第二章 第一話 昇格試験
「……簡単な依頼がいいな」
そう言った翌朝、俺たちはガルディアの冒険者ギルドを訪れていた。
今日は六人全員だ。
先頭を歩く俺の後ろにマイン、少し離れて夏とエル。上空から降りてきたサラが翼を畳み、最後に虎ほどの巨体を持つマジカが悠然と続く。
ギルドへ足を踏み入れた途端、ざわめきが止まった。
「……あれか」
「迷わずの森へ入った連中だろ?」
「あの麒麟も一緒だったのか……」
視線の大半はマジカへ向いている。
無理もない。
四足歩行の巨体に、神獣らしい威容。俺には見慣れた姿でも、街中ではかなり目立つ。
「あるじ様」
隣へ来たマインが声を落とした。
「視線が集まっております」
「マジカがいるからな」
「なるほど。そこまで見越して……」
「何を?」
「いえ、何でもございません」
マインが微笑む。
朝からよく分からない。
受付へ向かおうとすると、こちらに気づいた職員が慌てて奥へ引っ込んだ。
しばらくして現れたのはローデンだった。
「来たか、ノアル」
「おはようございます」
「ああ。ちょうどいい。話がある」
「依頼ですか?」
「それも含めてな」
ローデンが俺たちを奥の部屋へ案内する。
六人が入ると、ただでさえ狭い部屋がマジカのせいでさらに狭くなった。
マジカは少し申し訳なさそうに身体を縮めている。
「先日の迷わずの森の調査について、正式な報告が上がった」
ローデンが机の上に数枚の書類を置く。
「アーマード・バジリスク、三百を超えるハイ・フォレストゴブリン、そして森の王。正直、報告書を何度読み返しても頭が痛くなる」
「俺も色々ありすぎたとは思います」
「その中心にいた奴が言うな」
ローデンがため息をつく。
「それで、以前話した銀級への飛び級だ」
「決まりました?」
「まだだ」
「そうですか」
「残念そうにするな。強さを疑っているわけじゃない」
「じゃあ何が問題なんです?」
ローデンは俺たち六人を順番に見た。
「お前たちが六人で冒険者として活動できるかどうかだ」
「……?」
「個人の戦闘能力と、パーティーとしての能力は別物だ」
ローデンが椅子へ腰掛ける。
「ノアル。お前が森の王を単独で退けたことは、ガレスとバルトが目撃している。今さらお前の戦闘力を試験する必要はない」
「ですよね」
「それに」
ローデンの視線がマインたちへ移る。
「森の王を前にして平然とお前の後ろに立っていた連中が、そこらの冒険者より弱いなどとは私も思っていない」
マインが僅かに微笑む。
「賢明な御判断かと」
「マイン」
「失礼いたしました」
ローデンが咳払いする。
「問題は強すぎることだ」
「強すぎる?」
「ああ」
意外な言葉だった。
「冒険者の仕事は魔物を倒せば終わり、というものばかりではない。護衛なら依頼人を守る。討伐なら周囲への被害を抑える。仲間がいるなら互いの動きを把握する。場合によっては逃げる判断も必要だ」
「なるほど」
「六人全員が桁外れに強かったとしても、それぞれが好き勝手に戦えばパーティーとしては失格だ」
それは分かる。
俺たちはゲーム時代から一緒だったとはいえ、NPCたちに自我が生まれた今、実際に六人で冒険者らしい仕事をしたことはほとんどない。
「だから昇級試験では、強さではなく連携を見ると?」
「そういうことだ」
ローデンが頷いた。
「特に今回は鉄級から銀級への飛び級だ。私一人が『強いから問題ない』で通せる話ではない。ギルドとして、相応の根拠を残す必要がある」
「ああ」
ようやく納得した。
強さなら、もう分かっている。
でも銀級冒険者として仕事を任せて問題ないかは、実際の依頼で確認する必要がある。
「それで、何をすればいいんです?」
「ちょうど良い依頼が来ている」
ローデンが一枚の依頼書を差し出した。
目を通す。
「商隊護衛……」
「ああ。ガルディアで仕入れを終えた商隊を、交易都市リヴァティまで護衛する」
「リヴァティ?」
聞いたことのない街だ。
「大きい街なんですか?」
「ガルディアとは比べものにならん。この地方最大級の交易都市だ。各地から商人が集まり、人間以外の種族も珍しくない」
「へえ……」
自然と依頼書へ目が戻る。
交易都市。
人間以外の種族。
この世界へ来てから、まともに見た街はガルディアだけだ。
「何が売ってるんです?」
「何が、と言われてもな。食料、武具、魔道具、宝飾品、魔物素材。金さえあれば大抵の物は手に入る」
「珍しい料理とかも?」
「……お前は何をしに行くつもりだ?」
