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第八話 リヴァティ防衛戦

最初の衝突は、リヴァティ側の圧勝に見えた。


「放て!」


号令と同時に、城壁上から無数の矢が飛ぶ。


空を覆った矢が弧を描き、平原を駆ける魔物へ降り注いだ。


森狼が転倒する。


牙猪が地面へ頭から突っ込む。


その後方ではオーガが何本もの矢を受け、それでも走り続ける。


「魔術隊!」


次の号令。


詠唱を終えた魔術師たちが杖を掲げる。


炎。


風。


岩。


様々な魔法が城壁から放たれた。


着弾。


爆発。


土煙。


数十体の魔物がまとめて吹き飛ぶ。


「おお」


ノアルが感心した。


「結構強い」


「当然だ!」


近くにいた冒険者が叫ぶ。


「リヴァティを舐めるなよ!」


その顔には僅かに笑みすら戻っていた。


城門前では騎士たちが大型の盾を並べ、突破してきた魔物を槍で仕留める。


その隙間を銀級以上の冒険者たちが駆け抜けた。


剣が閃く。


斧がオーガの膝を砕く。


魔術師が足を止めた魔物へ追撃を放つ。


一体。


十体。


百体。


魔物が次々と倒れていく。


「いけるぞ!」


誰かが叫んだ。


歓声が上がる。


確かに強い。


ノアルは素直にそう思った。


兵士たちは訓練されている。


冒険者も互いの役割を理解している。


魔術師たちも、味方を巻き込まない位置を選んで魔法を放っている。


だが。


マインは歓声を上げなかった。


「……減っておりません」


小さな声だった。


ノアルが横を見る。


「うん」


倒れている。


確実に倒している。


それでも。


地平線を覆う黒は薄くならない。


第一波の後ろから第二波。


その後ろから第三波。


さらに森から新たな魔物が姿を現す。


「第二射、用意!」


弓兵たちが再び構える。


矢が飛ぶ。


魔法が炸裂する。


また何十体も倒れる。


それでも進む。


「大型種!」


城壁上から叫び声。


群れの中から、周囲より頭二つほど大きな影が現れた。


巨体。


灰色の皮膚。


丸太ほどもある棍棒。


「トロルだ!」


一体ではない。


五体。


十体。


さらに後ろにもいる。


「集中射撃!」


矢が突き刺さる。


だが止まらない。


魔法が直撃する。


一体が倒れる。


その横を別のトロルが通り過ぎる。


「くそっ!」


城門前の冒険者が歯を食いしばった。


「来るぞ!」


ドォン!


