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第十三話 最強の配下

「何をしているんだ……?」


城壁の上で、一人の冒険者が呟いた。


答えられる者はいない。


戦場を、一人の男が駆けている。


ノアル。


その後ろには、もはや数えることすら馬鹿らしくなるほどの魔物がいた。


森狼。


牙猪。


オーガ。


トロル。


昆虫型の魔物。


本来なら互いに争っていてもおかしくない種族が、今は一つの巨大な濁流となってノアルを追っている。


「千はいるぞ……」


「いや、もっと増えてる!」


「何で攻撃しないんだ!?」


城壁から見れば、ノアルが追われているようにしか見えない。


だが。


「違います」


静かな声がした。


バルガンが振り向く。


マインが戦場を見つめていた。


「違う?」


「あるじ様は追われているのではありません」


その視線の先。


ノアルが進路を変えた。


前方には百体ほどの魔物。


普通なら避ける。


しかしノアルは、その群れのすぐ横を駆け抜けた。


魔物たちが一斉に反応する。


新たな群れが、後ろの大群へ加わった。


「……集めている?」


バルガンが呟く。


「はい」


マインには分かる。


ノアルは無秩序に走っているのではない。


魔物の位置。


数。


移動方向。


リヴァティ側の防衛線。


その全てを見ながら、魔物だけを一ヶ所へ集めている。


そして、その影響はすでに戦場全体へ広がっていた。


「右翼の敵が減っている……」


バルガンが気づく。


先ほどまで崩壊寸前だった右翼。


今では夏の炎によって押し返され、さらにノアルが周辺の魔物を引きつけたことで、敵の密度そのものが大きく低下している。


空はサラが制圧。


正門はマジカが完全に封鎖。


中央ではエルが負傷者を支援している。


「サラ」


マインが空を見上げた。


遥か上空のサラがこちらを見る。


「北側から三十二。あるじ様の進路へ入る可能性があります。処理してください」


サラが微笑む。


「承知いたしました」


黒い翼が翻る。


直後、北側の飛行魔物が次々と墜落した。


「夏」


「はい」


「右翼は追撃不要です。その位置を維持してください」


遠方の夏が小さく頭を下げる。


「マジカはそのまま正門を」


マインは次々と指示を出していく。


バルガンは言葉を失っていた。


六人。


たった六人。


それなのに。


彼らが戦場へ入ってから、リヴァティ側の防衛線がまるで別物になった。


一人一人が強いだけではない。


ノアルが敵を動かし。


マインが全体を調整し。


残る四人が、それぞれの場所を完全に支配している。


まるで。


「……軍隊だ」


バルガンが漏らした。


その時だった。


「副支部長!」


叫び声。


左前方。


数人の冒険者が吹き飛んだ。


その中心から巨大な影が現れる。


三メートルを超える人型。


全身を黒い甲殻で覆い、二本の巨大な腕を持つ魔物。


「アビス・タイラント……!?」


誰かが叫んだ。


バルガンの顔色が変わる。


「なぜこんなものまで……!」


上位危険種。


通常なら金級を中心とした討伐隊を組む相手だ。


すでに三人の金級冒険者が立ち向かっている。


大剣。


槍。


魔法。


三方向からの攻撃。


だが。


ギィン!


大剣が弾かれた。


槍も甲殻を貫けない。


炎が直撃しても、黒い外殻が赤熱しただけ。


「下がれ!」


バルガンが叫ぶ。


遅い。


アビス・タイラントの腕が振られた。


金級冒険者が盾ごと吹き飛ぶ。


城壁へ叩きつけられた。


「ぐっ……!」


「治癒術師!」


さらに魔物が進む。


その先にいたのは。


マイン。


「危ない!」


冒険者が叫んだ。


マインは振り返る。


アビス・タイラントが腕を振り上げていた。


巨大な拳が落ちる。


ドンッ!


地面が揺れた。


「……っ!」


誰かが息を呑む。


しかし。


拳は止まっていた。


マインの頭上。


細い片腕。


その手のひらで。


巨大な拳を受け止めている。


「……は?」


バルガンの口から間の抜けた声が出た。


マインは動いていない。


足元の地面にすら、ほとんど亀裂がない。


アビス・タイラントが腕に力を込める。


マインは小さく息を吐いた。


「申し訳ありませんが」


空いている手を上げる。


「あるじ様の御邪魔です」


拳を振るった。


轟音。


黒い巨体の上半身が消えた。


一瞬遅れて衝撃波が走る。


残された下半身だけが、その場に立っている。


やがて。


ドサリ。


倒れた。


「…………」


誰も声を出せない。


先ほど。


金級三人でも傷らしい傷をつけられなかった魔物。


それを。


一撃。


しかも。


マインは死体を見ることすらしなかった。


「サラ」


「はい」


「北側は?」


「処理済みでございます」


「ありがとうございます。夏、右翼を十歩ほど前へ。敵が再集結しています」


「承知しました」


マインは何事もなかったように指揮へ戻る。


バルガンがその横顔を見る。


空を支配した堕天使。


戦場を焼き払った雪女。


正門を一頭で守る麒麟。


水を自在に操る人魚。


誰もが化け物じみた強さだった。


だから。


無意識に思っていた。


この女は彼らをまとめる指揮役なのだと。


戦闘能力では、他の四人ほどではないのだと。


「……まさか」


バルガンの背筋に冷たいものが走る。


「あんた……」


マインが見る。


「はい?」


バルガンは聞けなかった。


――あの五人の中で、あんたが一番強いのか。


その質問を口にすることすら躊躇われた。


マインは再びノアルへ視線を戻す。


大群はさらに膨れ上がっている。


千。


それ以上。


まだ増える。


そして。


マインの表情が僅かに変わった。


「あるじ様……」


ノアルが向きを変えた。


大群を引き連れたまま。


さらに戦場の奥へ。


魔物が最も密集している場所へ向かっていく。


「まだ……集められるおつもりなのですか」


驚き。


そして。


それ以上の期待。


マインの口元に微かな笑みが浮かぶ。


彼女には分かっていた。


まだ。


あるじ様は。


本当の意味では、何もしていない。

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