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受付嬢が我に返り、慌ててツルカを制止する。
「お、お客様! いけません! そちらはBランクの冒険者様向けのクエストです! お客様は本日登録されたばかりのCランクですので、まずは簡単な採集クエストなどから────」
「てめえ、ガキのくせに調子乗ってんじゃねえぞ!」
受付嬢の言葉を遮り、男がツルカに詰め寄る。
一体何事かと、周りの人々も野次馬になって近づいてくる。
「CランクがBランクのクエストだと? 寝言は寝て言え!」
しかし、ツルカはにこやかな笑顔すら浮かべて男を見上げた。
「おじさんったら、口もチャックも絶好調だね。さっきからずーっとズボンのチャック全開だけど、ギルドの新しい流行りか何か?」
「なっ……!」
男が勢いよく視線を落とすと、そこにはツルカが指摘した通り、ズボンのチャックが恥ずかしげもなく解放されている。
ギルド中の好奇と嘲笑を含んだ視線が、一斉に男の股間へと集まる。
「あ、やっと気づいてくれたんだ。いやー、さっきからすごい剣幕で怒鳴るからさー。いつ、教えてあげようか……そう、困ってて。そのシマシマパンツ、凄い似合ってるねっ」
「こ、このクソガキァァァ!」
男は顔を真っ赤にさせ、慌ててチャックを引き上げた。
周囲からはかえって目立つ忍び笑いが漏れている。
「お、お客様方、お静かに!」
受付嬢が必死に場を収めようとする。
「と、とにかく! 危険のため、Cランクの方が単独でBランククエストを受けるのは推奨できません ……原則禁止なだけで、自己責任誓約を提出すれば受注可能ですが……死亡時の補償は一切なし。私としても危険なクエストには行ってほしくないのです。そちらのBランク冒険者様がリーダーとして一時的にパーティを組んでくださるなら、許可できますが……」
「ふざけんな! 誰がこんな口の悪いガキと。こっちから願い下げだ!」
男は即座に拒否し、眼下のツルカを見下ろす。
「あ、よかった。僕もやだ」
ツルカはまるで興味が失せたかのように男から視線を外し、受付嬢に笑顔を向けた。
「じゃあ、僕一人で行くよ」
「だ、ダメです! 危ないですから!」
「ねえ、受付嬢さん」
ツルカはカウンターに肘を突いて、媚を含んだような大人びた上目で、あたかも不思議そうに首をかしげる。
「この人、Bランクなんでしょう? でも、僕様にチャックのこと指摘されただけで、あんなに真っ赤になって逃げ腰ですわよ。そんな人が受けるクエストでしょう。Cランクの僕様でも余裕ではなくて?」
「逃げ腰じゃねえ! 俺はこんな不愉快なガキと空気を吸いたくねえだけだ! っああ、俺はもういい。別のクエストを受けるッ!」
男はそう吐き捨てると、受けるはずだった依頼書をカウンターに叩きつけ、別のクエストを探しに掲示板へと足早に去っていった。
「あ、いなくなっちゃった……。じゃあ、これ僕がもらっていいね。うん、いいよね。急いでるから」
ツルカはひょいと張り紙を手に取り、受付嬢が首にかけていた認証カードをひったくると、さっと読み取る。
これで正式に受注が完了した。
「まっ、待ってください……! 危険ですって……。もし亡くなられてもギルドは……」
《お腹が空きすぎて、どうやら思考が適当のようですね……。まったく、強引にもほどがあります……》
「ふふん、大丈夫。僕、こう見えて強いのさっ。うん、ツヨイ! もし死んでも、ギルドのせいになんてしないよ。『自己責任』ってやつでしょ?」
Cランクの、あまりにも華奢な少女。
その揺るぎない瞳の奥にある絶対的な自信に、受付嬢は数秒間葛藤した。
「……っ! わ、わかりました……。ギルドとしては決してお勧めしませんが……! 本当に、本当にご無事で……!」
「ありがとう! じゃあ、行ってきまーす!」
ツルカは大富豪への切符を手に入れ、意気揚々とギルドを後にした。その光景を一部始終見ていた冒険者らは、半ばどうなるのかと談笑していたが、しばらくすると通常の活気に戻り始めた。
町の外門を抜け、ツルカは森の中の街道を一人で進んでいく。目的地は、ここから数キロ離れた山岳地帯だという。
「ふふーん。アイナ、やったねっ」
《はぁ……。本当に受けてしまうなんて。マスターの行動原理は、食欲だけですか》
「食欲は大事だよ! だって、このお金があれば、さっきの酒場でどれだけ食べられるか!」
《……それはそうですけど。でもその報酬────金貨一枚ってそこまで高価じゃないですけど》
「え? さっきの酒場で見た、一番高いメニューが銀貨二枚とかだったから、金貨はすごいんじゃない?」
《……まあ、市井の感覚としては、間違ってはいませんが》
ツルカは意気揚々とスキップしながら、落ちていた小枝を拾って振り回す。
