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いずれ神に至るため  作者: 鍋谷葵
運命を憐れむ人々

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てんでばらばら

 二人の言葉に渋々同意した伊野は、二人の前に立ち、目的地である白い鉄塔に向けて歩き始めた。歩もうと思ったその第一歩は非常に重く、足に八キログラムの鉄球が着けられたのかと思ったほど、足は満足に動かなかった。けれども、それは第一歩目に限ったことであり、歩み始めたその瞬間には、幻想による重さはすっかり消え失せてしまい、伊野の足は軽々とした、飄々とした動きを取り戻したのであった。

 しかし、精神と肉体との繋がりが解消されようとも、精神と環境の繋がり解消させることは無かった。軽々と歩き始めた伊野であったが、重苦しい二人との雰囲気に紐づけられた感情は鈍い鉛の重さを携えていた。このため、実際に動く肉体は何の問題もなく動くのであるが、内側では臓腑を抉ってゆっくりと降下してゆく鈍重な弾が動いているように思えたのである。これは精神的な痛みを伊野に引き起こし、二人に見られることのない顔には苦悶によって涙さえ浮かんでいた。そして、薊が自ら望んだわけではない立場に置かれているのにもかかわらず、自分のたった一つの願望を傲慢にも暴発させたせいで、彼の心の均衡を崩してしまった自分を恨んだ。

 ただし、伊野が自分に向けた恨みの中には微かな達成感も含まれていた。どす黒い汚泥の中には、ギラリと一条光る黄金の如き輝きが含まれていたのである。もっとも、その輝きは功利的なモノであり、道徳的な面から言って健全なモノであるかと問われれば、答えに窮することなのであるが。そして、この答えに窮する解を持ち得、これを認知していることが、前述した伊野の内側に鈍重な球を生み出している原因なのである。したがって、伊野はこの自認を何とかして壊したかったのである。ぶち壊して、突発的に紡いだ自らの言葉が、願望による愚行であると無理やり自分に落とし込みたかったのである。しかし、人間の感情はそう易々と傾いてくれるものではない。伊野であろうと誰であろうと、感受性が作用する人間にとって、情動とその衝撃の余波によって感情は動く。したがって、これらが作用しない限り、伊野の感情が変わることは無いのだ。そして、伊野が強烈な情を感じる瞬間は、現時点でどこにも無い。全ては虚無虚無しい灰色の街に吸い込まれて行き、二人に対する申し訳なさに内臓を痛めるのである。

 縮まる感情を引っ提げながら、伊野は歩いた。先輩の小さな背中を見つめて歩く少年二人は、一気に頼りなくなってしまった伊野と自分自身に対する罪悪感が組み合わさった一種の羞恥心を覚えた。もっとも、この羞恥心は二人が抱かなくとも良いモノである。羞恥心は二人が自分自身に強制しているモノでしかなく、しかも二人が自らを縛り付けるモノを取り払うことは容易である。一方は自らの役割をこの一瞬間に置いて忘れることで、一方は自らで薊に尋ねることによって障壁は消え去り、自分たちを支配する鉛のような空気を、空をたゆう雲のように変換することが出来るはずなのである。だが、二人の青い根性がこれを妨げた。一度約束したことは反故することは許されず、精神衛生よりも義理を二人の面倒な根性は優先するのだ。解決方法が分かっているのにもかかわらず、プライドが阻害することは二人に驚異的なもどかしさを覚えさせた。体中はむず痒くなり、二人間では伊野に思う重苦しい感情ではなく、反って何を思っているのか知りたいという交渉的な側面が強まった。

 だがしかし、二人が会話を交わすことは出来なかった。これは雰囲気のためであり、日本人の気質が消え去らない限り、閉塞的な状況に微かな風穴を開けることは出来ないであろう。そして、遺伝子的に根付いた気質を瞬間的に自分の中から除外することは出来ず、結局のところ二人は口を開くことは出来なかった。

 本来は強く繋がっているはずの三人は、この時ばかりは、傍から見ても一切の関係性が無いように見えた。各々が異なることを考えており、たまたま道で出会い、たまたま行く先が同じだから偶発的に歩いているというようにしか見えなかった。しかし、各人の視点に立ち、自らを省みた時、それぞれは確かに繋がっていた。三人は共通した意思を持っていた。だが、三人を繋ぎとめる見えない絆と呼ばれる鎖は非常に歪な形をしていた。

 この歪んだ形を保ったまま、三人は遂に目的地にたどり着いてしまった。各人が言葉として意思を共有できずに、目的地に到着するとは、三人とも思いもしなかった。伝えたかった注意事項や、どこで作業をするべきなのか、そもそもどこに行けばいいのか、それらの根本的な共有すべき事情すら共有できなかったことは、三人に時間の枷を与えることとなった。

 壮観な白い鉄塔の下で、各人は言葉を失い、非常に重苦しい心持とむず痒い心持を持ち合わせた。そして、その不安定な足取りで保安官の立つ自動ドアに向かって歩むのであった。


ご覧いただきありがとうございます。

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