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第七話 黒い地平線

警鐘は鳴り止まなかった。


ゴォン――。


ゴォン――。


重い音がリヴァティ全体へ響き渡るたび、街の空気が変わっていく。


つい先ほどまで客を呼び込んでいた商人たちは商品を片付け始め、通りを歩いていた住民たちは家路を急ぐ。


逆に、流れへ逆らうように城壁へ向かって走る者たちがいた。


衛兵。


騎士。


そして冒険者。


「ずいぶん慣れてるな」


ノアルは周囲を見ながら呟いた。


混乱はしている。


だが、誰も好き勝手に逃げ回ってはいない。


「交易都市ですから」


マインが答える。


「これほどの都市であれば、魔物や盗賊への備えも整えているのでしょう」


「なるほど」


その時、冒険者ギルドの扉が勢いよく開いた。


「戦闘可能な冒険者は残れ!」


職員の声が響く。


「銅級以下は住民の避難誘導! 鉄級以上は装備を整えて北東城壁へ向かえ! 銀級以上はギルド内で指示を待て!」


集まっていた冒険者たちが一斉に動き出す。


ノアルは自分の鉄級証を見る。


「俺たちも城壁?」


「試験中とはいえ、現在の登録上は鉄級ですね」


マインが答える。


「じゃあ行こうか」


「あるじ様」


サラが翼を僅かに開く。


「私が先に偵察を」


ノアルは一瞬考えた。


「いや、今はやめとこう」


「承知いたしました」


サラは理由を尋ねなかった。


エルの浮遊魔法に異常が起きている。


原因が分からない以上、サラを高高度へ上げる必要はない。


「城壁まで行けば見えるでしょ」


「御意」


北東城壁へ向かうにつれ、人の流れが完全に二つへ分かれていった。


住民は中心部へ。


戦える者は外周へ。


やがて巨大な城壁が見えてくる。


階段を上がったノアルは、その高さに少し感心した。


「おお、高い」


「観光してる場合じゃねえぞ!」


近くの冒険者が思わず叫ぶ。


「ごめん」


悪びれずに謝り、ノアルは城外へ視線を向けた。


そして。


黙った。


平原。


その先に森。


さらに遠くには丘陵が続いている。


最初は何も異常がないように見えた。


だが。


地平線の一部が――黒い。


「……あれ?」


ノアルが目を細める。


黒い帯が動いている。


いや。


帯ではない。


無数の何かが、こちらへ向かって進んでいる。


隣にいた冒険者が息を呑んだ。


「嘘だろ……」


別の男が呟く。


「報告じゃ数百じゃなかったのか?」


城壁上に次々と人が集まってくる。


弓兵。


魔術師。


騎士。


冒険者。


誰もが遠方を見て、言葉を失う。


距離が縮まるにつれ、黒い帯の正体が見えてきた。


森狼。


牙猪。


巨大な角を持つ牛型魔獣。


オーガ。


トロル。


昆虫型魔物。


さらに、その上空には鳥型や翼竜型の魔物までいる。


「種類が……」


夏が静かに呟く。


「多すぎます」


ノアルも頷いた。


昨日ギルドで聞いた通りだった。


普通なら争うはずの魔物たちが、互いを襲うこともなく同じ方向へ進んでいる。


「推定数!」


城壁上で指揮官らしき男が叫ぶ。


遠見の魔道具を覗いていた兵士が答えない。


「どうした!」


「……三千」


声が震えていた。


「少なくとも三千以上!」


ざわめきが走る。


しかし別の監視兵が叫んだ。


「後続があります!」


「何!?」


「森の奥から、まだ出てきています!」


沈黙。


誰かが小さく呟いた。


「五千……?」


それすら推測でしかない。


群れの最後尾が見えないのだ。


ノアルは黒い大群を眺める。


「多いなあ」


周囲から何人かが振り返った。


あまりにも感想が軽い。


「あるじ様」


マインが静かに尋ねる。


「いかがなさいますか?」


「うーん」


ノアルは城壁を見る。


十分高い。


兵士も多い。


魔術師もいる。


それでも、あの数を相手にするとなると話は別だろう。


「まずはここの人たちの指示を聞こう」


「承知いたしました」


マインの口元に、ごく僅かな笑みが浮かんだ。


自分たちだけなら、あの程度の群れなど恐れる必要はない。


だがここはリヴァティ。


守るべき住民がいる。


好き勝手に大魔法を撃てば、それこそ都市側の邪魔になる可能性がある。


だから主は、まず現地の指揮系統を尊重した。


やはり――。


マインの思考を遮るように声が響いた。


「お前たち!」


武装した壮年の男がこちらへ歩いてくる。


胸元には冒険者ギルドの徽章。


「ガルディアから来た六人組だな?」


「はい」


「護衛試験中だと聞いている」


男はノアルたちを見回した。


そしてマジカで一瞬止まる。


「……そいつも戦えるのか?」


「マジカ?」


ノアルが振り返る。


マジカが低く答えた。


「あるじの御命令とあらば」


壮年の男の眉が動いた。


「喋るのか……」


「喋りますよ」


「そうか……」


男は何かを諦めたように頷いた。


「俺はリヴァティ支部の副支部長、バルガンだ」


その視線が真剣になる。


「状況が変わった。試験がどうこう言っていられる規模じゃない」


ノアルも表情を改める。


「協力してほしい」


「分かりました」


即答だった。


バルガンの方が一瞬戸惑った。


「……条件は聞かないのか?」


「街を守るんですよね?」


「ああ」


「だったら、それで」


ノアルは再び城外を見る。


黒い群れは、先ほどより明らかに大きくなっている。


「あれを街に入れなきゃいいんですよね?」


「……そうだ」


バルガンは頷いた。


「簡単に言えばな」


「分かりました」


ノアルは笑った。


「じゃあ、そうします」


その声音には気負いも恐怖もない。


バルガンは思わずノアルの横顔を見た。


この青年は。


あれが見えていないのか?


いや。


見えている。


それでも恐れていない。


その時。


ドォン――。


遠方で何かが弾けた。


先行した魔物の一群が、外郭防衛線へ到達したのだ。


「来るぞ!」


怒号が飛ぶ。


弓兵が一斉に弓を構える。


魔術師たちが詠唱を始める。


城門の外では、騎士たちが防衛陣形を組む。


冒険者たちも武器を抜いた。


ノアルはその様子を見渡した。


誰も逃げていない。


怖くないはずがない。


それでもこの街を守るために戦おうとしている。


「ちゃんとしてるな」


ノアルが小さく呟く。


「ええ」


マインも同意した。


ノアルは五人を見る。


「俺たちは、まだ動かなくていい」


誰一人異論を唱えなかった。


「まず、この街の人たちがどう戦うか見よう。危なくなったところを手伝う」


「御意」


五人が同時に答える。


そして数分後。


第一波が。


リヴァティの防衛線へ激突した。

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