嘘偽りが崩れるとき
一か月ぶりの投稿となってしまい申し訳ありませんでした;;
軽口を叩いたところで伊野の心持ちが軽くなるわけではない。それは強がりでしかなく、体に纏わりつく震えはこのことを証明していた。されども伊野は虚勢を張り、傍らの後輩が自らの虚飾を見破っていたとしても、それを貫き通す覚悟を持った。足取りはひどく重く、喉はからからに乾いていたとしても、弱者の前で強がることだけが自らの強さを担保する事実となるのだから。
偽りの強さを纏う少女の姿は酷く痛々しく見えた。口では、過去を清算する旨を伝えていても、そして倫理を侵犯する行為に正当化を紡いでいても、そこに付きまとう緊張と重責が少女を押し潰しているのだから。外部と内部の差が大きすぎたのである。ほとんど断絶していると言っても良い二極の状態は、それを見るものすべてに(それが薊ではなくとも)凄惨な印象を与える。彼もまたその例に漏れなかったのである。だがしかし、彼は決して少女の歪んだ現実を指摘しなかった。彼は視線において、表情において、声音において、ただ伊野の覚悟に阿諛追従するのみであった。彼は自らが道化を演じて、事実に対する沈黙を貫くことによってのみ伊野が報われると信じたのである。もっとも、彼自身のほころびも微かにはあった。つまるところ殺人に対する責任の一部分的な放棄、換言すれば復讐の代行である。そうすることによって自らの手に纏わりつくだろう血から逃れようとしたのである。
伊野は歪な自身の精神と肉体を認知しながら、薊はそんな先輩の姿を精確に捉えながらもあえて無視しながら、ただ行動を共にした。無二の親友を手に掛けられる伊野が臨戦態勢を取り、その魔術において扉の向こう側を透視することのできる彼が確認するという作業を緊張の中で行った。
一室、また一室とその部屋には誰もいないことが判明していった。誰かしらが実験対象として閉じ込められていれば、その存在を確認することによって自分たちの行為に進捗を認めることができただろう。だが薊は重厚な鉄の扉の奥に何者も見つけることができなかった。彼が部屋を透視する度に見えるのは、白々とした灯りに照らされる殺風景な正方形の空間だけであった。生命の気配は何一つとしてなく、ただ静寂だけが支配する空間だけを彼は見た。
「伊野さん、ここも空室です。本当にここに居やがるんですかね?」
慣れない魔術の行使による疲労にから瞼を固く閉じる薊は、苦笑とともに尋ねた。そこには秋等に対する不信と、これに対する先輩の乾いた同意の要請が伴っていた。だが魔術の行使により器官に疲弊を持つように、伊野もまた過ぎ去る時間と数を減らしていく未確認の独房に精神をこれまで以上の速さで摩耗していた。ここにおいて彼の冗談交じりの問いかけというのは、普段は発生し得ない苛立ちの対象となりえてしまった。
「いるよ。絶対に。だから、君はただ魔術を使ってくれ」
伊野は冷淡にそうつぶやいた。当然、伊野の心持ちとして薊を邪険に扱うつもりはなかった。彼の魔術が発動する前で時間を要することも、透視能力が完ぺきではなく完全な姿かたちを捉えることができないことも把握していた。そして、その前提として彼に当たったところで何も変わらないことも、当然の如く理解していたのだ。
だが、それでもなお、伊野は苛立ちを発露した。
これが何を壊したという訳でもない。自分よりも年上の少女が焦燥に駆られていることを薊はその傍らで捉えていた。その上で、精神がひどく不安定な状況に置かれていることも当然ながら理解していた。しかし、その理解を彼は口にしていなかった。不安定さを指摘しなかった。
ただ、この瞬間において伊野は自らの不安定さを露呈させた。
責任の全てを強さのために、背負うと決心した初心の偽りを彼に示した。
したがって、伊野の苛立ちというのは薊との関係には何も生じさせなかった。しかしながら伊野自身の関係においては、大いなる矛盾を生じさせ、そのために不要な弛緩が生まれたのだった。
伊野は慌てて余裕を取り繕い、疲弊しきった顔にいつもの様な笑みを浮かべた。
「ごめん。何でもないよ」
そうして乾いた声を薊に向かって注いだのであった。
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