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第五話 商人達の街

広域地図を買った後も、ノアルたちはしばらく市場を歩き続けていた。


もっとも、目的があるのかと問われれば、ノアル自身にもよく分からない。


「あ、あれ面白そう」


「あるじ様。今度は何でしょうか」


「魔道具っぽい」


マインが視線を向けると、通りの一角に様々な道具を並べた露店があった。


明かりを灯す小さな石。

水を僅かに冷やす箱。

火種を起こす棒。

一定量の水を注ぐ器。


どれもノアルたちの能力からすれば必要のないものばかりだ。


それでもノアルには面白かった。


ゲーム時代の魔法道具は、戦闘や攻略を目的としたものが大半だった。


だがこの世界では、魔法が生活の中へ入り込んでいる。


「これ、いいな」


ノアルが手に取ったのは、金属板の上に小さな魔石が埋め込まれた道具だった。


「そいつは保温板だよ」


店主が答える。


「魔力を込めれば、載せた料理が冷めにくくなる」


「へえ」


ノアルは感心した。


別に自分たちに必要なわけではない。


夏なら温度調節など容易だろう。


だが、それとこれとは別だった。


「こういうの、ギルドハウスに置いたら面白そうだな」


何気なく呟く。


その横で、マインの目が僅かに細くなった。


「……生活用品にも御興味がおありなのですね」


「うん。この世界の物って、見てるだけでも楽しいし」


マインは静かに頷いた。


ノアルが何の気なしに商品を眺めている間にも、彼女は店に並ぶ品、その価格、品質、客層を記憶していた。


やがて一行は、大きな商業広場へ出た。


そこでは露店だけでなく、いくつもの商会が巨大な店舗を構えている。


木箱や樽を積んだ荷車が絶え間なく行き交い、倉庫の前では何十人もの人夫が荷を運んでいた。


「すごいな」


ノアルは足を止める。


「ガルディアとは全然違う」


「リヴァティは交易で発展した都市なのでしょう」


マインが答える。


「街道も複数、この都市へ集まっております」


「なるほどね」


先ほど買った広域地図を思い出す。


確かにリヴァティからは、いくつもの街道が伸びていた。


「つまり色んな場所の商品がここに集まるわけか」


「おそらくは」


ノアルは辺りを見回した。


南方から運ばれてきたという香辛料。

山岳地帯産の鉱石。

織物。

薬草。

酒。

保存食。


見たことのない物がいくらでもある。


その時、少し離れた場所で大きな声が上がった。


「だから、この値じゃ売れねえって言ってるだろ!」


商人らしい二人の男が、積荷の前で言い争っている。


一方は穀物を運んできた商人。

もう一方はそれを買い付ける側らしい。


ノアルは何となくその様子を眺めた。


「値段交渉かな」


「そのようですね」


「大変そうだなあ」


そう言ったノアルへ、マインが問いかける。


「御興味がおありですか?」


「商売に?」


「はい」


ノアルは少し考えた。


「うーん……自分で店をやりたいとは思わないけど」


その答えを聞きながら、マインは静かに待つ。


「でも、欲しい物を買ったり、余ってる物を売ったりするのは便利だよね」


「余っている物……」


「ほら、森にある素材とか」


ハインと話した内容を思い出す。


「俺たちには別に珍しくなくても、外じゃ欲しい人がいるかもしれないし」


マインの視線が鋭くなる。


しかしノアルは気づかない。


「それでこっちの物が買えるなら、お互い得じゃない?」


「……なるほど」


マインは静かに答えた。


その短い言葉の裏で、思考が高速で巡っていた。


迷わずの森に存在する資源。


外部から必要となる物資。


そして、それらを交換する場所。


あるじ様はすでに、森をただの拠点としてではなく――。


「マイン?」


「……失礼いたしました」


「難しい顔してたけど」


「いえ。あるじ様のお言葉について、少々考えておりました」


「そんな大した話じゃないよ?」


「はい」


マインは微笑んだ。


もちろん、その言葉を額面通りに受け取るつもりはなかった。


さらに市場を歩いていると、ノアルは武器屋の前で再び足を止めた。


剣。

槍。

斧。

弓。


どれもゲーム時代の高級装備と比較すれば、性能的には見るべきものはない。


だがノアルは一本の剣を手に取り、興味深そうに眺めた。


「これ、この世界の人が作ったんだよな」


「そうなりますね」


夏が答える。


「なんか不思議だな」


性能だけを見れば弱い。


しかし鍛冶師が鉄を打ち、人が使うために作った本物の武器だ。


ゲーム内の数値だけで存在した装備とは違う。


「あるじ様は、このような武器もお使いになられるのですか?」


サラが尋ねた。


「いや、使わないと思う」


即答だった。


「ですよね」


「でも見るのは好きだよ」


ノアルは剣を元の場所へ戻した。


その後も何軒か店を覗いているうちに、空が少しずつ赤く染まり始めた。


「あるじ様」


マインが声を掛ける。


「そろそろ夕刻です」


「あ」


ノアルは空を見る。


いつの間にか随分時間が経っていた。


「そろそろ食べる?」


その言葉に、サラが周囲を見回した。


「宿へ戻られますか?」


「いや」


ノアルは懐から、ハインに印を付けてもらったリヴァティの地図を取り出す。


三つの印。


串焼き。


煮込み。


甘味。


「せっかくだし、ハインさんが教えてくれた店に行こう」


「どちらになさるのですか?」


夏が尋ねる。


ノアルの指が止まった。


串焼き。


煮込み。


「……」


「あるじ様?」


「ちょっと待って」


ノアルは地図を見つめる。


昼間から漂っていた焼肉の匂いを思い出す。


串焼き。


間違いなく美味い。


しかしハインがわざわざ推薦した煮込みも捨て難い。


しかも明日も市場を見るつもりだ。


地図を見る限り、串焼きの店は市場に近い。


ならば明日に回すという手もある。


だが今すぐ食べたいのは――。


「……難しいな」


ノアルは眉間に皺を寄せた。


マインが僅かに首を傾げる。


「何か問題でも?」


「いや。ちょっと考えたい」


「承知いたしました」


ノアルは地図を折り畳んだ。


「宿に戻ってから決めるよ」


そうして一行は宿へ向かった。


その夜。


マインと夏が部屋を出た時、廊下の先にある小さな共有室から灯りが漏れていた。


「まだどなたか起きているのでしょうか」


夏が呟く。


二人が近づき、中を覗く。


そこにはノアルがいた。


机の上にはリヴァティの地図。


ノアルは腕を組み、眉間へ深く皺を寄せたまま地図を見つめている。


時折目を閉じ。


また地図を見る。


普段のフランクな姿からは想像もできないほど、真剣な表情だった。


「あるじ様……?」


夏が声を掛けようとする。


その腕を。


マインが静かに掴んだ。


「マイン?」


「お待ちなさい」


マインの視線は、ノアルから離れない。


そして小さな声で言った。


「あのお姿こそが――」


夏が振り返る。


マインの表情には、畏敬すら浮かんでいた。


「あるじ様の、本来のお姿なのでしょう」

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