↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/42

第三話 交易都市リヴァティ

 目を覚ますと、空がようやく白み始めたところだった。

「……ん」

 身体を起こし、辺りを見回す。

 昨夜の焚き火は小さくなっているものの、まだ赤い火が残っている。

 商人たちは眠っていた。

 ハインも自分の馬車の横で毛布に包まれている。

 そして俺たちは――。

「あるじ様。お目覚めですか」

 すぐにマインが気づいた。

「おはよう。……って、マインずっと起きてた?」

「いいえ。交代で休息を取っております」

「本当?」

「無論でございます」

 周囲を確認する。

 少し離れた場所ではマジカが伏せていた。ただし眠ってはいない。金色の瞳が周囲を見渡している。

 夏は馬車の近く。

 エルの姿は見当たらない。

「エルは?」

「近くの水場を確認しております。サラは上空です」

「……みんな働きすぎじゃない?」

「護衛でございますので」

「俺も見張りやるつもりだったんだけど」

「あるじ様のお手を煩わせるほどのことではございません」

「いや、今回パーティーの連携を見る試験だからね?」

「ですからこそ、適切に役割を分担しております」

 言われてみればそうなのだが。

「俺の役割は?」

「御判断を」

「一番楽じゃない?」

「最も重要でございます」

 何を言っても言い負かされそうなので諦めた。

 やがて商人たちも目を覚まし、簡単な朝食を済ませる。

 予定通り日の出とともに出発した。

 しばらく進んだ頃だった。

「なあ、ノアル」

 後ろから声がする。

 振り返ると、ハインが御者台からこちらを見ていた。

「少しいいか?」

「何です?」

「昨日から気になってたんだが……あんたら、本当に迷わずの森から来たのか?」

「ああ」

 そういえば、ハインには詳しい話をしていない。

「森の中に拠点がある、くらいに思ってください」

「……拠点」

 ハインが何とも言えない顔になる。

「おかしいです?」

「おかしいなんてもんじゃない。迷わずの森だぞ?」

「そうですけど」

「あそこはガルディアが何百年も防いできた魔境だ。普通の人間なら奥へ入るどころか、外縁に近づくことすら嫌がる」

「へえ……」

「へえ、じゃない」

 呆れられた。

「でも、住めてますよ?」

「お前さんたちならな」

 昨日一日で何かを諦めたらしい。

「しかし、そうなると……」

 ハインの顔が少し変わった。

 昨日までの気さくな行商人ではなく、商売人の顔だ。

「食料はどうしてる?」

「食料?」

「ああ。森じゃ麦や塩なんか手に入らんだろ」

「備蓄はありますよ」

「水は?」

「問題ないですね」

「油、布、酒、調味料なんかは?」

「今のところ困ってないけど……」

 言われて考える。

 ギルドハウスの倉庫にはゲーム時代からの物資が大量に残っている。

 ただし、この世界へ来てから補充されたわけではない。

 無限に湧いてくるわけでもないだろう。

 それに。

「こっちの食べ物には興味ありますね」

「ほう?」

「ガルディアでも知らない料理がいっぱいあったし。リヴァティはもっと色々あるんですよね?」

「ああ。食い物ならガルディアとは比べものにならん」

「じゃあ欲しいな」

「……食い物が?」

「食材とか、調味料とか。日用品もこっちの物を使ってみたいし」

 毎回買いに出るのも面倒だ。

「定期的に誰か持ってきてくれたら楽なんですけどね」

「……」

 ハインが黙った。

「どうしました?」

「いや……」

 何かを考えている。

「迷わずの森の中には、珍しい魔物もいるんだろ?」

「たくさんいますよ」

「素材は?」

「素材?」

「毛皮、牙、角、魔石。そういうものだ」

「ああ」

 ゲーム時代は素材アイテムとして大量に集めていた。

 こっちへ来てから倒した魔物の素材もある。

「結構ありますね」

「……そうか」

 また黙った。

「欲しいんです?」

「いや。今はいい」

「?」

 商人というのは、よく分からない。

 その後も街道を進む。

 昼前。

「あるじ様」

 上空から戻ってきたサラが俺の前へ降り立った。

「間もなく目的地が見えてまいります」

「リヴァティ?」

「はい」

 自然と足が速くなる。

 やがて街道が緩やかな丘へ差しかかる。

 その頂上を越えた瞬間――。

「……おお」

 思わず声が出た。

 眼下に巨大な都市が広がっていた。

 ガルディアとはまるで違う。

