捜索範囲の策定
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氷花にたしなめられた播磨は、美少女の顔に口をすぼめた。その素っ頓狂な表情に少女は眉間に皺を寄せて明確な嫌悪を示した。この二人の間に生じた日常的な不和は、八千代の緊張をさらに緩め、瑞雲の表情もまた同様であった。四者四様の弛緩を示した四人は、空間に対する恐怖をこの経験によって上書きした。四人は日常の持つ良い意味で生温い空気を纏った。不気味な音を立てて駆動する謎めいた機械も、かつての人気があるばかりでどういう訳か無人の状態にあるだだっ広い空間も、彼らにとって日常の背景となったのである。
さて、そんな日常に際して躊躇が存在するのであろうか。
いや、躊躇など存在しない。
一般人が友人らとともに、飲食店や食料品店に入るように、そこにはごく自然な動作だけがそこに存在していた。四人はただ何の気なく、論理魔術区へと足を踏み入れたのであった。
しかして、空間は四人で資料を探すにはあまりにも広すぎる。手当たり次第に、新庄に関する決定的な情報を捜そうとするのであれば膨大な時間がかかってしまう。それは彼らをテロリストに仕立て上げる時間でもある。だからこそ、犯行が闇に包まれている間に自らのすべき行為を成就させる必要がある。したがって、彼らのすべきことはむやみな捜索ではなく、範囲を絞った行為であった。
ごく短時間で物事を成す範囲の策定。これはその捜索対象に対し、既知である必要がある。対象を知らなければ、それはただの暗がりでしかない。輪郭も存在しなければ、奥行きさえ存在せず、そもそも存在自体の存在を把握することさえできない。彼らもまた本来的にはそうであるはずだった。
たった一人の少女を除いて。
氷花は空間の西側、その隅を示した。彼らの立ち位置からしてその地点を詳細に把握することは困難であったが、ともあれ、そこには部屋に並べられるデスクと同じものが置かれていた。なんの変哲もないただの机。氷花はそこに置かれた極めて普遍的なものを、胸を張って、自信に満ち溢れたように示したのだった。
唐突な少女の動作に、播磨は頬袋を膨らませて笑いをこらえていた。瑞雲と八千代は根の真面目さから表情の変化を示さず、真剣な面持ちで、ほっそりとした少女の指の先を見つめていた。氷花は前者には、研ぎ澄まされた睨みを向けた。
「怒らないでくれよ。本当に、冗談だって」
「貴方の冗談はいちいち人を苛立たせるのよ。少しは自分の感情と顔の連関を内省してちょうだい」
大きな溜息を吐いた氷花は、冗談に体を浸したような播磨から目を逸らし、瑞雲と八千代の方を見た。少女にとって傍らでがっくりと肩を落とし、未だコメディのうちにある賢き愚者よりも、実直な二人の方が大切であったのだ。
少女の視線に際し、その意味を汲み取った八千代は首を傾げた。
「あそこに何かあるんですか? ただのデスクにしか見えないんですが」
氷花は八千代の問いかけを待ってましたと言わんばかりに、胸の前で腕を組んだ。そのあからさまな仕草に対して播磨は先ほどの経験を無視して笑い、瑞雲は表情一つ変えることなくただジッと氷花を見つめた。
想い人の真剣なまなざしに顔を赤らめた少女は、自身にコメディタッチな嘲笑を注いでくる愚か者の足を思いっきり踏み潰した。「ぎゃっ」という、わざとらしい播磨の悲鳴は恋慕の赤熱の中から少女を引っ張り出した。涙目の愚者は「踏むなよ……」と、再び肩を落として氷花の言葉を待った。ピエロはピエロとしての役割を理解しており、物事の進展に際しては口を閉ざすことができるのだった。
「あそこ、所長の机よ」
氷花はたった一言、そうつぶやいた。
ここに四人の捜索範囲は極端に絞られたのであった。
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