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「ふっざけんなよぉ! 僕としたことが……お金という存在を忘れてた……っ! アイナ言ってよー、なんせ今まで地下生活だったから、お金なんて眼中になかったよー……」
酒場の店員が何事かと駆け寄ってくる前に、ツルカはすごすごと店を出るしかなかった。
ぶつぶつと一人で文句を言いながら、またしてもツルカは町中を彷徨っていた。
《まあ、残念ながらそういうことですよ~。この地上で生きていくには、食べるのも、寝るのも、全てにお金が必要なんですよ~。マスターがさっき見惚れていたお菓子も》
「くぅ……。はぁ、こうなったら仕方ないか……。予定通り、働きますか……。先にご飯食べたかったなぁ」
ツルカが気乗りしない様子で視線を向けた先。それは町の掲示板に貼られた「皿洗い募集」、「宿屋の清掃員募集」といった日雇い労働の張り紙だった。
《……うん、マスター?》
「え。な、なにさ。だって、ここならすぐ雇ってくれそうだし。まずは、どうか? それを数枚でも稼がないと……」
《お待ちください。私たちが当初から目的地として設定していたのは、そちらではありませんよね》
「うっ……。確かにあの人が言ってたギルドは興味あるけど……登録とか大変そうじゃない? 一旦、余裕ができたらにしようかなーって……。くぅ……にしても、お金、お金……落ちてないかな。もしくは誰か、このプリティツルカちゃんにくれたりしないかなー……」
自称、世界で最も美しい貧乏少女は、あわよくば人に恵んでもらえないかと愚劣で狡猾な思考を抱き始めた。
《現実を見てくださいよマスター。その常軌を逸した戦闘力。それを一般的な労働市場でどう活かすつもりですか。力加減を間違えて皿どころか酒場ごと吹き飛ばすのがオチですよ》
「言いすぎでしょ……。いや……でもその通りかっ……」
アイナの言う通り、ツルカの力は、マリアネの力を受け継ぐ以前から既に常軌を逸している。
《マスターのその異常な力を唯一、正当かつ効率的に『お金』に換えられる場所。それが『冒険者ギルド』だと思っています。日雇いで銅貨を数えるより、クエスト一つで銀貨や金貨を稼ぐ方が、よほど早くお腹を満たせる。簡単な話でしょう?》
「うぐ……。確かに、僕の最強パワーを皿洗いで使うのは宝の持ち腐れかっ……!」
《そういうことです。さっさと登録を済ませて、まずは今日の寝床とご飯代を確保しますよ》
「はぁーい……。わーったよ、行けばいいんでしょ行けば。あーあ、お腹すいたなぁ……」
ツルカはロングコートの衣嚢に手を預けて、気だるそうに長嘆息する。
町中をあてもなく彷徨うこと数十分、やがて様々な武器を腰に下げた人々がひっきりなしに出入りする、一際大きな建物へとたどり着いた。
ナドラナ町の『冒険者ギルド』のようだ。
「あ、たまたま見つけちゃったよー……僕が探してた建物」
他の素朴な建物とは一線を画す、石造りの重厚な外観。まるで古い西洋の館を模したかのような、立派な建物だ。
世界に存在する国や町などには冒険者ギルドが必ず設立されており、クエストを請け負う冒険者にとって、まさにここは彼ら彼女らの仕事場と言ってもいいだろう。
「ここが冒険者ギルドってところかぁ~……。全ての冒険者がここから始まる……ってかい?」
《始まる場所はそれぞれですがね。とりあえずマスターは冒険者の第一歩を踏み出すわけですよ。では早速、中に入ってみましょう!》
「なんで、そんなに元気なんだい……? 僕はお腹が減って大変だってのに!」
《そんなこと私に言われましても》
ツルカはお腹を鳴らしながらも、冒険者ギルドへと足を踏み入れた。
そこは酒と汗、そして微かな鉄の匂いが入り混じる熱気に満ちていた。
屈強な男たちの野太い笑い声や、金属が擦れる音が響き、建物の中央には依頼が書かれた紙がびっしりと貼られた掲示板が、いくつも置かれている。これがいわゆるクエストで、討伐系依頼や平民の依頼など種類は様々。
しかし、高額な報酬だけを目当てにして、無闇やたらにクエストを受託すると苦汁を飲まされることになりかねない。受けるクエストの内容には、しっかりと目を通しておく必要がある。自分達にとって適正帯か、不都合でないか──と言っても、ツルカにとっては気に掛けることでもないが。
「アイナー? このクエストに書かれているAとかCの文字はやっぱり、難易度を表すやつだよね? 合ってる?」
《ええ。その通りです。冒険者の世界のみならず、世界で使われる危険度、いわゆる難易度は、一般的にSからFのランクで示されます。冒険者自身の強さもランクで呼ばれますが、こちらはS、A、B、Cの四段階が一般的ですね。つまり、登録したての人は皆Cランクからのスタートです。冒険者は最低でもCランクから。D以下は正式な冒険者ではなく、見習い扱いですね》
「なるほど……。僕はやっぱり、Cランクになるのかなぁ」
《………いや、まあ》
「にしても、ここって酒場も併設されてるんだね」
《そうですね。ですが、よくあるではないですか。危険なクエストから無事帰還して、祝杯をあげるくらい。そんでもって自惚れた後に図に乗って、『今日は俺のおごりだぁ!』などとぬかした愚か者が一瞬にして破産するところ。よく見るでしょう》
「よく見るの……? いや、想像はつくね。うん」
ツルカはクエストボードを横切り、早速受付へと顔を出す。
「こんにちは。冒険者ギルドへようこそ。クエストをご希望ですか?」
おどおどとしているツルカと対応したのは、二十歳半ばほどの気品あふれる人間の受付嬢だった。
「いえ、冒険者になりたくて……?」
「まあ、冒険者志望でしたか! 我々、冒険者ギルドは歓迎します。冒険者は誇り高き戦士です。危険を常に孕む人生であっても、必死に前を向き続けることがあなたにできますか?」
「え、え?」
「ふふっ、これは冒険者になろうと考えている人達へ伺う質問です。単なる報酬稼ぎのために冒険者になる輩なんて、すぐ命を落とし兼ねないですから」
「なるほど……しっかりしているんですね」
緊張感が漲る質問に、ツルカは抱いてすらもいなかった恐怖心が芽生えた。
《何を今さらためらっているんですか。働かざる者食うべからず、ですよ。さっさと『はい』と答えて登録してくださいよ》
(で、でも、結構真面目そうな顔してますよあの人。冒険者って、僕が思っていたよりも過酷なものなのかもしれない! いますぐにでも────)
《とっとと答えろ》
──────。
「は、はい! できますっ! なので、冒険者になることを希望しますっ! はい!」
「な、なんて真剣な眼差し。まだ幼いですのに凄く熱心ですね。分かりました、あなたの意見を聞き入れましょう。冒険者の世界へようこそ!」
アイナの威圧に屈してしまったツルカは、勢い余って受付嬢にそう答えた。
(終わった……完全にアイナの掌の上だ……ッ! この性悪野郎めっ!)
内心で悪態をつきながらも、ツルカは悔しそうに奥歯を噛みしめることしかできなかった。




