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いずれ神に至るため  作者: 鍋谷葵
胸いっぱいの憎悪を

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1359/1367

俺が確認するさ

;;

 怒りを発さず、顔を赤らめもせず、氷花は自らの指定したファイルをファイル立てから抜き取った。そしてその四月七日付の資料を瑞雲の手に渡した。

 ずっしりと重いそれには数えきれないほどの紙が綴じられていた。しかもその一枚一枚は高校生年代である彼らにとっては聞いたこともないような専門用語で書かれた資料であり、この時間がない情況での読解はほとんど不可能であった。このことを瑞雲は理解していたし、これを提示した氷花もまた理解していた。したがってただファイルを開き、そこに新庄の名が乗っているかどうか、もしくは第一位の魔術に関する記述が少しでもなされているかどうかだけが、氷花の記憶を実証する手段であった。瑞雲としては氷花の判断を疑っているわけではない。少なからず自分と行動を共にしている者たちの中で、いま現在ふざけている少年を除けば誰よりも記憶力が良いのだから。それでも一個人の判断にすべてを委任するのは筋が違う。犠牲を払ってここにきている時点で、その犠牲の対価には確証が求められる。このために瑞雲は義務的な疑いを背負ったうえで、確認の作業を実施しなければならなかった。

 他者の信任を汚すような真似をまともな人間が行おうとすればどうなるか。

 これは酷く単純なことである。自身への嫌悪と周囲への恐怖からその行動が躊躇われるのだ。もっともその痙攣に似た防衛反応が生じたとしても、それが明らかに表出することは瑞雲に限ってはなかった。瑞雲は体を微かに強張らせながら、微かに震える指先で茶色のファイルの表紙に掛かれた日付を撫でた。マジックが滲んだ紙の繊維を撫でたところで何も変わらないし、それは瑞雲が避けなければならないと肝に銘じていた希望的観測の実質的な再現でしかなかった。けれども氷花に疑いをかける以上、そう願わざるを得なかったのである。

 内なる苦悩の様は周囲の人間にどのように見えていたのか。瑞雲の背後に立ち、その表情をうかがえない八千代にとってそれは犠牲を賭してまで獲得した報酬への嬉しい痙攣の様に見えた。死の緊張とともに一歩一歩進んできた自分たちがようやく報われたために発生した強張りに思えたのだ。その純朴なる観察結果は色恋に浸された氷花の思索にも影響を及ぼした。氷花もまた、そこに想い人が仕事の成就に際して緊張を覚えているのだと錯覚した。これは瑞雲にとって好都合であったが、氷花の熱情の前には不都合であった。さて、二者が錯覚を見ている中、唯一の瑞雲の心理を見つめていた者がいた。それはたった一人のお道化であり、例外的な存在の意地悪い少年であった。

 播磨は瑞雲の仕草から良心の葛藤をすぐさま見出した。感情の機微の隠匿を播磨の前で行うことなど、阿呆の所業でしかない。それは播磨がこれまで自白のための拷問を経験してきたらであった。少年のあらゆる感覚器官には血がこびり付ているのだ。血は生臭ささともに記憶を呼び起こしてしまう。技術都市外の産業スパイに研究所のデータを流していた研究員を始末したときなどは現状にぴったりであった。十本の指をすべておられ、片目も潰され、脚を肉塊にされた男は外部機関の名前を吐き出すとき、暴力を加えられようとするその時よりも体を緊張させた。音素ひとつひとつを頭に並べ、それを吐き出した後、自分の責任のために彼らに何が生じるのかを男は不安視していたのだ。そして、この責任ゆえの不安は尋問の後に成就したのだった。このような自らの責任を試す者どもを自らの手で作り出し、その緊張の刹那と終わりを見てきた人間だからこそ播磨は瑞雲の心持ちを手に取るように理解した。そうして緊張の絶頂にありながら、これを吐露できない友人に向けてこういった。


「ちょっと貸してみろよ。もしかしたらあいつら、俺たちが来ることを見越して違う情報をぶち込んでるかもしれね絵だろ」


 瑞雲と氷花の体面を保ちつつ、播磨は少しおどけた声とともに瑞雲の手からファイルを奪い取った。自らの手から離れていく責任に瑞雲は目を丸めたが、その内部では大きな安堵が生じていた。


ご覧いただきありがとうございます。

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