 幾重にも続く高い城壁。その向こうには大小無数の建物が密集し、遠くにはひときわ大きな尖塔まで見える。

 そして都市へ向かって何本もの街道が伸びていた。

 馬車。

 荷車。

 商隊。

 徒歩の旅人。

 巨大な荷物を背負った獣人。

 見たことのない魔獣に荷車を引かせる商人。

 城門の外にまで露店が並び、人々の声がここまで届いてくる。

「すげえ……」

 ゲームの背景として見る街とは違う。

 人がいる。

 物が動いている。

 生活している。

 その全部が目の前にある。

「世界って広いんだな……」

 思わず呟いた。

「……」

 隣にいたマインが俺を見る。

「何?」

「いえ」

 なぜか微笑んでいる。

「ようやく、あるじ様がこの世界へ御興味を持たれた理由の一端が理解できた気がいたします」

「普通に観光したいだけだけど」

「承知しております」

 本当に承知している顔ではない。

「あるじ様がお望みになるのであれば」

 サラが静かに翼を畳む。

「この世界の果てまで、必ずや御供いたします」

「ありがとう。でもまずリヴァティな」

「はい」

 エルも楽しそうに街を眺めている。

「素敵な街ですわね」

「だろ?」

「ええ。あるじ様と御一緒でなければ、もっと素敵に見えたかもしれませんわ」

「逆じゃない?」

「あら、間違えました」

「絶対わざとだろ」

 エルがくすくす笑う。

 その横で夏は相変わらず冷静だった。

「あるじ様。入城待ちの列がございます」

「あ、本当だ」

 長い。

 かなり長い。

 俺たちも商隊と一緒に最後尾へ並ぶ。

 しばらくして順番が来た。

 護衛対象の商人が書類を見せる。

 馬車の積荷が確認される。

 俺たちも冒険者証を出した。

「ガルディアの冒険者か」

「はい」

 門兵が俺の証を確認する。

 そして顔を上げ――。

 止まった。

 視線は俺ではない。

 後ろ。

「……待て」

「はい?」

「あれは何だ」

 指差した先にはマジカ。

「マジカです」

「名前を聞いているんじゃない!」

「あ、そういう意味ですか」

「どういう意味だと思った!」

 門兵が頭を抱える。

「魔獣を街へ入れることはできんぞ」

「魔獣っていうか、仲間なんですけど」

「仲間?」

「はい」

 マジカが俺の横へ来る。

 近くで見るとやっぱり大きい。

 門兵が一歩下がった。

「止めろ! 近づけるな!」

「マジカ」

「……」

 俺が呼ぶと、マジカはその場で止まった。

「ほら。言うこと聞きますよ」

「そういう問題では……」

 門兵が困った顔をする。

 まあ、街の安全を守る側からすれば当然か。

「無理なら外で待たせます」

 マジカの耳がぴくりと動いた。

 ……なんか悲しそうだな。

「ただ、できれば一緒に入れてほしいです」

「なぜだ」

「仲間なので」

 俺たちは六人で来た。

 一人だけ街の外で待たせるのは嫌だ。

 門兵は俺とマジカを交互に見る。

「少し待て」

 上司らしい男が呼ばれた。

 冒険者証。

 ガルディア発行の護衛依頼書。

 さらにマジカがパーティーの一員として登録されていることまで確認される。

「……前例がないな」

 上司が唸る。

「暴れませんよ」

「お前がそう言ってもな」

「じゃあ、何か条件があれば守ります」

「条件?」

「はい」

 力ずくで入る必要なんてない。

 どうしても駄目なら、俺も外に残ればいい。

 しばらく話し合った結果、マジカには滞在中、魔獣ではなく冒険者の従魔に準じる簡易識別札を付けることになった。

「これを外すな。それと騒ぎを起こした場合は即刻退去だ」

「分かりました」

 札を受け取り、マジカの首元へ付ける。

「似合うぞ」

 マジカが嬉しそうに尻尾を振った。

「……本当に大丈夫そうだな」

 門兵が呟いた。

 こうして俺たちはリヴァティへ入った。

 中は外から見た以上だった。

「うわ……」

 大通りだけでもガルディアとは比べものにならない。

 左右に店が並び、頭上には色とりどりの看板。

 人間だけではない。

 獣の耳を持つ者。

 俺とは違う、本物らしいエルフ。

 背の低い髭面の男。

 見たことのない種族まで歩いている。

「あるじ様」

 エルが俺の隣へ浮かんでくる。

「目移りしておりますわよ」

「するだろ、これは」

「女性に?」

「店に!」

「あら、残念」

 何が残念なんだ。

 だが、まだ観光ではない。

 まずは仕事だ。

 俺たちは商隊を指定された商会まで送り届けた。

「到着です」

 依頼主の商人が馬車から降りる。

「ありがとうございました」

「結局何も出ませんでしたね」

