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いずれ神に至るため  作者: 鍋谷葵
胸いっぱいの憎悪を

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1362/1367

進むべき道は開かれる

;;

 あの場所で別れた者たちは続々と仕事を終えていった。それはIDパスを通じて最も重い仕事を担わされた二人にも通達された。薊も伊野もこの通達に対して若干の疑念を抱いていた。それは静かすぎる真っ白な通路の先、秋等が制作したIDパス上の地図では表示されていながらも実際には行き止まりの地でこれを受け取ったために。

 随分と長い間足止めを食らっていた二人はこれを受け取る前まで両脇の壁に背中を付け、互いに向かいあっていた。この間、二者は気を紛らわせるためだけの世間話に興じていた。それは自分たちを地獄へと招き入れた一橋の過去であり、過去の聖使徒会議における敵対者たちの様であり、喜多との思い出話であり、階級も性別も異なれどその根本は変わらない高校生活についてであった。ほとんど悪口と不格好な言葉で構成される二人の対話は異様に盛り上がった。それは現実逃避の一種であった。懐かしき日常への愛着とそこに漂う生温くも快い空気の甘受は、冷酷な決断を忘れさせてくれたのである。自らが死の担い手になることを志願しておきながら、二人はこれを拒絶したのである。もちろん、この拒絶は薊や伊野が進んで取り組んだことではない。物理的な歩みの停滞が暇をもたらし、それが硬くも脆い決意の間隙を満たしたのである。決意はあっという間に懐古に覆われてしまった。暇という環境は懐古という黴菌を爆発的に増殖させた。昔への愛着は殺人の決意をゆっくりと蝕んでいった。「火野を殺す」という明確な殺意は頭の片す意味に追いやられ、ついには忘却の際にまで追い詰められた。懐かしく温かいその情感のエクスタシーの如き作用が二人を非日常のうちの日常を夢見させたのである。

 だが、進まない現実に対する応答としての逃避行も現実が進みさえすれば壊れてしまう。二人が味わったひどくくだらない日常がいくら暖かくて快かったとしても、押し寄せてくる現実の作用を前にすればそれはあっという間に破綻するのである。

 かくして二人は通知を受け取った。山科からの報告とともに行く手を阻んでいた壁は天井へとゆっくりと吸い込まれ、播磨からの報告によってその退路を遮断された。かくして座り込む二人の前には新しき白い道が開かれ、その奥、おおよそ既に開かれているだろう扉の先を目指せるようになってしまった。眼前の液晶画面と周辺の大きな変化は現実を突きつけてきた。そのために交わしていた言葉は瞬間的に消え去った。悪寒が体を包み込み、二人はその寒さの内側に傲慢なる殺人を再発見した。自らの手を汚す定めを背負っていることを再び認識したのである。

 そうなれば話は早かった。

 復讐と殺人に関する過去の倫理的な対話の結果が両者の脳裏に浮かび上がった。その罪業を是とする論拠をもってして二人は重い腰を上げた。顔色は青白く、血は通っていなかったがそれでも立ち上がった。記憶と経験のために躊躇を覚えさせる脚はがくがくと震えたが、それを見せまいと平生を装った。そうして互いの顔を見まいと、互いの心理に無知であろうと決意し、無二の友人たちの努力の結果の方へ体を向けた。

 開かれた場所はここまでの道程と同じく静まり返っていた。

 すべては白く、生気はなく、ひたすらに、静かであった。

 しかし、そこを真っすぐと進めばそれもなくなる。何もないという責任を伴わない空間は、殺す必要のある対象の存在する空間へと変貌する。そうしてここにおいて二人は自らの手を汚さなければならない。この罪の感触をなにもない通路において二人は確かに感じた。吐き気を催した。

 けれども、決して弱音は吐かなかった。


「伊野さん、行きましょうか」


「薊、決着を付けに行こう」


 二人は互いを騙し合うような軽薄な微笑を顔に張り付け、ぶるぶると震える脚を誤魔化しながらその先へと歩みを進めて行った。


ご覧いただきありがとうございます。

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