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第四話 森が鳴いた日

「空が……赤い?」

 防衛都市ガルディア。

 その北壁に設けられた監視塔で、若い兵士リックは目を細めた。

 彼の視線の先には、巨大な森がある。

 《迷わずの森》。

 ガルディアに住む者なら、子供でもその名を知っている。

 決して入ってはいけない場所。

 森へ踏み込んだ者は迷わない。

 迷うより先に死ぬからだ。

 幼い頃から何度も聞かされた言葉だった。

「先輩、あれ……」

「見えてる」

 隣に立つ老兵ガレスが低く答える。

 森の奥。

 普段なら深い緑しか見えない場所が、赤く染まっている。

 次の瞬間。

 ――ドォォォン!

 遅れて轟音が届いた。

 監視塔が僅かに揺れる。

「なっ……」

 リックが壁へ手をついた。

 鳥の群れが森から飛び出していく。

 いや、鳥だけではない。

 森の外縁部にいた小型魔獣まで、何かから逃げるように南へ走っている。

 ガレスの顔から血の気が引いた。

「警鐘を鳴らせ」

「え?」

「早くしろ!」

「ですが、魔獣の襲撃はまだ――」

「だからだ!」

 ガレスが怒鳴る。

「あの森の魔獣が逃げてるんだぞ! 何から逃げてると思ってる!」

 リックの背筋が凍った。

 迷わずの森には、人類がまともに戦えない怪物が何体も棲息している。

 その怪物たちが逃げている。

 では。

 森の奥にいるのは何だ?

 カン――カン――カン――!

 警鐘が鳴り響いた。

 街の空気が一変する。

 商人が店を閉める。

 母親が子供の手を引いて家へ駆け込む。

 兵士たちは武器庫へ走り、冒険者たちも城壁へ集まり始める。

 百年以上、ガルディアはここにある。

 迷わずの森から人類圏を守るために。

 魔獣が一体現れれば討伐隊を編成する。

 大型種なら騎士団を出す。

 災害級が確認されれば、住民の避難まで行う。

 だが。

「魔力観測は?」

 北壁の指揮所へ駆け込んできた騎士団長が叫ぶ。

「測定不能です!」

「不能?」

「観測器が振り切れました!」

 室内が静まり返った。

 誰かが小さく息を呑む。

「……故障では?」

「三台とも同じ結果です」

 騎士団長が森を見る。

「討伐隊は出すな」

「しかし、原因を確認しなければ――」

「死体を増やしてどうする」

 即答だった。

「城門を閉鎖。冒険者ギルドへ最高警戒を通達しろ。森から何か出てきた場合は、まず種類を確認する」

「攻撃は?」

「するな」

「え?」

「こちらから攻撃するなと言った」

 騎士団長は拳を握る。

「相手が何かすら分からんのだ」

 その判断が正しかったことを、彼らは間もなく知ることになる。

 *

「思ったより遠いな」

 俺は森を歩きながら呟いた。

 サラによれば、城壁はこの方向にあるらしい。

 走ればすぐ着く。

 だが、それでは五人の能力確認ができないので歩くことにした。

「しかし、変だな」

「何がでしょう?」

 マインが尋ねる。

「さっきから魔物がいなくなった」

 最初はあれほどいたのに、今は気配すらほとんどない。

「創造主様が先ほど殲滅されたことで、周囲の魔物が警戒したのでは?」

「そんなことある?」

「可能性はあるかと」

 ゲームでは、そんな仕様はなかった。

 だが、ここは現実だ。

 魔物にも知性があるなら、危険を感じて逃げることくらいあるのかもしれない。

「それなら悪いことしたな」

「……?」

「いや、狩りすぎたかなって」

 五人が黙った。

「何?」

「いえ」

 マインが微笑む。

「創造主様は慈悲深い御方だと、改めて」

「四十匹くらい焼いた直後に言われても説得力ないけどな」

 俺は苦笑した。

 しばらく歩くと、木々の密度が薄くなってきた。

 光が増える。

 そして。

「おお……」

 森を抜けた。

 視界が一気に開ける。

 遠くに巨大な城壁が見えた。

 ゲームの背景とは違う。

 本物だ。

 壁の上を人が動いている。

 旗が風になびいている。

「本当に人がいる……」

 少し安心した。

 同時に、胸が躍る。

 初めての異世界の街。

「行こう」

 俺は城壁へ向かって歩き出した。

 その瞬間。

 遠くの城壁の上が、慌ただしく動き始めた。

「……?」

 兵士たちがこちらを指差している。

「何かあったのかな」

「恐らく」

 マインが静かに答えた。

「我々を発見したのでしょう」

「……俺たち?」

 その意味を、俺はまだ理解していなかった。

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