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いずれ神に至るため  作者: 鍋谷葵
運命を憐れむ人々

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愚策か良策か

 驚異の視線を向けられる伊野は、相変わらず少し腹立たしい得意げな笑みを浮かべる。しかしながら、秋等の頭の中には有機的な感情よりも、純粋に伊野の突拍子もない提案に対する驚きに満ちていた。一体何をもってして、敵の根城に侵入する愚策を取るのか、秋等の理解の範疇を超えていたためである。

 ただ、驚いてばかりもいられない。それは目の前で笑みを浮かべている少女が、自分たちよりも位が高く、基本的な学力も上で、表向きの優秀者の中に名を連ねている人間が本気で荒唐無稽な提案を自分に提示してきているためである。無論、秋等の脳裏にはただ自分を驚かすためのちょっとした悪戯なのではないかと思うところもあった。これは疑うべくして疑うことであり、秋等は伊野に対する罪悪感を抱くことは無かった。この罪悪感を排除した疑いは、驚きによる衝撃が脳を伝播して行くうちに秋等の脳に侵食してゆき、次第にこちらの方が冷静な理性による判断よりも上回りかけた。けれども、頑強な理性を持ち合わせる秋等は決して衝動的な判断に下ることなく、記憶と今の映像と音声に狙いを定め、冷静に伊野の提案を判断するに至った。そして、この判断の結果、秋等は伊野が本気で自分に提案してきていることを知った。同時にそれが荒唐無稽な提案ではなく、何か芯の通った信頼性のある提案であることも悟った。もっとも、悟ったところでその基本的な形までは分からなかった。いかなる理由でもって、自分を敵の根城に運び込もうとしているのかは検討もつかなかったのである。

 場末の愚痴として終わるはずだった話題は、途端に姿を変えて、秋等の前に現れた。そして、話題の変身に秋等の理解は着いていけなかった。ただし、この変化を促した伊野は普段通りの悪戯っ子のような笑みを浮かべている。また、表情や身振り手振りから目的を察することが得意な秋等であったが、伊野の表情からは何も読み取れず、ただ伊野の笑みを見つめるだけである。

 互いは互いを不平等な立場として見つめ合い、暫時、時間が経過した。人間観察を得意とする二人の間には、やはり不平等が敷かれていた。一方的な理解と一方的な無理解という不平等が。そして、この不平等な現状に我慢できなくなった秋等は、真っ白になりかけた脳に色を取り戻して、平生の面持ちで伊野の笑みに臨む。


「それは一体どういう了見での提案なのかしら? 無策っていう訳でもないでしょうし、愚策っていうわけでもないんでしょう?」


「おっ、流石に察しが良いね、我らが技術担当は。その通り、僕は無策や愚策を君たちの前に提案しないよ。個人的な感情があったとしても、僕は良策を肯定するだけの度量があるからね。もちろん、君を福音機関に連れ込むことも僕きっての考えがあるからだよ。聞きたいかい?」


 うざったい笑みに加え、伊野は秋等の胸板を人差し指で何度も小突く。人を小馬鹿にすることが得意な人間の理想像としての行動を取る伊野に、秋等は一種のむなしさを覚えながら、余計な言葉を発せば、余計な話題に転じることが分かっていたため鷹揚に頷いた。

 自分の興味をわざと突き放すような秋等の行動に、伊野はからかい甲斐の無さを覚え、わざとらしく肩を落とすと杭色の瞳に真剣な光を灯し、筋肉質で銀髪の少年に眼を向ける。


「そりゃあ、聞かなきゃただの愚策だ。恐るべき馬鹿々々しさを孕んだ最悪のプランだよ。けど、あいつはあの時、少なくとも九月までは僕たちに干渉しないことを紫雲龍鳳様と約束してくれた」


「それだけを、口約束だけを信じて福音機関に行くってことなのかしら? だとしたら、その提案はやっぱり愚策よ。何らかの証拠が残らない約束って言うのは、どこかしらに齟齬が生じているはずだし、破ろうと思えばすっかり破れちゃうモノよ。もっとも、証拠が残ってたとしても破られるモノは破られますけど。けど、やっぱり、そんな口約束は信じられないわ」


 辟易しながら秋等は、良策と案じていた伊野の提案に対する解を吐き捨てる。確かに秋等の言うことは、正論に塗れていた。口約束が破られることのない契約になるとは、誰もが考えていないことである。リップサービスの可能性すら含んだ、一瞬間の波のやり取りが書面に勝るとは誰も考えていないのである。したがって、秋等の発想はごく一般的であると言える。加えて、秋等の言葉で行けば、五篇杏璃を首謀者とする昨日の襲撃も無かったと言える。

 ただし、秋等の一般的な理論が、伊野の列せられる聖使徒の間でも通用するのかと言えば、それは当事者にしかわからないことである。いや、実際に起こったことを鑑みれば一般的な理論が聖使徒間に通用することは間違いないのだが。 

 だけれども、伊野にはこの理論を打ち破る、現実の出来事さえも塗りつぶす確信があるらしいことを秋等は瞳の中の光から感じ取った。


「いいや、信じるんだ。僕がこんなことを言うのは、全くもって場違いなことだと思う。けど、それでも言わせてもらおう。あいつは、新庄は絶対に約束を破らない」


ご覧いただきありがとうございます。

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