情報の術
薊の説得に対してある程度の理解を示した伊野は、彼の目をジッと見つめた。確かに目には真実を知りたいという知的好奇心があり、彼の言っていることに間違いはなかった。これに従って、伊野は顔に走らせた緊張を緩め、彼の言葉を受け入れることを示した。
伊野の了解に際して、薊は胸中で言いようの無い喜びを覚えた。そして、今すぐにでも声を上げたい興奮を覚えた。もちろん、自らがここで思いっきり叫ぶことは場違いであると理解していたため、彼は必死に興奮を抑え、本能が見せるであろう言葉を飲み下した。しかしながら、彼は感情を完璧にコントロールすることは出来ない。このため、彼の表情は極めて緩んだ。頬は緩み、目元には喜びに則した赤らみすら浮かんだ。
豊かな表情を意図せず浮かべる薊に、秋等と伊野はクスリと笑った。自分では制御で来ていると思い込んでいる彼の心理を読んだために生じた笑みである。もちろん、伊野が魔術を使ったわけではない。それは秋等が伊野と同様の笑みを浮かべていることが反証である。魔術を使わなくとも、彼の単純な感情を読むことなど簡単なのである。
感情的であると心なしか見くびられている薊であるが、彼は二人の笑みに一切の憤りを見せることは無かった。むしろ、二人に対して感謝の念すら抱いていた。それは先ほどまでの冷めやった空気を消してくれたためである。息を吸う度に凍えそうになる肺を、二人は変えてくれたのである。だからこそ、彼は純粋に喜び、相互認証できたことに笑っているのだ。
しかし、いつまでも暖かい空気がもたらしてくれる陽気を享受しているわけには行かない。薊には先ほど伊野に伝えた目的を果たすために行動しなければならないし、二人は殺人を肯定するための計画を進めるための仕事をしなければならないのだ。これこそが、三人が危険を冒してまでここに来た理由であるし、手ぶらで帰っては山科の家に居る者たちから失望されてしまう。主体的な理由であると同時に、受動的な理由でもあるが、とにもかくにも彼らは動き出さなければならなかった。動かなければ何も始まらないのだから。
「それじゃあ、別々に動いて行かなきゃね。僕はあっち側に行くし、君は向こう側に行かないとだ。時間もないことだし、早速やっていこうか。僕らに出来る仕事をね」
物事を動かすために伊野は、ぱちんと一回だけ拍手をし、場を仕切り直した。そして、二人に向かって微笑みながらこれからのざっくりとした方針を言い渡した。しかしながら、随分とざっくりとした計画方針は、福音機関について何も知らない薊を困らせることとなった。彼の目的は自ら発したように、新庄の腹の内を知ることにある。だが、腹の内を探るための手段を彼は知らない。このため、彼は探る手段を知る必要があった。そして、手段を得るためには既知の者からこれを伝えてもらわなければならなかった。
「ちょっと待ってください!」
したがって、薊は伊野が始めようとする行動を前にしてストップをかけた。早速歩き出そうとする伊野に、彼は待ったを掛けたのである。彼の大声は周囲に響き渡り、彼が注意していた場違いな状況を作り上げてしまった。しかしながら、この場違いな状況はコメディを産んだ。このため、静寂を破ったこと自体は状況に則さないことであるが、二人の顔に笑みは浮かんだのである。
「どうしたんだい?」
しかして、伊野はコメディによる作用をすぐさま飲み下して、彼の制止の意図を尋ねた。ただ左右に分かれた一本道の右側を行こうとする自分たちの足を止めた、本質的な理由を知るためである。
「いや、自分でこんなこと言うのもアレな話なんですけど。俺、情報を知るすべを知らねえんですよ。あんだけのこと豪語しておきながら、無策で俺は来たんです。だから、教えてほしいんです」
「随分と初歩的なことだね。けど、まあ、あれだね、知らないって言う人を見捨てるわけにもいかないから、術を教えてあげよう」
「ありがとうございます!」
無策に呆れながらも伊野は、薊に情報の知る術を教えることとした。
「この福音機関には、聖使徒の第一位のための部屋があるんだよ。記念碑的な部屋だね。で、基本的に聖使徒第一位ペトロ様は、そこで自分の仕事をしているんだ。だから、多分、そこに情報はあるんじゃないかな? まあ、生真面目なあいつが証拠を残しているかどうかは分からないけどさ」
「随分と都合の良い部屋があるもんですね」
「都合が良いっていうかなんて言うか、この都市の見栄っ張りなところだよ。この都市って、あの錬金術師様が運営してる訳じゃないからさ。この都市を事実上運営してるのは、上級政治委員の奴らだからさ。じゃなかったらも、もっと健全な都市になってるはずだろ? 犯罪紛いの銃器製造の工場やらなんやら作るはずがないんだ。だって、ばれたら自分の権力が危ぶまれるんだぜ。それに金なんて魔術師を生み出せる唯一の機関として、国からもらえる助成金で死ぬほど得られるんだからさ」
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