むしゃくしゃと、二人
秋等に向けた声で薊はど自分が仇敵とも呼べる存在を擁護した理由を、言い淀むことなくきっぱりと言い切った。その言葉は、純粋な感情から来るモノであることが容易に察せられた。このため伊野はさらに迫ろうと用意していた言葉を飲み下し、防壁なくこの言葉を向けられた秋等は虚を突かれたような表情を浮かべた。二人とも彼の剣幕から放たれる言葉に納得したのである。
ただし、先ほどまで言い寄ってきたのにもかかわらず、急に閉口してしまった二人を見た薊からしてみれば、なんだか寂しいモノがあった。そして、なぜ急に黙ってしまったのか、そのこと自体に対する疑問を生まれた。すっきりと晴れ渡りすぎた彼の胸中に、急に生じた靄は彼の表情にすぐ現れた。そして、この突発的でありながら全体像の掴めない疑問を前にした二人はどういう訳か揃って神妙な面持ちを見せた。もちろん、二人は彼がいかなることで先ほどとは打って変わった表情を浮かべている理由を理解していた。しかしながら、理解していたとしても再び彼と自分たちとの間で齟齬が生じていたとしたら面倒くさいことになることは必至である。このため、二人は明確な答えが彼の口から発せられるまで、彼を神妙に見つめ続けるのである。
互いに互いの腹の内を探り合うような奇怪な三人組は、街行く人々の目にはこれまで以上に目立った。どうして学生に身分が、平日の真昼間に第一区に居るのだろうかと、通り行く人々の誰もが思ったであろう。そして、世話焼きな者は保安官を呼ぼうとすら思った。しかし、その面倒ごとに繋がる行動は伊野の魔術によって未然に防がれた。意図した防衛である。
街中で悪目立ちしている事実に、薊は徐々に気付き始めた。あらゆる人たちが自分たちを見ているような感覚に陥り、たまたま目の合ったインテリジェンスな眼鏡をかけた中年男性が、自分たちに特別な注意を向けていて、自分たちを面倒くさい状況に導こうとしているのではないのかと錯覚させた。したがって、彼は自分たちに降りかかろうとする火の粉を全力で払うために、道も分からないが急に歩み始めた。あまりにも突飛な彼の言動に、二人は呆気にとられながらも、自分勝手な行動をされてはひとたまりもないので、彼の後を着いて行くこととした。
「ちょっとちょっと、薊。君は道が分かるのかい?」
「いえ、分かりませんよ。ただ、道のど真ん中で馬鹿みたいに突っ立てれば、あんまりにも悪目立ちすると思ったから歩いているんです」
「いや、立ち止まっていようが歩いていようが僕らは悪目立ちしているよ。そもそも、学生身分がこの都市の中枢部でうろちょろしていること自体、平日だろうが休日だろうが目立つことだよ」
適当な方向感覚を基に先頭を歩く薊の背中に向けて、伊野は経験から来る事実を告げる。どんな理由があれ、例え聖使徒に列席されているという事実を持ち合わせていたとしても、伊野たちは大人たちから好奇の視線にされされていた。このため伊野は内心、自分たちを下に見ている技術都市中枢の人間たちを酷く蔑んでいた。もちろん、この下に見られているという他にも、あの施設に置いてあったモノが示すような実験を善として行っているという事実と経験においても蔑んでいた。このため、今の彼の感情を伊野は鮮明に察することが出来たし、その感情を軽減する術を伊野は知っていた。だからこそ、諦めろと言わんばかりの言葉を伊野は紡いだのである。
性分に合わず俯瞰的に現状を諦めている伊野に、薊は微かな苛立ちを覚えた。そして、この感情のために急に立ち止まった。とかく、彼は突発的な感情に任せて動くらしい。
「薊、少し落ち着いた方が良いよ。僕のことで苛立つのは分かるけどさ。僕だって、自分がこんなことでどうして諦めてるのか分かんないし、君の感情も分かってるようで分からない。けど、そんな無知な僕にだって感情的に動くことが良くないことは分かるよ」
「……すいません。少し、感情がごった返しちまって」
「誰にだってそう言うことくらいあるさ。それに僕たちも申し訳ないことをしたよ。あんまりにも慎重すぎて、君を勘ぐりすぎちゃった。心が結構繊細な君を気にも留めずにさ。ねえ、秋等君」
「そうね。ダーリンなら分かってくれるだろうと思って、思い違いをしてたわ。ごめんなさいって、言われる方がアナタにとっては嫌よね」
薊なら行間を勝手に読んでくれるだろうと思い込んでいた二人は、謝ることはせず、ただ自分のしてしまったことを淡々と彼に伝えた。感情が敏感になっている中で、紡がれた二人の言葉は彼の心を鎮静化させた。同時に自分が抱えていた不安の一要因が言語化されたことより、新たに生まれた靄の輪郭を可視化することに成功した。
そして、この成功は薊の表情に出た。
「そうだな。謝られたところで、俺の気がどうこうなるわけじゃねえからな」
「単純だね、薊は」
「いつものダーリンらしいわ」
落ち着き払った声で紡がれた薊の嬉々とした言葉に、二人は冗談染みた評価を下した。
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