「護衛ですよ?」
「目が完全に観光客なんだが」
失礼な。
護衛はちゃんとする。
そのついでに街を見るだけだ。
「受けます」
「まだ説明が終わっていない」
「あ」
後ろから小さく笑う声が聞こえた。
エルだ。
「楽しそうで何よりですわ、あるじ様」
「だって新しい街だぞ」
「ええ。私も楽しみです」
エルは分かってくれるらしい。
一方でマインは、何やら考え込んでいた。
「交易都市……各地から人と物が集まる場所……」
「マイン?」
「失礼いたしました。続けてくださいませ」
何を考えていたんだろう。
「護衛対象は馬車三台。通常なら銀級冒険者を含むパーティーへ任せる依頼だ」
ローデンが説明を続ける。
「道中そのものは極端に危険ではない。だからこそ今回の試験には向いている」
「どういう意味です?」
「魔物を何匹倒せるかを見る試験ではないからだ」
ローデンが俺たちを見る。
「隊列の組み方。周囲への警戒。依頼人を守った上での戦闘。野営時の役割分担。不測の事態が起きた際に誰が判断し、誰が動くのか」
「結構見られるんですね」
「銀級ともなれば、依頼人からすれば一人前の冒険者だ。強いだけでは困る」
確かに。
「そしてもう一つ」
「まだあるんですか?」
「お前だ」
指を差された。
「俺?」
「五人がお前を『あるじ様』と呼び、絶対的に従っていることは見れば分かる」
「はい」
「だからこそ、何でもお前一人で片付けるな」
「……」
言われそうな気はしていた。
「今回確認したいのは六人のパーティーだ。森の王が出たからノアルが一人で殴って終わり、では試験にならん」
「殴ってないです。魔法です」
「そこはどうでもいい」
「はい」
「五人に任せるべきところは任せろ。お前自身が周囲を見て動けるかも評価対象だ」
「分かりました」
ゲームでは効率を求めて、自分一人で大量の敵を引っ張って範囲魔法で焼くことばかりしていた。
考えてみれば、俺の戦い方はパーティープレイとは真逆だ。
(今回はちゃんとみんなに任せてみるか)
そう考えると、これはこれで少し面白そうだった。
「それと報酬だが――」
提示された金額を見る。
正直、高いのか安いのか分からない。
「これって普通なんですか?」
「ああ。この距離の護衛としては相場通りだ」
「なら、それで」
ローデンが眉を上げた。
「交渉しないのか?」
「相場なんですよね?」
「そうだが、商人相手なら多少上乗せを求める冒険者もいる」
「別にいいですよ」
俺たちは金に困っていない。
それよりリヴァティへ行ける方が嬉しい。
「依頼を出した商人も、それでいいって言ってるんですよね?」
「ああ」
「じゃあ問題ないです」
「……分かった」
ローデンが依頼書へ何かを書き込む。
その横で、マインが俺と依頼書を交互に見ていた。
「マイン?」
「いえ」
微笑む。
「あるじ様がお決めになったことであれば」
「そんな大袈裟な話じゃないけど」
「承知しております」
本当に?
話を終えてギルドを出る。
出発は明日の朝。
外へ出た途端、エルがふわりと俺の横へ並んだ。
「あるじ様。リヴァティでは、どちらへ?」
「まだ決めてない。市場は行きたいな」
「でしたら、私もお供してよろしいでしょうか?」
「もちろん」
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑う。
「珍しい料理も食べてみたいし、魔道具屋も見たい。それに他の種族もいるんだろ?」
「あるじ様は本当に楽しみにしておられるのですね」
「そりゃな」
せっかく異世界へ来たのだ。
知らない場所へ行かないなんてもったいない。
その後ろで、マインが小さく声を落とした。
「サラ」
「はい」
「道中では周辺地形も確認してください」
「承知いたしました」
「夏は魔力環境を。エルには現地で物価と商人の動きを――」
「マイン」
「はい、あるじ様」
「何してるの?」
「旅の準備でございます」
「試験は連携を見るらしいから、張り切りすぎないでね」
「御安心くださいませ」
マインが微笑む。
「あるじ様の御心を汲み、最善の結果をお見せいたします」
その言い方が既に不安なんだけど。
そして翌朝。
俺たちは三台の馬車とともにガルディアの門を出た。
目指すは交易都市リヴァティ。
銀級への昇級試験を兼ねた、六人での初めての本格的な護衛依頼。
そして俺にとっては、知らない街を見に行くための最初の小旅行。
さて。
今回はちゃんと、冒険者らしく連携してみよう。