「ええ」

「これ、試験として大丈夫なのかな」

 俺が言うと、商人は少し目を丸くした。

 そして笑った。

「ノアルさん」

「はい?」

「私は長く商売をしております。当然、護衛も何度となく雇いました」

「はい」

「これほど安心して移動できたのは初めてですよ」

「……何もしてないですよ?」

「それは違います」

 商人の声が少し真剣になる。

「上空から常に周囲を確認する方がいた。前後の警戒も一度として途切れなかった。野営に入ってからも、誰が何をするか迷う様子すらなかった」

 俺はみんなを見る。

「それに、ハインさんを加える時も、あなたは私に確認した」

「そりゃ依頼人ですから」

「強い冒険者ほど、それができないこともあるのですよ」

「そうなんですか?」

「自分なら守れる。だから問題ない、と勝手に判断してしまう」

 ああ。

 それなら少し分かる。

「戦闘能力については、私が評価するまでもないでしょう」

 商人がマジカを見る。

「ですが護衛としても、十分すぎるほどでした。ギルドへの報告書には、そのように書かせていただきます」

「ありがとうございます」

 これで昇格試験も何とかなりそうだ。

「では、我々はここで」

「はい。ありがとうございました」

 依頼完了。

 ようやく自由時間だ。

「ノアル」

 振り返る。

 ハインだった。

「俺もここで別れる」

「ああ、そうか」

 ハインは別の場所へ荷物を運ぶらしい。

「昨日から世話になりっぱなしだった。今度こそ何か礼をさせてくれ」

「礼か……」

 少し考える。

 そうだ。

「じゃあ、美味い店教えてください」

「……は?」

「地元の人が行くようなところ。せっかく来たんだから美味しいもの食べたいんですよ」

「お前なあ……」

 ハインが呆れた顔をする。

 だが、すぐに笑った。

「分かった。三軒教えてやる」

「三軒も?」

「肉なら南通りの串焼き屋。煮込みなら中央市場の裏にある店。甘い物なら東地区にいい店がある」

「おお」

 俺はもらった街の簡易地図に印を付ける。

「ありがとうございます」

「そんなので礼になるのか?」

「十分です」

「本当に変わってるな、お前」

 ハインが笑う。

 だが、馬車へ戻る直前。

「……なあ、ノアル」

「何です?」

 少しだけ声の調子が変わった。

「さっきの話なんだが」

「さっき?」

「迷わずの森だ」

「ああ」

「もし――」

 ハインが一度言葉を切る。

「もし俺が、食料や日用品を迷わずの森の近くまで持っていったら……あんたら、買うか?」

「え?」

 意外な質問だった。

「欲しい物があれば買いますよ」

「……そうか」

「でも危ないですよ?」

「分かってる。今すぐどうこうって話じゃない」

 ハインが笑う。

「商人だからな。ちょっと気になっただけだ」

「そうですか」

「ああ。じゃあな、ノアル」

「また」

 ハインの馬車が人混みの中へ消えていく。

 俺はその背中を少しだけ眺めていた。

「あるじ様」

 マインが隣へ来る。

「何?」

「いえ」

 まただ。

「最近それ多くない?」

「気のせいでございます」

「絶対何か考えてるだろ」

「いずれ」

「何が?」

「何でもございません」

 よく分からない。

 まあいい。

 俺は地図を開いた。

 ハインが教えてくれた店には三つの印がある。

 串焼き。

 煮込み。

 甘味。

「さて」

 顔を上げる。

 目の前には、まだ何も知らない巨大な交易都市。

「どこから行こうか」

「まずは市場などいかがでしょう?」

 エルが即答する。

「あるじ様がお望みでしたら、私は先行して都市全域を偵察いたします」

 サラが翼を広げかける。

「いや、街中で飛び回ると目立つから」

「では徒歩で」

「あるじ様。先に宿を確保すべきかと」

 夏が冷静に言う。

「私も夏に賛成いたします」

 マインが頷いた。

「拠点を定めた後、都市の構造、商業区画、各勢力の――」

「観光だよ?」

「承知しております」

「絶対してないよね?」

 エルが横で笑っている。

 マジカは人混みの中で既に注目の的だ。

「よし」

 俺は地図を畳んだ。

「まず宿を取ろう。そのあと飯」

「御意」

 五人の声がほぼ同時に返ってくる。

「いや、遊びに行くだけだからそんな気合い入れなくていいって」

 誰も答えなかった。

 こうして――。

 俺たち六人にとって初めての交易都市リヴァティ探索が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。