多くの人々で賑わっていた。
露店の威勢のいい声、行き交う荷馬車、子どもたちのはしゃぐ声。
そして、ツルカはというと、クエスト報酬で何を食べようかと、早くも夕食のことで頭がいっぱいだ。
「……ん?」
その時、ツルカはふと足を止めた。
雑踏の中、明らかに異質な気配が、ツルカの鋭敏な感覚に触れた。それは、生きた心地のしない、無の感覚だった。
《……ほう……》
「アイナ、あれって……」
ツルカが視線を向けると、噴水広場にその異質さの源がいた。
「……あの子……」
一人の少女だった。
歳はツルカと同じくらいだろうか。質素な旅装束を纏い、深緑の髪をそのローブの内から覗かせていた。
ただ、その雰囲気が異常だった。まるで感情というものが全て抜け落ちた、精巧な人形のようだ。
その虚ろな瞳は町の賑わいなど一切映しておらず、ただひたすらに何かを探すように、群衆を機械的に視察している。
《……以前、私たちが森で遭遇した……あの少女と、纏う気配の『質』が一緒です》
ツルカは息を呑み、以前奇襲してきたあの少女を思い出す。感情のない瞳で、ただ任務を遂行しようとしていた、あの異様な雰囲気だ。
少女は何かを探すように町に溶け込んでいたが、やがて何も見つからなかったというように、ふっと路地裏へと姿を消した。
《追うつもりですか?》
「……ううん。やめとく」
ツルカは首を振り、大きく項垂れた。
「あのおじいちゃんが言ってた、『グレイの計画』ってやつに関わってるかもしれない。……でも今は、まだ僕が首を突っ込む時じゃない気がする」
《賢明な判断です》
ツルカは一抹の疑問を胸に残しながら、町の外門へと歩き出した。
クエストの遂行は、もはや作業だった。
目的地である西の平原の森に入り大牙猪の縄張りを見つけると、ツルカはアイナのアドバイスを聞きながら、今度こそ山を消し飛ばすような愚は犯さなかった。
「おりゃっ」
茂みから飛び出してきた、小型の馬車ほどもある大牙猪。Bランク魔物たる所以である、鉄のように硬い牙がツルカを串刺しにせんと迫る。
だが、ツルカはその突進をいとも簡単に回避する。そしてすれ違いざま、小さくとも破壊的なその拳を、大牙猪の首筋へと叩き込んだ。
「ブギッ……!?」
大牙猪は何が起こったのかも理解できぬまま、巨体を痙攣させて崩れ落ちた。
残りの二頭も同様に一撃で仕留めていく。
「ふぅ、こんなもんかな。……カードは……と。よしっ、記録できたかな?」
《はい。三頭分、確実に。……しかし、マスター。最初の頃と比べものにならないくらい、力の制御ができてきましたね。なぜ》
「さあ。体が思い出してきたのかな」
《本当に、あなたという人は》
「でも……」
ツルカが間を開けて、どこか悔しそうな、曇った表情を浮かべる。
「……ホントは、マリアネさんと一緒に……こういう事したかったな」
《……ええ》
「マリアネにも、街の温かい料理を食べさせてあげたかった。世界を、見てほしかった。だけど、いつまでもくよくよしてられない!」
ツルカは大きく背伸びをして、頬を叩く。
「がんばろう。強くなってみせるんだ!」
《その意気ですよ》
改まって街へと帰ろうとした、その時である。
「……ん? 誰か来る」
街の方角である道から、複数の足音と話し声が近づいてくるのに気づき、ツルカは咄嗟に近くの木の陰に身を隠した。やがて三人の冒険者が、ツルカが今しがた倒した大牙猪の亡骸の前に姿を現した。
リーダー格の剣士の男、ローブを着た女魔法使い、弓を背負った少女。その装備はどれも使い古されており、統一感がない。典型的な駆け出しパーティだ。
「おい、見ろよ。大牙猪だ!」
「でかい……。しかも三頭も。……ん? なんだろう、この傷」
「傷、なの……? 外傷がほとんどない。首に、打撃痕……?」




