最後に起きた奴
かくして議論は結実し、彼らの行動の指針は再び一様に纏まることとなった。ただし、纏まったと言っても喜多は殺人に対して肯定的な姿勢を示していないし、播磨や山科などの客観的に薊たちの関係性を見ることの出来る者たちにとって秋等は心の底から信用できる人間ではなかった。しかしながら、各人の意思にどこか差異があったとしても、彼らは彼を一つの大きな柱として共同体となったのである。これだけは明瞭な事実であり、彼らを繋ぎ留めておく唯一のよりどころとなっていた。すなわち、彼という存在が自らの十字架を支えきれず、これに押しつぶされたとき、彼らはバラバラとなることでもあった。
あまりにも危うい関係性ではあるが、少なくとも播磨と薊はこの関係性の構築に喜びを覚えていた。二人は今の自分たちの関係性が崩れること考慮してはいたが、その可能性は限りなく低いとも考えていた。酷く楽観的な思考である。しかし、二人は非常に楽観的に考えなければこの先やっていけないと踏んだ。そのために二人は無理やり思考を変えたのである。最悪な状況が起こらないようにと願いながら。
ともあれ二人の内情が彼らに伝播することは無く、彼らは二人の和解を大いに喜んだ。八千代は笑みを浮かべこれからの物事は万事うまく運んでゆくだろうことを想った。そして、喜多は手放しには喜べない二人の同意に浮かない表情を浮かべながらも微かに微笑んだ。また、瑞雲に関しては薊が自らの役割を理解するとともに、自らの精神を自分たちに捧げてくれることを確認できたため、これからの作戦をより精密に組み立て始めた。これは彼の期待に応えたいという瑞雲なりの奉仕であった。
「それでもう一人の殺したい奴ってのは、どんな人なんですか?」
「さっきも言ったろ、聖使徒様だよ。それ以上の情報は俺も知らねえよ。てか、あれか、奴さんたちの情報なら俺らと違って公開されてるよな。そうだよな、伊野?」
神経質に手を洗っていた伊野に向けて、播磨はわざとらしく尋ねる。唐突な播磨の大声に伊野はびくりと肩を震わせると、大きくため息を吐いて、首を縦に振った。播磨なりの気遣いだったのであろうが、伊野にとっては微かな迷惑となってしまったらしい。ただ、迷惑と言っても伊野のやけに緊張した心をほぐしたことは間違いないのだが。
分かっていたことを尋ねた播磨は砕けた調子で伊野に微笑むと、グーサインを突き出した。播磨なりの返答である。これに伊野はクスクスと笑みを浮かべた。伊野の傍らで、やはり神経質に手を洗っていた山科も伊野と同様に笑みを浮かべた。
「ということでだ。まずはそいつの情報を適当に調べておいてくれよ、薊」
「門外漢ですよ。俺じゃなくて、やらせるべきはまだ眠りこけてるそこの筋肉クソ野郎ですよ。それに例え、俺にやらせるにしても俺は細かい作業が嫌いです。ですから、俺に頼むのはお門違いですぜ」
一方的な提案を振りかざす播磨に、薊は自らの意思を伝えると同時に未だに眠る秋等を指さす。また、彼の注視と同期して彼の脳裏には秋等に関する疑問が浮かぶ。それは基本的に寝起きが良いはずの秋等が、日が昇っているのにもかかわらず、未だに目覚めていないということである。もちろん、彼は秋等の生活上、夜型の生活を送っていることは知っていたし、基本的に寝るのは日が昇り始める朝であり、目覚めるのはすっかり日が沈んで星辰が空に瞬く夜であることを知っていた。ただ彼は逆転した生活下の中でも、秋等は規則正しい生活リズムで日々を過ごしていることも知っていた。そして、人間は作られてたリズムを壊すことが出来ないことも彼は心得ていた。
したがって、薊の中には秋等の深すぎる眠りに対する疑問が産まれたのである。この疑問に対する解は秋等しか持ち得ていないし、秋等は答えないだろうことも彼は分かっていた。常に人の一歩先を読んでいて、人をはぐらかすような態度を取り続ける人間が率直にリズムの乱れの原因を告げるとは思っていなかったのである。そのため、彼は疑問を抱いたは良いモノの、これを解明しようとは思わなかった。
ただ、薊は自らの疑問の解明を諦める代わりに、疲れのために深い深い眠りの底に落ちている秋等に目覚めてもらうこととした。彼は秋等の背後に回ると、彼の額にめがけて思いっきりデコピンをした。ぺチンという音が、部屋の中に響き、その音は皆の面に微笑を浮かばせることとなった。
「……あら、おはよう」
「目覚めの時間だぜ、クソ寝坊助野郎。時刻はお昼頃だ。さあ、ほら、早く起きて飯を食って自分の仕事に取り掛かれや」
秋等は眠い目のまま、起き抜けの体を自らの手首を掴みながら思いっきり天井に伸ばした。そして、まだ疲れているような表情で自らの額を弾いた薊を見つめる。
「そんな寝起きに言わないでちょうだいな。アタシにだってルーティンの一つや二つくらいあるのよ。ガサツなダーリンには分からないでしょうけど」
「うるせえな。良いから、起きろよ」
見つめられた薊は恥じらいのために秋等から目を逸らす。
「分かったわよ」
そして、秋等は疲れの取れていない顔に笑みを浮かべる。
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