無意味な愚痴
さて、二人は喜多のどうしようもなく弱い感情について理解を得ることが出来た。しかし、これは主に秋等が気になったことへの解決でしかなく、双方向性のある解釈と捉えられるのかと言えば異なることであった。したがって、次は会話の順序的に喜多の番であり、元々喜多が気になっていてたことを秋等に尋ねるのであった。
「そう言えば、浮かない顔してどうしたんだよ。柄にもない。普段のお前だったら、仕事をするって言った瞬間、ぱっぱと終わらせちまうじゃんか」
腕を後ろで組みながら、どういう訳か鼻歌混じりに、実にお気楽な調子で問いかける喜多に秋等は自らの抱いていたことを吐露する気になった。それは現状の設備に対する不満足であると同時に、自分自身の精神面を整えるために普段から行っていることが出来ないことに対する不満足でもあった。もっとも、秋等は自らの抱えている不満足を喜多に吐き出したところで状況が打開されるとは思っていない。それは現状において、最も心と体が休まる場所として捉えられているのがこの地下室であり、自分たちが言動に注意することなく動ける場所がここしかないということを理解しているためである。彼らからすれば、ごく当たり前であり、したがって耐えなければならない空間であることを秋等は弁えているのだ。
このため、秋等が今から喜多に吐露しようとしていることは現状に対する愚痴でしかない。その上、この愚痴を喜多に聞かせたところで、それは自己満足に終わるだけであり、抜本的な状況の解決につながらないためである。もしも、喜多に愚痴を吐いて、この願いが成就したとすれば、それは喜ばしいことである。しかし、そんなことはまずあり得るはずがない。
「言ってしまえば、ここの状況がアタシに会わないってだけよ。それに自由な行動も出来ないし、息苦しくて埒が明かないわ。やっぱり、アタシの部屋かアナタたちの部屋に行かないと十割の仕事は出来ないわ」
大きな溜息を吐きながら、秋等は解決することの出来ない愚痴を喜多にだけ聞こえる声で呟く。耳に気だるそうな秋等の声を入れた喜多は、なるほどと言わんばかりに何度も大きく頷いた。常に誇張気味な喜多の言動は、秋等の不満に満ちる精神を微かに和らげた。
ただし、やはりこの和らぎというのは一時的な気の重さを軽減する一過性のモノでしかない。したがって、愚痴を吐露した秋等の胸の中には、微かな罪悪感が残る結果となってしまったのである。それは喜多に対するモノであり、喜多には気付かれない類の罪悪感であった。
「まあ、確かにお前って普段は暗い部屋でキーボードポチポチやってるしな。それに武ちゃんとはちょっと違った意味で、神経質なところがありそうだしな。そりゃ、こんな人口密集地帯に居ちゃ仕事もはかどらないか」
「意外とアタシに理解あるのね。守銭奴って言ってた割に」
罪悪感を引っ提げながら、秋等は自らに理解のある言葉を紡ぐ喜多に驚いて見せる。仲間内の中で最も自分のことを理解してくれる存在から遠いと考えてた人間が、まさか自分の性分のことを輪郭だけではあるが、理解してくれているということは秋等の感情をくすぐったのである。
そして、喜多は秋等の驚く様子に怪訝な表情を見せていた。それは親友同士分かり合っていると勝手に思っていたのにもかかわらず、どこか俯瞰的に自分のことを見られていた喜多の微かな怒りの感情であった。喜多としては自分と話し合えている時点で、自分とその人とは分かり合えており、自分と同程度の存在であるとみなしていたのである。およそ、それは肉親の居ない技術都市にみられる特異な感情であったのであろうが、喜多は自分の友達のことを、友情を超えた兄弟のような存在として見なしていた。
そのように見なしていたのにもかかわらず、自らの期待に反して秋等はどこか他人行儀な見方をしていた。このことに喜多は微かな不快感を覚えたのである。もっとも、ほんのわずかにであるが。
「狩谷、俺のことをもっと信用したって良いんだぜ? 俺たちは友達だろ。っと、まあ、こんなもんは押しつけがましい感情だから強要はしないけどさ」
「いいえ、アナタを信用しきれないアタシも悪いわ。ごめんなさいね。アナタたちがアタシに打算的な感情を向けている訳ないのに……。駄目ね、やっぱり」
「そんな暗い顔するなよ。お前には似合わねえよ」
「ええ、そうね。とりあえず、アタシは今できることを気が乗らなくともするわ。やるべきことは山積してるし」
「それが良いよ、狩谷。馬鹿みたいなことを考えるよりも、仕事に没頭して、それ以外のことは考えない方が良い。考えちまっても仕方がねえけど、そいつもほどほどにした方が良いさ」
黄金のような笑みを喜多は浮かべると、秋等はこれを喜んで受け取った。しかし、喜多のアドバイスが秋等の心を焚きつけることは出来なかった。
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