僕の「家族」
遅れて申し訳ございません。
では、どうぞ。
段々と近づいて来る2人の妹。その顔は、自分のお気に入りの物を見つけたかのような晴れやかなものであり、見る者にすらその元気を分け与えてくれそうな程、無垢なもの。
エリルディシス・トラン・エリンシル。長男グランバート、次男アルジエーネより年下の、エリンシル家の長女。幼い見た目ながらエリンシル家の血族であるためか、使う魔術は無類の強さを誇る。
互いの名前はファーストネームが長いため、2人はエリルディシスをエリスと呼んでいるし、アルジエーネはアルと呼ばれている。エリスは2人をグラン兄様、アル兄様とちょっと付け足しているだけだ。
また、先刻アルを修練場まで足を運んで欲しいと伝えてくれたエリシュという従者と名前がかなり似ているのは、エリスとエリシュの間の過去に事情があるらしいとのこと。アルもその件については少しだけ訪ねたことがある。
「魔術の練習ですか? エリスもお手伝いできることはありますか!?」
快活な笑顔で2人にそう聞いてくるエリス。その元気の良さに押されながら、彼女もまた自分を応援していることに少しだけ活気が沸くと同時に、責任感で胸が少しだけ苦しくなった。
「ううん・・・大丈夫。1人でもう少し、頑張るよ」
「えぅ、でしたら”へるちゃん”を相手に戦ってみるなどは――――」
「エリルディシス様、アルジエーネ様にあまりご迷惑をかけぬよう」
いきなり、エリスの後ろに薄紫色の靄が見えたかと思えば、一気に形を作り始め人型のそれになる。現れたのは従者エリス。修練場に突撃してきたエリスをたしなめようと、不可視の状態となって追ってきたのだろう。
このエリシュの姿を消す技は魔術ではないが、マナを起点としたものだというので、ある程度の魔術慣れをしておけば感知が出来るとグランは言う。しかしやはりこれも未熟なアルには感知できず、もしエリシュが襲撃者であるならば、一瞬で首を持って行かれていることだろう。
そういう身の回りの環境にすら対応できていないアルは、それだけ魔術の基礎を早急に固めていかないといけないのだ。そうでなければ対処できる状況に限りが出てしまい、腐ってしまう。
「エリシュ、でも私はアル兄様のお役に立ちたいわ!」
「でしたら、今は見守ることが最善かと。心の支えとなり、アルジエーネ様のご成長された御姿をしかと刻むのです」
「むぅ」
ごもっとも、と言いたいけどやっぱり何か出来ることはないか、と食い下がるため顔だけふくれっ面のエリス。確かにその気持ちはありがたいとアル自信も思っているけど、きっとエリスから教えてもらう時には、もっと自分が高度な魔術を使える時でなくては意味がない。
「・・・大丈夫だよ、エリス。頑張るから」
「うぅ、分かりました。エリスはアル兄様を見守ります・・・」
「ありがとう」
元々、どんな会話でもほとんど声を張り上げることのないアルだが、感謝の言葉はしっかりと伝える。
「いや、やはりここで切り上げよう」
「・・・・・・?」
唐突に、訓練中止の宣言をするグラン。地面に突き刺さっている愛用の槍を掴んで引き抜き、修練場から撤収する仕草を見せていたが、グランが先程言った通り休憩のひと時かと思っていたアルは戸惑う。
「少し訓練したらエリシュを呼ぼうと思っていたのでな・・・街の方に面白い人間が来ているんだろう?」
「はい。昨日から占い師を名乗る高位の魔術師が来ているとの事」
「人間の魔術師? どんな御方なのかしら」
エリスは気になるその姿を思い浮かべているようだ。高位な魔術師と言うならば、魔術の効力を増幅させる導杖や、マナによって外界からの衝撃に一定の効力を持つローブを着こなした、人生を魔術に費やした老人の姿を思い浮かべているのかもしれない。
