面倒くさすぎる
薊が単純そうに見えながら実には複雑な感情を持ち合わせる人間であることを、言葉ではなく経験として得た二人は、感動的な言葉を吐いた割に、内心では面倒くさい人間を支持してしまったと思った。もっとも、二人が彼に抱いた面倒くささとは、付き合っていると酷く気分を害するというモノではない。二人が抱いたモノは、愛くるしい面倒くささである。つまり、繊細さをひた隠しにする粗暴な彼の性格を二人は扱いづらいモノだとか感じ取っただけである。したがって、二人は今まで通り彼と付き合っていこうと考えたのである。
けれども、これまでの薊の性格では付き合っていこうとは思わなかった。少なくとも、彼がもう少し自分の感情に素直にならなければならないと二人は考えた。人に弱さを見せることは恥であり、人前で自分の感情を吐露することは女々しいことと思う彼の根性を叩き直さなければならないのだ。
「まっ、何はともあれ君はもう少し自分の感情に素直になった方が良い。君を慕う人たちは、少なくとも君が滅茶苦茶頼れるとんでも超人だと思ってるしね。まあ、それがなおさら君のことを縛り付けてるんだろうけどさ」
だからこそ、伊野は薊に歩み寄り、もう少し自分の感情を人に見せることを強く勧めた。もちろん、彼だけに責任を負わせることはしなかった。彼の弱さを肯定したうえで、そして彼の慕う者たちの身勝手な願望が含まれていることを込めたうえで、彼に向けて言葉を紡いだ。
率直な伊野の言葉は薊の胸を打った。しかし、彼は伊野の言葉に純粋に頷くことは出来なかった。これは播磨と交わした約束のためである。彼は自分の仲間たちに対して、自分が人柱になることを、播磨を調停役として結んだ。この契約は自分たちの結束と行動のためには必要不可欠なモノであり、もしもこの精神的な契約が反故された場合、自分たちの結束は著しく緩んでしまう。このため、彼は何が何でも自分が折れてはいけないと自らに言い聞かせていたのだ。なるほど、彼はある意味、最も強力な呪縛に囚われていたのだ。したがって、伊野の対人的な感情に譲歩するように促す声明を素直に受け取ることが出来なかったのである。
自らを自らで苦しめ、そして硬直化する自らの態度のせいで信頼のおける先輩からのアドバイスに薊は罪悪感を覚えた。もちろん、これは播磨と交わした約束をした時点で覚悟していたモノである。だが、覚悟というのはあくまでも、こうあればいいという空想の領域下にあるモノでしかなく、実際に生じる痛みを完璧に再現することは出来なかった。このため、彼が感じ得た息の詰まるような感覚、解けた鉛が肺を焼き尽くすような感覚は想像を絶する精神的な痛みとなり、彼を襲ったのである。
伊野の言葉を前にして、うつむき、自ら発言することをはばかる薊の様子に秋等は不信感を覚えた。かの契約時、起床していなかった秋等は彼がどうして素直に頷くことが出来ないのか、具体的には分からなかった。しかし、長年の付き合いから彼が自責の念に囚われてことを悟ることは出来た。しかも、彼を捕らえている精神的な鎖は彼一人の手でどうすることの出来ないあまりにも頑強なものであることも。
「ダーリン、あんまり思いつめない方が良いわよ。アナタが弱いことなんて今に始まったことじゃないんだし」
「そういう問題じゃねえんだ。俺個人の問題じゃあねえんだよ。十字架を称えることは誰にだってできるけど、実際に磔にされることは誰にだってできることじゃねえのと同じだ。俺だって弱いままで居たかったさ、けどよ、いやこれ以上は言いたくねえ」
強情な態度を秋等に取り、自らの言葉を薊は打ち切った。融通の利かない今の彼は、長らく彼との親交がある秋等の目から見ても奇妙なモノがあった。秋等は加えて、問題の本質をとらえることの出来ていない自分に強い恥じらいを覚えた。一体自分が寝ている間に、彼が何をしていたのか、何を言っていたのか、そしていったい何が彼をここまで頑固にさせてしまったのか、全ての要因を網羅できていない自分が憎くなったのである。
しかし、ここで二人も自己嫌悪に陥ってしまったら、伊野の立場が無い。ただでさえ、危険極まりない立場に自ら立候補して、敵の根城までの案内役をしてくれているのにもかかわらず、個人的な感情で泥を塗ることだけは避けたかった。そして、詳しい事情を知らないのにもかかわらず、彼の情緒に踏み込もうとする蛮行も避けたかった。このため、秋等はこみ上げる言葉を飲みだした。
「秋等君も自分の感情に素直になった方が良いね。まっ、強制はしないけどさ」
「貴方は鬼ですよ、伊野さん」
「鬼ねえ。そう言われることで、君たちが素直になってくれるなら安いモノだよ。何せ、僕には君たちくらいしか信じられる人はいないからね」
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