僕の「人生転機」
ミダ周辺のこの土地は、常に夕暮れのような空の色で、大きく気候が変わることのない環境にある。
空を見上げながら、アルは城を出てから街へ続いている大きな坂をエリスとエリシュと共に下っていた。4つの翼が生えた”デューク”と呼ばれている大鳥が飛んでいるのが見えた。弥陀周辺を飛び回っているようで、民は守り神と呼んでいるようだ。
坂を下った先には大広場があり、そこから分岐するように商店が多く並んでいる。人通りも多く、なにか催しがある際にはここが使われることが多いため、1番の賑わいはいつも此処だ。
とは言ってもミダの街は何処かの大都市のように人混みで溢れかえるような密度はない。新しい街であるために、まだまだ人も少なく発展途上なのだ。
しかし街を行く魔族は皆、何か成し遂げようと汗を流すもの、客を満足させる商いに精を出すもの、ひと時を楽しもうと駆け回る物全て、活き活きとしたものだった。
城を出てから何度もこの通りを通ったことのあるアルだが、そういう風景を見ていて飽きたことは1度もない。この土地に住んでいることに、満足しているのだ。
「・・・おや?」
一行が大広場の入口に着くと、見知った顔のミダの住人が1人。
魔族としても既に歳を多く重ねたであろう、シワのある柔らかな表情が特徴の翁。大きな荷物を背中に乗せて、薬の商売をしている事で知られている。
エリンシル家の一族と同じく、この老人も肌は白い。種族的には同じ立場にあり、名を”マグ”と覚えている。
「おぉ、お嬢様に坊ちゃん! お出掛けですかい?」
マグがこちらに気付き、手を振ってくれる。身分は違えど、昔から世話になっていることもあってか、民と見るにしても家族のような親しみもあり、お互いに壁は無かった。
「・・・」
「うん! 占いをしてもらいたいの!」
アルは語ることなくただ頷いて肯定、エリスはにこやかに応える。するとマグは、その言葉を待っていた、と言わんばかりに顔が笑う。
「おぉ、丁度いいですなぁ。したら占いやってる女はあそこにおります・・・いやぁ、ちょっと疑って掛ったみたんですがね、ありゃあ本物ですわい!」
マグは背中の商品をカシャンカシャンと鳴らしながら大広場の一角を指差して、一行の目的地を示してくれた。そこには確かに、決して少なくはない老若男女が集っており、何かに夢中の様子。
「マグ爺様、どういうこと?」
「当たるんですよ。色んな方面で今後の事に対して助言をしているようで、わしゃあ家族の事を見てもらったんですがね・・・言ってもないのに身内の事ペラペラ喋り始めるんですじゃ!」
「まぁ、本当に凄いお方なのね!」
2人がこんな占い胡散臭いと言わんばかりの会話をしているのは、アル自身分からなくもない。占いといえば、何となくそれらしい事を言って、何となく解決しそうな助言を伝えて御終い・・・そんなイメージが拭えないのだ。
占いをしてもらう機会がそもそも少ない、というのもあるかもしれないが。例えば完全な未来予知が出来る者がいるとすれば、何事においても安寧の道を進むことが出来るだろうが、そうもいかない。
本に載っていた魔術による占いで一世を風靡した数々の占い師も完全ではあるまいと、アルは思っている。多分、生物としての未来を読む力に限界があるんだろう、と。
だが、マグがここまで言うのであれば、完璧ではなくとも相当な実力者であることは伺える。もしかしてとても貴重な体験が出来るのでは、とアルの心は少し昂ぶっていた。
「そんで、こんな感じに占いの結果をくれるんですよ。占いの魔術なんだのはよく分からんですけど、人間の魔術ってのは凄いもんですわ」
そう言うと、マグは少し汚れている長ズボンの中から1枚の青い紙切れを見せてくれた。2つ折りにされていた紙には、黒字で程よい量の、占いの結果であろう文章が綴られていた。
「えーっと・・・何よりも代え難い家族は拠り所を求めている、その言の葉は心を繋ぎ、いつまでも途切れる事などない・・・えっと?」
エリスはマグが見せてくれた紙に書かれている内容を読み上げるが、いまいち分かってないのか首を傾げてしまった。
「マグ様はご家族のことを占ったのですね」
「そうですそうです。いやぁね、少し前から孫と中々喋らなくなってしまったもんですから。もしかしてうっとおしく思われてるのかーって心配だったんですが・・・決心がつきましたわい!」