巨大な棍棒が盾へ叩きつけられる。


最前列の騎士が数人まとめて吹き飛ばされた。


「穴を塞げ!」


銀級冒険者たちが飛び込む。


剣士が脚を斬る。


槍使いが腹を貫く。


魔術師が頭部へ炎を叩き込む。


ようやく一体が倒れた。


だが、その背後にはさらに三体。


「まだ来るぞ!」


戦闘開始から、まだ大した時間は経っていない。


それでも空気が変わり始めていた。


最初にあった余裕が消えている。


弓兵の射撃間隔が遅くなる。


魔術師の呼吸が荒くなる。


負傷者が次々と後方へ運ばれていく。


冒険者の剣には魔物の血がこびりつき、刃こぼれし始めている。


敵が強いからではない。


多すぎるのだ。


一体倒している間に二体。


二体倒している間に三体。


それでもリヴァティ側は踏み止まる。


「右側、押されているぞ!」


「銀級を二組回せ!」


「飛行種が来る!」


上空。


鳥型魔物の群れが城壁を越えようと高度を上げる。


「弓兵! 上だ!」


地上への射撃が止まる。


その分だけ地上の魔物が近づく。


「魔術隊、撃て!」


「駄目です! 前列は魔力が――!」


「交代させろ!」


「後列も残り半分です!」


怒号。


悲鳴。


命令。


爆発音。


戦場が急速に混乱し始める。


ノアルは黙って見ていた。


隣ではサラが翼を僅かに広げている。


夏の周囲では空気が微かに揺らぎ始めていた。


マジカは伏せていた身体を起こしている。


エルも城門前の負傷者たちを見つめていた。


誰も口には出さない。


ただ一人。


ノアルの命令を待っている。


その時だった。


「右翼突破されるぞ!」


城壁の端から叫び声が上がる。


ノアルが見る。


十数体のオーガと二体のトロルが、崩れた防衛線へ殺到していた。


その先には負傷者を運んでいる兵士たちがいる。


「行ってきます」


夏が言った。


「まだ」


ノアルが止める。


夏は即座に動きを止めた。


次の瞬間。


「うおおおお!」


一人の冒険者が飛び出した。


大剣を持った巨漢。


その後ろから四人の仲間が続く。


「金級パーティーだ!」


誰かが叫ぶ。


巨漢の大剣がオーガを両断する。


魔術師の雷撃が二体をまとめて焼く。


斥候らしき男がトロルの脚を切り裂き、弓使いが眼球を射抜く。


強い。


五人だけで崩れかけた右翼を押し戻していく。


ノアルの口元に笑みが浮かぶ。


「すごいな」


本心だった。


この世界にも強い者たちはいる。


自分たちとは基準が違うとしても、彼らは自分たちの力で必死に街を守っている。


だから。


ノアルもぎりぎりまで手を出さなかった。


彼らの戦いを奪いたくなかった。


だが――。


「あるじ様」


マインが静かに呼ぶ。


ノアルも分かっていた。


金級パーティーが押し戻した、そのさらに向こう。


黒い群れが割れる。


巨大な影が姿を現した。


四本腕の巨人。


他のオーガより倍近い。


手にはそれぞれ巨大な武器。


「オーガジェネラル……!」


バルガンの顔色が変わった。


「なぜあんなものまで!」


オーガジェネラルが吠える。


空気が震えた。


周囲の小型魔物が一斉に走り出す。


金級冒険者の巨漢が大剣を構えた。


「来い!」


激突。


大剣と巨大な斧がぶつかる。


金属音。


次の瞬間。


巨漢の身体が宙を舞った。


「ガルド!」


仲間の悲鳴。


巨漢は地面を転がりながらも立ち上がろうとする。


だが二本目の腕が振り上げられる。


「まずい」


ノアルが呟いた。


そして。


「マイン」


「はい」


それだけで、マインの表情が変わった。


「そろそろ手伝おう」


「御意」


五人が同時にノアルを見る。


周囲の空気が変わった。


ノアルは城壁の外を見渡した。


敵の数。


飛行種。


右翼。


左翼。


正門。


負傷者。


一度視線を巡らせる。


「サラ」


「はい」


「空をお願い。ただし、高く上がりすぎないで。エルの件があるから」


サラの翼が大きく開く。


「御意」


「夏」


「はい」


「右翼。味方を巻き込まないように」


夏が静かに頭を下げる。


「お任せください」


「エル」


「あら、私は?」


「城壁周辺と負傷者をお願い。浮遊がおかしくなったら、すぐ地上に降りて」


エルが柔らかく微笑む。


「ええ。あるじ様の仰せのままに」


「マジカ」


麒麟が一歩前へ出る。


「正門」


マジカの瞳が輝いた。


「任せていい?」


ほんの一瞬。


マジカは動かなかった。


任せる。


仲間だから。


あの日、門前で告げられた言葉が蘇る。


そして今。


主は都市の正面を、自分へ預けた。


マジカは深く頭を垂れた。


「――御意」


最後にノアルはマインを見る。


「マインは全体を見て。危ないところがあったら任せる」


「承知いたしました」


マインは一礼した。


そして尋ねる。


「あるじ様は?」


「俺?」


ノアルは城外を見る。


まだ。


数え切れないほどいる。


「適当に動くよ」


その言葉を聞いたマインだけが、僅かに笑った。


「承知いたしました」


バルガンが慌てて近づいてくる。


「待て! 何をするつもりだ!?」


ノアルは振り返る。


「手伝います」


「それは分かる! だが六人だけで――」


途中で言葉が止まった。


サラが城壁から飛び立った。


黒い翼が大きく開く。


一人。


ただ一人で。


空を埋め尽くす飛行魔物へ向かっていく。


「お、おい!」


別方向では夏が階段を降り始めていた。


その足取りは散歩にでも向かうように静かだ。


エルは負傷者の集まる区画へ。


マジカは正門へ向けて歩き出す。


「待たせてごめんね」


ノアルが五人の背中へ声を掛ける。


サラが空中で振り返る。


夏が足を止める。


エルが微笑む。


マジカが首だけを僅かに向ける。


マインはノアルの隣に立ったままだった。


「もういいよ」


ノアルは笑った。


「好きに戦って」


次の瞬間。


五人の気配が変わった。


バルガンの全身に鳥肌が立つ。


今まで。


彼らは何もしていなかったのではない。


戦えなかったのでもない。


ただ――。


待っていただけなのだ。


「……なんだ、こいつら」


誰かが呟いた。


その答えを知る者は、まだリヴァティにはいなかった。


そして。


空ではサラが最初の飛行魔物と交差した。


右翼では夏が崩れかけた戦列の前へ出る。


正門ではマジカが地面を踏みしめる。


エルの周囲には大量の水が生まれ始めていた。


マインは戦場全体を静かに見渡す。


最後にノアルが城壁の縁へ片足を掛けた。


眼下には、数千の魔物。


ノアルは楽しそうに笑う。


「さて」


そして。


城壁から飛び降りた。

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