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第十四話 戦場を駆ける者

風が耳元を裂く。


ノアルは走っていた。


右。


左。


前。


そして再び右。


足元の地面が一瞬で後方へ流れていく。


背後。


ドドドドドド――。


地面そのものが鳴っている。


ちらりと振り返る。


「おお」


増えた。


かなり増えた。


正確な数は分からない。


千は確実。


ひょっとすると千五百近いかもしれない。


「これくらいならいいかな」


ノアルにとって。


これは懐かしい光景だった。


ゲーム時代。


一体ずつ敵を倒すなど効率が悪い。


速度に特化した自分の利点を生かし、可能な限り敵を引きつける。


攻撃が当たらない程度の距離を維持。


群れから離れそうな敵がいれば少し速度を落とす。


別の敵を見つければ、その横を通って注意を引く。


そして。


十分に集まったところで――。


まとめて焼く。


それがノアルの基本的な狩り方だった。


「懐かしいな」


少し楽しくなってきた。


前方。


オーガの群れ。


ノアルは速度を上げる。


「おい!」


城壁から叫び声。


「そっちは駄目だ!」


当然聞こえている。


だがノアルは止まらない。


オーガの群れの中央へ。


正確には。


中央ぎりぎりを横切る。


「グォォォォ!」


オーガたちが反応した。


「よし」


ノアルが進路を変える。


オーガも追う。


背後の大群へ合流。


さらに増えた。


城壁上。


「何やってるんだ、あいつ!」


冒険者が頭を抱えていた。


「敵を増やしてるぞ!」


「戻れ!」


「囲まれる!」


だが。


マインだけは静かだった。


「御心配には及びません」


「心配するだろ!」


一人の冒険者が思わず返す。


「もう千以上いるんだぞ!」


「ええ」


「ええ、じゃない!」


マインはノアルを見る。


その瞳に不安はない。


「あるじ様は、逃げておられるのではありません」


「じゃあ何を――」


冒険者の言葉が止まった。


ノアルが。


止まった。


戦場の中央。


周囲に味方はいない。


正面にノアル。


その背後から。


黒い濁流が迫る。


「止まった……?」


「馬鹿!」


「走れ!」


魔物の先頭が迫る。


百メートル。


八十。


五十。


ノアルは動かない。


「何してるんだ!」


三十。


二十。


そこで。


ノアルが振り返った。


「うん」


密集している。


いい感じだ。


「この辺かな」


右手を上げる。


魔力を流す。


空気が変わった。


最初に気づいたのは魔術師たちだった。


「……何だ?」


一人が空を見る。


「魔力が……」


上空。


小さな光が生まれた。


一つ。


二つ。


十。


百。


「何だ、あれ……」


光点が増える。


その背後。


巨大な魔法陣が展開された。


さらに。


その上。


二つ目。


三つ目。


幾重にも重なる魔法陣。


戦場の空が。


光で覆われていく。


城壁上の魔術師たちが息を呑んだ。


「あり得ない……」


魔法陣の規模。


込められた魔力。


術式の複雑さ。


どれ一つ取っても理解の範囲を超えている。


そして。


ノアルの背後。


魔物が十メートルまで迫った。


「撃て!」


誰かが叫んだ。


ノアルが指を下ろす。


「《天墜星界》」


空が落ちた。


無数の光。


一千を超える光条が。


一斉に地上へ降り注ぐ。


最初の一撃。


オーガの身体が消し飛ぶ。


二撃目。


トロルの胸を貫通。


三撃。


十撃。


百撃。


直後。


爆発。


ドドドドドドドドドド――!


音が繋がった。


一つ一つの着弾が地面を抉る。


土。


炎。


光。


魔物の身体。


全てが空へ巻き上げられる。


「伏せろ!」


バルガンが叫ぶ。


一瞬遅れて。


衝撃波。


ドォォォォン――!


リヴァティの城壁が揺れた。


冒険者たちが腕で顔を覆う。


救護区画の布が吹き飛ぶ。


水で身体を支えていたエルの髪が激しく靡く。


「まあ……」


サラは空中で翼を広げ、衝撃を受け止める。


夏は炎の向こうを見つめる。


マジカは正門前から顔を上げた。


そして。


マインだけは。


微笑んでいた。


「あるじ様……」


光はまだ終わらない。


降り注いだ無数の光が地面へ突き刺さり。


最後に。


全ての魔法陣が一つへ重なった。


中央。


巨大な光。


「……え?」


城壁上の誰かが漏らす。


次の瞬間。


白。


視界が消えた。


遅れて。


轟音。


大地が跳ねた。


城壁上の全員が姿勢を崩す。


空気そのものが殴りつけてくる。


誰も。


何も見えない。


聞こえるのは轟音だけ。


やがて。


静かになった。


「……」


誰も動かない。


戦場を巨大な土煙が覆っている。


一秒。


二秒。


風が吹く。


煙が流れる。


最初に見えたのは。


地面だった。


いや。


地面だった場所。


巨大な窪地。


焼け焦げ。


所々が赤く融けている。


その中に。


魔物の姿はない。


千を超えていた。


あれほどいた。


黒い地平線を作っていた魔物たちが。


消えている。


「……嘘だろ」


誰かが呟く。


その中央。


一人。


立っている。


ノアル。


服の裾に少し土がついている程度。


怪我はない。


息も乱れていない。


ノアルは周囲を見回した。


「うん」


かなり綺麗に入った。


久しぶりだったので、少し範囲指定が心配だったが。


「結構うまくいったな」


城壁。


「…………」


誰も答えない。


ノアルが顔を上げる。


「あれ?」


皆がこちらを見ている。


「そっちは大丈夫ー?」


手を振る。


誰も振り返さない。


「……聞こえてないのかな」


ノアルは首を傾げた。


城壁上。


バルガンが口を開く。


閉じる。


もう一度開く。


「……鉄級」


呟く。


手元には。


ノアルたちの資料。


銀級昇格試験中。


その文字を見る。


そして。


目の前の焦土を見る。


「何を試験するんだ……?」


答えられる者は。


どこにもいなかった。

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