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いずれ神に至るため  作者: 鍋谷葵
運命を憐れむ人々

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非合理的

 喜多の忌憚ない言葉に伊野は珍しく照れて見せる。桜色に頬を染め上げ、視線は二人から逸れ、未だに口論を続ける堀野兄妹に向けられる。このあまりにも分かりやすい伊野の言動に、二人は揃って笑みを漏らし、喜多に関しては伊野と同じように頬を赤らめた。初々しい反応である。

 互いに同じ言葉を原動力として恥ずかしがり会う少年少女を俯瞰的に見る秋等は、自分が日常に戻ったように思えた。動乱もなく、全てが平然と保たれた普遍的な日常が自分たちの前に横たえているように見えたのだ。薊の家に行く度に見かけた兄妹の口論、女性に対して免疫のない喜多の初心な反応、そして傍から見れば何か学術的で高度な話に花を咲かせる聡明な三人、この様相が秋等の中に思い描いていた日常と近似しており、秋等は自らの抱える重いモノを一瞬だけ忘れることが出来たのだ。

 ただし、それはあくまでも映像に焦点を当てた印象に過ぎない。そのため、自然の摂理に従って秋等の耳に入ってくる堀野兄妹の口論の十死零生の覚悟を含めた張り詰めた内容や、瑞雲を筆頭に話し合われる血生臭い殺人計画が、錯覚により生まれた日常をかき消してしまった。幻想を取り上げられてしまった秋等は、物悲しい瞳で視線を初々しい二人に向ける。殺伐とした状況下において、最も純粋な感情を抱いている二人に視線を向けたのは、現状において行える最大限の現実逃避であった。瞬間的な感情に縋るほど、秋等は今の状況に辟易していたのである。

 しかし、現実逃避もいずれは幻想と同様に、時間によって取り上げられてしまう。終わりは伊野の咳払いであった。伊野は地下室に響き渡る咳払いをすると、肺に空気を入れ、胸を膨らませた。そして、一思いに息を吐き出すと、再び緊張を表情に示した。


「それじゃあ、秋等君。案内するよ、僕らの福音機関にさ」


 強張った表情のまま、震える声色で伊野は秋等に、いや彼らに自分たちが福音機関に行く旨を間接的に伝えた。これに彼らは少なからず動揺を覚えた。しかし、どういう訳か彼らは伊野の言葉に反駁することは無かった。彼らは伊野が声高に紡いだ声を無条件に信じたのである。


「まっ、あいつのことだから約束は破らないだろうしね。我らのパパとの約束ならことさら破らないだろうし。とかく、外は雨だし、約束を破って襲ってくる輩も居るだろうから気を付けてね。無事に帰ってくることを僕は祈ってるよ。没薬の賢人が祈ってるんだから、まず間違いなく帰ってこれるだろうけどさ」


「手前の祈りは逆効果になると思うぜ」


「ネガティブなこと言うなよ。まあ、ごもっともだけど」


「山科さん、貴方は意見を一致させてからモノを言った方が良いですよ。後輩からのアドバイスです。生意気かもしれませんが」


「瑞雲君、ぐうの音も出ない意見をありがとう」


「こいつら……」


「貴方たちって本当は馬鹿なんじゃないの?」


 これから危うい外に出る伊野と秋等に、作戦を構築する者たちはコントで見送ることにしたらしい。一人はおどけ、一人は真面目腐った指摘をし、一人は呆れ、一人は冷笑するという見事なまでの三文芝居を彼らはして見せた。あまりにも安っぽいコメディであったが、緊張していた伊野と秋等の心持を考えればうってつけな良薬であった。日常における変な芝居ほど、伊野と秋等の心を安らげるものは無かったのだから。そして、二人は同じ意味が込められた微笑を浮かべて見せた。


「ちょっと待ってください、伊野さん。俺も連れて行ってください」


 しかし、二人の笑みをぶち壊すように一人の少年が伊野に届いた。


「別にいいけど、どうして行きたいんだい? 敵の根城だぜ?」


「見ておきたいんですよ、聖使徒たちの仕事場って奴を。あの日は見そびれましたし、もうそこに入る機会もないだろうし。まあ、あれです、つまるところ暇つぶしってやつです」


 頬を掻きながら言い淀む薊の声に、伊野は、いや伊野でなくともこの空間に居合わせる誰もが彼は本音を話していないことを悟った。それは疲れの取れ切れていない彼の顔色に加えて、嘘を吐くことが極めて下手くそな彼の正直さによって保障されていた。

 薊の嘘は、伊野に言い表せない不信感を抱かせた。しかしながら、彼が行きたいという理由を探ることも面倒である。もっとも、ここで魔術を用いて彼の思考を除けば、その面倒も一瞬にして解決される。しかしながら、魔術を行使した跡を認知することの出来る者たちが居る空間において、魔術を行使するのは気が引けた。そのため、伊野は非合理的な決断を下すこととした。


「分かって、それじゃあ行こうか。早いこと準備していこう」


「ありがとうございます!」


 伊野の判断に、薊ははっきりとした声で答えた。


ご覧いただきありがとうございます。

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