「でもさ、アイナ。さっきのギルドの魔法道具、なんであんな簡単に壊れたんだろーね。この世界の魔法道具って、ちょっと脆すぎない? 地下で出会ったあの動く人形のほうが凄かったなぁ」
《……一概には言えません。あれはあくまで『一般流通品』ですから》
「そうなんだー」
《マスターが地下で遭遇した巨兵。あれは例外中の例外です。アイナのデータベースにも該当しない、極めて異質な技術で作られています。……正直、あれが何なのか、私にもまだ解析できていません》
「へえ、アイナでも分からないんだ。じゃあ、あの巨兵が特別すごいヤツだったってこと?」
《そうとも言い切れません。このグランドシオルにも、魔法道具の開発で凄まじい発展を遂げている場所はありますから。……特に、とある国は、他とは比較にならないほどの速度で、最新の魔法道具を次々と製造しているようです》
「さ、最新魔法道具か! ちょっと見てみたいな!」
《……ええ。ですが、その発展の裏で……少々、歪な犠牲も観測され……》
アイナはためらうように言葉を詰まらせる。
「ん? 何か言った?」
《いえ、それよりも。ギルドの測定器が壊れた理由です。あれは、マスターの力の『質』が根本的に違うからですね》
「質?」
《はい。あの道具が測定できるのは、あくまでこの世界の『魔力』と身体から見て取れる『能力』いうエネルギーだけです。はっきり言って、マスターが元々持っている魔力だけでも、あの測定器の限界値を振り切るかもしれません》
「え、そうなの」
《ですが、マスターの持つ『光』の力と、マリアネ様から受け継いだ『闇』の力。この二つは、そもそも『魔力』とは異なる、別次元のエネルギーです》
「べつじげん?」
《例えるなら、彼らがコップで『魔力量』を測っているところに、マスターは『魔力』ですらない『海そのもの』を叩きつけたようなものです。測定器からすれば、未知のエネルギーが許容量を無視して流れ込んできたのですから、壊れて当然です》
「おおー、なんかかっこいい!」
《結果、測定器が耐え切れず壊れた、と。アイナが介入したのは、マスターの『海そのもの』を『Cランクのコップ一杯の水』に見せかけるための偽装工作のためですね。お分かり?》
「なるほどわからん! でも、アイナって、たまにすごく役に立つよね!」
《は? ぶっ殺すぞ》
「え、こわっ。じょ、冗談……だよね」
《…………》
「だ、黙るのやめて!? ごめんって!」
ツルカは冷や汗をかきながら森を抜けると、道は次第に険しくなり、切り立った崖に挟まれた渓谷のようになっていた。
「わ、すごい! 声が響くぞ!」
ツルカは立ち止まると、崖に向かって大きく息を吸い込んだ。
「やっほー!」
──────やっほー!
「ご飯食べるぞー!」
──────食べるぞー!
「チャック全開おじさーん!」
──────おじさーん!
《……マスター。品位を疑います。いい加減にしないと、余計な魔物を呼び寄せますよ》
「はーい」
アイナに叱られ、ツルカが口を尖らせた、その直後だった。
「……!」
ツルカはピタリと足を止め、道脇にあるひときわ大きな岩陰を鋭く見据えた。
《……まあ、そういう戦闘勘だけは評価します。流石ですね。ただのクソガキではなかったみたいです》
(うるさいな!? でも……何か、いるね)
さっきまでのふざけた雰囲気は消え、ツルカの纏う空気が一瞬で張り詰める。
獣の匂い。土の匂い。そして、微かな殺気。岩陰で、何かが息を潜めている。
(イワトカゲかな? ……にしては、なんか嫌な感じ)
《気配を隠蔽していますね。マスターを静かに狙っているような……》
(よし)
すると、ツルカはまるで埃でも払うかのように、パチン、と軽い音を立てて指を鳴らした。
《ちょ、ちが─────》
アイナの制止も虚しく、ツルカの指パッチンと同時に、目の前の一帯が音もなく消滅すると、遅れて轟音が響き渡った。大地すら引き裂くような極大の爆発は、衝撃波によって木々を消し飛ばす。岩で厚く隠されていた地表はその原型を留めず、超高熱によって溶け、不気味な黒曜石のようにガラス化していた。
爆風の余波は、蒼天を覆う雲すら吹き飛ばし、遅れてツルカの髪を激しく揺らす。
「あ……」
もちろん、そこにいた気配も、その痕跡すら残っていない。
「……威嚇……の、つもり……だったんだけどな……?」
ツルカは人差し指で頬をかきながら、乾いた笑いを浮かべた。
《…………はぁぁぁぁぁぁっ》
もはや怒りを通り越して、この世の全てを諦めきったかのような、アイナの深いため息がツルカの脳内に響き渡った。
《マスター。イワトカゲ……かは知りませんが、消し炭どころか、なんかもう全て消滅しましたが。どうしますか、これ》
「ま、まさか……今の、イワトカゲだよね? 人とかじゃ、ないよね……?」
《生体反応的に人ではないと思いますけれども》
「え、えっと……じゃあ退散っ!」




