第五話 森から来た者
「六体……いや、六人?」
監視兵リックは望遠鏡から目を離せなかった。森から何かが出てきた。最初は魔獣だと思った。だが違う。人のような姿をしている者もいれば、明らかに人ではない存在もいる。
「先頭は……エルフ?」
「貸せ」
ガレスが望遠鏡を奪う。銀髪のエルフ。その少し後ろに、角を持つ女。黒い翼を持つ女。宙に浮く人魚。白い着物の女。そして最後尾には、虎ほどの大きさを持つ異形の獣が歩いている。
四肢は太く力強く、頭部から伸びる角と神獣めいた姿は、遠目からでも十分な威圧感を放っていた。
「……何だ、この集団は」
分からない。ただ一つ確かなことがある。彼らは迷わずの森から歩いて出てきた。傷一つなく、疲労した様子すらない。まるで近所を散歩してきたように。
「団長へ報告! 六体の正体不明の存在を確認!」
「六体?」
「人型が五、獣型が一!」
城壁の上が騒然となった。
*
「めちゃくちゃ見られてるな」
俺は城壁を見上げた。兵士らしき人間がずらりと並び、こちらを凝視している。弓まで構えている者がいるのを見る限り、少なくとも歓迎されている雰囲気ではなさそうだ。
「歓迎されてる感じじゃないな」
「当然かと」
マインが答える。
「そうなの?」
「我々は彼らにとって正体不明の存在です」
「ああ、確かに」
言われてみればそうだ。俺一人なら銀髪のエルフにしか見えない。しかし後ろにいるのはサキュバス、堕天使、マーメイド、雪女、そして麒麟だ。改めて客観的に見ると、どう考えても普通の旅行者一行には見えない。
「俺だけ行ったほうがいいかな」
何気なく言った瞬間、空気が変わった。
「なりません」
マインの声色が一段低くなる。
「絶対に?」
「絶対に、です」
笑顔なのに怖い。
「分かった。全員で行こう」
「ありがとうございます」
なぜ礼を言われるのだろう。むしろ今のは俺が折れただけなのだが。
城門まで百メートルほどのところで、壁の上から大声が響いた。
「そこで止まれ!」
俺たちは足を止める。一斉に弓を向けられたことで、ようやく俺にも緊張感が湧いてきた。
「何者だ!」
さて、困った。
異世界から来ました。元々ゲームのキャラクターです。ギルドハウスごと突然この森に転移しました。
……駄目だ。どれを言っても怪しさしかない。
「旅人です」
結局、一番無難そうな答えを選んだ。
城壁の上がざわついた。
なぜだ。
「……旅人?」
「はい」
「どこから来た?」
さらに困った。どこからと言われても、俺たち自身が知らない。仕方なく後ろを指差した。
「あっちです」
沈黙が落ちた。
「……迷わずの森から?」
初めて聞く名前だった。
「この森、迷わずの森っていうんですか?」
また沈黙。
……何か間違えたか?
俺はマインへ顔を寄せる。
「まずかった?」
「いいえ。創造主様のお答えに誤りなどございません」
いや、そういう意味じゃない。
城壁の上では小声で何かを話している。
「森の名前を知らない?」
「あり得るのか?」
「人間圏の者ではない……?」
距離があるので断片的にしか聞こえないが、どうやら俺たちの扱いに困っているらしい。
やがて先ほどの男が再び声を張り上げた。
「森の中で何をしていた!」
「何って……魔物を狩ってました」
「何体だ?」
「ちゃんと数えてないけど……四十くらい?」
城壁が静まり返った。
「一度に?」
「はい」
さらに静かになった。
まずい。ひょっとして、あの森は狩猟禁止区域だったのだろうか。異世界にも領主とかいるだろうし、勝手に魔物を狩ると罰金なんてこともあり得る。
「その……勝手に狩ったら駄目でした?」
誰も答えない。
隣でマインが俺を見る。
「創造主様」
「何?」
「彼らは恐らく、魔物を狩ったことを問題にしているのではございません」
「じゃあ何?」
「四十体を狩ったことを問題にしているのかと」
「狩りすぎ?」
「……少々違うかと」
ますます分からない。
しばらくすると、城門の一部がゆっくり開いた。そこから十数人の兵士が姿を現す。全員が武器を握り、明らかに緊張していた。
先頭にいるのは四十代ほどの大柄な男だ。使い込まれた鎧と、顔に刻まれた傷を見る限り、かなり経験を積んだ人物らしい。
「私はガルディア北方守備隊長、ヴァルガスだ」
「どうも」
「代表者は?」
「俺です」
ヴァルガスの視線が俺の後ろへ移る。マインたちは何も言わず、俺の後ろに控えている。マジカに視線が向いた瞬間だけ、ヴァルガスの手が僅かに剣へ近づいた気がした。
まあ、仕方ない。俺だって虎くらいある麒麟が目の前にいたら警戒する。
「名は?」
来た。
自分の本名を名乗るべきだろうか。いや、この見た目で日本人の名前を名乗るのは明らかに不自然だ。ゲームのプレイヤーネームもあるが、それを本名代わりにするのも少し恥ずかしい。
「所属でも構わん」
「所属……」
それなら簡単だ。
「ミステイク」
「……ミステイク?」
「俺たちのギルド名です」
「ギルド?」
「ああ」
ヴァルガスが何かを考えるように眉を寄せた。
「どういう意味だ?」
「意味?」
一瞬迷ってから、苦笑する。
「間違い、かな」
「……間違い」
「本当は別の名前にするつもりだったんですけど、入力を間違えて」
改めて説明すると情けない。十年近く使って愛着はあるが、元を辿ればただのタイプミスだ。
ところが、ヴァルガスの表情が変わった。
「……別の名になるはずだった?」
「そうです」
「それが、過ちによって《ミステイク》になった……」
「まあ、そんな感じです」
何で言い換えた?
しかも妙に意味深だ。
隣でマインまで小さく息を呑んだ。
「創造主様……」
「何?」
「いえ」
マインは静かに頭を下げた。
「改めて、その御名の深さを理解しただけでございます」
「いや、ただのタイプミスだぞ?」
「はい」
絶対分かってない。
ヴァルガスも、俺とマインを交互に見ている。その顔には先ほどまでとは違う種類の警戒が浮かんでいた。
俺はまだ知らなかった。この世界の古い言葉に、《ミステイク》と酷似した響きを持つ言葉が存在することを。
そして、それが――**『正されるべき世界の過ち』**を意味することを。
ただ街に入りたかっただけの俺たち六人。
その日、《ミステイク》という名は初めて異世界の人間に伝わった。
それが後に、国家さえ震え上がらせる名になるとも知らずに。




