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第十一話 正門の麒麟

「門を閉じろ!」


重い音を立て、リヴァティの正門が閉じられていく。


門の外に展開していた部隊の多くはすでに内側へ退避していた。


理由は単純。


正面から迫っている魔物が、他の場所より明らかに大型だからだ。


トロル。


装甲犀。


岩のような外皮を持つ大蜥蜴。


そのさらに後方には、巨大な牙を持つ魔獣。


数だけなら右翼より少ない。


それでも。


「城門が持つのか……?」


門兵の一人が呟いた。


正門は分厚い。


攻城戦すら想定して作られている。


だが大型魔物が何十体も同時に突進してくれば、話は違う。


「補強材を急げ!」


「魔術師を回せ!」


怒号が飛び交う。


そんな中。


一人の門兵が城壁下を見て、目を疑った。


「……おい」


「どうした!」


「あそこ」


正門の外。


たった一頭。


獣が立っている。


「何であいつが外にいる!?」


見覚えがあった。


昨日。


自分たちが止めた魔獣。


名前は――。


「マジカ……だったか?」


虎ほどの大きさ。


決して小さくはない。


だが。


迫ってくる魔物たちと比較すれば、あまりにも小さい。


装甲犀などマジカの何倍もの重量がある。


トロルも同様。


「誰か連れ戻せ!」


門兵が叫ぶ。


だが、別の兵士が答える。


「無理だ! もう門を開けられない!」


「だったら上から――」


その時。


マジカが顔を上げた。


遠く。


戦場のどこかにいるノアルの方角を見る。


少し前。


主から告げられた言葉が、まだ耳に残っている。


『マジカ。正門』


そして。


『任せていい?』


任せる。


その言葉が。


マジカには何より重かった。


自分は主要NPCの中では新参。


他の者たちと比べれば、主と過ごした時間も短い。


それでも。


ノアルは言った。


仲間だと。


リヴァティへ入るためなら、自分だけ外へ残しても何の問題もなかったはずだ。


それでも主は。


『できれば一緒に入りたい。仲間なんで』


そう言った。


あの言葉を。


マジカは決して忘れない。


そして今。


その仲間である自分へ。


正門を任せた。


「ならば」


低い声が漏れる。


「一歩たりとも」


マジカの四肢に力が入る。


「通すものか」


最前列。


巨大な装甲犀が突進してきた。


地響き。


一歩ごとに地面が揺れる。


城壁上の兵士が叫ぶ。


「避けろ!」


マジカは動かない。


真正面。


装甲犀が迫る。


距離、五十。


三十。


十。


「マジカ!」


昨日彼を止めた門兵が思わず名前を叫んだ。


激突。


轟音が響いた。


土煙が上がる。


「……っ」


門兵が目を閉じる。


あの体格差。


まともに受ければ――。


土煙が晴れる。


「……は?」


声が漏れた。


マジカは。


同じ場所に立っていた。


一歩も動いていない。


対して。


装甲犀の突進が止まっている。


その巨大な角を。


マジカが頭で受け止めていた。


「嘘だろ……」


装甲犀が前へ進もうとする。


地面を四肢が抉る。


それでも動かない。


マジカの脚元にも亀裂が走る。


だが。


後ろへは下がらない。


「この程度で」


マジカの身体から光が漏れ始めた。


「あるじより任された場所を」


雷。


青白い稲妻が全身を包む。


「抜けると思うな!」


頭を振り上げた。


巨大な装甲犀が。


浮いた。


「な――」


何トンあるのかも分からない巨体が宙を舞う。


そのまま後方へ吹き飛び。


後続の魔物を巻き込みながら地面へ叩きつけられた。


ドォォン!


一瞬。


魔物の群れすら止まった。


マジカが前脚で地面を掻く。


雷が角へ集まる。


「来い」


群れが動いた。


トロル。


大蜥蜴。


装甲犀。


数十体が一斉に突進する。


マジカも走った。


正面から。


たった一頭で。


激突。


最初のトロルの胸へ頭から突っ込む。


胸郭が陥没した。


身体を捻る。


後脚が別の魔物の顎を砕く。


牙が迫る。


低く潜る。


すれ違いざまに角が腹を裂く。


右から棍棒。


マジカは避けない。


肩で受ける。


棍棒の方が砕けた。


「グォォォ!」


トロルが吠える。


マジカが顔を向ける。


「騒がしい」


雷光。


一瞬でトロルが黒焦げになる。


その背後。


さらに数十。


マジカは止まらない。


雷を纏い。


炎を吐き。


肉体そのものを武器にして。


敵陣を真正面から粉砕していく。


技巧ではない。


小細工でもない。


純粋な力。


真正面から来るなら。


真正面から上回る。


一体。


十体。


二十体。


マジカが進むたび、巨大な魔物が左右へ吹き飛ぶ。


城壁上。


誰も声を出せなかった。


「……なあ」


昨日の門兵が呟いた。


「俺……」


隣の兵士が見る。


「昨日、あいつに何て言った?」


「知らん」


「その魔獣は何だ、って……止めたんだよ」


「……」


「俺、あれを街に入れるかどうかで止めたのか?」


隣の兵士はしばらく黙った。


「仕事だから仕方ない」


「そういう問題か?」


眼下。


マジカが装甲犀を角で持ち上げ、別のトロルへ投げつけた。


二体まとめて吹き飛ぶ。


「……よく生きてたな、俺」


「だから仕事だって言ってるだろ」


だが。


その声も震えていた。


戦場では。


魔物たちの動きが変わり始めていた。


正門へ向かっていた群れが。


左右へ逸れ始める。


本能が告げている。


あそこを通ってはならない。


だがマジカは追わなかった。


任されたのは正門。


敵を殲滅することではない。


ここを通さないこと。


マジカは血に濡れた地面の上へ戻る。


正門を背に。


再び立つ。


「……」


その前方には。


もう。


正面から近づこうとする魔物はいなかった。


マジカは静かに息を吐く。


「あるじ」


誰にも聞こえないほど小さな声。


「お任せいただき、ありがとうございます」


その瞳には。


喜びがあった。


守れた。


主から預かった場所を。


ならば。


次に任される時は、さらに完璧に。


そしていつか。


自分が主の遠征へ同行することになっても。


主の居城を任せられる者を。


自分の代わりを。


育てなければならない。


その考えはまだ、ぼんやりとしたものだった。


だが後に。


迷わずの森に住むハイ・フォレストゴブリンたちにとって。


この日のマジカの決意は。


さらなる悪夢と呼ぶべき訓練の日々の始まりとなる。


今の彼らがそれを知る由もない。


その頃。


城壁中央では別の異変が起きていた。


負傷者が次々と運び込まれる中。


人魚の女が静かに両手を広げる。


その周囲へ。


どこからともなく。


大量の水が集まり始めていた。

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