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第二十三話 ミステイクのこれから

 翌朝。

「オオオオオオッ!」

 叫び声で目が覚めた。

「……何?」

 窓を開ける。

 森の一角から聞こえてくる。

「オオオオッ!」

 まただ。

 急いで着替え、外へ出る。

 声の方向へ向かう。

 そこにいたのは。

「走れ」

 マジカだった。

 虎ほどもある巨体。

 その前を、ハイ・フォレストゴブリンたちが必死に走っている。

「遅い」

「オ、オウ!」

「もう一周」

「オオ……」

 明らかに声が弱っている。

「マジカ」

「あるじ様」

 マジカが振り返る。

「おはようございます」

「おはよう。何してるの?」

「訓練です」

「それは見れば分かるけど」

 少し離れた場所にはゴウが立っている。

「前列! 姿勢ガ乱レテイルゾ!」

 完全に教官になっていた。

「ゴウ、もう馴染んでるな」

「優秀です」

 マジカが答える。

「ならよかったけど」

 ゴブリンたちを見る。

 何体か地面に転がっている。

「無理させてない?」

「問題ありません」

「本当に?」

「はい」

 マジカがゴブリンを見る。

「立て」

「オ、オウ……!」

 立った。

 基準が絶対違う。

 そこで一体のゴブリンが目に入る。

「あれ?」

「どうされました?」

「昨日より大きくない?」

 肩回りが明らかに発達している。

 他にも、体格や魔力が変わっている個体が何体かいる。

「進化の兆候です」

「進化?」

「訓練と戦闘経験に適応しているようです」

「この世界、そんなに簡単に進化するの?」

「簡単かどうかは分かりません」

 マジカが淡々と答える。

「ただ、彼らは必死です」

「どうして?」

「強くならなければ、私が遠征へ同行できませんので」

「……それ、ゴブリンたちにも言った?」

「はい」

「何て?」

「あるじ様のお役に立つため強くなれ、と」

「遠征の部分隠したな?」

「必要のない情報かと」

「まあいいけど」

 ゴブリンたちを見る。

「強くなるならいいことか」

「はい」

 マジカの瞳が光った。

 余計な一言を言った気がする。

 ギルドハウスへ戻る。

 廊下ではネネが大量の帳簿を持って高速移動していた。

「おはよう」

「おはようございます、我が主」

「忙しそうだね」

「マイン様より、倉庫の在庫、備蓄、消耗品、装備、魔法道具の一覧を本日中に把握するよう命じられております」

「本日中?」

「はい」

「全部?」

「はい」

「頑張って」

「必ず」

 名前を付けたばかりなのに、もう酷使されている。

 屋上へ上がる。

 ガルが飛び立つところだった。

 さらに上空。

 サラがいる。

「サラ!」

 呼ぶと、黒い翼を畳みながら一気に降りてきた。

「お呼びでしょうか、あるじ様」

「どこまで行くの?」

「本日は北東部の偵察を予定しております」

「昨日も行ってなかった?」

「昨日とは範囲が異なります」

「ちゃんと休めよ」

 サラが止まった。

「……今、何と?」

「休めって」

「それは、御命令でしょうか」

「え? まあ、うん。命令で」

 サラの頬が赤くなる。

「承知いたしました」

 声まで少し嬉しそうだ。

「本日の偵察終了後、必ず休息いたします」

「そうして」

「はい」

 何でそんなに嬉しそうなんだ。

 俺が首を傾げていると、ガルが無言でこちらを見た。

「ガル、サラが無茶しそうなら止めて」

 力強く頷いた。

「あるじ様……」

 サラがこちらを見る。

「何?」

「いえ」

 どこか恍惚とした笑み。

「二つも御命令をいただけるとは、幸せにございます」

「……仕事の話だからね?」

「承知しております」

 絶対何か違う。

 食堂。

 エルがミムをテーブルに乗せ、地図と紙を広げている。

「商人が三名。宿屋が二軒。酒場が四軒。冒険者ギルドの受付担当者が――」

「朝から何してるの?」

「あら、あるじ様」

 エルが顔を上げる。

「人間社会側の情報網を作っております」

「もう?」

「もちろんです」

 ミムがぷるぷる揺れる。

「ミムは見聞きしたことをかなり正確に記憶できるようですの」

「便利だな」

「でしょう?」

 エルがミムを撫でる。

「私があるじ様と遠征している間も、情報は集め続けてもらわなければなりませんから」

「気が早いなあ」

「そうでしょうか?」

 エルが立ち上がる。

 近い。

「私は楽しみで仕方ありませんの」

「遠征が?」

「ええ」

 さらに近づく。

「あるじ様と、長い時間を共にできることが」

「……そ、そう」

 一歩下がる。

 エルが楽しそうに笑った。

「可愛らしい反応ですこと」

「からかうな」

「本心ですわ」

 余計困る。

 最後。

 中庭へ向かう。

 夏。

 そしてフユ。

「《フレイム――》」

 フユが後ずさる。

「待って」

 俺が止める。

 夏がこちらを見る。

「あるじ様」

「何してるの?」

「防衛訓練です」

「フユって氷だよね?」

「はい」

「今、火魔法撃とうとしてなかった?」

「耐性確認です」

 フユが首を大きく横へ振る。

「本人嫌がってない?」

「……」

 夏がフユを見る。

 フユが必死に首を振る。

「嫌ではないそうです」

「絶対逆だろ」

「では弱めます」

「やるんだ」

「遠征へ同行するためには必要です」

 夏まで真顔だ。

 結局。

 全員が本気だった。

 マインは組織を整え始め。

 サラは偵察網を作り。

 エルは人間社会との繋がりを増やし。

 夏は防衛設備を整え。

 マジカは森の戦力を鍛え上げる。

 その補佐として。

 ネネ。

 ガル。

 ミム。

 フユ。

 ゴウ。

 名前を得たばかりの五体まで巻き込まれている。

 原因は。

 俺が世界を見たいと言ったこと。

 そして。

 仕事を任せられるなら遠征についてきていい、と言ったこと。

(まあ……)

 ギルドハウス《ミステイク》を見上げる。

(みんな楽しそうだしいいか)

 俺だって楽しみだ。

 この世界には何があるのか。

 どんな国があるのか。

 どんな種族がいるのか。

 冒険者として依頼を受ける。

 六人で街へ行く。

 時には遠くへ旅に出る。

 そして疲れたら。

 ここへ帰ってくる。

 《ミステイク》へ。

「今日、何か依頼受けに行く?」

 何となく呟いた。

 背後から。

「全員ででしょうか」

 マインの声がした。

 振り返る。

 いつの間にか五人が揃っている。

「うん。たまには六人で行こうよ」

 次の瞬間。

 全員の表情が明るくなった。

「承知いたしました」

 マインが頭を下げる。

 サラも。

 エルも。

 夏も。

 マジカも。

 俺は知らなかった。

 この何気ない制度――役割を果たした者が遠征へ同行できるという決まりが。

 五人を猛烈に働かせ。

 召喚獣たちを鍛え。

 ゴブリンたちを進化させ。

 やがて《ミステイク》を、一つのギルドハウスでは済まない存在へ変えていくことを。

 もちろん。

 そんな未来を知るはずもない俺は。

「簡単な依頼がいいな」

 としか考えていなかった。

 こうして。

 異世界へやって来た俺たちの最初の数日が終わった。

 そして《ミステイク》は。

 誰にも気づかれないまま。

 その最初の一歩を踏み出した。


第一章 完

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