↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/42

第三話 森の常識


 森へ足を踏み入れて最初に感じたのは、歩きにくさだった。

「……道がないな」

 巨大な木の根が地面を這い、その隙間を腰ほどの高さまである草が埋め尽くしている。苔に覆われた倒木が行く手を塞ぎ、どこを見ても人が通ったような跡はない。

「長い間、人の手が入っていないようですね」

 マインが周囲を警戒しながら答える。

 夏は俺の後ろ。エルはいつものように地面から少し浮き、マジカは最後尾を歩いている。

 不思議な感覚だった。

 異世界に来た。

 その事実をまだ完全には飲み込めていないのに、五人がいつも通り俺の周囲にいるだけで妙に落ち着く。

 ゲーム画面で何度も見た隊列とほとんど同じだからだろう。

 完全に一人だったら、とっくに取り乱していたかもしれない。

「サラ」

「はい」

「上から周辺を見てもらえる? 森の外とか、人が住んでそうな場所がないか確認してほしい」

「御意」

 サラが黒翼を広げる。

「あ、無茶はするなよ」

「……」

「サラ?」

「私の身を、案じてくださるのですか?」

「そりゃそうだろ」

 当たり前のことを言ったつもりだった。

 だが、サラは一瞬だけ恍惚としたような表情を浮かべる。

「必ずや、ご期待に応えてみせます」

「いや、本当に偵察だけでいいからな?」

「はい」

 飛び立つサラを見送り、ふと隣を見る。

 マインが少し不満そうに見えた。

「どうした?」

「何でもございません」

「本当に?」

「はい。何も」

 ……絶対何かある。

 だが、今は森の調査が先だ。

 俺たちはさらに奥へ進んだ。

 十分ほど経った頃。

 ガサッ。

 前方の茂みが大きく揺れた。

 マインが即座に俺の前へ出る。

「グルルルル……」

 姿を現したのは巨大な狼だった。

「……でかいな」

 全長三メートルほど。額には一本の角があり、口元から紫色の唾液が垂れている。

 その一滴が草に落ちた。

 ジュッ、と音がして白い煙が上がる。

「毒か」

 怖い。

 当たり前だ。

 画面の中ならともかく、三メートルの狼を目の前にして何も感じないほど肝は据わっていない。

 だが同時に、胸が高鳴っていた。

 本物の魔物だ。

「創造主様。私が排除いたします」

「待って」

 前へ出ようとしたマインを止める。

「俺がやってみる」

「創造主様御自ら?」

「身体がどのくらい動くか確認したい」

 魔法が使えることは分かった。

 なら、ステータスは?

 ゲーム時代の能力がそのままなら、こいつは大した相手ではないはずだ。

 でも違ったら?

 普通に噛み殺される可能性もある。

「……危なそうなら助けて」

「無論でございます」

 即答だった。

 少し安心する。

 狼が腰を落とした。

 来る。

 次の瞬間、地面を蹴った。

「っ!」

 速い。

 そう思った瞬間、俺の身体も勝手に動いていた。

 横へ一歩。

「うおっ!?」

 景色が飛んだ。

 気づけば十メートル以上離れている。

 狼が俺のいた場所を通過した。

「……速っ」

 俺は自分の足を見る。

 ゲーム時代、俺が馬鹿みたいに上げ続けたステータス。

 速度。

 完全に残っている。

「ちょっと走ってみるか」

 地面を蹴る。

 世界が流れた。

「ははっ!」

 思わず笑った。

 速い。

 とんでもなく速い。

 風を切り、木々の隙間を駆け抜ける。

 ゲーム画面では何万回とやったことなのに、自分の身体で体験すると全く違う。

 楽しい。

 狼が必死に追ってくる。

 その先に巨大な猪がいた。

「お」

 昔の癖が出た。

 猪の横を駆け抜ける。

 当然、そいつも追ってきた。

 さらに先には熊。

 その奥には狼が数匹。

「結構いるな」

 だったら一匹ずつ倒す必要はない。

 俺は森を走り回った。

 一匹。

 三匹。

 十匹。

 二十匹。

 気づけば背後から地響きが聞こえている。

 懐かしい。

 俺がゲームで何年も繰り返した狩り方だ。

「創造主様」

「うわっ!」

 突然横から声をかけられた。

 マインが何事もないように並走している。

「びっくりした……」

「申し訳ございません」

「どうした?」

「創造主様をお守りしております」

「大丈夫だって」

「存じております」

「じゃあ何で?」

「お側にいたいので」

「……そっか」

 真顔で言われると困る。

 自分で作ったとはいえ、マインはかなりの美人だ。

 しかもサキュバス。

 ゲーム画面なら何とも思わなかったのに、こうして隣にいると妙に意識してしまう。

「創造主様?」

「何でもない」

 誤魔化すように速度を上げた。

 やがて背後の魔物は四十体近くまで増えていた。

「これくらいでいいか」

 足を止める。

 振り返れば、様々な魔物が雪崩のように押し寄せている。

 画面越しなら見慣れた光景。

 でも現実に見ると――。

「……結構怖いな」

 冷や汗が出る。

 失敗したら普通に死ぬんじゃないか?

 それでも、魔法の使い方は分かる。

 右手を上げた。

「《メテオ・レイン》」

 世界が赤く染まった。

 空に無数の火球が生まれる。

 次の瞬間、それらが一斉に降り注いだ。

 轟音。

 爆風。

 大地が揺れる。

 熱風が頬を撫で、思わず腕で顔を覆った。

 やがて静寂が戻る。

 恐る恐る腕を下ろした。

「……え?」

 一匹もいない。

 地面には巨大なクレーターだけが残っている。

「弱くない?」

 ゲームなら何匹かは残る。

 高HP個体。魔法耐性持ち。属性無効。

 そういう面倒な奴が混ざるのが普通だった。

「一匹くらい耐えると思ったんだけど」

 マインも焼け焦げた大地を見ている。

「私も同意見でございます」

「だよな」

 この辺が低レベル地域なのだろうか。

 だったら人里も近いかもしれない。

 そう考えたときだった。

 上空から黒い影が降りてきた。

「創造主様」

「サラ。おかえり」

「森の外を確認いたしました」

「本当?」

「はい。その先に、巨大な城壁がございます」

「街か?」

「人間のものと思われます」

 思わず顔が綻んだ。

 ようやく、この世界について知る手掛かりが見つかった。

「よし」

 俺は焼け焦げた森を振り返る。

「行ってみよう」

 このとき俺は、まだ一つ勘違いしていた。

 ここが低レベル地域なのではないか、と。

 実際は正反対だった。

 俺がたった今まとめて消し飛ばした四十体の魔物。

 その一体一体が、人間にとって命懸けで戦う相手だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。