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いずれ神に至るため  作者: 鍋谷葵
胸いっぱいの憎悪を

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1366/1367

ようやくとらえた人影

;;

 薊は伊野の疲弊を明瞭に捉えながらも、自らの善意に従ってこれを無視しようと試みた。痛ましい表情と態度の奥にある少女の焦燥と葛藤を理解し、そこに自分自身でも痛みを感じながらも絶対に直視しまいと心に決め込んだ。その決定は彼に魔術への集中をもたらした。特異な第三の眼に神の力を集約させ、少女とともに閉ざされた部屋部屋を一つあたり三分ほどかけて透視した。脳髄には眼底頭痛の如き痛みが走り、眼球には膨張の感覚さえ纏わりついたが、伊野の揺らぐ心持ちを直視しまいがために、それらの痛みに酔いしれた。彼の悲惨な胸中から目を逸らさせてくれるのは、そういった自らに降りかかる肉体的苦痛だけであった。

 最後に伊野が薊へ声をかけてから四部屋目で、遂に彼は影を部屋の中に捉えた。もっともそれは人影でしかなく、それが火野であるか、楚日であるかは見当もつかなかった。四方を白壁で覆われた中にゆらゆらと立ち昇る陽炎の如き人影、それが物理的に疲弊した彼に捉えられる明瞭な光景であった。たった一人で誰かの存在を捉えた彼は血の気が引く感覚を覚えた。その一瞬間後には、喉がからからに乾き、ぼんやりとした人影を映し出す眼球は揺らぎに揺らぎ第三の眼に集約された神の力は霧散した。

 神の力の跡は第十級である薊には捉えられない。彼にとって魔術の行使が中止された事実は、自らの筋肉が弛緩するような主観的な感覚でしかない。だからこそ彼は誰かを見つけたという事実を一瞬間だけでも隠せるはずだと理解した。少なくとも伊野の心持ちを整えるような(つまり、自らの記憶を多分に持つ相手の抹殺に対する倫理的葛藤の理解)対話を行う時間を作ることができるだろうと彼は踏んだのである。だからこそ、彼は傍らに佇む伊野に向けて、不格好な笑みを浮かべ、枯れ枯れの声で「伊野さん、本当に殺せるんですか?」と尋ねた。

 凡庸な時間稼ぎを行う薊を伊野は睨みつけた。それは自らの本心が暴かれたためであり、伊野自身の矜持が婉曲的に傷つけられたためであった。握りこぶしを諸手に作り上げた伊野は彼を見上げながら、そうしてほとんど自暴自棄の様に「殺せるよ。むしろ、あいつは僕にしか殺せない」と唇の端をかみながら答えた。

 薊はこの返答に危機感を覚えた。傍らの少女が理性を自ら手放し、野放図に親友を手に掛けようとしている現実が、自分たちの行為を絡め取ってしまうように思えてしまったのだ。もちろん、それは論理的にはじき出された感覚ではない。あくまでも直感的な予感でしかない。しかし、それでも、彼は自らの抱いた嫌な予感を解消しないわけにはいかなかった。それは『常に最悪の事態を考えながら動く』という自分たちの行動指針の強烈な主張が、彼の頭の中に鮮烈に表れたためである。したがって彼は自らの面から不格好な笑みを取り外し、いま現在の心境に沿った惰弱な震えの伴う無表情を浮かべた。その上で、美しき少女の敵愾心を恐れることなく、自らの双眸を伊野の葛藤と焦燥の中で悶える双眸に注いだ。


「伊野さん。これからやることは、一生に一回きりだ。もう絶対に二度と起こらないことだし、起こしちゃいけないことですぜ。だからこそ、やるからには徹底的に整理した気持ちでやらなきゃいけねえです。投げやりな態度で、感情に任せて、人を殺すのは普通の殺人と変わりないんですから」


 掠れかかった声で諭された伊野は目を見開き、その上で全身に力を込めた。


「薊。君は、僕がいま冷静じゃないと言いたいの? 感情に流されて、そこら辺の馬鹿みたいに暴力を振るう奴になり果ててるって言いたいのかい? それは飛んだ検討違いだ。僕は冷静だよ。自分の考えを捉えてる、どうやって殺すのが確実か理解してる、あいつが殺される理由をわかってる」


 そうして語気を徐々に強めながら、弁明ならざる冷静さの証明を薊にぶつけたのだった。


ご覧いただきありがとうございます。

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