アルも気になっているが、重要なのは人間だということ。アルが教えを請うのは今のところグランか、専属の魔族の魔術士。魔術を使う人間にあったことは、少なくとも記憶にないため、外の世界の人間はどのような魔術を使うのか興味を引かれる。
「俺も遠征から帰ってきて気にはなっていたんだがな。街の所々で占いがどうだ、という声を多く聞いたんだ」
グランの遠征とは、国同士のいさかいに加担するものではなく、魔族だとしても民として属さない心無い獣を撃退する事を指す。
エリンシル家が統治するこの一帯は”ミダ”という地名を持っているが、かなり最近開拓されたものだという。少しその地方から離れると、ある程度の戦闘経験者がなければ生き残れない未開の地が広がっており、その調査のために度々地方代表の遠征隊が赴く。
魔族の間では、誰の手にも解明されていないその土地と”侵域”と呼んでいる。グランは、ミダ周辺の侵域遠征で精鋭小隊の長をこなしている。何が起こるかわからない土地でその役を任されるほど、グランの実力は並外れているということだ。
「これからその人間に会ってみるといい。ただ腕を磨くだけじゃなく、耳を傾けて何か分かることもあるかもしれないからな」
「・・・・・・いいの?」
「いいとも。エリス、お前も行きたいか?」
「はいっ! アル兄様とお出掛けですね!」
元気よく、エリスは体を跳ねさせながらグランの提案に応じた。こうも期待されてしまったら、もっと頑張らないとと言って修練場に頑なに残り続けるのも頑固な振る舞いすぎる。グランの考えもあるし、何より人間に会うことに興味があるから、断る理由はない。
「よし。エリシュ、2人の護衛を頼む。無いとは思うが、荒事はなるべく穏便にな」
「承りました、グランバート様」
エリシュは一礼をして、命令を受け持った。基本的にエリスが何処かへ足を運ぶ場合にはエリシュが護衛として付いてくる。どちらかといえば、アルがそこに加わっただけの面子だ。
ミダの住人は、魔術に関して秀逸な魔族が多く、知性的であるが故にその多くが温厚だ。特に悪事を働くような連中が紛れ込まない場合を除いては、いざこざが少なく治安が良い。
あるといえば、外部からの侵入者だ。それすらも今となっては門前での取締の効果もあって少なくなったが、まだ備えが不十分だった時には魔術関連の貴重な物資が持ち出されたりしたことがあった。
というわけで、問題が絶対に起こらないとは確証できない。
「グラン兄様はお出掛けしないんですか?」
「あぁ、すまない。調査報告を踏まえての今後の方針を、父上と決めていかなくてはならないんだ」
「そうですか・・・残念です」
「いつか、皆で一緒に出掛ける機会を作ろう。今日はお前達の占いの結果でも楽しみにしているよ」
グランはエリンシル家の次期当主となる身であるため、地方をまとめる知識や権力に伴う実力を備えなければならないので、私的な時間は弟妹と比べかなり少なめにしか確保できない。実際、3人でまとまった時間を共に行動するのは今までも中々無かった。
グランは義を重んじる。家族はもちろん民に対してもその在り方は慕われる一因となっており、傍から見ても良き王になると断言出来るほどに、アル自信も兄に対して感謝と同時に尊敬の意を持っている。
「・・・兄さん、行ってきます」
「行ってきます、グラン兄様!」
「あぁ」
軽く手を挙げたグランに、2人は一礼をして修練場から離れていく。エリシュも2人の姿が見えなくなった後に一礼をし、その場を去っていった。
――――一行はミダの街へ。この大きな屋敷を出るまでの間に、アルは人間の魔術とはどういうものなのか楽しみにしながらも、何か掴めることはないかという義務感のようなもので、心が埋め尽くされつつあった。
もう少し1話分の文章量を多くしたほうがいいのでしょうか・・・?