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いずれ神に至るため  作者: 鍋谷葵
胸いっぱいの憎悪を

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引きずり出した記憶

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 多様な感情とそれの受容に際する感動を携えた彼らは、件のデスクへと歩みを進めた。彼らのほかに誰もいない広々とした空間には、彼らの靴音だけが虚しく(その上、ひどく恐ろしく)響いていた。もっとも、彼らの心持ちは存在に不安を覚えさせる感情の受容の拒絶を示していた。彼らはただ自分たち対自分たちの内的な関係性によって生じた友愛的な感情だけを受容していたのだ。それは友人らと商業施設やレジャーに出かけるときの高揚感に似ていた。周囲に不和と不安が漂っていたとしても、その需要を拒否して自分たちの関係性のみを見つめるあの高揚感に。これは注意という面から言えば、非常に危うい感覚と言えよう。周囲のモノの在り方を意識外へ捨て、自分たちの世界を作り上げるのだから。至極単純だけれども非常な多様性に満ちている空間それそのモノを捨て去る、このことは外部からの刺激伝達の拒絶を意味する。したがって、外的な侵略に対してはその直前にまで無関心となってしまう。したがって、本来的に言えば注意を持った行動を要請される彼らにとってこのこと自体は悪と言える。ただ、人間の精神は半導体と光学装置によって構成されるセンサのような代物ではない。緊張と弛緩の緩やかなサイクルの中でのみ、人間の精神は器用に動作して素晴らしき結果を生むのである。

 さて、彼らは何の危うさもなく所長のデスクへとたどり着いた。机上には散乱した書類とそれを濡らす倒れたマグカップがあった。コーヒーの滲む書類には、英文と数式、図表が載せられていた。そうして読者にとって肝心かなめであっただろう部分には、線や丸が描かれていた。真新しいとも古いともわからない筆跡は、彼らにとってその書類が重要であるかどうかという以前に、彼らへ戦慄を覚えさせた。つまるところいま現在、自分たちがこうして立っている場所は人が活動していた場所であることを再認識させたのである。個人名もわからなければ、その風采も知らない人間であったとしても、人間が活動してたという克明な記憶は彼らの行動が現実にありありと反映されることの証明であった。克明に指示される行動の反射に彼らは固唾を飲み、その上で、一種の諦観染みた感情を示して見せた。

 目でとらえ、心の震えを覚えても、彼らは停滞しなかった。紙面を見下ろす瑞雲は専門性の高い英文を解読できはしなかったが、文面に電子関連の専門用語だと推測される語が掲載されていることからそれは何らかの装置に関するレポートであると判断した。そのために瑞雲は注意を紙面からデスクのファイル立てに注意を向けた。


「美紀、どれが新庄に関する重要な書類かわかる?」


 年月日が背表紙に掛かれた十数冊のファイルには無数の書類が綴じられており、それをいちいち確認していては日が暮れてしまう。よって時間を短縮するには、少なからずこの研究所に出入りしたことがあり、新庄の近くで生活をしていた者に尋ねるのがうってつけである。

 想い人からの二度の要請(熱い視線を伴う非常に好意的な要請である)に、氷花の脳はフル回転した。それは熱暴走一歩手前の回転というよりも、装置が改修されたかのような変化である。少女は恋の熱に浮かされながらも、その背後では想い人のために自らの知性と記憶をより良い形で活用したのである。

 下唇に人差し指をあてがいながら記憶を探り始めてから十数秒の後、生暖かい揶揄いと情報の要請の二種の視線に晒される氷花はおおよその目安を捉えた。そうして俯きがちであった顔を上げると、まずもって瑞雲の顔を捉えた。


「今年の四月七日。その日に新庄さんはここにきて実験を受けるって言っていたわ。当日、聖使徒の会議にあの人は欠席から多分ここで実験を受けてたと思うわ」


 明確な日付と記憶を引っ張り出した氷花に瑞雲は柔らかな微笑を浮べた。それは少女にとって何よりもの褒賞であった。だが、氷花は決して頬を赤らめたりはしなかった。それは傍らの余計な笑みを浮かべる阿呆への矜持と、純真無垢な保護対象への面子を守るためであった。



ご覧いただきありがとうございます。

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