エリシュが占い結果の文章を要約したおかげで、エリスもなるほどと頷き、まるで自分のことのように思いながら嬉しそうに頷いていた。
結局は未来予知ではなく、どんな結果が現れようがなんとなく回答になっている言い分はイメージ通りで変わらないようだが、しかしそれでも占われた本人は、満足げに笑っている。
不安に思う事、心配に思うことに対して、分かりきった未来を伝えるのではなく、ほんの少しの勇気や希望を持たせるような事を伝えることが、重要だということなのだろう。
未来を伝えるのではなく、未来に進むための一歩を踏み出させる――――なるほどこれこそが、とアルは内心で占い師という立場を改めることにした。
「やっぱりというか、1人当たったら次々と占ってほしいのが集まってくるもんで。ほら、凄い盛り上がってるでしょう?」
占い師がいるであろう場所では、占われている人以外の外野の連中もやけに楽しそうだ。どんなことを言われているのか、やはり気になるんだろう。
あれが全て順番待ちと考えたら、結構な時間を待たされそうだが。それとも占われる気がない人でいっぱいであるならば、気になることをすぐにでも聞けそうだ。
「うーん、時間が掛かりそうかしら? でもでもアル兄様にエリシュ、私達も並びましょうよ!」
「・・・うん」
一旦外野に紛れて、占いの様子を覗き見ることで順番を待つことになるだろう。それはいくら時間がかかっても仕様のないことだと割り切るしかない。
「マグ爺様、私達も占ってくるわ!」
「はい、どうぞ楽しんできてらっしゃい〜」
エリスはマグに手を振って、占い師のことを教えてくれたことに感謝して別れを告げた。マグはこれから自分の仕事に移るだろうが、今日1日は楽しくこなせるに違いない。
3人は占い師のいる場所に近づき、一体どんな人物なのだろうと集団の後ろに付いて、様子を伺ってみる。
「・・・あ、坊ちゃんにお嬢様! 来られたんですかい」
マグほどではないが、壮年顔の魔族の男が3人に気付く。その声を聞くや、その他大勢の民もこちらに向いて、各々の出迎えを受けた。
次いで、3人が目的の占い師の様子を見ることが出来るように隙間を空け、そのお陰で占い師の姿を捉えることが出来た。
占い師であろう人物の前には、ミダの民が座っている。深くお辞儀をしているようで、どうやら直前までこの民が占いをして貰っているようであった。
「さて次の方は・・・あらあら? とてもとても高貴な方が見えますわ」
占い師が頭に被っているのは、金属製の装備だろうか。書物で見たことがあるような”ドラゴン種”と呼ばれる頭蓋を模しているようで、銀色のソレは目元まで深くかぶっており、仮面のような役割を果たして表情の半分は読み取れない。
暗幕を垂らしたかのような漆黒のローブで身を包んでおり、じっくり話すためであろう席に座っている。その傍には魔術の行使に役立てるのであろう、アルの身丈程ある長い杖が立てかけてある。
マグが言うには、占い師は女性らしい。こちらに気付いた時に発せられた声を聞く辺り、確かにその通りであった。
「占い師さん、この方々が私らの領主さんですよ!」
直前まで占いを受けていた民が、3人に代わって紹介をしてくれていた。そして席を空け、先頭に立っていたアルに対してどうぞどうぞと手振りで着席して欲しいと訴えかけてくる。
順番に割り込んだかのような登場だが、民のその行動に反論するものは1人もいない。自分達に順番を譲ってくれることに、アルは感謝をせねばなるまいと思った。
「みんな、ありがとう」
「いえいえ坊ちゃん! ささ占い師さん、この方々にも頼みます!」
その言葉に周囲の民もうんうんと頷いて、珍しいもの見たさにその顔ぶれは期待を伺わせるようなもの。3人の占いの結果が、とても気になるらしい。
その様子に少しだけ居づらいかも、と思いながら民の顔を見渡していると――――ゾクリ、と占い師の方から寒気のする視線を感じた。
「ふふ・・・・・・」
いや、寒気は緊張からくるものだったかもしれない。しかし被り物に隠れていない口元は、何か面白いものを見つけたかのような子供のように笑っているようだった。
見間違いでは、ない。恐らくこの人は、内に理解できないものを隠している”本物”なのだろうと、アルは直感的にそう思ってしまった。
ちなみに、アル、グラン、エリス、エリシュの4人の背の高さは、
グラン>エリシュ>アル>エリス。
アルは15歳男子の平均身長より5cm位低い小柄。




