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いずれ神に至るため  作者: 鍋谷葵
運命を憐れむ人々

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言葉の信用

 裏切りとも捉えることの出来る伊野の言葉に、秋等は再び絶句した。

 ただし、秋等を今回襲った衝撃は一瞬のうちに、脳を伝播し終え、瞬く間に平静の思考状態を取り戻すこととなった。これは伊野の意思の印象が、言葉の印象を上回ったためである。つまるところ伊野は本気で新庄が紡いだ言葉を本気で信じていることの証明である。それは自分に向けられている信頼をも上回っているように秋等は思った。もちろん、秋等自身、自らの行動が彼らに対して不信を抱かせるモノと自覚している。だが、それでも仲間であるはずの自分よりも、仇敵であるはずの新庄を信じているという現実は、秋等にとって受け入れがたいモノであった。

 伊野の仕事仲間であった人間の信頼に負けたことに、秋等はその心に傷を負う。そして、この深い傷は秋等の発語機能を暫時奪うこととなった。そのため、秋等がこの場で出さなければならない反応を履行することは出来なかった。秋等はただ、信じられないと、あまりにもその言葉が似あう表情で伊野の顔を見つめることしかできなかった。


「それって、どういうことだよ、上夜ちゃん? 俺たちより、あの訳の分からねえ野郎を信じるってさ? それって、なんだかこう、違うんじゃねえのか?」


 ただし、秋等の傍らには何も知らない親友が居た。そして、その親友は秋等が本来発すべき発言を肩代わりしてくれた。これは何も知らない喜多だからこそ、仲間を疑うことを良しとしない身内に対する甘さを持っている喜多だから発せたことである。もっとも、何も知らない上に伊野の言葉を経験と記憶から上手く処理できていない喜多の声音は、平生の芯の通ったあまりにも大きい声からかけ離れており、不揃いにぶるぶると震えていた。喜多もまた、秋等と同様の、いや秋等以上の衝撃を抱いたのである。

 動揺する喜多を前にしても、伊野は毅然とした態度と真摯な瞳を曲げることは無かった。伊野は表情だけで、二人の抱えている疑問に答えたのである。二人はもちろん、伊野の表情と雰囲気が伊野自身の発言を裏付けていることを理解していたし、これ以上の説明を求めなかった。

 しかし、伊野は自らの言葉で自らの行為を肯定するつもりであった。それは当然の疑問をぶつけてきてくれた二人への回答であると同時に、自分たちの間の認識に齟齬を生じさせないための予防策でもあった。


「確かにこんなことを言うのは、裏切りも良いとこだよ。けど、僕はそれでもあいつの言葉を尊重するさ。少なからずあいつと付き合ってきた年数は、君たちよりも多いしね」


 伊野は咳払いをすると凝り固まった表情を緩ませる。


「だからって、年月だけが反証な訳じゃないよ。ただ、あいつの性格を鑑みた時にそう思っただけさ。あいつは約束を破られることを酷く嫌うんだ。時間にしろ、書類提出にしろ、いろんな行事にしろ、時間が予定通りにいかないと酷く不機嫌になる。最初は変な奴だと思ったよ。君たちも幾らかの聖使徒を見てきたから分かると思うけど、僕たちの間で時間を守ろうと思う生真面目な奴はほとんどいない。その中で、ぶっちぎりで変わってたくせに、あいつは妙に約束事に厳しかった。だから、その昔、僕はあいつに聞いたのさ『どうしてそんなに面倒なことを守るんだい?』ってね。そしたら、あいつは『発したことには責任がある。俺はそれを守る義務がある。これだけだ。そして、俺の言葉に同意した者も責任を守らなければならない。だから、俺は自らに義務課しているんだ。例え、俺が不利な条件になることだとしてもな』って答えたんだよ。普段から何考えてんのか全く分かんない暗い奴だったけど、その言葉にだけは芯があった。そして、その言葉には覚悟? があったんだよ。だから、僕はあいつの言葉を信用するんだよ。実際、あいつは些細な事務作業でさえ遅れたことは無かったし」


 何も知らなかった過去を懐かしむしみじみとした声音で、伊野は新庄の言葉が信頼に値する理由を二人に伝えた。あまりにも純粋な伊野の言葉に、二人はこれ以上反駁の意思を向けようとは思えなかった。もちろん、二人は伊野の言葉が新庄の信頼を完璧に担保するモノではないと考えていた。

 しかし、それは普段の新庄を見ず、天国の鍵計画を実行に移している新庄しか見ていない部外者の意見でしかない。結局のところモノを言うのは、対象となる人間のことをどれだけ観察していたのか、その経験による。このため、二人は本心から新庄のことを信用できなくとも、実体験に裏付けられた伊野の言葉による像を信じることとした。


「上夜ちゃんがそう言うんだったら、違いないですね」


「ええ、アナタがそこまで言うならアタシも信じるわよ」


 したがって、二人は張り詰めた表情を弛緩させた。


「ありがとうって言いたいところだけど、あんまり人のことを信じるのも良くないことだぜ? 人の腹の内なんてわからないんだからさ」


 ただ、あまりにも率直に受け止める二人に伊野は警句を紡いだ。


「それでも俺は上夜ちゃんのことを信じるさ。だって、上夜ちゃんは完璧な嘘が吐けるほど器用な人間じゃないですか」


「言うねえ……」


 しかしながら、伊野の警句はあまりにも真っ直ぐな少年には通用しなかった。


ご覧いただきありがとうございます。

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